かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

被乗数・乗数と因数の間に,係数を

 チョコバナナクレープ1個の値段をa円としたとき,200個を売ったのなら,売り上げを表す式はa×200となります。小学算数6年の「文字を用いた式」と関連します。
 それに対し,中学1年では例えば200a円と書くことになります.他の表記,そして「チョコバナナクレープ」については,「1個a円の品物の3個の代金」を表す文字式は,(a×3)円か,a×3(円)かをご覧ください。
 「a×200」や,そのもととなる言葉の式の「単価×個数」において,乗算記号「×」の左に書かれるのは,かけられる数(被乗数,multiplicand)です。右に書かれる,かける数(乗数,multiplier)がそこに作用し,売上額の算出に使われるというわけです。
 それに対し「200a」と書いたら,それは「200×a」と解釈できるのは事実ですが,その際,200を被乗数,aを乗数と,認識しているわけではありません。
 代わりに適切な言葉があります。因数(factor)です。200とaは,200aの因数となります。文字式だけでなく,整数を積の形で表記するときにも,この語は使用され,式の計算|因数とは何か|中学数学|定期テスト対策サイトの例によると,36=1×36と表したのであれば,1と36が(36の)因数であり,36=2×3×6だと,2と3と6が(36の)因数となります。因数は,中学3年で学習する語*1です。
 被乗数と乗数の区別や,「作用」といった考え方は,日本に限ったことではなく,例えばGreer (1992)にも記載されています*2。その文献の分類表*3には,被乗数と乗数を区別する(asymmetricな)タイプを7種類,区別しないタイプを3種類,記載しています。「被乗数×乗数」「因数×因数」と,書き分けることもできます。
 「200とaは,200aの因数」というのは,いわば200とaとを対等に見る立場ですが,aという文字(あるいは変数)に着目するとなると,左に書かれる200は,因数と異なる名称で呼ばれます。係数(coefficient)です。中学1年で学習する語です。
 200aにおいて,aの係数は200です。x^2+2x-35という,xの2次式を考えるなら,x^2の係数は(x^2=1×x^2に注意して)1です。xの係数は,2です。最後の「-35」は,定数項ですが,x^2+2x-35a_2x^2+a_1x-a_0に対応づけると,このa_0=-35も,係数と見なすことができます.そのような扱いは,wikipedia:係数で読むことができるほか,現行および次期の『中学校学習指導要領解説数学編』にも,二次方程式の解の公式を解説する中で,「ax^2+bx+c=0の解が三つの項の係数a,b,cで定まる」と記されています。
 「200aと表したとき,aの係数は200である」という文は,「aを200倍すると,200aである」と理解することもできます。累加で表すこともできて,a+a+…+a=a×200=200aです*4。ここで「a×200」は,累加に基づくかけ算の式表現であるとともに,単価a円の商品を200個を売ったときの売り上げを表す式にもなっています。
 別の文字式を考えてみます。チョコバナナクレープ1個の値段を150円としたとき,b個を売ったのなら,売り上げを表す式は,小学6年では150×bが,中学1年では150b円が,それぞれ期待されます。
 150bにおいて,bの係数は150です。そしてb+b+…+b=b×150=150bと表せますし,「bを150倍すると,150bである」とも言えます。このように,bを被乗数,150を乗数に,対応づけることができます*5。「単価×個数」という言葉の式による割り当てだと,150が被乗数,bが乗数と解釈されますが,bを被乗数としても乗数としてもよい,あるいはb×150にも150×bにもなるというのは,文字式を対象とした乗法の交換法則を,我々は当然のものとして使用しているからと言えます。
 かけ算を累加でとらえるのは,係数が(正の)整数の場合に限られます。そうでない場合,例えば\frac{1}{3}xや-7yにおいて,\frac{1}{3}と-7は,それぞれxとyの係数となります。そしてxやyという文字に着目すると,「xを\frac{1}{3}倍すれば\frac{1}{3}x」「yを-7倍すると-7y」ですので,係数が乗数の役割を果たす*6ことが,正の整数でない状況からも,確認できます。

*1:平成20年告示の中学校学習指導要領の数学はhttps://erid.nier.go.jp/files/COFS/h19j/chap2-3.htm,平成29年告示についてはhttps://erid.nier.go.jp/files/COFS/h29j/chap2-3.htm

*2:https://takehikom.hateblo.jp/entry/20151121/1448031600

*3:https://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2019/09/10/211914, https://books.google.co.jp/books?id=N_wnDwAAQBAJ&lpg=PR1&hl=ja&pg=PA280#v=onepage&q&f=false

*4:200+200+…+200=200×a=200aと解釈することも,aが正の整数であれば,差し支えありません。

*5:数学の文字式に限ったものではなく,日常の数量表現に目を向けると,「15人」「3メートル」についても同様に,「15人は1人の15倍」「3メートルは1メートルの3倍」と考えることができます。「15人は15の人数倍」「3メートルは3のメートル倍」とは言いません。

*6:1個の実数値(スカラー量)という制約を外すと,wikipedia:アフィン変換に見られる行列とベクトルの積の形や、https://triple-underscore.github.io/SVG11/coords.htmlの「3x3 の 変換行列」を用いた座標系変換と関連付けることができます。その場合,スカラー量の議論での文字はベクトルに,係数は変換行列に,それぞれ対応します。

「1個a円の品物の3個の代金」を表す文字式は,(a×3)円か,a×3(円)か

 経緯についてはいずれかのツイートをクリックし,前後のやりとりもご覧ください。「かけ算の順序」よりも,受け取った(前者の)ツイートを見て気になったのは,「(a×3)円」「(3×a)円」のように,式全体にカッコを付けて書くことへの違和感です。
 回答した(後者の)ツイートに,平成29年度の全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の問題へのリンクを入れました。実際にはそのツイートをするより前に,文字式に単位を添えて書くまた別の事例を,同じ年度の中学数学の出題より,把握していました。

 数学A 大問6 (2)です。5つの選択肢に,式全体にはカッコを付けず,単位にカッコを付けるという表記が見られます。問題文の一部と選択肢を書き出します。

 n角形は,1つの頂点からひいた対角線によっていくつの三角形に分けられますか。下のアからオまでの中から正しいものを選びなさい。
 ア n+1(個)
 イ n(個)
 ウ nー1(個)
 エ nー2(個)
 オ nー3(個)

 さて2番目のツイートに入れた,同年度の数学B 大問2を詳しく見ていきます。図を一切使わずに,その大問で何をしているのかを文章にすると,次のようになります:6本のストローで,六角形を1個つくります。横並びで,ただし隣り合う六角形で共有する辺のところは1本のストローとして,n個の六角形をつくります。そのときに必要なストローの本数を,nを使った(2通りの)式で表す,という問題です。なお,六角形ではなく四角形(正方形)であれば,現行および次期の『中学校学習指導要領解説数学編』に(そしておそらく教科書にも)載っています。図形を変えても同様に,式で表したり,式を読み取ったりできるかを問う,というわけです。
 ツイートに入れたリンク先は,この大問の(2)です。以下の通り,説明が箱で囲まれています。

 ストローを図1のように囲むと,1つの囲みにストローが6本ある。その囲みがn個あるので,この囲みで数えたストローの本数は6n本になる。このとき,2回数えているストローが□本あるので,必要なストローの本数は6n本より□本少ない。
 したがって,六角形をn個つくるのに必要なストローの本数を表す式は,6n-(□)になる。

 そのすぐ下に,「上の説明の□には,同じ式が当てはまります。□に当てはまる式を,nを用いて表しなさい。」とあって,ここでは「n-1」が期待されます。3箇所の□に当てはめると,「n-1本」「n-1本」「本数を表す式は,6n-(n-1)になる」となります。はじめの2つは,式全体にも単位にもカッコを付けていません。また最後は,文字式のみで単位がありませんが,単位に関しては直前の「本数を表す式は」が担っていると,考えることができます。
 興味深いことに,その次,(3)の正答例の中に,最初のツイートと同様に,式全体にカッコを付け,単位はカッコなしという記載が出てきます。解答例は以下の通りです。

1つの囲みにストローが5本ある。その囲みが(n-1)個あるので,この囲みで数えたストローの本数は5(n-1)本になる。このとき,囲まれていないストローが6本あるので,必要なストローの本数は5(n-1)本より6本多い。

 なのですが,「六角形をn個つくるのに必要なストローの本数を表す式が6+5(n-1)になる理由について,下の説明を完成させなさい。」という出題ですので,全体の式が解答者に見える状態になっています。解答(正答例の作成)にあたっては,このうちの(「n-1」ではなく)「(n-1)」を取り出して,「その囲みが(n-1)個あるので」と書いた,と考えることもできます。解答例に2度出現する,「5(n-1)本」においては,単位を除く式「5(n-1)」全体にカッコを付けていない点にも,注意しないといけません。
 ここまでの書式を,最初のツイートに適用してみます。「1個a円の品物の3個の代金」を表す文字式として,以下の書き方が想定できます。

  • 式全体にも単位にもカッコを付けない:a×3円,3a円
  • 式全体にカッコを付け,単位には付けない:(a×3)円
  • 式全体にはカッコを付けず,単位には付ける:a×3(円),3a(円)
  • 前に「~を表す式は」を置き,式全体にはカッコを付けず,単位を書かない:代金を表す式はa×3,代金を表す式は3a

 中学数学の教科書や,教師用指導書は,手元にありませんが,代わりに書店で参考書を購入して,読み比べることにしました。以下の5冊です。

中1数学 新装版 (中学ニューコース参考書)

中1数学 新装版 (中学ニューコース参考書)

チャート式基礎からの中学1年数学―新学習指導要領準拠

チャート式基礎からの中学1年数学―新学習指導要領準拠

中1数学 (まんが攻略BON!)

中1数学 (まんが攻略BON!)

中学総合的研究 数学 三訂版

中学総合的研究 数学 三訂版

完全攻略 中学1年 数学

完全攻略 中学1年 数学

 「文字を使った式」を重点的に見ました。『中1数学 新装版』はp.55で,「a×2(円)」「500-a×2(円)」「x÷3(cm)」「m×8(g)」「m×8+n(g)」といった表記を見つけることができます。同じページの右の欄外に,「単位のつけ方」についても書かれています。書き出します。

(くわしく)単位のつけ方
 かっこを使った単位のつけ方には,次の2通りがある。
①式はそのままで,単位をかっこで囲む。
 ⇒500-a×2(円)
②式全体をかっこで囲んで,単位をつける。
 ⇒(500-a×2)円
 本書では主に①の表記をする。

 『チャート式 基礎からの中学1年数学』の最初の出現は,p.48で,「b×\frac{2}{10}\frac{b}{5}(人)」です。次のページには,「(a×8)円」「(b÷4)円」「(500×x+100×y)円」などがあります。また「参考 次のページで学ぶ×,÷を省略する表し方では」としたあとには,順に「8a円」「\frac{b}{4}m」「(50x+100y)円」という表記も見られます。大部分が,式全体にカッコを付け,単位には付けないというスタイルですが,p.52の「x×3個」など,そうでない書き方も見られます。
 まんがの『中1数学』での初出は,p.30の最下段,「100-x(cm)」です。次のページには「a×200(円)」のほか,「(チョコバナナクレープの値段)×200よりも,a×200としたほうが,式が簡単だね!」と,単位を書かない式もあります。下段には,上の『中1数学 新装版』の注意書きと同様に2種類の式を挙げ,この本では式全体にはカッコを付けず,単位には付けるスタイルを用いることも書かれています。
 『中学総合的研究 数学』において,文字と式での最初の出現は,p.75で,「(30+6x)本」です。次のページには「(36000-1100×n)個」や「(36000+2900)x個」とあり,さらにp.78には「単位があるときは(a×4)cmのように( )」をつける。」という注意書きも見られます。
 ただしその注意書きに合わないものも見られます。一つはp.77の「36000a^5個」で,他にはp.82の「複雑な数量を文字で表す」というページに書かれた「a×\frac{b}{60}\frac{ab}{60}(km)」などが該当します。
 『完全攻略 中学1年 数学』の「文字を使った式」は,p.28から始まります。先に×や÷の記号を使わない表し方を述べており,その後に「数量を表す式」の例題があります。答えとして書かれているのは「20a円」「\frac{x}{3}時間」「0.9y円」と,式全体にも単位にもカッコを付けていません。またそれらの式を含むp.29には,たし算・ひき算を含む,数量を表す式が見当たりません。それはp.31の標準問題の中にあり,「長さa mの針金から,長さb mの針金を10本切り取ったとき,残りの針金の長さ」を文字式で表す問いに対し,解答は「a-10b(m)」として,式全体にはカッコを付けず,単位には付けるスタイルが採用されていました。
 以上より,参考書の読み比べの結果としては,「(a×3)円」のように式全体にカッコを付け,単位には付けないのと,「a×3(円)」のように式全体にはカッコを付けず,単位には付けるのを,十分な数,得ることができました。「n本」や「3a円」「\frac{x}{3}時間」(または「\frac{1}{3}x時間」)のように,単項式*1と単位を書く場合には,式全体にも単位にもカッコを付けないスタイルが採用されています。
 また等号を含む場合,おおむね次のとおりであることも分かりました。計算の過程を,等号で表した場合,最終的に得られた式の後ろにのみ,カッコを付けて単位を添えますそれに対し,相等関係(方程式を含む)として表した場合には,単位を付けません
 これらが確認できるのは,『中1数学 新装版』のp.107です。「50円切手と80円切手を合わせて23枚買ったところ,代金の合計が1390円でした」とし,50円切手を「x枚」買うとすると,80円切手は「23-x(枚)」買うことになります。右の欄外で,50円切手の代金は「50×x=50x(円)」,80円切手の代金は「80×(23-x)=80(23-x)(円)」で,いずれも等価な書き換えを行っています。本欄に戻って,方程式としては「50x+80(23-x)=1390」であり,単位なしというわけです。
 文字式と「かけ算の順序」との関わりについて,2件,見つけたので簡単に記しておきます。まずは『中1数学 新装版』のp.55で,「1冊a円のノートを2冊買って,500円出したときのおつり」に関して,「ノートの代金=1冊の値段×冊数」をもとに,ノートの代金の文字式を「a×2(円)」と表しています。右欄外に「2×a(円)とすると?」というのも書かれており,「代金を求める式は,(1冊の値段)×(冊数)なので,2×a(円)では,1冊2円のノートをa冊買ったときの代金を表す式になる。」と続いています*2
 もう一つはまんがの『中1数学』です。先にも紹介した(チョコバナナクレープを200個売ったときの売り上げの表す式の)「(チョコバナナクレープの値段)×200よりも,a×200としたほうが,式が簡単だね!」について,次のページではこれを「200a」と表します。さらにp.34では,「チョコバナナクレープの値段が150円のとき,aに150をあてはめるから,200×150=30000(円)」というセリフとともに,代入の説明をしています。この「200×150=30000」は,200aと表した文字式を用いたものですが,「チョコバナナクレープ1個のねだん×個数」を根拠とするなら,「150×200=30000」として計算することになります。この場合には,かけられる数・かける数を交換した2つの式がOKというわけですが,背後にあるのはa×200=200a=200×aという等式です。


 等号を含む場合の「計算の過程」と「相等関係」には,関連する情報が2つあります.

  • 現行および次期の『中学校学習指導要領解説数学編』には,等式を例示したあと,「ここでは,等号を計算の過程を表す記号としてではなく相等関係を表す記号として用いる。」*3と記しています。
  • 等号(不等号も)のない式は「センテンス型」,相等関係などの式は「フレーズ型」と呼ばれます。https://ci.nii.ac.jp/naid/110006447269よりオープンアクセスで読める論文の注記には,フレーズ型の量を表す式として「331+0.6t(m/秒)」が例示される一方,センテンス型では「a+b=b+a」「3χ+1=8」「V=I×R」のように,単位の表記がありません。計算の過程の式は,センテンス型の式を,等号を入れて並べたものと見なすことができます.

(最終更新:2019-03-13 晩)

*1:この語は中学1年では学習しませんが。

*2:明記されていませんが,学校や塾において,ノートの代金は「冊数×1冊の値段」と,誰かが言ったら,先生または他の生徒から,あれそうだっけとツッコミが入るようにも思います。

*3:http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2011/01/05/1234912_005.pdf#page=7http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2018/05/07/1387018_4_2.pdf#page=75https://twitter.com/takehikom/status/1105678480727896071

テープ図を批判するより前に

 ブラウザで,上記のURLにアクセスすると,URLが変わります。そのページの「tosu48(55) (519.38KB)」のリンクより,論文を無料でダウンロードできます。
 それにしても,「テープ図をかくことは立式のための有効な手段にはなっていない」(p.63)という主張には,かなりの難点を抱えています。まず,授業例においても解答例としても,テープ図の実例が出現しません。そして「テープ図をかくことは立式のための有効な手段にはなっていない」の根拠となる,「テープ図をかいた解答にはテープ図としての関係性をうまく描けず誤答になっているものも多く見られた」や「実験,統制クラスともに立式を正解していてテープ図による説明方法を誤答している児童はおらず,立式が誤答で説明方法が正答,あるいはどちらも誤答であった」が,まとめの節にのみ出現するのは,適切な結果分析であるようには思えません。
 「全体集合と部分集合を学習した後の思考過程の様相を分析することを目的とする」(p.55の要約およびp.58)についての結果は「集合の包含関係の学習をした実験クラス(A組)としなかった統制クラス(B組)ではt検定の結果有意差はなかった。」(p.61)で,逆思考を含む加法・減法の演算決定において,全体集合と部分集合を学習することの有効性が実証されなかったと読めます。なお,実験クラスは20名でこの種の調査においてはやや少なめに感じるとともに,統制クラスの人数や,1年・2年での児童の変動などについての記載が見当たらず,記述において信頼性が確保されていません。
 「プリントによる全体・部分集合の学習」に関して,p.59に,使用した書籍の抜粋がありますが,取り扱っているのは集合(set)ではなく多重集合(multisetまたはbag)です。「~でない」「しかも」「または」という言い方やその意味に加えて,条件を満たすものがいくつあるのかを問うわけで,純粋な集合の学習でないということになります。
 海外で逆思考文章題がどのように扱われ,またテープ図を含む問題解決方略がどのようになっているかの検討もあっていいものですが,参考文献を見る限りすべて日本語で,「カザフスタンの教科書を参考にして」というのも,本文によると,「その教科書では日本では6学年で扱う内容である文字式が1学年から文字が導入され」(p.57)などであり,逆思考やテープ図に関するものではありません。
 それからテープ図で表現するという手段についての見直しも,あるべきではないかと感じました。全国学力テストや,東京都算数教育研究会の学力実態調査といった,何万人もの人が解答するテストにおいては,場面(文章題)に合った「図をかく」出題というのは見かけません。代わりに,場面に合った「図を選ぶ」問題を見かけます*1。今回の文献と対象人数は大きく異なりますが,外在的評価なのは共通しており,個々の正解/不正解よりは,正解率や解答類型を含む,解答者群の定量的な状況が重視され,その上で特徴的な解答(とくに誤答)を明示することで,意味のある調査結果となるように見えます。1人でデザインし分析するには,荷が重すぎたのかとも読みながら思いました。


 今回の文献を知るきっかけとなったのは,次の2つです。とくに後者において,文献を批判的に読む形跡が見当たらず,テープ図利用が有効でない状況証拠として援用しているのは,残念に思います。

 「金田」の名前を見かけますが,文章題との関連では,2002年に書かれたものを興味深く読みました。関連するメインブログの記事にリンクしておきます。

 テープ図の使用(成功・失敗)例として,メインブログを読み直すと,次のものがありました。
f:id:takehikoMultiply:20180907062249j:plain
 子どもの視点で - わさっきの後半にリンクした論文をもとに,http://www.juen.ac.jp/math/journal/files/vol16/hiroi.pdf#page=6より読むことができます。この論文には他の種類の図示も見られます。
(同日,タイトルを「テープ図以前」から変更しました。)

*1:国学力テストでは平成26年算数A大問2など。都算研ではテープ図ではなくアレイ(かけ算)を用いて,平成24年度実施の第2学年に出題されていますhttp://f.hatena.ne.jp/takehikom/20131026055848

4×100m,-60kgに+100kg

 「小学校では『1つ分の数×いくつ分』でかけ算の式を習うけど,オリンピック種目の『4×100m』は,順番が違うんじゃないか」という疑問について,答えとなる説明を試みます。
 もっとも分かりやすそうなのは,4×100mと書いても,かけ算の答えを求めるものではないというものです。「1つ分の数×いくつ分」は(日本の小学校の)算数で,式を立てるときに使うものだ,と言うこともできます。そうしたとき「4×100m」は,日本でも世界でも通じる,4人が100mずつ走るリレー競技*1を表したもの,となります。
 また別の説明は,海外では「4×100m」と書かれるけれども,これまでに学んだかけ算の意味に基づき,式で表すときには「100×4」と書けばよい,というものです。算数では基本的に,式に単位を付けませんが,日常生活では「100m×4」と表すことがよくあり,「100m×4」のYahoo!検索(リアルタイム)を通じて使用例を見ることもできます。
 他の説明のしかたとして,当ブログで以前に活用していたのは,Vergnaudによる「関数関係」です。「4×100m」の「4」を,かけられる数とみなします(ただし「1つ分の数」ではありません。実のところ,「1つ分の数×いくつ分」とは異なるタイプのかけ算を使用しています)。そこに「100m」をかけることにより,「4」という,チームの人数から,「400m」という,チームで走るトータルの長さに変換します。このとらえ方は,「来店人数×100ポイント」や「400gカット×6.9円=2,760円」といった,学校の外で見かけるかけ算の式にも,適用することができます。
 算数教育に関連する出版物を見るなら,2010年と2011年に別々に書かれた本の中で,「4×100m」が取り上げられています。さらに,昨年,文部科学省サイトでPDFファイルがダウンロード可能となり,今年,書籍化された,『小学校学習指導要領解説(平成29年告示)算数編』*2にも,記載されています。

 関数関係という名称ではありませんが,それと同様のかけ算の考え方が,『解説』の第4学年で取り上げられています。平成27年度からの6社の算数教科書に,すでに記載があります*3

 新しい方向性を模索します。4×100mのような,演算記号を使った表記が,スポーツの分野でどのように使われているか,そして算数・数学と違うものはあるか,という問いを立ててみます。

(2021年8月追記)以下は2018年の情報に基づいています.各リンク先にアクセスするとURLが変わり,階級・種目の表記は,下記と異なっています.

 思いつくのは,柔道の体重別です.

 「JUDO」のあと,左に「MEN'S EVENTS(男子)」,右に「WOMEN'S EVENTS(女子)」が並べられています。男子の階級は以下のとおりです。なお,ブラウザで表示される英字はすべて大文字ですが,コピーして貼り付けると基本的には小文字になります。手作業で*4,大文字に変換しました。

  • - 60 KG MEN*5
  • + 100KG (HEAVYWEIGHT) MEN
  • 60 - 66KG (HALF-LIGHTWEIGHT) MEN
  • 66 - 73KG (LIGHTWEIGHT) MEN
  • 73 - 81KG (HALF-MIDDLEWEIGHT) MEN
  • 81 - 90KG (MIDDLEWEIGHT) MEN
  • 90 - 100KG (HALF-HEAVYWEIGHT) MEN

 ここに出現する,プラスとマイナスの記号は,いずれも算数・数学で用いられるものと意味が異なります。「-60kg」と書かれていても,体重計か何かでマイナス60kgを測ろうというわけにいきませんし,競技者の体重を60kg,減らそうということでもありません。「- 60 KG MEN」を日本語に訳すなら「60kg以下」であり,「男子・60キロ級」のほうが通じやすそうです。
 「+ 100KG (HEAVYWEIGHT) MEN」も同様で,このプラスは,正の符号の意味とは考えられません。ただし「- 60 KG」と対をなしていて,プラスは「以上」と解釈できます。しかし「男子・100キロ以上級」というのはなじみではなく,むしろ「男子・100キロ超級」でしょう。
 最重量と最軽量の間の階級は,「60 - 66KG (HALF-LIGHTWEIGHT) MEN」のように,体重の下限と上限を記し,マイナス記号を間に置いています。これについて60-66=-6と,ひき算をするわけにもいきません。ここのマイナス記号は範囲の指定を表しており*6,日常生活で見かける代わりの記号は「~」です。
 柔道とは別の体重別競技として,レスリングが思い浮かびます。以下のページで見ることができ,「- 55KG」「55 - 60KG」の表記は柔道と同様です。ただし「+ キログラム」(「○キロ超級」)はありません。

 「4×100m」と同様のリレー競技は,陸上のほか水泳で見られます。

 よく見ると,かけ算の記号は「×」ではなく「X」です。コピーして貼り付けると,小文字の「x」になります。この表記がオリンピック公式であるとは考えにくく,ウェブで提供し,URLや本文をコピー・貼り付けする際の便宜として,「x」が採用されていると推測します。
 水泳に関しては,1人で4種類を泳ぐ「個人メドレー(INDIVIDUAL MEDLEY)」では,かけ算の表記をとっておらず,4人による「メドレーリレー(MEDLEY RELAY)」や「(自由形の)リレー(FREESTYLE RELAY)」についてのみ,「4X100M」「4X200M」と書かれています。


 そのうち種目名や階級などが変わるかもしれませんので,柔道・レスリング(フリースタイル)・陸上・水泳の順に,記事作成時点のスクリーンショットを残しておきます。
f:id:takehikoMultiply:20180906194040j:plain
f:id:takehikoMultiply:20180906194053j:plain
f:id:takehikoMultiply:20180906194100j:plain
f:id:takehikoMultiply:20180906194107j:plain

*1:「リレー」と書くことで,チームの4人が100mを同時に走るわけでないのも,明確になります。

*2:[isbn:9784536590105]

*3:ただし場面を表すかけ算の式として,5社が「段数×4」,残り1社が「4×段数」の形をとっています。

*4:EmacsのM-c(upcase-word)を使用しました。

*5:原文ママ。他の項目と合わせるなら,「- 60 KG (EXTRA-LIGHTWEIGHT) MEN」と書かれるべきところです。

*6:「- 60 KG」について「0 - 60 KG」の省略形と見なすことも可能ですが,「+ 100 KG」について「100 - KG」や「100 - ∞ KG」と表すのは不自然です。

順序の強制か,意味の理解か

 ツイッターを中心に見かける,いわゆる「かけ算の順序論争」を,国内外の学術文献や授業事例(批判も)に注意しながら,簡潔に表すなら,「掛算順序強制vs乗法意味理解」となります。
 「掛算」で連想するのは,ハッシュタグ「#掛算」です。それに対し「乗法」の語が,小学校学習指導要領の算数では使用されています。小学校での学習(導入)は第2学年ですが,第4学年の「乗数や除数が整数である場合の小数の乗法及び除法の計算の仕方を考え,それらの計算ができること。」は,連続量×分離量と書くこともでき,さらに上の学年の,小数どうし,分数どうしの乗除算の基礎となります。
 「順序強制」と「意味理解」に関しては,それぞれの特徴がよく現れた文献を一つずつ,挙げることにします。

  • [黒木2014] 黒木玄: かけ算の順序強制問題, 季刊理科の探検, 2014 秋号(10月号), 文理, pp.112-115 (2014). [asin:B00MBUXKYA]
  • [布川2010] 布川和彦: かけ算の導入—数の多面的な見方、定義、英語との相違—, 日本数学教育学会誌, No.92, Vol.11, pp.50-51 (2010). https://doi.org/10.32296/jjsme.92.11_50

 なお,[黒木2014]が収録された「季刊理科の探検 2014秋号」は,Kindleでも読むことができます。[布川2010]は,リンク先より(アクセスするとURLが変わります),誰でも無料でダウンロードできます。
 それぞれの文献において,注目すべき記載内容を,メインブログ・本ブログで以前に取りまとめた記事より転載します。

 現代の算数教育の世界には次のようなドグマ(教義)があるようだ。

  • 文章や絵で示された具体的場面を式だけで忠実に表現できるし、しなければいけない。逆に式だけから具体的場面を一意的に読み取れる。
  • 「2×8」のような式だけを見て、子どもの理解度を測ることができる。

([黒木2014, p.114],転載元

 2年生の導入時では,被乗数と乗数を明確に区別して扱っているが,これもかけ算の意味の理解を確かにするためと考えられる.図1のみかん全部の個数を4×6=24と表すときに,被乗数4が一つ分の大きさ,乗数6が幾つ分を表していることを大切に扱う必要がある.ただしこの意味は世界共通でなく,例えば英語ではこれを6×4=24とするので,被乗数,乗数の意味は逆になる.なお昭和44年の「小学校指導書算数編」では,基準にする大きさのいくつ分かにあたる大きさを「表わす」ことに触れているが,表現という側面からは被乗数と乗数の意味が特に重要となる.またかけ算の学習は,例えば2の段では被乗数が2の場合に乗数を1から9まで系統的に変化させ(図2),8×2などはここで扱わないが,これもかけ算の意味を大切にしていることの一つの現れであろう.
([布川2010, p.50],転載元

 個人的には[布川2010]の記載内容や,現在の小学校学習指導要領・同解説の算数の記載,そして小学校の授業を通じてなされている活動に賛同します。把握する限り,[黒木2014]の上記引用を支持する国内外の学術文献は見出せず,控えめに言って,当該著者の独自見解です。これを読むより前に,メインブログで取りまとめたQ&Aで「歯切れがよくて威勢がいいものだから,閉塞感のある時代においてはブームになる危険性を持ち,それに迎合する人々が現れるのが恐いところです.加えて,主張はそれなりに明快なのですが,それを実現させるための具体的・現実的な論考が全く無いのも特徴です.」*1と書いたのですが,[黒木2014]の内容全体に当てはまるものとなっています。
 ここで,批判者から学習者にスイッチ*2します。[布川2010]の「かけ算の意味」や,「2の段では被乗数が2の場合に乗数を1から9まで系統的に変化させ」に,関係しそうな英語の論文を最近,入手して読みました。

 タイトルを日本語に訳すと「かけ算に関する教科書の分析―日本,シンガポール,タイの事例」といったところでしょうか。著者はともにタイの研究者です。TIMSS(国際数学・理科教育調査)で日本とシンガポールは非常に良い成績をあげており,その理由を,タイを入れた3か国の教科書に求めようという内容です。
 全体をざっと読んでから,REFERENCES(参考文献)を注意深く見ました。この論文では,日本の算数の教科書として,学校図書の2005年(平成17年)発行のものを参照しており,「Tosho, G. (2005). Mathematics for elementary school for first grade. Tokyo: Gakkoh Tosho Co., Ltd.」が入っています(まるで「学校」がファーストネーム,「図書」がファミリーネームのようです)。「Isoda, M. (2010).」の文献は小学校学習指導要領解説算数編の日英対訳です.「Fujii, T. (2001).」のURLはデッドリンクとなっていました。
 本文で,対象とした日本の教科書の特徴がもっともよく現れているのは,p.260右カラムの一つの段落です。訳してみました。

In the Japanese second grade textbooks, the sequences of topics in multiplication are: learning unit 1; the meaning of multiplication, multiplication sentence, unit 2: the multiplication tables of 2, 5, 3, 4, unit 3: multiplication tables of 6, 7, 8, 9, 1, and unit 4: multiplication table, multiplication game. In summary, the learning units of multiplication are organized as the meaning of multiplication, multiplicands, multipliers, and multiplication table. The laws of calculation (commutative, associative, and distributive), algorithm and the rules of multiplication are introduced in the elementary mathematics textbooks.
(日本の2年の教科書では,かけ算のトピックの順番は次のようになっている。単元1は,かけ算の意味およびかけ算の式,単元2は,2の段,5の段,3の段,4の段のかけ算,単元3は,6の段,7の段,8の段,9の段,1の段のかけ算,そして単元4は,九九の表やかけ算あそびである。要約すると,かけ算学習の単元は,「かけ算の意味」「かけられる数」「かける数」「九九の表」として系統化されている。かけ算に関する計算の法則(交換法則,結合法則,分配法則)や,アルゴリズムおよびルールも,小学校の算数の教科書で紹介されている.)

 「かけ算の意味(the meaning of multiplication)」「かけられる数(被乗数,multiplicand)」「かける数(乗数,multiplier)」は,[布川2010]と[Boonlerts 2013]とで共通して出現する,教科書の特徴と言っていいでしょう。なお,[布川2010]では参考文献に,学校図書の教科書を挙げているほか,平成27年度用の学校図書の算数教科書の著作者に,「布川 和彦」の名前を見つけることができます。
 ただし2つの文献間で,引用・被引用は見られません。同一の情報源について,異なる立場からその特徴が書かれており,おおむね一致しているものと判断できます。
 [Boonlerts 2013]は,また別の情報源と照合することもできます。本文で「Greer (1992)」と書き,引用している文献です。かけ算の学習におけるtypes of multiplication(乗法が用いられる場合)として,日本の教科書は「equal group(同等のグループ)」「rectangular array(2次元アレイ)*3」「multiplicative comparison(乗法的な比較)」の3つが使用されているのに対し,シンガポールは「同等のグループ」「2次元アレイ」の2つ,そしてタイは「同等のグループ」のみだというのです。
 同等のグループは,小学校学習指導要領解説算数編に書かれた「乗法は,一つ分の大きさが決まっているときに,その幾つ分かに当たる大きさを求める場合に用いられる。」と結びつけることができます。アレイについてはアレイ図 (2015.12) - わさっきで整理しています。乗法的な比較は,倍概念のことと思われます。
 本記事は,「順序の強制」と「意味の理解」のどちらが,算数教育・初等教育の実態を表しているかについて,答えを与えるものではありません。しかしながら,関連情報の充実度合いや,教材研究・授業研究への支援という観点では,後者というほかありません。


(翌日追記)[黒木2014]より引用した中の「式だけから具体的場面を一意的に読み取れる」について,反例となるような授業案があるのを,思い出しました。
f:id:takehikoMultiply:20180903061052j:plain
 この図は『板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 小学校算数2年〈下〉』のpp.46-47によるもので*4,『新版 小学校算数 板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 2年下』のpp.44-45にも同様の図があります。上下の横線が真ん中付近で切れているのは,そこがページの切れ目でして,さらに右には式が並んでおり,一つの板書例という見せ方になっています。
 かけ算の順序論争について(日本語版) - わさっきの記述を書き直す形で,画像の見方を説明します。「自動車が5台あります。タイヤの数はいくつでしょうか」という問題から始まります。「1台にタイヤは4本」を,クラス内で共有*5したのち,正解となる式は「4×5=20」です。
 ここでもし,「5×4」だったら,5つのタイヤがついて「五輪車が4台」となる図や,家に車が入った「5台ずつが4つ」という図が現れます(板書は容易ではなく,先生が紙に書くなどして用意しておく必要があるでしょう)。いずれも,問題に合っていません。
 これらは異なる具体的場面であるとともに,他のかけ算の文章題にも適用できます。例えば「さらが 5まい あります。1さらに りんごが 3こずつ のって います。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。」に対して「5×3=15」としたら,「5個ずつ3皿」や「5枚×3で15枚になる」といった読み取り方を,挙げることができるのです。
 なお,「五輪車が4台」と同様の解釈については,朝日新聞2×8ならタコ2本足 - 花まる先生公開授業が知られていますが,他書では『アイディアシートでうまくいく! 算数科問題解決授業スタンダード』にも見ることができます*6。「5台ずつが4つ」については,1951年のhttps://erid.nier.go.jp/files/COFS/s26em/chap5.htmにおける「3は人数を表わしている数である。それを2倍した答の6は何といったらよいか尋ねてみる。それで,6人となって問題の要求に合わないことを説明する。」のところや,Vergnaud (1988)の"Twenty dollars cannot be 5 cars + 5 cars + 5 cars + 5 cars."の文*7も同じ趣旨と言えます。
 タイヤの数を求める問題については,[布川2010]の,次の記述も関連すると言っていいでしょう:「(略*8)一つ分が明示的でない場合に,自分で一つ分を設定し,場面を(一つ分の大きさ)×(幾つ分)として構造化し,表現することを経験するもので,わが国での意味の重視にそった活動と言える.また,1年生で○こずつを探す(三輪車のタイヤは3つずつ等)活動があるが,これも一つ分を自分で設定することの素地的な経験となっている.」

*1:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130505/1367679600;そこでも書きましたがオリジナルはhttp://ishiba-shigeru.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-8451.htmlです。

*2:http://kosstyle.blog16.fc2.com/blog-entry-1489.html

*3:Greer (1992)の分類表はhttps://books.google.co.jp/books?id=N_wnDwAAQBAJ&lpg=PR1&hl=ja&pg=PA280#v=onepage&q&f=falseより見ることができます。"Cartesian product"と"Recutangular area"があるものの,"rectangular array"は見当たりません。

*4:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20111215/1323899443の画像をダウンロードし,左右にくっつけて1枚の画像にしました。この記事にも「「かけ算の(式の)順序」という問題設定をすると,専門家からかけ離れた議論・結論になりがちなので,注意したいものです.」と書いてありました。

*5:「自動車」だと大型トラックや特殊な車も考えられるけれど,ここではかけ算の式に表すことをしたいので固定値にするというのと,タイヤの単位は「本」を採用するというのが,簡潔に記されています。

*6:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130219/1361220251#2

*7:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140924/1411511070

*8:星型の並びがあって,総数は1つずつ順に数えれば分かるけれど,「3×4に なるように かこみましょう。」という問題文も添えられていて,3つずつで4つのかたまりを作るという内容です。「たけしさんの かんがえ▼」「えい子さんの かんがえ▼」という,2通りの囲み方とともに,[布川2010]の図3より見ることができます。

面積図の縦と横は何を表すのか

 算数で「面積図」というのが,さまざまな形式や用途で使われています。
f:id:takehikoMultiply:20180828061401j:plain
 教科書で見かける面積図は,分数のかけ算・わり算が主な適用対象となっています。最初に単位量となる箱---本記事で「箱」とは,長方形または正方形をいいます---を描き,そこに縦や横の線を入れていくことが,あとで述べる他の面積図との違いとなっています。使用方法を知るには以下の2つがおすすめです。

 受験算数で活用されている面積図は,適用対象が異なります。出現する数はたいてい整数です。ある数量を表す箱について,導入(定義)においては1つだけで表しますが,具体的な問題を解く際には複数の箱を並べて,そこから未知の数量が可視化できるようになっています。今月に入って読んだ解説記事にリンクしておきます。

 TOSSの指導で見かける面積図は,5~6年の割合(三用法)が主な適用対象となり,出現する数は整数・小数・分数があります。描き方について,受験算数の面積図と似ていますが,違いもあります。演算決定のツールであり,使用する箱は1問につき一つが基本です。形状については,箱の底辺を少し左に,また左辺を少し右に伸ばし,4つの,数量を書き込む領域をつくります。そこに,問題文に合うよう数量を書き入れます。以下のページがもっとも明快で,そのベースになっている本は『子どもが“面積図”を使いこなす授業』とのことです。

 最後に,「面積図」という名称ではありませんが,同等の図を紹介します。「タイル図」または「かけわり図」と呼ばれ,2年のかけ算の導入から,高学年に至るまで活用されています。タイルを用いて長方形を構成する場合*1,縦のタイルの数が「1あたり量(1あたりの数)」に,横のタイルの数が「いくつ分」に対応します。全体量を箱で描き,左や下に別途,1あたり量やいくつ分に関する要素を描き添えます。数学教育協議会(水道方式)のもとで普及がなされ,例えば以下のページより読むことができます。

 いずれの図においても,箱の面積が,1つのかけ算に対応します。さらに言うと,箱の縦の長さにあたるものが,かけられる数に,横の長さがかける数に,それぞれ対応しています。4年で学習する長方形の面積の公式,「たて×横=面積」を応用した図と言えます。


 当ブログおよびメインブログで,「面積図」に言及した記事には以下があります。

 学術的にはどうか,ということで,CiNii Articlesにて「面積図」を検索したところ,23件が該当しました。タイトルより,小学算数に関するものが10件,中学数学の適用*3が5件,算数・数学教育以外の論文が8件ありました。算数では1972年発表のタイトルにも「面積図」が含まれていることが分かりました。
 ところで,次期の『小学校学習指導要領解説算数編』に,「面積図」の言葉が出現します。第6学年のA(1)(分数の乗法,除法)のところで,分数のわり算の式展開を示したあとに段落を設けて,「なお,このように計算に関して成り立つ性質などを用いて計算の仕方を考えることは,抽象度が高く,児童によっては分かりにくいということがある。そういう場合は,適宜,面積図などの図を用いて考えさせることも大切である。」と記載しています。現行の解説にはない記述です。図は(次期の)解説に入っていませんが,分数のかけ算・わり算ですので,現行の教科書の内容を追随したものと思われます。
 そこでhttps://twitter.com/takehikom/status/1033471112078749696のツイートをしたところ,https://twitter.com/tetragon1/status/1033488398877487104https://twitter.com/tetragon1/status/1033489654358523904のリプライをいただきました。
 面積図|算数用語集で,「下の図を見て\frac45\times\frac13の計算のしかたを考え,説明しましょう。」*4と書かれた図を見直します。上で述べたとおり,縦軸をかけられる数,横軸をかける数とするのが最も素直な解釈です。受験算数の面積図でも,TOSSで見かける面積図でも,同様です。
 しかし,1㎡,または\frac45㎡を表す箱の底辺と,dLの数直線とが,表示上,別になっています。
 これについて,箱の底辺と,dLの数直線とで,二重(比例)数直線を考えることができます。箱の底辺を数直線に見立てて,数と単位,そして未知の値には□を書くと,以下のようになります。
f:id:takehikoMultiply:20180828061411p:plain
 ロジックとしてはこうです。\frac45㎡の量を,底辺の右端(1㎡の箱の右下の頂点)に,また0㎡を左端(左下の頂点)に,対応づけます。そうすると比例の考え方*5から,\frac13dLのペンキでぬることのできる面積は,\frac13のすぐ上の,底辺上の点となり,ここが□です。「□」と「\frac45」と「\frac13」と「1」の位置関係から,□はかけ算で求めることができ*6,具体的には□=\frac45\times\frac13です。
 これは,分数のかけ算の面積図を,数直線図に帰着して取り扱えることを意味します。歴史的には,面積図が先に使われてきたわけですが,後発の二重数直線との関連性を見出せたと言えます。
 計算の手続きとしては,dLの数直線において\frac13は1を「÷3」したものだから,面積の数直線においても,\frac45を「÷3」すればよいと考えると,\frac45×\frac13\frac45÷3=\frac{4}{5\times3}\frac4{15}を得ます。
 かける数が単位分数ではない場合には,分子aも分母bも2以上で互いに素のとき,\frac{1}{b}および\frac{a}{b}に対応する箇所をそれぞれ,底辺上*7にとることで,\frac45×\frac{a}{b}\frac45÷b×a=\frac{4\times{a}}{5\times{b}}となります。分数のわり算のうち,等分除(第三用法)はかけ算の逆演算で同様に考えられます。包含除(第一用法)はもう少し工夫が必要かもしれません。
 なお,面積図において縦軸は,かけられる数としてきましたが,「何倍か」,言い換えると割合(したがってかける数)に対応するものとして,認識することも可能です。ここまで見てきた分数のかけ算では,1㎡を\frac45倍してから\frac13倍する,と解釈します。これは4年で,単位正方形をもとに長方形の面積の公式(たて×横=面積)を導く際に,「長方形の面積=単位正方形の面積×縦が単位長の何倍か×横が単位長の何倍か」と考えられることと関連します。面積図|算数用語集の下段にある「砂場(\frac25\frac{1}{10})」についても,「広場の面積=公園全体の面積×\frac25」と考えれば,\frac25はかける数となります。

*1:タイルを並べますので,いわばボトムアップに構成します。それに対し,教科書の面積図は,単位量または全体量を刻んでいきますので,トップダウンのアプローチと言えます。

*2:そこでリンクしたhttp://doi.org/10.5926/arepj.51.198の本文にも,市川伸一氏の発言として「面積図」が書かれています。ただし該当箇所の文は「教科書(それは,教科教育学の結晶でもある)では,線分図や面積図を使って,通分や分数の加減が説明されているが,概念理解や計算手続の定着が極めて悪い。」となっており,ネガティブなとらえ方をしている上に,本記事の想定する適用と異なっています。

*3:例えば(x+a)^2=x^2+2ax+a^2の幾何的解釈として,1辺の長さがx+aの正方形を用いて図にすることができます。

*4:https://www.shinko-keirin.co.jp/keirinkan/sansu/WebHelp/06/page6_03.htmlにある「1dLで\frac45㎡ぬれるペンキがあります。」「\frac13dLのペンキでは何㎡ぬれますか。」に対し,\frac45\times\frac13の式を得てから,計算のしかたを説明することとなります。

*5:リプライツイートに書かれた「倍比例」のことです。個人的にはproportional reasoningという表現が気に入っています。

*6:http://takexikom.hatenadiary.jp/entry/20140117/1389903547より:1と□が“はすかい”になっていれば,かけ算!

*7:a>bの場合には,かける数が1を超えます。このとき底辺を右に伸ばした半直線を考えれば,\frac{a}{b}に対応する点を見つけることができます。

8÷4ではなく4÷8~文献読み直し

 メインブログのA2 - わさっき順序を問う問題 - わさっきに記載していたURLがデッドリンクになっていましたが,題目で検索すると,異なるURLで,PDFファイルをダウンロードできました。メインブログの2件について,URLを変更しておきました。
 この文献で興味深いのは,p.113から始まる第3章(実践研究)第4節(実態調査からみる考察)のところです。平成22年度(2010年度)の全国学力テスト,算数Aの中の「8mの重さが4kgの棒があります。この棒の1mの重さは何kgですか。求める式と答えを書きましょう。」という出題に対し,著者が指導に関わってきたB小の配属学級では,正答率が75.8%で,誤答のうち「8÷4」の式を立てたという類型5の割合は,18.2%となっています。この割合は全国の国立と同程度で,全国の国・公・私立*1岩手県と比べて,明確に正答率が高くなっています。
 その高さにおごることなく,誤答の状況を,次のように分析しています(pp.113-114,強調は引用者)。

 この問題で式と答えの両方を正答していたのは、配属学級は75.8%(全国国立76.9%)であった。しかし、18.2%が式を「8÷4」と解答した、解答類型5の誤答をしている。これは、「整数÷整数」の除法では、被除数の方が除数より大きくなると考えている、つまり、除法は「大きい数÷小さい数」であると考えて8÷4と立式したと推測される。また、問題文に出てきた順に、数を式に当てはめて立式しているかもしれないとも考えられる3)。このような誤答は、授業実践の中でもみられた。実践授業Iでは、「2Lのジュースを3等分したうちの1つ分」を求める際の立式において、「3÷2」という誤答があった。学力調査だけでなく、普段の授業の中でも、このような誤答は現れており、子どもたちの中で除法は「大きい数÷小さい数」、あるいは「先に出てきた数÷後から出てきた数」という誤った理解がされている可能性は高い。この2つの誤った理解を区別するには、問題文を「8mの重さが4kgの棒」という表現から「重さ4kgの長さが8mの棒」というように数値を入れ替えて提示し、立式させてみる必要がある。そして、普段の授業では、立式を考えるとき、何が被除数で何が除数になるのかを明確に捉えたうえで立式するという指導が必要であると考える。

 段落の文章は続くのですが,いったんここでストップします。数量*2を入れ換えても意味が変わらないというのは,「かけ算の順序」とも関連してきます。
 例えば,「さらが 5まい あります。1さらに りんごが 3こずつ のって います。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。」という文章題に対し,「1さらに りんごが 3こずつ のって います。そのような さらが 5まい あります。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。」と,提示の順番を変えてみます。どちらも同じ数量の関係を表しており,後者は1つ分の数×いくつ分に基づき3×5の式を立てられるのだから,前者も3×5と書けばいい,ということです。この種の問題では,何が被乗数で何が乗数になるかを明確に捉えたうえで立式するという指導がなされているわけです。
 段落の文章の続きは,誤答に対する指導です。「想定」と明記されているのに加え,全国学力テストの出題および結果の公開の時期と,この文献(修士論文)の執筆そして提出の時期を照らし合わせると,実際にこのように指導したわけではないことが読み取れます。

そこで、普段の授業の中でこのような誤答をする子どもがいたときに、講じなければならない指導と評価を、次のような具体的な場面で想定していくこととする。なお、ここで取り上げる誤答は「8÷4」と立式したものとし、数直線図は既にあるものと想定して進める。なお、提案する働きかけは、以後、破線で示すこととする。

 働きかけそのものについては,字数が多くなるため引用を避けますが,はじめに「8÷4になると思います。」と言い最終的には「4÷8。」と言うようになった児童は,C1で一貫しているのに,働きかける側がT1からT11まであって,11人が指導している光景が目に浮かんでしまいました。
 それはさておき,指導の流れとして,児童は「全体÷比べられる量=もとにする量」を含む,割合の三用法を言葉の式として覚えていて,働きかける側は,与えられた場面に対して適切な式を引き出すという指導になっています。
 肝心の「全体÷比べられる量=もとにする量」について,混乱が見られます。「8mの重さが4kgの棒があります。この棒の1mの重さは何kgですか。求める式と答えを書きましょう。」は等分除の拡張であり,第三用法です。言葉の式は,割合の3用法|算数用語集の用語を使うなら「比べる量÷割合=もとにする量」と表されます。被除数と商が,同種の量となります。しかし「全体÷比べられる量=もとにする量」からは,そのことが見出せません。
 また数直線図があるというのであれば,そこに「×8」や,その逆演算となる「÷8」が,どこに該当するかを書き加えることで,割合やナントカの量といった言葉が不要になります。原図(p.114),「×8」を加えた図,「÷8」を加えた図を,以下に並べておきます。2番目の図より「□×8=4」,3番目の図より「4÷8=□」の式を得ることができます。
f:id:takehikoMultiply:20180826212655p:plain
f:id:takehikoMultiply:20180826212701p:plain
f:id:takehikoMultiply:20180826212706p:plain
 最後に,p.115の<調査結果概要で提案されている図>を見て,関連する調査があるのを思い出しました。

 詳しくは,かけ算およびわり算の文章題に対する子どもたちの解法:長期調査 - わさっきをご覧ください。原文ではSub-divisionという分類で例示された"I have 3 apples to be shared evenly between six people. How much apple will each person get?",日本語に訳すと「3つのりんごを,6人に同じになるよう分ける。それぞれの人はどれだけのりんごをもらえるか?」の問題文が該当します。
 小学2年生でかけ算・わり算が未習という最初の段階でも,Table 2によると,小さな数の文章題の正答率が41%あると報告されています。Arrayと同程度であり,FactorやCartesianよりも,高くなっています。
 日本に話を戻して,新しい学習指導要領では,「12個の\frac12は6個」など,簡単な分数を第2学年で学ぶことになりますが,「\frac12個」のようないわゆる量分数としての使われ方は,解説に例示されていません。「3つのりんごを,6人に同じになるよう分ける。それぞれの人はどれだけのりんごをもらえるか?」の文章題で3÷6の式を立てることは,これまでどおり第5学年での学習*3となりそうです。

*1:全体(全国の国・公・私立)の正答率は54.1%です。誤答の割合とともに,http://www.nier.go.jp/10chousakekkahoukoku/02shou/shou_4s.pdf#page=9より知ることができます。http://www.nier.go.jp/10chousakekkahoukoku/02shou.htmの「算数」のリンクです。

*2:原文では「数値を入れ替えて提示し」となっていて,これでは,「8mの重さが4kgの棒があります。この棒の1mの重さは何kgですか。」に対して「4mの重さが8kgの棒があります。この棒の1mの重さは何kgですか。」という文章題を考える,という解釈ができてしまいます。数値だけを交換することで,状況が異なり,求めるべき値も違ってくるというのを示すのには,有用かもしれませんが,演算決定が適切にできていない子どもにとっては,入れ換え前の問題で「8÷4」という式を立て,そして入れ換え後の問題は「4÷8」だ,としてしまう可能性もあります。

*3:次期解説には「除法が用いられる場合として,ほかに,例えば,重さが4kgで長さが2mである棒の1mの重さを求める場合,2kgで400円のものの1kgの値段を求める場合など,一人分を求める場合でなく,比例関係を仮定できる,伴って変わる二つの数量がある場合にも用いられる。」が第3学年の内容として入っています。期待される式はそれぞれ,4÷2=2,400÷2=200です。