かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

テープ図を批判するより前に

 ブラウザで,上記のURLにアクセスすると,URLが変わります。そのページの「tosu48(55) (519.38KB)」のリンクより,論文を無料でダウンロードできます。
 それにしても,「テープ図をかくことは立式のための有効な手段にはなっていない」(p.63)という主張には,かなりの難点を抱えています。まず,授業例においても解答例としても,テープ図の実例が出現しません。そして「テープ図をかくことは立式のための有効な手段にはなっていない」の根拠となる,「テープ図をかいた解答にはテープ図としての関係性をうまく描けず誤答になっているものも多く見られた」や「実験,統制クラスともに立式を正解していてテープ図による説明方法を誤答している児童はおらず,立式が誤答で説明方法が正答,あるいはどちらも誤答であった」が,まとめの節にのみ出現するのは,適切な結果分析であるようには思えません。
 「全体集合と部分集合を学習した後の思考過程の様相を分析することを目的とする」(p.55の要約およびp.58)についての結果は「集合の包含関係の学習をした実験クラス(A組)としなかった統制クラス(B組)ではt検定の結果有意差はなかった。」(p.61)で,逆思考を含む加法・減法の演算決定において,全体集合と部分集合を学習することの有効性が実証されなかったと読めます。なお,実験クラスは20名でこの種の調査においてはやや少なめに感じるとともに,統制クラスの人数や,1年・2年での児童の変動などについての記載が見当たらず,記述において信頼性が確保されていません。
 「プリントによる全体・部分集合の学習」に関して,p.59に,使用した書籍の抜粋がありますが,取り扱っているのは集合(set)ではなく多重集合(multisetまたはbag)です。「~でない」「しかも」「または」という言い方やその意味に加えて,条件を満たすものがいくつあるのかを問うわけで,純粋な集合の学習でないということになります。
 海外で逆思考文章題がどのように扱われ,またテープ図を含む問題解決方略がどのようになっているかの検討もあっていいものですが,参考文献を見る限りすべて日本語で,「カザフスタンの教科書を参考にして」というのも,本文によると,「その教科書では日本では6学年で扱う内容である文字式が1学年から文字が導入され」(p.57)などであり,逆思考やテープ図に関するものではありません。
 それからテープ図で表現するという手段についての見直しも,あるべきではないかと感じました。全国学力テストや,東京都算数教育研究会の学力実態調査といった,何万人もの人が解答するテストにおいては,場面(文章題)に合った「図をかく」出題というのは見かけません。代わりに,場面に合った「図を選ぶ」問題を見かけます*1。今回の文献と対象人数は大きく異なりますが,外在的評価なのは共通しており,個々の正解/不正解よりは,正解率や解答類型を含む,解答者群の定量的な状況が重視され,その上で特徴的な解答(とくに誤答)を明示することで,意味のある調査結果となるように見えます。1人でデザインし分析するには,荷が重すぎたのかとも読みながら思いました。


 今回の文献を知るきっかけとなったのは,次の2つです。とくに後者において,文献を批判的に読む形跡が見当たらず,テープ図利用が有効でない状況証拠として援用しているのは,残念に思います。

 「金田」の名前を見かけますが,文章題との関連では,2002年に書かれたものを興味深く読みました。関連するメインブログの記事にリンクしておきます。

 テープ図の使用(成功・失敗)例として,メインブログを読み直すと,次のものがありました。
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 子どもの視点で - わさっきの後半にリンクした論文をもとに,http://www.juen.ac.jp/math/journal/files/vol16/hiroi.pdf#page=6より読むことができます。この論文には他の種類の図示も見られます。
(同日,タイトルを「テープ図以前」から変更しました。)

*1:国学力テストでは平成26年算数A大問2など。都算研ではテープ図ではなくアレイ(かけ算)を用いて,平成24年度実施の第2学年に出題されていますhttp://f.hatena.ne.jp/takehikom/20131026055848