かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

「1つ分」と「1あたり」をつなぐもの

 このページで,「かけ算の意味」として,赤字になっている言葉の式は,次の2つです。

  • (1つあたりの量)×(それがいくつあるか)=(全体の量)
  • (全体の量)×(割合〔相対度数〕)=(調べたい量)

 これらの出現順や文中の使われ方から,「(1つあたりの量)×(それがいくつあるか)=(全体の量)」がより重要というのが読み取れます。
 なのですが,かけられる数にあたるところには,「(1つ分の量)」や「(1つ分の数)」という表記も見かけます。
 執筆者(井出真歩氏)にとっては,「(1つあたりの量)」「(1つ分の量)」「(1つ分の数)」は同等のものなのかもしれません。
 この,同等視できることについて,Greer (1992)に書かれていました(p.277*1)。

An alternative way of conceptualizing the equal-groups situation is in terms of rate. From this point of view, the initial example may be expressed thus:
If there are 4 cookies per child, how many cookies do 3 children have?
In general, the number per group is multiplied by the number of groups to find the total number. There is implicit in this conceptualization an invariant relationship linking number of children and number of cookies; the situation described in the example is the particular instantiation of this relationship when the number of children is 3.
(私訳)
同等のグループの状況を概念化する別の方法として,rateの考え方があります。この観点から,最初の例は次のように表現できます:
1人の子供につき4枚のクッキーがあるなら,3人の子供は何枚のクッキーを持っていますか?
一般に、1グループあたりの数にグループの数をかけて,総数を求めます。この概念化には,子供の数とクッキーの数を結びつける不変の関係が暗黙のうちに存在しています。例で述べられた状況は,子供の数が3のときの関係を,具体化したものです。

 私訳で「rate」と書き,あえて訳さなかった語について,辞書では「割合」「比率」といった日本語を見かけますが,日本の算数のもとでは「1あたり」とみなすことで,話がつながります。原文のうち「4 cookies per child(子供1人あたり4枚のクッキー)」「the number per group(1グループあたりの数)」が,かけられる数になる(multiplied)のです*2
 「the initial example(最初の例)」というのは,同じ文献のp.276に書かれています,海外では,「かけ算の順序」「たし算の順序」についてどのような見解を出していますか? - わさっきhbから原文を取り出し,上記と用語を合わせる形で私訳を添えると,「3 children have 4 cookies each. How many cookies do they have altogether?(3人の子供が4枚ずつクッキーを持っています。全部合わせるとクッキーは何枚ですか?)」となります。このとき,「4 cookies」の4がかけられる数(1つ分の数)になるのですが,これを「4 cookies per child」と解釈することで,かけられる数とかける数,そして全体の数量関係をそのままにして,equal groupsの場面をrateの場面にすることができる,というわけです。
 rateの場面のかけ算の式を,4[枚/人]×3[人]=12[枚]と表せるのに対し,equal groupsでは(かける数が無名数になることに注意して)4[枚]×3=12[枚]です。
 なのですが,Greer (1992)ではrate(1あたり)がかけ算の根本にあるのだ,これがかけ算の意味なのだという方針を,採っているわけではありません。かけ算・わり算の場面(章題に含まれる「Models of Situations」)がさまざまにあることを,文章や図,多くの文献をもとに示していて,rateは場面の一つです。
 各場面がすべて同等というわけでもなく,equal groupsの「3 children have 4 cookies each. How many cookies do they have altogether?」の例題の前に,「A situation in which there is a number of groups of objects having the same number in each group normally constitutes a child's earliest encounter with an application for multiplication.(いくつかのグループがあって,各グループで同じ個数の物体があるときというのが,子どもが最初にかけ算を用いる場面になる)」と書いています。ここから,「1つ分の数」を用いた認識や,授業での出題が,「1あたり」よりも先になることが示唆されます。冒頭の記事とは前後が逆になっています。
 日本の算数の状況を書いておきますと,2年のかけ算の単元ではどの教科書も(表記は少しずつ異なりますが)「1つ分の数×いくつ分=ぜんぶの数」で導入されます。「1あたり」や「パー(/)書きの量」は,数学教育協議会やその影響を受けた指導で見かけることはあっても,算数の教科書では皆無です。次に「乗法の意味の拡張」という考え方のもと,5年の小数のかけ算で,「いくつ分」にあたる数が小数の場合でも,演算決定(そして立式)できることを学習します。百分率を含む割合の単元では,例えば「もとにする量×割合=くらべられる量」といった言葉の式になります。速さの単元(これも5年)では,「単位時間当たりに移動する長さ(道のり)」を速さとして採用することで,「速さ=道のり÷時間」の式を得て,道のりや時間を求める場合へと進みます。「もとにする量×割合=くらべられる量」も「速さ×時間=道のり」も*3,二重数直線を用いて図にしています。


 冒頭の記事を最初に読んだ際の感想は,https://twitter.com/takehikom/status/1396578355466571776から始まる一連のツイートです。現時点で記事には2つのコメントがついていますが,https://twitter.com/w2Y3lkPhWhOwuqj/status/1396455435348054016の返信に,類似したものを見かけます。

*1:https://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2019/09/10/211914Googleブックスへのリンクを書いていて,https://books.google.co.jp/books?id=N_wnDwAAQBAJ&lpg=PR1&hl=ja&pg=PA277#v=onepage&q&f=falseで該当箇所を読めるといいのですが,自分のブラウザでは「276~277ページはこのプレビューに表示されません。」と出ます。

*2:2点,補足します。まず,Greer (1992)では,具体的な場面に対し,何がかけられる数か,かける数かについて読み取ることはできますが,本記事で紹介した子供とクッキーの例題において,式は3×4か4×3か,それともどちらでもよいのかについては,何も言っていません。次に,「1あたり」になる数量が必ず,かけられる数になるというわけではありません。2つの「1あたり」をかけて次元の異なる「1あたり」を得るような,かけ算の文章題を作ることもできます。

*3:速さに関連して,「異種の二つの量の割合」という用語が,解説のつかない小学校学習指導要領の算数に記載されています。それに対比する形で,「もとにする量×割合=くらべられる量」のほうを「同種の二つの量の割合」と捉えることもできます(小学校学習指導要領にはそのような表記はありませんが)。[isbn:9784491043784]のp.129で,高学年での学習事項が図になっており,「異種の2量」「同種の2量」「単位量」といった語句があります。