かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

被加数と加数の順序

  • 山本良和: 感覚的な身体表現から数理的な言語表現を引き出す―「片手バイバイ」,「両手バイバイ」―, 算数授業研究, 東洋館出版社, Vol.118, pp.46-47 (2018).
  • 山本良和: 言語としての式の機能の意識化に関する一考察―1年「たし算」―, 算数授業研究, 東洋館出版社, Vol.118, pp.68-71 (2018).

 「片手バイバイ」は合併,「両手バイバイ」は増加をいいます。1年の加法の意味理解の授業の中で,子どもが「(この話は)片手バイバイだ!」とつぶやいた*1のを著者が拾い上げています。
 2番目の文章は「研究発表」となっています。研究主題について,研究対象,研究内容(2つの研究対象授業),研究の成果と今後の方向性,という4部構成です。
 研究主題の中に,増加を,合併と区別して(子どもが)理解することの意義が書かれた文章がありました(p.68)。

 通常,加法の導入では合併を扱い,その次に増加を扱う。これらの違いは時間である。合併は同時に存在する2つの数量を合わせるのに対して,増加は初めにある数量に追加したり,増加したりしたときの大きさを求める。どちらも「+」を用いた式で表現されるが,式としての意味に違いがある。
 AとBという2つの数量の合併を式に表すと,「A+B」でもよいし「B+A」でもよい。つまり,どちらに先に目を付けるかという違いであり,1年生の子どもも理解できる。一方,増加の加法は時系列の順があり,始めにAあったところにBが追加されると「A+B」という式になる。「B+A」としたら変だと子どもが感じられるようになったとき,増加の加法の意味と式という表現が理解できたと言える。合併と増加の加法の式を対比し,被加数と加数の順序を検討することは,式の言語としての機能を意識することにつながっている。

 「被乗数と乗数の順序」であれば,2017年6月に文部科学省サイトで最初のバージョン(PDFファイル)が公開され,今年書籍として出た『小学校学習指導要領解説(平成29年告示)算数編』に記載があります*2が,「被加数と加数の順序」は見当たりません。この表記は,著者(山本氏)から私を含む読者に対し,『小学校学習指導要領解説算数編』をしっかり読もう*3,そしてその字面に囚われることのないようにしよう,というメッセージであるように思えます。
 ともあれ,http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1387014.htmより本記事執筆時点で参照可能なhttp://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2018/05/07/1387017_4_3.pdfを読み直し,増加と合併が使用されている箇所を見ていくことにします。ページ番号はPDFのページではなく,該当ページの最下段に表示されているものを記載します。(あ)から(お)までで構成された,「加法が用いられる場合」の箇条書きは,p.84にありますが,同じページの「加法は二つの集合を合わせた集合の要素の個数を求める演算であり」の箇所から,5つの中で基礎をなすのは合併であることが読み取れます。
 次のページ(p.85)の「例えば,あさがおの種について,昨日取れた個数と今日取れた個数を合わせた個数を求めることを,加法の式で表すことができる。」は,時系列の順を意識するなら増加の意味ですが,合併で考えても差し支えない場面です。同じ段落の,たし算・ひき算の式については,増加・求残の意味と考えられます。
 さらに次(p.86)の「太郎さんは,前から8番目にいます。太郎さんの後ろに7人います。全部で何人いるでしょう。」について,新しい解説に明示*4された(う)の順序数を含む加法ですが,図の直後の「太郎が8番目にいるということは,太郎がいるところまでの人数は8人であり,同時に存在する二つの数量を合わせた大きさを求める場面と数量の関係が同じとみて,8+7というように加法の式に表すことができる。」によると,合併を根拠としています。ここで例示された,順序数を含む加法の場面は,合併に帰着できるというわけです。
 2年に上がると,加法と減法の相互関係(p.111)において,「A(男の子の人数)とB(女の子の人数)が分かっていてC(全体の人数)を求める場合が加法で,A+B=CやB+A=Cとなる。」とあり,合併の場面です。同じページの「はじめにリンゴが幾つかあって,その中から5個食べたら7個残った。はじめに幾つあったか」については,7にあたる量を左,5にあたる量を右に置いてつなぎ,全体を□としたテープ図のすぐ上に「□を7+5として求める。」と書いてあります。時系列として「7個残った」が先,「5個食べた」が後という(すなわち増加として考えている)わけではなく,□-5=7 ⇒ □=7+5というのが,加法と減法の相互関係になっている,と解釈するのがよさそうです*5
 「はじめにリンゴが幾つかあって,5個もらったら12個になった。はじめに幾つあったか」(pp.111-112)について,□を用いた式は「□+5=12」のみです。これは増加の場面です。
 加法の交換法則は,pp.112-113で詳しく述べられています。「ふくろにどんぐりが8個,もう一つのふくろにどんぐりが16個入っています。どんぐりは全部で何個でしょう。」に対し,式は「8+16=24」と「16+8=24」を明示し,「8+16の結果と16+8の結果とを比べることで,加法では,順序を変えて計算しても答えは変わらないことが分かる。図からも,左右の数を入れ替えても,全体の数は変わらないことを見いだすことができる。」としています。合併の場面です。
 『小学校学習指導要領解説算数編』において,増加の場面と合併の場面,そして直接的にはそのどちらでもない場面が,目的に応じて使い分けられているとみてよいでしょう。


 文献から離れ,山本氏の記述のうち「対比」に関して,自分なりに検討しておきます。増加・合併に限らず,次のような文を作ることができます。

  • 「2と3を足す」と「2に3を足す」
  • 「2と3を掛ける」と「2に3を掛ける」
  • 「xとyは比例の関係にある」と「yはxに比例する」
  • 「君と僕の意見は同じだ」と「君の意見は僕と同じだ」

 各項目の前者のカギカッコには,英語のandに対応する「と」があり,2と3,xとy,君(の意見)と僕の意見,がそれぞれ,一体として,演算の対象または主語となっています。そして山本氏の記した「「A+B」でもよいし「B+A」でもよい」と同じく,「と」の左右を交換しても意味は変わりません*6
 それに対し各項目の後者のカギカッコでは,2,y,君の意見のみが,それぞれ目的語(演算の対象)または主語となっており,3,x,僕(の意見)は直後の助詞と合わさって,術語(足す,掛ける,比例する,同じだ)を修飾する形です。2つの言葉を交換すると,ニュアンスが変わってきます。とくに算数においては,「2に3を足す」と「3に2を足す」,「2に3を掛ける」と「3に2を掛ける」について,それぞれ異なる意味(具体的な場面)を与えることが可能となっています。
 英語で書かれた文章からも,同様のことを知ることができ,海外では,「かけ算の順序」「たし算の順序」についてどのような見解を出していますか? - わさっきで取りまとめてきました。


 「算数授業研究 Vol.118 論究XIII」を通して読んで,興味深かったところを書き出しておきます。

  • p.25(青山和裕): 「ピーマンを食べれば記録が良くなる」「ピーマン好きは野菜もよく食べていて健康だから記録が良い」を例に,「推測していることをまるで事実のように思いこんでしまうのはとても危ないので注意したい」
  • p.29(高橋昭彦):「どうやって計算したか」ではなく「なぜ数が変わって繰り上がりが増えても筆算を使って計算できるか」
  • p.39(前田一誠):板書「おにいさんがみかんを8ふくろ買ってきました。どのふくろにも2こずつ入っています。」に対し式は2×8=16。「2×8+3×8=5×8」の筆算形式も
  • p.41(細水保宏):最後の数直線図には,2本の数直線をまたぐ矢印が3つ。その一つは,矢印の両端に「×2」が添えられている。残りの矢印には添え字なし
  • pp.42-43(正木考昌):違和感のある「磯部」の出現。最終段落の「6+4の加数分解の計算過程」は「8+6の(以下同じ)」と思われる
  • p.45(夏坂哲志):3\frac35÷\frac34の筆算。商の整数部は4,非整数部は\frac45

*1:感嘆符がつくような「つぶやき」がどのようなものなのか,個人的に想像できないのですが。

*2:http://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2017/06/28/054525

*3:今回引用した箇所の4行上,「学習指導要領では」は「学習指導要領解説では」のはずです。

*4:https://twitter.com/takehikom/status/878435461106028545

*5:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20120712/1342032806

*6:こういうときの「交換可能」について,英語では"symmetric"も見かけますが,"interchangeable"をよく目にします。「交換不可能」のほうは,"asymmetric"です。