かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

被乗数・乗数と因数の間に,係数を

 チョコバナナクレープ1個の値段をa円としたとき,200個を売ったのなら,売り上げを表す式はa×200となります。小学算数6年の「文字を用いた式」と関連します。
 それに対し,中学1年では例えば200a円と書くことになります.他の表記,そして「チョコバナナクレープ」については,「1個a円の品物の3個の代金」を表す文字式は,(a×3)円か,a×3(円)かをご覧ください。
 「a×200」や,そのもととなる言葉の式の「単価×個数」において,乗算記号「×」の左に書かれるのは,かけられる数(被乗数,multiplicand)です。右に書かれる,かける数(乗数,multiplier)がそこに作用し,売上額の算出に使われるというわけです。
 それに対し「200a」と書いたら,それは「200×a」と解釈できるのは事実ですが,その際,200を被乗数,aを乗数と,認識しているわけではありません。
 代わりに適切な言葉があります。因数(factor)です。200とaは,200aの因数となります。文字式だけでなく,整数を積の形で表記するときにも,この語は使用され,式の計算|因数とは何か|中学数学|定期テスト対策サイトの例によると,36=1×36と表したのであれば,1と36が(36の)因数であり,36=2×3×6だと,2と3と6が(36の)因数となります。因数は,中学3年で学習する語*1です。
 被乗数と乗数の区別や,「作用」といった考え方は,日本に限ったことではなく,例えばGreer (1992)にも記載されています*2。その文献の分類表*3には,被乗数と乗数を区別する(asymmetricな)タイプを7種類,区別しないタイプを3種類,記載しています。「被乗数×乗数」「因数×因数」と,書き分けることもできます。
 「200とaは,200aの因数」というのは,いわば200とaとを対等に見る立場ですが,aという文字(あるいは変数)に着目するとなると,左に書かれる200は,因数と異なる名称で呼ばれます。係数(coefficient)です。中学1年で学習する語です。
 200aにおいて,aの係数は200です。x^2+2x-35という,xの2次式を考えるなら,x^2の係数は(x^2=1×x^2に注意して)1です。xの係数は,2です。最後の「-35」は,定数項ですが,x^2+2x-35a_2x^2+a_1x-a_0に対応づけると,このa_0=-35も,係数と見なすことができます.そのような扱いは,wikipedia:係数で読むことができるほか,現行および次期の『中学校学習指導要領解説数学編』にも,二次方程式の解の公式を解説する中で,「ax^2+bx+c=0の解が三つの項の係数a,b,cで定まる」と記されています。
 「200aと表したとき,aの係数は200である」という文は,「aを200倍すると,200aである」と理解することもできます。累加で表すこともできて,a+a+…+a=a×200=200aです*4。ここで「a×200」は,累加に基づくかけ算の式表現であるとともに,単価a円の商品を200個を売ったときの売り上げを表す式にもなっています。
 別の文字式を考えてみます。チョコバナナクレープ1個の値段を150円としたとき,b個を売ったのなら,売り上げを表す式は,小学6年では150×bが,中学1年では150b円が,それぞれ期待されます。
 150bにおいて,bの係数は150です。そしてb+b+…+b=b×150=150bと表せますし,「bを150倍すると,150bである」とも言えます。このように,bを被乗数,150を乗数に,対応づけることができます*5。「単価×個数」という言葉の式による割り当てだと,150が被乗数,bが乗数と解釈されますが,bを被乗数としても乗数としてもよい,あるいはb×150にも150×bにもなるというのは,文字式を対象とした乗法の交換法則を,我々は当然のものとして使用しているからと言えます。
 かけ算を累加でとらえるのは,係数が(正の)整数の場合に限られます。そうでない場合,例えば\frac{1}{3}xや-7yにおいて,\frac{1}{3}と-7は,それぞれxとyの係数となります。そしてxやyという文字に着目すると,「xを\frac{1}{3}倍すれば\frac{1}{3}x」「yを-7倍すると-7y」ですので,係数が乗数の役割を果たす*6ことが,正の整数でない状況からも,確認できます。

*1:平成20年告示の中学校学習指導要領の数学はhttps://erid.nier.go.jp/files/COFS/h19j/chap2-3.htm,平成29年告示についてはhttps://erid.nier.go.jp/files/COFS/h29j/chap2-3.htm

*2:https://takehikom.hateblo.jp/entry/20151121/1448031600

*3:https://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2019/09/10/211914, https://books.google.co.jp/books?id=N_wnDwAAQBAJ&lpg=PR1&hl=ja&pg=PA280#v=onepage&q&f=false

*4:200+200+…+200=200×a=200aと解釈することも,aが正の整数であれば,差し支えありません。

*5:数学の文字式に限ったものではなく,日常の数量表現に目を向けると,「15人」「3メートル」についても同様に,「15人は1人の15倍」「3メートルは1メートルの3倍」と考えることができます。「15人は15の人数倍」「3メートルは3のメートル倍」とは言いません。

*6:1個の実数値(スカラー量)という制約を外すと,wikipedia:アフィン変換に見られる行列とベクトルの積の形や、https://triple-underscore.github.io/SVG11/coords.htmlの「3x3 の 変換行列」を用いた座標系変換と関連付けることができます。その場合,スカラー量の議論での文字はベクトルに,係数は変換行列に,それぞれ対応します。