算数の問題解決に焦点を当て,「場面」と,その関連語について見ていきます。
「『場面』とは何か」や「『場面』は算数においてどのように定義されているか」を,出典をつけて答えるのは難しいです。無料で参照できる辞書(国語辞典)では,Weblio辞書の「物事が行われているその場のようす」や,コトバンクの「ある物事が行なわれたり、あることばが用いられたりするとき、それに制約、影響を及ぼすまわりの事情や状況。」が関連するように見えます。
「『場面』は,算数においてどのように使用されているか」に,質問を切り替えると,まず押さえておきたいのは,小学校学習指導要領や解説(それぞれの算数)です。
平成29年告示の小学校学習指導要領 第3節 算数で,「場面」を検索すると,14回出現し,その最初は「加法及び減法が用いられる場面を式に表したり,式を読み取ったりすること。」です。14回のうち5回は「学習場面」,2回は「問題場面」という四字熟語で出現しています。
小学校学習指導要領解説でリンクされている【算数編】のPDFファイルを,Adobe Acrobatで開き,「場面」を検索すると,378回出現するという結果になりました。1件1件見るのは困難です。
情報源を変更します。『算数教育指導用語辞典[第五版]』のページをめくりながら,「場面」を調べてみました。
文章題とは,一般には,「具体的な生活場面や問題場面を背景として解決をせまる課題を含んだ文章などで表現されている算数の問題」と規定される。
ここにも,「問題場面」が使われています。となると算数においては,「問題」と「場面」は類義語であって,「場面」でもいいけれど「問題解決」を念頭に置き,算数では「問題場面」と書くことがある,という仮説を立てることができます。
なのですが,この次のページで,「場面」と「問題」が区別されていました。脚注を除き,ページ全体がひとつの表になっていて,表見出しは「解決過程における配慮事項の要約」です。表頭と,続く2行分を,書き出します。
手だての柱 発問の核 支援の要点 場面を理解する ①様子を思いうかべながら読んでみましょう
どんなお話しでしょう●発達段階に応じた提示に工夫
部分提示と全体提示
文章提示と説話提示
情景画提示と実演(体験)提示問題を理解する ①聞かれていることは
②わかっていることは
③どんな関係になっているか●目的的把握(ねらい,なんのためにやるのか)
●条件整理,関係把握
書き出さなかった内容と合わせて,次のように表せます。「場面の理解」と「問題の理解」は,解決過程における「問題把握」の段階で行います。問題文を読んで,場面・情景を認識することが,「場面の理解」であるのに対し,読み取ることのできた場面から,算数の問題として,何を問われているかに注目することが,「問題の理解」となります。
上に書いた仮説は,間違いでした。この表の記載から,「場面」と「問題」は別々の概念であることが明瞭になりました。「問題の理解」の対象となるのが「場面」であり,その提示の方法として,部分提示・全体提示,文章提示・説話提示,情景画提示・実演(体験)提示を挙げることができます。
『算数教育指導用語辞典[第五版]』では,「問題づくり」(p.93)にも「場面」が頻出します。見出しを並べます(原文では,(1)から(4)までのそれぞれの間に文章があります)。
[1] 問題づくりの場面
(1) 問題設定の場面
(2) 一般化を図る場面
(3) 学習内容の定着場面
(4) 学習の発展場面
これらの「場面」は,「(の)段階」に置き換えることが可能です*1。
それに対し,このページの右カラム本文の「場面」は,意味合いが異なります。段落や,箇条書きの項目ごとに,1つ以上「場面」の語があります。以下はその中で特徴的なものです。
また,解決方法については,その方法がほかの場面でも使えるかどうか,数値や場面を変えて確かめてみるようにするとよい。
学習内容の理解を深めるために,式や場面を与えて作問させるとよい。
(1) できる限り子供の身近な場面から,算数の問題を作らせるようにするとよい。また,子供とともに,学習計画を立てたり,問題を見つける場面を設定したりすることも大切である。
これらの「場面」は,pp.269-270で書かれた「場面」と同じ使われ方に見えます。ただし,必ずしも文章で表現する必要はなく,絵などによる教師からの提示や,児童が絵と説明と式のセットを作るような活動も,想定することができます。
「場面」に対応する英語として,国語辞典では「シーン」と書かれていたのでsceneを割り当ててもよいのですが,むしろ思い浮かぶ単語はsituationです。What are the views on "order of multiplication" and "order of addition" outside Japan?で紹介した複数の文献に,この語が出現します。
Lannin et al. (2013)の該当箇所の文は"Being consistent in the symbolic expression that you use to refer to a model or situation will help students build their understanding."です。このうち"a model or situation"は,「モデルまたは場面」と訳すことができます。modelとsituationは同格ではなく("a model, or a situation"ではない),modelとsituationを一体化したいわけでもなさそうです。「モデルと言っても場面と言ってもいいんだけど(記号表現に一貫性を持たせることが有用なんだよ)」と捉えるのは,どうでしょうか。
*1:「問題づくりの場面」は,「問題づくりの階梯」としたいところです。https://www.weblio.jp/content/%E9%9A%8E%E6%A2%AFの説明にも「段階」が出現しています。