「掛算には唯一絶対の順序がある!」って主張する人は「時速×時間=距離」の式について、時間と時速のどちらが"かけられる数"で先に書かなきゃいけないのか論理的/数学的に説明出来るんだろうか?(それって何の原理?)混乱を招くダブスタを子供たちに強要してる自覚はあるのだろうか?(続
ちょっと,検討してみます.説明として期待されているのは次の2点,(1)「時速×時間=距離」という式を導く方法,(2)「時間×時速=距離」という式を導けない理由,と判断しました.以下,(1)はその方法を実際に示し,(2)は同様に導いた上で難点を書くことにします.
「時速×時間=距離」という式を導くには,速さの定義と,比例の性質を使います.
速さの定義とは,「単位時間当たりに移動する長さ」です.これを式で表すと,「(速さ)=(長さ)÷(時間)」となります.いずれも,小学校学習指導要領解説算数編のp.199に載っています.6年で学習します.
比例の性質は,同文書のp.207にあります.比例の関係にある二つの数量x,yについて,対応している値の商に着目すると,それがどこも一定になっています.その商をkとすると,y=k×xという形で表されます.
ここでxを時間,yを距離,k(=y÷x)を時速に対応づければ,時速×時間=距離が得られるという次第です.
同様にして,「時間×時速=距離」という式も,導くことができます.
そのためには,距離を時速でわれば,時間が得られることを,前提とします.小学校学習指導要領解説算数編には,「長さと速さから時間を求めることもできる」とあるものの,具体的な式は明記されていません.ともあれ,時間=距離÷時速と書いて,かまわないでしょう.
そうすれば,y=k×xのxに時速,yに距離,k(=y÷x)に時間を割り当てることで,時間×時速=距離を得ます.
形式的(数学的,論理的)には,「時速×時間=距離」と書けるし,「時間×時速=距離」とも書けるわけです.
ですが算数の視点では,後者の式に異議が出そうです.というのも,y=k×xのxに時速,yに距離,k(=y÷x)に時間を割り当てましたが,これは,時間が一定のときの,時速と距離の関係を言っていて,適用対象がひどく限られているように見えるのです.
前者すなわち「時速×時間=距離」では,時速(速さ)が一定のときの,時間と距離の関係を用いています.こちらは算数や物理において,比較的*1素直に捉えることのできる状況となっています.
なお,「時速×時間=距離」と同等の式関係は,海外の書籍にも見ることができます.
国内外の本で「時速×時間=距離」を採用し,「時間×時速=距離」が見当たらないのは,比例の式「y=ax」への接続を考慮しているからと考えられます.ここでaは比例定数で,上述のkと同じ役割です.
速さがかけられる数,時間がかける数に該当することは,「乗数効果」を説明する中でも使われています.以下の最初の項目で,原文が読めます.
「あるロケットは1秒間に0.85マイルのスピードで進む.16秒ではどれだけ進むか?」なら,子どもたちはかけ算を選ぶのですが,0.85と16を交換した文章題になると16÷0.85を選びやすいと例示したのち,実験により認められた「乗数効果」を解説しています.乗数効果とは,かけ算で求められると認識・選択することの困難さが,かける数が「整数」「1より大きい小数」「1より小さい小数」のうちどれであるかに依存し,かけられる数の種類には依存しないことをいいます.その文脈で,「1秒間に0.85マイル」の中の0.85が,かけられる数に対応します.
「時速×時間=距離」については今年,2つの雑誌の記事で,相異なる取り上げ方がなされています.一つは,https://twitter.com/genkuroki/status/522562447765291008で「きはじ」図とともに見ることができます.なお,当該記事(数学セミナー 2014年 09月号 [雑誌] p.63)では「速さ=距離÷時間」そして「速さを内包量として距離(長さ)と時間という二つの外延量から定義している」*2が,内包量の取扱いの難しさと合わせて,記載されています.
もう一つは,「かけ算の順序強制問題」*3で,1960年に遠山啓氏が書いた*4という「体積×密度=重さ 時間×速度=長さ 分量×単価=価格とは書かないし,それはひどく考えにくいだろう」を引用しています.こちらの論旨は,速さの語句を使うなら,小学校の算数は「時間×時速」の順序を否定している,というものです.
「速さ×時間=距離」は,小学校の算数の範囲で導出でき,洋書からも発見できるのに加えて,密度・体積・重量や単価・数量・総額など,他への応用も可能となります.それに対し,「時間×速さ=距離」はその導出において難点がありましたし,「速さ×時間=距離」と「時間×速さ=距離」の両方が使用可能であることのメリットが,見出せません.
論理的だとか数学的だとか主張するよりもむしろ,×の左右を交換した2つの式を考えることの算数的あるいは実用的な意義が指摘してあれば*5,もしかしたら「ネットde真実」を超える効果,言い換えると学校教育をより良くするものが生まれるのかもしれません.
「t」というカテゴリーを新設しました.Twitterで目に留まったツイートを取り上げることにします.
*1:別の観点で比較をすると,時速×時間=距離は「時速(速さ)が一定のとき,距離は時間に比例する」,時間×時速=距離は「時間が一定のとき,距離は時速に比例する」を意味します.
*2:時間を,距離(長さ)と速さという二つの量から定義していいのか,考えてみたいところです.
*3:asin:B00MBUXKYA pp.112-115; http://www49.atwiki.jp/learnfromx/pages/122.html
*4:古くて入手が難しそう,という人は,『遠山啓エッセンス〈3〉量の理論』でも読めます.引用されている箇所は,この本のp.69にあります.
*5:低学年では「かけられる数×かける数」を重視し反対に書いた式は間違いとする一方で,高学年になれば,2つの数を交換した式も正解という授業例を,http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20120602/1338582441とhttp://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130425/1366840221で読むことができます.