かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

「いちご」のかけ算

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 副題の「ユニバーサルデザイン」のほか,本文で「特別支援教育」の言葉も見かけますが,特別支援教育としての実施ではなく,「通常学級における授業に視覚化,動作化を意図的に取り入れること」がなされています。2年生の学習ということもあり,「基準量」の「いくつ分」を指導し定着させることが試みられています*1
 かけ算(2)の11(p.61)には,「ケーキが5つあります。1こずつのせると,いちごは何こいりますか。」という問題を使用しています。表の右の列を見ると,T(教師)は「A 5×1=5」「B 1×5=5」と板書し,そこから子どもたちの発言を促します。C1からC4までのうち,理由を説明している3人の発言を取り出します。

C1:わたしはBだと思います。どうしてかというと、5の方が先に書いてあるけど、1個の方にはずつと書いてあるからです。

C2:私もBだと思います。Aだとケーキの上にいちごを5このせて1つ作ることになるからです。

C4:私もBだと思います。ケーキが5こあって、それに1こずついちごをのせるってことだからです。

 このうちC1は,C2やC4と比べて,「ケーキが5つあります。1こずつのせると,いちごは何こいりますか。」という問題の場面をきちんととらえておらず,「ずつ」のあるほうがかけられる数になるという方略を採っているように思えます。その一方で,C1の発言を肯定的に捉えるなら,既習の「基準量が後に示された問題」を思い出しながら,どちらがかけられる数か,かける数かを,適切に認識していると見ることもできます。
 評価テスト問題(p.64)は以下の通りです。いずれの問題文にも,「ずつ」が出現しません。

1 1はこ 3こ入りの ドーナツ 5はこ分では、何こに なりますか。
2 1まい9円の 画用紙を 6まい 買います。何円に なりますか。
3 8チームで やきゅうの しあいをします。1チームは 9人です。みんなで 何人 いますか。
4 長いすが 6つあります。1つのいすに 4人 すわります。みんなで 何人 すわれますか。
5 三りん車が 5台 あります。1台の タイヤの数は 3つです。タイヤの数は ぜんぶで いくつですか。
6 かぶと虫が 8ぴき います。1ぴきの 足の数は 6本です。足の数はぜんぶで何本ですか。

 各出題の意図は,同じページに「1,2は出てくる順番通りに立式すればよいが,3,4は逆になるので難易度が高くなる。5,6も逆になる問題であるが,キャラクターを使うことで問題場面がイメージし易くなれば正答率が上がることが予想される」と書かれています。得意なA児は全問正解,苦手なB児は1,2,5,6に正解しており,全体の正答率*2においても3,4が低く,キャラクターを使った5,6が高くなっています。
 かけ算(2)の11,「ケーキが5つあります。1こずつのせると,いちごは何こいりますか。」に話を戻します。支援について,〈確認するための視覚化〉と〈思考を促すための動作化〉が書かれていますが,「1×5」で「いちご」という語呂合わせ,あるいは聴覚的支援もまた,意図されていたのではなかったでしょうか。

*1:この観点でも,アレイに基づく場面では,かけられる数とかける数とを交換した2つのかけ算の式が正解(その場面を表す式)となり得ますが,かけ算(1)の7(p.58)の,牛乳瓶が5×4に入った場面について,「4×5はだめだよ。だって問題に5本ずつ4れつって書いてあるから。」という子どもの発言を,反応に入れています。

*2:図17 (p.65)に見られるパーセント表記の正答率について,「対象児童28名」という実態に,少々合っていません。小数第2位がいずれも「0」ですがこれは記載ミスと思われます。「基準量が先に示された問題」となる1と2では,2問合わせた正答数が53であれば,正答率は53/(28×2)×100=94.64…と求められます。3と4の合計正答数は38,5と6については合計50で,紀要に記載の値と最も近くなります。

シュスター先生の授業~"Classroom Discussions" 初版本より

  • Chapin, S. H., O'Connor, C., and Anderson, N. C.: Classroom Discussions (Using Math Talk to Help Students Learn, Grades 1-6), Math Solutions (2003).

Classroom Discussions: Using Math Talk to Help Students Learn : Grades 1-6

Classroom Discussions: Using Math Talk to Help Students Learn : Grades 1-6

 Amazonで安値だったので注文しました。第1章(An Overview)の出だしは,シュスター先生の授業~かけ算の順序と交換法則でSECOND EDITIONに基づく記載を取り上げた*1のと同じく,かけ算の交換法則の授業でしたが,読んでみると,いくつか数量が異なっているのに気づきました。
 以下は冒頭の書籍における記載と和訳です。SECOND EDITIONと異なる箇所は色を替えています。また「」は,SECOND EDITIONにある記載がないことを意味します。

The students in Mrs. Schuster's third grade are discussing a question she has set out for them to consider: "Does the order of the numbers in a multiplication sentence affect the answer? Explain why or why not." In order to explore this question, they are generating examples of multiplication sentences and testing what happens when they change the order of the factors. Students know many of the basic multiplication facts but have not yet learned an algorithm for multidigit multiplication.
〔シュスター先生が担任する3年の児童たちは,先生が提示した次の問題について議論をしている:「かけ算の式で,数の順序によって答えが変わるか? なぜそうなるか(またはそうでないか)を説明しなさい」。この問いを詳しく検討するため,児童たちはかけ算の式の例を作って,かける数とかけられる数の順序を変えると答えがどうなるかを調べている。彼らは,基本的なかけ算の九九はよく知っているが,複数桁のかけ算の計算方法はまだ学習していない。〕
One student has made a conjecture that the order of the factors does not make a difference—"the answer is the same no matter which number goes first." Students are agreeing with this conjecture by bringing up other examples that work, such as 3 x 4 = 12 and 4 x 3 = 12. Mrs. Schuster then asks if this conjecture works with larger numbers and suggests that they use calculators to check. Students are able to generate many examples to verify the conjecture, but explaining why the products are the same is not as straightforward as carrying out the multiplication.
〔ある児童が,かける数とかけられる数の順序は変化をもたらさない,すなわち「どちらの数が先に来ても,答えは同じ」と予想した。児童たちは,3×4=12と4×3=12といった式の例を見ていきながら,この予想に同意している。そこでシュスター先生が,この予想は大きな数でも成り立つかどうかを,電卓を使って確かめなさいと指示した。児童たちは,この予想が正しいことを確かめるため多数の例を作れるものの,なぜその答えが同じになるかを説明するのは,かけ算の答えを求めることほど容易ではない。〕
1. Eddie: Well, I don't think it matters what order the numbers are in. You still get the same answer. But three times four and four times three seem like they could be talking about different things.
〔1. エディ:えっと,私は数の順序で違いがあるようには思いません。たしかに,同じ答えになります。だけど,「3倍の4」と「4倍の3」は,異なることを言っているように見えます。〕
2. Mrs. S: Rebecca, do you agree or disagree with what Eddie is saying?
〔2. 先生:レベッカさん,あなたはエディさんの意見に,賛成ですか反対ですか。〕
3. Rebecca: Well, I agree that it doesn't matter which number is first, because three times four equals twelve and that's the same thing as four times three. But I don't get what Eddie means about them saying different things.
〔3. レベッカ:はい,私はどちらの数が先に来ても問題にならないと思います。なぜなら,3倍の4は12で,4倍の3も同じことだからです。ですが,エディの,異なることを言っているというのが,何を意味するのか分かりません。〕
4. Mrs. S: Eddie, would you explain what you mean?
〔4. 先生:エディさん,どういうことか説明してくれますか?〕
5. Eddie: Well, I just think that like three times four can mean three groups of four things, like three bags of four apples. And four times three means four bags of three apples, and those don't seem like the same thing.
〔5. エディ:はい,「3倍の4」というのは,4つのものが3グループという意味になります。そして,「4倍の3」は,3つのリンゴが4袋で,それらは同じものではないように思うのです。〕
6. Tiffany: But you still have the same number of apples! So they do mean the same!
〔6. ティファニー:だけどリンゴの数は同じでしょ! だから同じってこと!〕
7. Mrs. S: OK, so we have two different ideas here to talk about. Eddie says that order does matter, because three times four and four times three can each be used to describe a different situation, like four bags of three apples or three bags of four apples. So the two number sentences mean different things. And Tiffany, are you saying that those two number sentences can't be used to describe two different situations?
〔7. 先生:分かりました。ここまでの発表で,2つの違った考えが出てきましたね。エディさんは,順序は重要だと言いました。なぜなら3倍の4と4倍の3は,「3個入りのリンゴが4袋」と「4個入りのリンゴが3袋」のように,それぞれ違った場面を表すのに使えるからです。それで(かける数とかけられる数を入れかえた)2つの式は異なるものを表すのですね。さてティファニーさん,あなたは,そんな2つの式が違った場面を表すのに使えないって言うのですか?〕
8. Tiffany: No, I mean that even though the number of bags is different, the answer is the same.
〔8. ティファニー:いいえ,私が言いたいのは,袋の数が違っていても,答えは同じになるってことです。〕
9. Mrs. S: OK, so you're saying that order doesn't matter because the answer is the same?
〔9. 先生:分かりました。じゃあ,答えが同じになるから,順番は重要じゃないと言いたいわけ?〕
10. Tiffany: Right.
〔10. ティファニー:そうです。〕
11. Mrs. S: OK. We need to think about this. In Eddie's statement, order makes a difference in the situation you're describing. In Tiffany's statement, order doesn't make a difference in the answer we get. So when does order make a difference in multiplying two numbers together?
〔11. 先生:分かりました。このことについてみんなで考える必要がありますね。エディさんの意見では,順序は,場面を表す際の違いをもたらします。ティファニーさんの意見だと,同じ答えになるのだから違いはありません。では,2つの数をかけ合わせて,順序が違いをもたらすのは,どんなときでしょうか?〕

 上記のやりとりは,一貫しているように見えます。使用するかけ算の式は「3×4」と「4×3」です。それに対しSECOND EDITIONでのやりとりでは,3. Rebeccaの発言中に"two times five equals ten"が出現し,それに影響する形で,5. Eddieの説明も7. Mrs. Sの整理も,「2×5」と「5×2」の比較となっています。
 この違いについて,謎を解く手がかりが,直後の段落の最後の文に記されていました。以下は,初版本およびSECOND EDITIONで同一内容でした。

Mrs. Schuster is using classroom talk to deepen students' understandin of the commutative property. She knows that this mathematical idea maybe clear enough for the operation of addition, but that it gets complicated when we introduce multiplication. She knows that in the case of addition, students can easily see that the number sentence 2 + 3 and the number sentence 3 + 2 can be used to describe the same situation. It doesn't really matter whether we mention the three pears or the two apples first. In the case of multiplication, however, if we focus on the particulars of the problem situation, the order of elements in the number sentences suddenly matters. As Eddie points out, two bags of five apples and five bags of two apples are very different.

 ここから推測できる経緯は次のとおりです。Mrs. Schusterをはじめ,人物名は別かもしれません*2が,SECOND EDITIONと同様に,ある児童が途中で"two times five equals ten"を持ち出した授業がなされ,テープまたは筆記で記録されていました。それを“Clasroom Discussions”の本の第1章で取り上げようと,著者らが編集する中で,3×4と4×3で一貫するのがよいと考え,授業のやりとりも,これらの式に基づく関係に書き換えました。しかし,授業シーンが終わったあとの,"As Eddie points out, two bags of five apples and five bags of two apples are very different."には見直しがなされず,そのまま2003年に出版されてしまい,SECOND EDITIONにおいては,授業のやりとりが修正されたというわけです。
 「3×4と4×3,答えは同じでも意味が違う」を言うには,Luckier! - わさっきで紹介した"three children each having four candies are luckier than four children each having three candies"(4つずつキャンディを持っている3人の子どもは,3つずつキャンディを持っている4人の子どもよりも,運がいい)が明快であり,授業でも実演しやすいと思います。「3×4と4×3,答えは同じ」を活用するなら,「みんなが描いた絵を3段・4列で掲示しようとしたら,掲示板の横幅が足りなかったので,4段・3列にするよ」でしょうか。

*1:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20141002/1412193761https://www.slideshare.net/takehikom/2x3-3x2/49https://www.slideshare.net/takehikom/2x3-3x2/71でも紹介しています。

*2:Acknowledgmentsには,Schusterの語は見当たりませんでした。

算数教育への批判と『小学校学習指導要領解説算数編』の記載,Ver.3をリリース

f:id:takehikoMultiply:20180320052633p:plain
 Googleドキュメントにて,https://docs.google.com/spreadsheets/d/1IhdzSy28FW1xdYCBilWNRR_vXo183M11ex-hcjByqwg/edit?usp=sharingよりスプレッドシートの参照と,Excel形式によるダウンロードができます。
 「新しい解説」の参照元を,以下の書籍に変更しました。なお,Amazonでは出版日が2018/3/1と出ていますが,書籍の奥付には「平成30年2月28日 初版発行」とあり,表では「新しい解説(2018年2月)」としました。

 右端の列は「学年」から「ページ」に置き換えました。
 今回参照した書籍には,「学習指導要領改善に係る検討に必要な專門的作業等協力者(職名は平成29年6月現在)」のページがありました.「被乗数と乗数の順序」を2011年の本の中で記載*1した,清水紀宏氏の名前も見つかりました。ほかに,筑波大学附属小学校教諭として,盛山隆雄氏が,またベネッセコーポレーションの主任研究員として,星千枝氏が,入っていました。

比例の表から2πrへ

 「数学の公式では円周の長さは2πrである。賢い子供なら、すでに公式を知っていて、それに従い「2×3.14×3」と書いてもおかしくない」(円の円周を,円周率を使った式で表す)から,話を始めます。小学5年の算数で,「半径3cmの円の円周の長さを求めなさい」という問題に対し,「2×3.14×3=18.84 答え18.84cm」と,式と答えを書く子がいたとします。どうしてその式になるのと先生が尋ねたときに,l=2πrだからと言う説明で,先生が,またはクラスの子どもたちが,納得してくれるのかは,分かりません。
 なぜ2πrであるのか,言い換えると,なぜ2πrと表せるのかというと,中学1年で学習する,「文字を用いた式」を使うことになります。現行の『中学校学習指導要領解説数学編』では「文字を用いて数量の関係や法則などを式に表現するとき,乗法の記号×は,文字と文字の間や,数と文字の間では普通は省略し,除法の記号÷は,特に必要な場合のほかは*1,それを用いないで分数の形で表すことを学習する。」と書かれています。このルールにより,円周=半径×2×円周率という言葉の式(小学校で期待される式)について,円周をl,半径をr,円周率をπの文字で表したとき,l=2πr(中学校で期待される式)が得られるという次第です。なお,かけ算の式の小中連携に関しては,4a+3bの3例で事例を紹介しています。
 「円周=半径×2×円周率」を直接用いることなく,l=2πr,または「円周=2×円周率×半径」を得ることも可能です。対応表を作ります*2。2行で構成し,上の行は半径,下の行は円周です。具体的に半径1cm,2cm,…,の円を描いて,それぞれの周の長さを測定し,次の表を得たとします。

半径(cm) 1 2 3 4 10
円周(cm) 6.28 12.57 18.85 25.13 62.83

 どの列も,円周÷半径が6.28に近い値となります。商一定ならば,これらの量は比例の関係にあることを意味し,この商が比例定数となって,円周=6.28×半径となります。半径をx,円周をyとすれば,y=6.28×xです。
 もちろんこの6.28は,円周率の2倍のことです。ともあれ,関係を表す式としては「y=6.28×x」にとどめておき,この6.28は中学校では2πと書くんだ,かけ算の記号も書かないんだとまで言えば,最終的に「y=2πx」という等式に至ります。
 小学校の算数の考え方で*3,2πrと同等の式を導けるわけですが,実際に小学校でこのような学習をしているわけではありません。学習に使用されているのは,「半径と円周」ではなく「直径と円周」の関係です。その場合でも2行の表にすれば,商一定なのが分かりますが,これは「円周の直径に対する割合(がどの円でも同じ値になること)」を意味し,「円周率」の導入へとつながるわけです。
 また別の観点で,小学校ではなぜ「円周=半径×2×円周率」であって「円周=2×円周率×半径」は採用されないのかを,書いておきます。上に示した,2行の対応表について,上下どちらも単位がcmで,同種の量となっています。この場合,「もとにする量×割合=比べる量」の関係式で表現できます*4。円周÷半径=(円周率の2倍)であり,(円周率の2倍)が割合に対応します。半径を「もとにする量」,円周を「比べる量」にそれぞれ,対応づければ,「半径×(円周率の2倍)=円周」になるという次第です。
 それに対し,「円周=2×円周率×半径」と書いてみたとき,「×半径」が何をするかけ算なのか,(比例の式を学習していない)小学生向けの解釈は思いつきません。
 これは8×3を,表から見つけるで紹介した事例と,対比をなしています。図3は以下の通りでした。

はんの数 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
人数 3 6 9 12 15 18 21 24 27 30

 この場合,「3×はんの数=人数」という式が期待されます。3は,1つの班の人数を表します。5年の「乗法の意味の拡張」(子どもたちがこの用語を学習するかどうかはさておき)にもとづくと,「×はんの数」は,人数そのものをかけるのではなく,3人の班が1つだけなら3人,n班なら3人のn倍,と解釈することになります。
 この「はんの数」と「人数」の関係では,「はんの数×3=人数」と表現することに難点があります。2年では指導されておらず,4年の「伴って変わる二つの数量」が必要となります。2つの量が異なる種類の量であり,半径または直径と円周との対応表との相違点となっています。

*1:次期の解説では,「のほかは」は「を除き」に変更されています。

*2:現行の『中学校学習指導要領解説数学編』のPDFで「π」を検索すると,「例えば,比例に関して,半径がrで周の長さがlの円について,「半径を2倍,3倍,…にすると,周の長さはどのように変化するか」を考えるためには,具体的な数で計算して調べることをしなくても,l=2πrという式の意味を読み取って簡単に説明すことができる。」が見つかります。次期の解説にも同趣旨の文があります。

*3:ただし「比例」は6年で学習します。円周率や円周は5年です。

*4:「もとにする量」「比べる量」の用語はhttp://www.shinko-keirin.co.jp/keirinkan/sansu/WebHelp/05/page5_23.htmlによります。『小学校学習指導要領解説算数編』ではそれぞれ「基準にする大きさ」「割合に当たる大きさ」と書かれています。B×p=Aと表した場合には,Bはbase,pはproportion,Aはamountの頭文字となります。

小数・分数のかけ算を何年で学習するか

 現行および次期の学習指導要領では,「小数×整数」は第4学年,「小数×小数」は第5学年の学習内容となっています。分数のかけ算や,速さ,円(円周率,面積)とともに,これまでの学習指導要領ではどの学年に配当されているかを,整理してみました。


 これまでの分については,学習指導要領データベースインデックスを参照しました。戦後まもなくのものもありますが,現行と同形式となっている,1958年(昭和33年)以降を,今回の調査対象としています。それぞれの算数の節について,リンクのあと,学年ごとに(今回の調査で関心のある)学習事項を並べました。なお,同一学年の列挙について,必ずしも各情報源の記載順ではありません。

  • 1958年(昭和33年)告示,1961年(昭和36年)施行*1
    • 第3節 算数
    • 4年:小数×整数
    • 5年:小数×小数,分数×整数,速さ,円周率,円の面積
    • 6年:分数×分数
  • 1968年(昭和43年)告示,1971年(昭和46年)施行
    • 第3節 算数
    • 4年:小数×整数
    • 5年:小数×小数,分数×整数,速さ,円周率,円の面積
    • 6年:分数×分数
  • 1977年(昭和52年)告示,1980年(昭和55年)施行
    • 第3節 算数
    • 4年:小数×整数
    • 5年:小数×小数,分数×整数,速さ,円周率,円の面積
    • 6年:分数×分数
  • 1989年(平成元年)告示,1992年(平成4年)施行
    • 第3節 算数
    • 4年:小数×整数
    • 5年:小数×小数,速さ,円周率,円の面積
    • 6年:分数×分数
  • 1998年(平成10年)告示,2002年(平成14年)施行
    • 第3節 算数
    • 5年:小数×小数,円周率,円の面積
    • 6年:分数×分数,速さ
  • 2008年(平成20年)告示,2011年(平成23年)施行【現行】
    • 第3節 算数
    • 4年:小数×整数
    • 5年:小数×小数,分数×整数,円周率
    • 6年:分数×分数,速さ,円の面積

 次期については,文科省サイトよりダウンロードできるPDFファイルを参照しました。上記と同じ形式にしておきます。

  • 2017年(平成29年)告示,2020年施行【次期】
    • 第3節 算数
    • 4年:小数×整数
    • 5年:小数×小数,速さ,円周率
    • 6年:分数×分数,円の面積

 いくつか,補足します。「分数×分数」と書いたときの「分数」は整数を含みます*2。「分数×分数」があり,それより下の学年に「分数×整数」がないものは,「分数×分数」を学習する学年で,「分数×整数」も学習することが想定されます。「小数」についても同様です。わり算は今回,とくに取り上げませんでしたが,「小数×整数」と同じ学年で,「小数÷整数」や,「整数÷整数で商が小数になる場合(割り進み)」も学びます。「円周率」に関しては,「円周」の意味や求め方も合わせて学習します.
 箇条書きにしてみると,昭和では変化がなく,平成に入って,“いじっている”のが見てとれます。昭和のころおよび現行では,「小数×小数」および「分数×分数」をそれぞれ学習する際,一つ下の学年で,かける数が整数の場合を学習することとなっています。平成に入ってからは,現行を除き,「分数×整数」と「分数×分数」は同学年です。また,「ゆとり教育」と揶揄されることもある,現行の一つ前の学習指導要領では,「小数×整数」と「小数×整数」も同学年となっています。
 なお,同じ学年であっても,「かけ算の順序はどっちでもいい」ことを意味しません。実際,1998年(平成10年)告示の第3節 算数について,小数の乗法の記載は以下の通りとなっており(主要部のみ抜粋),「乗数や除数が整数である場合の乗法及び除法」と「乗数や除数が小数である場合の乗法及び除法」が異なる項目となっています。

〔第5学年〕
2 内  容
A 数と計算
(3) 小数の乗法及び除法の意味について理解し,それらを適切に用いることができるようにする。
ア 乗数や除数が整数である場合の乗法及び除法の意味について理解すること。
イ 乗数や除数が整数の場合の計算の考え方を基にして,乗数や除数が小数である場合の乗法及び除法の意味について理解すること。

 当時の『小学校学習指導要領解説算数編』*3では,アとイは次のように具体化されていました(pp.131-132)。

 a. 乗数, 除数が整数の場合の乗法, 除法の意味(ア)
 乗数,除数が整数である場合についての小数の乗法,除法の計算の指導では,その計算の意味を,整数の乗法「(整数)×(整数)」や,整数の除法「(整数)÷(整数)」を基にして考えることができるようにする。そのためには,乗法における積の小数点の位置や除法における商の小数点の位置などについて,整数の場合と比べながら学習できるよう配慮する。
 整数に小数を乗除する計算の仕方を考える上で,数の相対的な大きさの見方が有効に働く。例えば,1.2×3の計算では,1.2を0.1が12個あるとみて,0.1×(12×3)のように考えることができる。
 b. 乗数が小数の場合の乗法の意味(イ)
 整数の乗法は,様々な場面を利用しながら,次第に,一つ分の大きさを知ってその幾つ分かの大きさを求めたり,何倍かの大きさを求めたりする計算として意味付けがされてきている。
 この学年では,乗数が小数の場合にも,乗法を用いることができるようにしたり,除法との関係も考えて,より広い場面や意味に用いることができるように一般化していく。その際,数量の関係が同じ場面では,整数の場合に成り立つ式の形は,小数の場合にも同じように用いていくという考えにより,小数の場合の式をつくっていく。
 例えば,1メートルの長さが80円の布を2メートル買ったときの代金は,80×2という式で表せる。同じように,この布を2.5メートル買ったときの代金は,80×2.5という式で表せる。
 こうしたことから,整数や小数の乗法の意味は,(基準にする大きさ)×(割合)=(割合に当たる大きさ)とまとめることができる。

 なぜ「×整数」を,「×小数」や「×分数」と分けて(あるいはより下の学年で)学ぶようにしているのかというと,思いつくのは「累加」です。「0.1×3」と「\frac23×6」は,それぞれ「0.1が3つ」「\frac23が6個」と考えれば,「0.1+0.1+0.1」「\frac23+\frac23+\frac23+\frac23+\frac23+\frac23」と表すことができ,たし算で(手間はさておき)計算ができます。かける数が乗数になると,累加で表せなくなり,そこで乗法の意味の拡張*4が意図されているわけです。
 「3×0.1」や「6×\frac23」といった式に表したり,計算して0.3や4を得たりするのは,今回の調査範囲ではいずれも,それぞれ第5学年と第6学年での学習です。ここで,3×0.1=0.1×3=0.3のような計算の仕方については,小数の乗法において交換法則が成立することを確認してからとなります。次期の『小学校学習指導要領解説算数編』で「そこで実際に120×2.5を今までに学習した乗法の性質を用いて答えを出してみて,実際の値段と一致するか確かめてみることが大切である。例えば乗法の交換法則を用いて答えを出すと,120×2.5=2.5×120=300となる。」と書かれた箇所について,小数の乗法の交換法則を先取りしているように読めます。

*1:http://www.nier.go.jp/guideline/s33e/chap3-3.htmの施行期日(但し書き),およびwikipedia:学習指導要領より,実質的に「1961年度(昭和36年度)」からの施行と判断しました。

*2:小数と分数を含んだ式の計算については,今回参照したいずれにも記載がありませんでした。

*3:isbn:9784491015507

*4:メインブログより:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20120301/1330547942http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20151210/1449694799http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20161122/1479743916

掛け算の順序とは、ニセ科学批判の最後の避難所である

 サミュエル・ジョンソンの「愛国心とは、ならず者たちの最後の避難所である」*1を改変したもので,内容面では,RikaTan(理科の探検) 2018年4月号*2に掲載された「「かけ算には順序がある」と教える教師たち 正解が×にされる不条理」を念頭に置いたものです。
 「掛(か)け算の順序」に相対するのは,「乗法(かけ算)の意味」であり,「学習者の道を選ぶこと」です。

(公開:2022-01-18 早朝)

円の円周を,円周率を使った式で表す

  • 山本弘: 「かけ算には順序がある」と教える教師たち 正解が×にされる不条理, RikaTan(理科の探検) 2018年4月号(通巻31号), pp.36-39 (2018).

 Kindle版を購入しました。通して読んで,文句しか付けようのない内容でした。
 全体を通して,情報源が古いのです。RikaTanでは2014年に異なる著者による特別寄稿が掲載されている*1のに,それと今回とで何が違うのか,その間にどのような変化があったのかが,一切記されていません。「その間に」で思い浮かぶのは,昨年公表された,学習指導要領およびその解説なのですが,言及なしです。「現在の学習指導要領では、かけ算の順序に関して特に規定されていない」(p.36)については,小数×整数は4年で,小数×小数は5年で学習することと,整合性がとれません。

 教師とのやりとりが,pp.37-38に見られます。

公式を書いたら×にされる?
 少し前、ニセ科学関連の講演をやったとき、かけ算順序固定を子供に教えている小学校教師に会った。僕が講演の中で順序固定を批判したのがお気に召さなかったらしく、順序固定のメリットを力説する。あいにく、どれもみんな僕の知っていることばかりだったが。
 僕はその際、以前から気になっていた質問をしてみた。
「たとえば『半径3cmの円の円周の長さを求めなさい』という問題の場合、どういう式を書くんですか?」
 するとその教師、「待ってました」と言わんばかりの嬉しそうな表情を浮かべ、ホワイトボードに式や図を描いて自信たっぷりに説明しはじめた---円の面積の求め方を。
 円の面積を求める方法は、説明するのは難しい。おそらくこの教師も、しょっちゅう子供がひっかかってしまうことに手を焼き、説明のしかたをマニュアル化して頭に叩きこんでいたのだろう。そのため、僕が「円の円周を求める問題」と言ったとたん、「いつもの問題だ!」と早とちりしてしまったのだ。
 何のことはない、この教師こそ、「問題文の意味を理解せず」「意味のない式を書いてしまう」人物だったのだ。
 その後、僕に注意されて間違いに気づき、正しい式を書きはじめた。ところが、最初に「3×」と書いた直後、手がぴたりと止まってしまった。次に「2」と書くべきか「3.14」と書くべきか分からなくなったのだ!
 かけ算順序固定派のルールでは、最初に書く字は回答と同じ単位の数字と決まっている。この場合、求めるのは円の円周(cm)だから、当然、最初は3(cm)である。だが、2番目、3番目の数字についてのルールがない。これまでずっとマニュアル通りに問題を解いてきたの「で、マニュアルにない問題を突きつけられたとたん、混乱してしまったのだ。
 その教師は悩んだ末、「3×2×3.14」という「正解」を書いた。しかし、数学の公式では円周の長さは2πrである。賢い子供なら、すでに公式を知っていて、それに従い「2×3.14×3」と書いてもおかしくない。しかし、そう書いたら、かけ算順序固定派の教師に×にされてしまうのだ!

 事実関係において見過ごせないものがあります。「かけ算順序固定派のルールでは、最初に書く字は回答と同じ単位の数字と決まっている。」の文です。算数教科書や学習指導案より,反例を見ることができます。「段数×4=周りの長さ」の件で,次期の算数解説に取り入られました*2。この事例のほか,長方形・正方形の面積の公式も考慮に入れると,被乗数と積とが異なる種類の量になり得ることは,4年で学習します。円周の長さや円周率よりも前です。「最初に書く字は回答と同じ単位の数字」,言い換えると「被乗数と積は同種の量」というのは,著者が忖度するものではなく,2年および3年の出題・学習をもとに経験的に得られるものです。
 それはそれとして,上記に「円周」が4回,出現することを起点に,話を掘り下げてみることにします。というのも,そのうち3回は,「円の円周」となっています。最初の「半径3cmの円の円周の長さを求めなさい」は,「半径3cmの円」の「円周の長さ」と解釈すればいいのですが,あとの2つの「円の円周」は,単に「円周」でよいはずです。
 「円」と「円周」,それから「円周率」をどのように書いているのか知るため,手元の2冊の紙媒体で,調べてみました。
 まずは『算数教育指導用語辞典 第四版』*3です。出現ページとその記載を箇条書きにします。「//」は改段落を表します。

  • p.95: 平面上で,ある定点から等距離にある点の集まりとみられる曲線,または,この曲線の内部を含めた全体の形を円という。この定点を円の中心といい,円をふちどっている曲線を円周という。
  • p.100: 5年で,円周の長さと直径の長さの関係を調べ,円周の長さが直径の長さの何倍になっているかを調べさせている。その何倍かを表す数を円周率という。
  • 同: [1] 関数の考えを育てる一場面 // いろいろな大きさの円,すなわち,直径(半径)の異なるいくつかの円を並列的に見て,何が変化しているか,逆に,何が変化していないのかに着目させ,直径の長さと円周の長さを変数として見られるようにしていく。
  • 同: [2] 測定で円周率の意味を知らせる // 実際にいくつかの具体物で円の直径と円周を測定し,どんな大きさの円についても,円周の直径に対する割合が一定であることを見出すようにする。その体験的な気づきをもとに,指導していく。
  • 同: 円周率 // the ratio of the circumference of a circle to its diameter, circle ratio(π) // 円周の長さが直径の長さの何倍かを表す数を円周率という。円周率(π)は,どんな大きさの円でも一定の値をとる。円周率は,詳しくは,3.1415926535897932384626…のようにどこまでも続く。その数の並び方は,循環小数のようなきまりは見られない超越数といわれるもので,わり算で求められる数でない。ふつう3.14が近似値として用いられる。
  • p.279: 円の性質 // 円をふちどっている曲線を円周(用語は5年),中心と円周上の点を結ぶ線分を〔以下略〕
  • p.309: 円について,円周の直径に対する割合(円周率)が一定であることを知り,円周・直径・円周率の関係を明らかにする。

 2冊目の本は,『算数・数学用語辞典』*4です。

  • p.22: 円 えん [circle] // コンパスで描いた曲線が囲む平面の一部を円といいます。また,この曲線を,この円の周といいます。円の周の一部を弧といいます。// コンパスを使わない一般的な定義は次のようになります。// 平面上の1点Oから等距離にある点は,1つの曲線を描きます。この曲線を囲む平面の1部を円といい,点Oを,この円の中心といいます。また,この曲線を円周といいます。〔以下略〕
  • p.23: 円周 えんしゅう [circumference] // 円を囲んでいる曲線を,円周といいます。〔以下略〕
  • p.23: 円周率 えんしゅうりつ [ratio of circumference of circle to its diameter] // 円周の長さと直径の長さとの比を円周率といいます。円周率は,回りを表すギリシャ語ペリフェレイア〔ギリシャ語のため省略〕の頭文字をとって,π(パイ)で表します。// π=3.141592653589732384… // が知られています。計算機の進歩によって,現在,その値は2兆桁を超えて計算されています。

 とりあえず,「円の円周」という表記については,どちらの本にも出現しませんでした。「円をふちどっている曲線を円周という」「この曲線を,この円の周といいます」のように,円周の概念の導入にあたっては,書き方に配慮のあとがあるのも,読み取れます。
 Webで読むことのできる情報として,wikipedia:円周を見ておきましょう。簡潔な定義は「円周(えんしゅう、英: circumference)とは、円の周囲もしくは周長のこと。円周と直径の比率を円周率という。」となっています。図の直後には「円の周長cは」,また円周と面積の説明において「円周を円の半径rについて」といった表記も見られます。「円の」が「円周」に係るような使い方には,なっていません。
 教師とのやりとりに戻る前に,円周率について検討しておきます。wikipedia:円周率では「円周率(えんしゅうりつ)は、円の周長の直径に対する比率として定義される数学定数である」と書かれています。『算数・数学用語辞典』では「円周の長さと直径の長さとの比を円周率といいます」ですし,「比」の文字を入れた円周率の定義は,コトバンク*5,goo国語辞書*6weblio辞書*7でも見ることができます。
 それに対し,『算数教育指導用語辞典 第四版』では,「円周の長さが直径の長さの何倍かを表す数を円周率という」や「円周の直径に対する割合*8」のように,「比」を使用していません。
 もちろんこれは,「比」は6年で学習するので,5年で円周率を学ぶ段階において利用できないことが関係しています。かわりに,「何倍か」や「割合」を用いています。とくにp.309では,割合を学習する中での円周率の扱いが記されています。小数のかけ算・わり算とともに,割合の概念を学習しておけば,図形にも適用できるというわけです。
 「割合=くらべる量÷もとにする量」により,割合を求めたとき,「くらべる量=もとにする量×割合」という式が使えます。円を対象とするなら,もとにする量は直径で,くらべる量は円周,そして割合は,円周率です*9
 教師とのやりとりで著者が与えた問題,「半径3cmの円の円周の長さを求めなさい」について,直径は3cmの2倍ですから3×2と表せます。そして割合の第2用法と,円周率を3.14とすることにより,(3×2)×3.14,または3×2×3.14という式になります。あとは計算なのですが,3.14×6を筆算することで,18.84が求められます。答えは「18.84 cm」です。
 立式の根拠となる,公式(言葉の式)は,「円周=直径×円周率」と「直径=半径×2」です。
 ところで,p.38における「数学の公式では円周の長さは2πrである。賢い子供なら、すでに公式を知っていて、それに従い「2×3.14×3」と書いてもおかしくない」は不可解です。小学校では2πrのような,乗算記号を省略した式は扱いません。中学の数学を先取りしている「賢い子供」なら,2πrと学んだ上で,小学校では「直径×円周率」の公式で式を立てることを,想定すべきでしょう。

(最終更新:2018-03-05 晩)

*1:メインブログではhttp://d.hatena.ne.jp/takehikom/20141004/1412352292で取り上げました。Kindle版はasin:B0739MD1JSです。

*2:http://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2017/09/11/215947

*3:isbn:9784316802640

*4:isbn:9784490107807

*5:https://kotobank.jp/word/%E5%86%86%E5%91%A8%E7%8E%87-38162:「平面上の円の円周と直径との比の値」

*6:https://dictionary.goo.ne.jp/jn/26415/meaning/m0u/%E5%86%86%E5%91%A8%E7%8E%87/:「円周の、直径に対する比」

*7:https://www.weblio.jp/content/%E5%86%86%E5%91%A8%E7%8E%87:「円周の直径に対する比の値」

*8:現行および次期の『小学校学習指導要領解説算数編』にも,出現します。

*9:言葉の式で表すと,「円周率=円周÷直径」となります。https://style.nikkei.com/article/DGXMZO80396050S4A201C1000000にも「円周÷直径」が出現します。