- 内海庄三: 法則の理解と思考の自由, 日本数学教育会誌, Vol.48, No.9, p.159 (1966). https://doi.org/10.32296/jjsmep.48.9_159
1ページだけで,参考文献もない文章です。
この中に,アレイ図(長方形配列)に基づけば5×3でも3×5でもいいという主張がありました。この主張を含む,第2段落は以下の通りです。
たとえば,乗法における交換法則はどのようにして理解されるかということについて考えてみよう.小学校では,「1個5円の品物3個の代金」は5×3=15(円)であって,3×5=15(円)ではないということをやかましく指導される.ところが中学校にはいって,文字の使用が導入されると,「1個5円の品物a個の代金」は5a円であるが,「1個a円の品物5個の代金」もa5円ではなくて,5a円であるというように指導される.この矛盾はどのように克服されるのであろうか.もちろんこの前に交換法則も指導されるであろうが,その理解がきわめて形式的であるように思われる。たとえば,5×3=15,3×5=15で,5×3も3×5もともに15に等しいから5×3=3×5であり,一般にa×b=b×aであるというように指導される.しかしこれでは5×3や3×5は結果が15になることから確かめられるが,a×bやb×aは計算の結果を出すわけにいかないから,結果から確かめることはできないわけである.また,式は数学的文章であり,思想を表わすものであるという立場から考えても,上のような結果主義に基く理解のさせ方は適当でないことは明らかであろう.交換法則はこのような場面で理解されるものではなく,右図のような長方形配列を通して理解されなければならない.すなわち,右図では,5個ずつ3行とみれば5×3であり,3個ずつ5列とみれば3×5であって,そのいずれの見方をするかは見る人の自由であり,その見方のいかんにかかわらず,与えられた事実は変らないことを示すのが5×3=3×5という交換法則であるのである.このような考え方の自由に基けば,結果がわからなくても交換法則が理解されるから,一般化することも容易であり,a×b=b×aも容易に理解されることになる.また,最初に述べた「1個5円の品物3個の代金」というような場合も,1円玉を上図のような長方形配列に並べたと考えれば5×3でも3×5でもよいということが理解されるであろう.このような交換法則の理解を基にしないで,文字使用の規約を形式的に指導すると,子どもは理解のつまずきを起こすことになる.
遠山啓が1971年に「「教室の机は1列に6つずつ4列ならんでいます.机はみんなでいくつありますか」という問題では,4×6でも,6×4でもいいとせざるをえないだろう.」*1と記したものより前から,アレイで考えれば,5×3でも3×5でもよいのだという主張があったのでした。
ところで内海庄三の著作の一つを,2011年に読んでいました。『整数の計算』所収の「「整数の乗除」の意味と計算指導のキーポイント」(pp.121-125; 新しい算数研究 1980年7月号(No.112, pp.2-6))です。「長方形的配列」「array」を含む記述は以下の通りです(p.122)。
しかし,①の場合でも,②の場合でも乗数と被乗数のもつ意味や働きは異質的であるから,これらの意味から,乗法の重要な法則である「交換法則」を理解させることは困難であり*2,それには次の③の意味がどうしても必要である。
③ 同数列の長方形的配列(array)
例えば,右のような図では,縦に3個ずつ並んだ列が4列あるとみれば,○の数は3×4であり,横に4個ずつ並んだ列が3列あるとみれば,○の数は4×3と表せるから,交換法則は容易に理解されよう.
また,このようなarrayの考えを指導しておくことは,後に長方形の面積公式を指導する下地ともなるので,2年のときに是非とも指導しておきたい内容である。
「①の場合」「②の場合」について,小見出しだけ書くと,「① 同数累加の短縮形」「② 同数群の同時的存在(併存)」です。上の引用のうち「同数列」は「同・数列」ではなく「同数・列」と解釈する必要があります。「同数群」も「同数・群」であり,Greer (1992)のEqual Groupsと同等のものと言えますが,「同数列」に対応するちょうどいい英語表記は,思いつきません。
また,②の「1皿に3個ずつみかんがのっている皿が4個ある場合」に,「arrayの考え」を適用して,3×4でも4×3でもよいのだという主張は,見当たりません。
内海から離れ,より新しい書籍で,「乗法の定義」としてアレイ図を含む文章は,『算数・数学科教育』p.77-88で見ることができます*3。その後,アレイ図の活用が書かれておらず,そのあと等分除と包含除を解説している(そこにもアレイ図が出現しない)のは,共通しています。
「累加」「1つ分の数×いくつ分」「アレイ図」と大別*4したとき,内海の論説が新しい算数研究 1980年7月号に掲載された時点で,アレイ図を立式の根拠として,「1つ分の数×いくつ分」で表される場面への適用は,考えなくなっていた(そして現在においてもそのような考えは見当たらない),と言うことができそうです。
なお最初の引用のうち「5a」などについては,被乗数・乗数と因数の間に,係数をで検討していました。中学数学において,小学校の四則計算を負の数にまで拡張してから,交換法則・結合法則を確認する(証明はしない)ことで,「かけ算は順序を変えても結果が変わらない」を理解し,文字式(a×5=5aであってa5ではないことなど)に活用しています。
*1:https://takehikom.hateblo.jp/entry/20110405/1301956896より転載。[asin:B000J8MZYC] p.114で,科学朝日1972年5月号が初出です。
*2:引用者注:現在,小学校2年のかけ算の単元で「交換法則」を学ぶのは,九九の表のほうがポピュラーと言えます。
*3:同書p.80の一部を,https://takehikom.hateblo.jp/entry/20151123/1448128186で書き出しています。このうち「中学生になれば「a×3」も「3×a」も共に「3a」となること」は,冒頭の内海の記述とも重なります。
*4:「① 同数累加の短縮形」「② 同数群の同時的存在(併存)」「③ 同数列の長方形的配列(array)」はいずれも「(2) 算数指導の立場から」の小項目です。それらの文章には,「定義」は出現しません。「(1) 数学的な立場から」には「定義」が頻出します。この(1),(2)を合わせた節番号と見出しは「2. 乗法の意味」です。ということで,①~③や「累加」「1つ分の数×いくつ分」「アレイ図」は,かけ算の「定義」ではなく「意味」を分けたものとなっています。