かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

6×2は,5×2に,2つたす

 小学校学習指導要領の算数によると,第2学年に「乗法に関して成り立つ簡単な性質について理解すること」という項目があり,その内容の取扱いにおいて,「乗数が1ずつ増えるときの積の増え方」と「交換法則」が例示されています。
 ただし,例示の前に「主に」がついていることから,他の性質を学ばせてもよいと言えます。結合法則は,3年に回すとして,分配法則は,図を活用することで2年でも活用できます。
 そのほか「被乗数が1ずつ増えるときの積の増え方」を検討するのもよさそうに見えます。「乗数が1ずつ増えるときの積の増え方」は,『小学校学習指導要領(平成29年告示)解説算数編』では「乗数が1増えれば積は被乗数分だけ増える」(p.116)とあります。同様に,「被乗数が1増えれば積は乗数分だけ増える」と言うこともできます。この性質は,「乗数が1増えれば積は被乗数分だけ増える」ことと交換法則を組み合わせれば示せますし,図による2年生向けの説明も,難しくありません。
 ここまでの検討をするに至った文献を紹介します。

 最初のページに,キーワードとして「発達の最近接領域、社会的相互作用、練り上げ」とありますが,本文を読むと,「乗法」「分配法則」を加えたくなってきます。分配法則は,この授業*1で児童(A児)が図にすることで「出現」しています(p.104)。

図の下の,かけ算を使った文は,以下の通りです。

6×2は、5×2に、2つたす。
6×3は、5×3に、3つたす。
6×4は、5×4に、4つたす。
6×5は、5×5に、5つたす。
6×6は、5×6に、6つたす。

 この5つの文は,「被乗数が1増えれば積は乗数分だけ増える」として共通化・一般化できます。
 しかし筆者(授業者)は,「5の段の九九に1の段の九九をたせばいいとして6の段の九九を構成していったことになる。すなわちこれは標準を超える分配法則の考えである。」(同)と評しています。そして,クラス全体に問いかけ話し合い,次のページではさまざまな図を掲載しています。図-6では,9の段の九九を,ひき算(「10かける何かから1を引く」,9×○=10×○-○)で構成し,「分配法則を利用した6の段の九九の構成におけるA児の考えの単なる摸倣ではないことがわかる」を付け加えています。
 今回の内容から言えるのは,次のことです。「被乗数が1増えれば積は乗数分だけ増える」を,計算の性質として学習するのではなく,分配法則を上位概念として(名称はともかく)2年の乗法の学びに取り入れるのが可能である,というわけです。
 なお,「乗数が1増えれば積は被乗数分だけ増える」のほうは,この文献では「被乗数,乗数と積の関係」という表記で図-1 (p.104)に見られます。タイルは出現しません。
 分配法則の出現をさせたA児が,校外でタイル図を知り,授業でかいて見せた,という可能性については,この文献からは分かりません。1971年刊の『新版 水道方式入門 整数編』ではp.206に,6×4=24を示す図の中に,1のタイルを上,5のタイルを下に,隣接させてできたタイルを,左右に4つ分並べた構成が見られます。
 今回の文献を知るきっかけとなったのは,https://ci.nii.ac.jp/naid/500001496257の博士論文です。第1章の引用文献に「ヴィゴツキーの発達理論から見た算数・数学の授業におけるり上げの重要性―小学2年生のかけ算の単元の実践の考察を通して―」と書いていて,題目で検索してもヒットせずに少し手間を要しました。

*1:「なお本実践は、平成2年12月、愛知教育大学附属名古屋小学校で行われたものである。」(p.102)とのことです。平成12年でも平成22年でもなく「平成2年」が正しいとするならば,しっかり保存していたんだなあと思わざるを得ません。筆者の所属は「愛知教育大学教育学研究科後期3年博士課程」で,https://ci.nii.ac.jp/naid/500001431773によると,2020年に博士(教育学)の学位を授与されています。