かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

円の円周を,円周率を使った式で表す

  • 山本弘: 「かけ算には順序がある」と教える教師たち 正解が×にされる不条理, RikaTan(理科の探検) 2018年4月号(通巻31号), pp.36-39 (2018).

 Kindle版を購入しました。通して読んで,文句しか付けようのない内容でした。
 全体を通して,情報源が古いのです。RikaTanでは2014年に異なる著者による特別寄稿が掲載されている*1のに,それと今回とで何が違うのか,その間にどのような変化があったのかが,一切記されていません。「その間に」で思い浮かぶのは,昨年公表された,学習指導要領およびその解説なのですが,言及なしです。「現在の学習指導要領では、かけ算の順序に関して特に規定されていない」(p.36)については,小数×整数は4年で,小数×小数は5年で学習することと,整合性がとれません。

 教師とのやりとりが,pp.37-38に見られます。

公式を書いたら×にされる?
 少し前、ニセ科学関連の講演をやったとき、かけ算順序固定を子供に教えている小学校教師に会った。僕が講演の中で順序固定を批判したのがお気に召さなかったらしく、順序固定のメリットを力説する。あいにく、どれもみんな僕の知っていることばかりだったが。
 僕はその際、以前から気になっていた質問をしてみた。
「たとえば『半径3cmの円の円周の長さを求めなさい』という問題の場合、どういう式を書くんですか?」
 するとその教師、「待ってました」と言わんばかりの嬉しそうな表情を浮かべ、ホワイトボードに式や図を描いて自信たっぷりに説明しはじめた---円の面積の求め方を。
 円の面積を求める方法は、説明するのは難しい。おそらくこの教師も、しょっちゅう子供がひっかかってしまうことに手を焼き、説明のしかたをマニュアル化して頭に叩きこんでいたのだろう。そのため、僕が「円の円周を求める問題」と言ったとたん、「いつもの問題だ!」と早とちりしてしまったのだ。
 何のことはない、この教師こそ、「問題文の意味を理解せず」「意味のない式を書いてしまう」人物だったのだ。
 その後、僕に注意されて間違いに気づき、正しい式を書きはじめた。ところが、最初に「3×」と書いた直後、手がぴたりと止まってしまった。次に「2」と書くべきか「3.14」と書くべきか分からなくなったのだ!
 かけ算順序固定派のルールでは、最初に書く字は回答と同じ単位の数字と決まっている。この場合、求めるのは円の円周(cm)だから、当然、最初は3(cm)である。だが、2番目、3番目の数字についてのルールがない。これまでずっとマニュアル通りに問題を解いてきたの「で、マニュアルにない問題を突きつけられたとたん、混乱してしまったのだ。
 その教師は悩んだ末、「3×2×3.14」という「正解」を書いた。しかし、数学の公式では円周の長さは2πrである。賢い子供なら、すでに公式を知っていて、それに従い「2×3.14×3」と書いてもおかしくない。しかし、そう書いたら、かけ算順序固定派の教師に×にされてしまうのだ!

 事実関係において見過ごせないものがあります。「かけ算順序固定派のルールでは、最初に書く字は回答と同じ単位の数字と決まっている。」の文です。算数教科書や学習指導案より,反例を見ることができます。「段数×4=周りの長さ」の件で,次期の算数解説に取り入られました*2。この事例のほか,長方形・正方形の面積の公式も考慮に入れると,被乗数と積とが異なる種類の量になり得ることは,4年で学習します。円周の長さや円周率よりも前です。「最初に書く字は回答と同じ単位の数字」,言い換えると「被乗数と積は同種の量」というのは,著者が忖度するものではなく,2年および3年の出題・学習をもとに経験的に得られるものです。
 それはそれとして,上記に「円周」が4回,出現することを起点に,話を掘り下げてみることにします。というのも,そのうち3回は,「円の円周」となっています。最初の「半径3cmの円の円周の長さを求めなさい」は,「半径3cmの円」の「円周の長さ」と解釈すればいいのですが,あとの2つの「円の円周」は,単に「円周」でよいはずです。
 「円」と「円周」,それから「円周率」をどのように書いているのか知るため,手元の2冊の紙媒体で,調べてみました。
 まずは『算数教育指導用語辞典 第四版』*3です。出現ページとその記載を箇条書きにします。「//」は改段落を表します。

  • p.95: 平面上で,ある定点から等距離にある点の集まりとみられる曲線,または,この曲線の内部を含めた全体の形を円という。この定点を円の中心といい,円をふちどっている曲線を円周という。
  • p.100: 5年で,円周の長さと直径の長さの関係を調べ,円周の長さが直径の長さの何倍になっているかを調べさせている。その何倍かを表す数を円周率という。
  • 同: [1] 関数の考えを育てる一場面 // いろいろな大きさの円,すなわち,直径(半径)の異なるいくつかの円を並列的に見て,何が変化しているか,逆に,何が変化していないのかに着目させ,直径の長さと円周の長さを変数として見られるようにしていく。
  • 同: [2] 測定で円周率の意味を知らせる // 実際にいくつかの具体物で円の直径と円周を測定し,どんな大きさの円についても,円周の直径に対する割合が一定であることを見出すようにする。その体験的な気づきをもとに,指導していく。
  • 同: 円周率 // the ratio of the circumference of a circle to its diameter, circle ratio(π) // 円周の長さが直径の長さの何倍かを表す数を円周率という。円周率(π)は,どんな大きさの円でも一定の値をとる。円周率は,詳しくは,3.1415926535897932384626…のようにどこまでも続く。その数の並び方は,循環小数のようなきまりは見られない超越数といわれるもので,わり算で求められる数でない。ふつう3.14が近似値として用いられる。
  • p.279: 円の性質 // 円をふちどっている曲線を円周(用語は5年),中心と円周上の点を結ぶ線分を〔以下略〕
  • p.309: 円について,円周の直径に対する割合(円周率)が一定であることを知り,円周・直径・円周率の関係を明らかにする。

 2冊目の本は,『算数・数学用語辞典』*4です。

  • p.22: 円 えん [circle] // コンパスで描いた曲線が囲む平面の一部を円といいます。また,この曲線を,この円の周といいます。円の周の一部を弧といいます。// コンパスを使わない一般的な定義は次のようになります。// 平面上の1点Oから等距離にある点は,1つの曲線を描きます。この曲線を囲む平面の1部を円といい,点Oを,この円の中心といいます。また,この曲線を円周といいます。〔以下略〕
  • p.23: 円周 えんしゅう [circumference] // 円を囲んでいる曲線を,円周といいます。〔以下略〕
  • p.23: 円周率 えんしゅうりつ [ratio of circumference of circle to its diameter] // 円周の長さと直径の長さとの比を円周率といいます。円周率は,回りを表すギリシャ語ペリフェレイア〔ギリシャ語のため省略〕の頭文字をとって,π(パイ)で表します。// π=3.141592653589732384… // が知られています。計算機の進歩によって,現在,その値は2兆桁を超えて計算されています。

 とりあえず,「円の円周」という表記については,どちらの本にも出現しませんでした。「円をふちどっている曲線を円周という」「この曲線を,この円の周といいます」のように,円周の概念の導入にあたっては,書き方に配慮のあとがあるのも,読み取れます。
 Webで読むことのできる情報として,wikipedia:円周を見ておきましょう。簡潔な定義は「円周(えんしゅう、英: circumference)とは、円の周囲もしくは周長のこと。円周と直径の比率を円周率という。」となっています。図の直後には「円の周長cは」,また円周と面積の説明において「円周を円の半径rについて」といった表記も見られます。「円の」が「円周」に係るような使い方には,なっていません。
 教師とのやりとりに戻る前に,円周率について検討しておきます。wikipedia:円周率では「円周率(えんしゅうりつ)は、円の周長の直径に対する比率として定義される数学定数である」と書かれています。『算数・数学用語辞典』では「円周の長さと直径の長さとの比を円周率といいます」ですし,「比」の文字を入れた円周率の定義は,コトバンク*5,goo国語辞書*6weblio辞書*7でも見ることができます。
 それに対し,『算数教育指導用語辞典 第四版』では,「円周の長さが直径の長さの何倍かを表す数を円周率という」や「円周の直径に対する割合*8」のように,「比」を使用していません。
 もちろんこれは,「比」は6年で学習するので,5年で円周率を学ぶ段階において利用できないことが関係しています。かわりに,「何倍か」や「割合」を用いています。とくにp.309では,割合を学習する中での円周率の扱いが記されています。小数のかけ算・わり算とともに,割合の概念を学習しておけば,図形にも適用できるというわけです。
 「割合=くらべる量÷もとにする量」により,割合を求めたとき,「くらべる量=もとにする量×割合」という式が使えます。円を対象とするなら,もとにする量は直径で,くらべる量は円周,そして割合は,円周率です*9
 教師とのやりとりで著者が与えた問題,「半径3cmの円の円周の長さを求めなさい」について,直径は3cmの2倍ですから3×2と表せます。そして割合の第2用法と,円周率を3.14とすることにより,(3×2)×3.14,または3×2×3.14という式になります。あとは計算なのですが,3.14×6を筆算することで,18.84が求められます。答えは「18.84 cm」です。
 立式の根拠となる,公式(言葉の式)は,「円周=直径×円周率」と「直径=半径×2」です。
 ところで,p.38における「数学の公式では円周の長さは2πrである。賢い子供なら、すでに公式を知っていて、それに従い「2×3.14×3」と書いてもおかしくない」は不可解です。小学校では2πrのような,乗算記号を省略した式は扱いません。中学の数学を先取りしている「賢い子供」なら,2πrと学んだ上で,小学校では「直径×円周率」の公式で式を立てることを,想定すべきでしょう。

(最終更新:2018-03-05 晩)

*1:メインブログではhttp://d.hatena.ne.jp/takehikom/20141004/1412352292で取り上げました。Kindle版はasin:B0739MD1JSです。

*2:http://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2017/09/11/215947

*3:isbn:9784316802640

*4:isbn:9784490107807

*5:https://kotobank.jp/word/%E5%86%86%E5%91%A8%E7%8E%87-38162:「平面上の円の円周と直径との比の値」

*6:https://dictionary.goo.ne.jp/jn/26415/meaning/m0u/%E5%86%86%E5%91%A8%E7%8E%87/:「円周の、直径に対する比」

*7:https://www.weblio.jp/content/%E5%86%86%E5%91%A8%E7%8E%87:「円周の直径に対する比の値」

*8:現行および次期の『小学校学習指導要領解説算数編』にも,出現します。

*9:言葉の式で表すと,「円周率=円周÷直径」となります。https://style.nikkei.com/article/DGXMZO80396050S4A201C1000000にも「円周÷直径」が出現します。