かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

2005年の検定外の算数教科書のかけ算の順序

 2005年の,小学校の先生向けの本にも,「2つの数を出現の反対の順にしてかける文章題(出現順だと正解ではない)」「アレイ(2つの数を入れ換えた式も正解)」などが,特に断りなく取り入れられていました。書かれていなくても当たり前の事項だったと推定できます。


検定外・学力をつける算数教科書〈第1巻〉第1学年編

検定外・学力をつける算数教科書〈第1巻〉第1学年編

検定外・学力をつける算数教科書〈第2巻〉第2学年編

検定外・学力をつける算数教科書〈第2巻〉第2学年編

 テープ図を批判するより前にで紹介した「プリントによる全体・部分集合の学習」が書かれているのは,第1学年編のほうです。
 どちらの本にも,目次の前に,監修者・横地清氏による編集の趣旨が2部構成で書かれています。当時の検定教科書や学習指導要領の欠陥を指摘する中で,p.4に太字で書かれた「今日の子どもは早くから地球時代,宇宙時代,さらにはIT時代の世界に生きていると言ってよい。」が,いろいろな意味で時代を感じさせます。この本から離れますが,「宇宙時代」で連想するのは,オーリという商品であり,テレコンワールドというテレビ番組です。1990年代中ごろ,深夜によく目にしました。*1
 さて,手元にあるのは第1学年編と第2学年編のみですが,p.6と,ジャケットの見返し部分の記載を合わせると,作成グループと学年との対応付けは以下のようになります。そして横地氏は,すべての監修に携わったという位置づけです。

  • 「大阪研究グループ」は第4学年編・第5学年編
  • 「山形研究グループ」は第1学年編・第3学年編
  • 「山梨研究グループ」は第2学年編・第6学年編

 かけ算より前に,第1学年編のp.143から始まる「集合と論理」をざっと見ておきます。はじめに教師向けの解説文に3ページを割いています。そしてp.143の下部には,「「新算数4年1」大日本図書,1961,38-39より」として,教科書の見開きが載っています。その見開きから読み取れる,集合の記載例は「{② ③ ⑤ ⑥ ⑦}……(ア)」「{① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦}…(イ)」「{① ④}……(ウ)」です。それらの集合表記より上(同じページ)では,箱囲みで,①から⑦までを左から右に並べ,それぞれに縦書きで人物名を書いています。要素をカンマで区切っていませんが,集合の外延的記法と同等と見なせる書き方です。
 それに対し,p.146から始まる子ども向けの絵および文章では,「かこんだ ぜんぶのしゅうごうのなかで,左のえのように,おとこのこは 4にん います。おとこのこのあつまりを,「おとこのこのしゅうごう」と呼びます。」となっています。それぞれの男の子の区別は重要視されていませんし,あとの出題(例えばp.148の3問はいずれも「~のしゅうごうはなんにんですか。」です)からも,多重集合を扱っているのが確認できます。
 ではかけ算に移ります。第2学年編のp.72からです。
 かけ算の言葉の式として,p.73では「同じ数」×「回数」と書いてあります。また子ども向けにはp.81の最下段に「おなじ数×いくつぶん=ぜんぶの数」となっており,かけられる数と積は同じ種類の数になるのが含まれています。Greerの分類表のうち,Equal groupsは「同じ数ずつ」,Equal measuresは「同じ量ずつ」と訳すのがよさそうに思えてきました*2
 「かけられる数」「かける数」の用語はp.77で,初出は太字になっています。そのすぐ下には,6×4=4×6の式と,「かけざんでは,かけられる数とかける数を入れ換えても,こたえは同じです」すなわち交換法則のことが,書かれています。さらに「2×8=14+2=16」などの式があり,これは小学校算数の学習指導要領に書かれている「乗数が1ずつ増えるときの積の増え方」に対応するものです。かけ算を段ごとに学習するより前のところで,これらが一括して取り扱われているのは,現在の教科書に見かけない独自性と言っていいかもしれません。
 かけ算の順序を問う問題*3も,ありました。少しページを進めて,p.88の「かんがえよう」の大問2です。「子どもが7人います。1人におりがみを5まいずつくばると,ぜんぶでなんまいいるでしょうか。」という問題文の下に,「(しき)」と「こたえ」の欄があります。p.105の解答を見ると「5×7=35 35まい」となっていて,式にする際には5が先,7があとです。
 ほかにp.113の「ゆりこさんは,8人の人からお年玉をもらいました。どのふくろにも,3000円ずつ入っていました。ぜんぶで,お年玉はいくらだったでしょうか。」と,p.119の「③ チョコレートを2はこかいました。1はこの中にチョコがたて4こで,よこに6れつならんでいます。(1) 2はこではチョコはぜんぶんでなんこでしょうか。」(式は「4×6×2=24×2=48 48こ」)も該当します。
 タイルの2次元配置を見ることもでき,p.100のまとめの大問1②は,3行6列の並びで,解答には3×6=18と6×3=18を挙げています。なお大問1①は,4行4列の並びで,式は4×4=16のみです。
 「あきらくんの家では,ほしがきをたくさんつくっています。1つのならに4こずつつるしてあります。そのなわがぜんぶで200本あります。かきは,ぜんぶでなんこあるでしょう。」(p.116)の式には「4こ×200本=」で,等号の右は空欄です。すぐ下に,バラ数による計算のあと「こたえ 800こ」としています。「かける数とかけられる数をいれかえて,計算してみました。」という文と,200×4=800のバラ数表記の式が,続きます。交換法則は,計算の性質である(ほしがきの文章題において「200×4」または「200本×4こ」という式を立てることは,想定されていない)のを示唆しています。
 バラ数は別として,以下のことは,現在の算数教科書との共通点となっています。

  • かけられる数とかける数は明確に区別されている。
  • 「式に表す」「式を読む」活動において,かけられる数と積は同じ種類の数量である。
  • アレイ(2次元配置)では,2つの数を入れ換えた式も認められる。
  • 立式した上で,計算(たしかめ)において交換法則の適用がなされている。
  • 2つの数を出現の反対の順にしてかける(式に表す)文章題が入っている。

 これに関してp.6の「各研究グループには実践と研究の豊かな,肝入りの小学校の現場の校長,指導主事,先生方がたくさんそろっている。」が興味深いところです。最初に読んだときは,内容の保証をするいわば宣伝文句ととらえたのですが,書籍の中で明示されていない上記の5項目は,そのころの先生方にとっては書かれていなくても当たり前の事項だったと,考えられるのです。

*1:そのほか「IT」に関して,総務省が「IT政策大綱」を「ICT政策大綱」に改めたのは2004年ですが,「検定外・学力をつける算数教科書」のシリーズを執筆している段階で,この変革に対応していないと言うのは酷というものでしょう。なお,情報通信関連の最近のトピックといえば,IoT(モノのインターネット)です。https://hnavi.co.jp/knowledge/blog/ict/に,IT・ICT・IoTの違いがわかりやすく記されています。

*2:本記事で取り上げている第2学年編において,子ども向けの記載に「ずつ」がたびたび出現しますが,必須ではなく,「1はこ8こいりのおかし4はこぶんでなんこ。」「1本9cmのリボン7本ぶんでなんcm。」(いずれもp.86),「6人のグループがちょうど5つできました。」(p.101)のように,「ずつ」なしの出題も載っています。いずれも式で表すと,かけられる数の単位は,求めたい量の単位と一致します。

*3:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20131229/1388265996