小学校の算数の話です.速さに関する式について,次の3つを学び,文章題などに適用していきます.
- 速さ=道のり÷時間
- 道のり=速さ×時間
- 時間=道のり÷速さ
(略)図を使って,この3つの式を手早く求めるための方法があります.
みはじ・くもわ(2015.08) - わさっき
基本となる図は次のとおりです.
頭文字が「み」「は」「じ」ですので,くっつけて「みはじ」と呼ばれます.
「みはじ(はじき)」の背景となる数式を,掘り下げてみます。「速さ=道のり÷時間」による定義(公式)を前提としたとき,この式は「道のり÷(速さ×時間)=1」に変形できます。「みはじ」は,この左辺を図にしたものと言えます。
みはじの図で,速さを隠すというのは,「道のり÷(速さ×時間)=1」の両辺に速さをかけ,整理して得られる等式「速さ=道のり÷時間」に対応します。
速さではなく時間を隠すのは,時間を両辺にかけて整理することで,「時間=道のり÷速さ」が得られます。
道のりを隠す場合には,少しだけ手間を要します。両辺に(速さ×時間)をかけましょう.これで,「道のり=速さ×時間」を導くことができます。ここまでの式変形について,中学1年で学習する「等式の性質」を使用していることもあり,小学校では扱われません。
「速さ=道のり÷時間」から,「道のり÷(時間×速さ)=1」としても,代数的には,差し支えありませんが,このことに基づく「みじは(じはき)」の図は,見かけません。その理由として,一定の速さで進む(時間と道のりが比例の関係にある)とき,「速さ=道のり÷時間」で得られる「速さ」というのは,「単位量当たりの大きさ(単位時間に進む距離)」であり,比例定数(y=k×xのk)に対応づけられる*1のが指摘できます。
また「速さ=道のり÷時間」について,かわりに「速さ=時間÷道のり」と定義することも可能ですが,そうすると,かけ算・わり算の立式(演算決定)が異なってきます。「単位時間当たりに移動する長さ」と「一定の長さを移動するのにかかる時間」とを比較すると,小学校の算数では前者が広く使われているわけです*2。
ここまでについて「速さ」に限らず,「a=b÷c」でaが定義でき,aとbとcが異なる種類の数量である場合に,同様に適用できます。たとえば「単価=価格÷個数」「密度=質量÷体積」*3について,それぞれ「価格÷(単価×個数)=1」「質量÷(密度×体積)=1」と表せます。Greerの分類表ではRate(比率割合)が該当します*4。別のアプローチとして,「量」に着目し,所要時間と移動距離から速さを定式化している書籍に『量と数の理論』があり,「速さ」の周辺 - わさっきで取り上げてきました。
みはじと同等の図解は,海外文献から見ることもできます。なお,それらの図が海外でも,具体的な問題を解くのに活用されているかどうかは分かっていません。ここで確認しておきたいのは,「みはじ」の3要素は異なる役割を担っており,全体として意味をなすこと,そして類似した他の用途に活用できること,ですので「みはじ」も一つの「構造」だということです。
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国内に話を戻して,算数教育における「速さ」や「みはじ(はじき)」の動向をいくつか紹介します。まず,先月発行された「算数授業研究」Vol.118*9で,田中博史氏が4マス対応表との対比として「単に公式を覚えるだけの「はじき」の図とは大きく異なる」と述べています(p.13)。同じ趣旨が『田中博史の算数授業のつくり方』*10に書かれているのですが,今年4月に東京新聞で「はじき」「くもわ」の図が掲載され,算数教育への批判がなされた記事への見解であるようにも思われます。
「はじき」を取り入れた授業・板書の事例として,次のブログ記事があります。
- https://blogs.yahoo.co.jp/freeyoursoul1227/30664468.html(速さの7時間目の板書について 【弘前大学教育学部附属小学校 種市芳丈先生】 - ガンスの会 -岩手算数授業を語る会のブログ- - Yahoo!ブログ,リンク切れ)
本文には「半数以上が「はじき」を知っていたことから、前時に「速さの公式」を扱った際に、「はじき」はその覚え方ということを教えました。そこで、本時では、「はじき」も認めながら、それが違う求め方でも一致するのか検討するように指導しています。」とありますが,板書の画像には,よく見かける図が出現しません。かわりに「は」「じ」「25」「x」を用いた,関係表があります。はじきを,5つの立式の根拠のうちの1つとしていますが,小さな扱いです。
小学生が解答した,「みはじ(はじき)」では解けない,速さの問題というのも知られています。昨年書いたブログ記事より抜き出します。
上記ブログを離れ,「速さ」や「量」を伴う出題の例に,視点を移します。算数の「速さ」の学習を通じて,数量を適切に認識し,正解が導き出せるようになってほしいと期待されている問題の一つは,おそらく以下のものであると,個人的には認識しています。
アンチはじき
東京都算数教育研究会(都算研)が平成27年度に実施した学力実態調査で,6年生の6万人以上が解答しています。原文と解説はhttp://tosanken.main.jp/data/H28/gakuryokuzittaityousa/h27jittaityousa_kousatu_6nen.pdf#page=2より読めます。
2つの小問のうち,(1)は「はじき」で求められます。しかし,「道のりのちがいは、何kmになりますか。」と問う(2)は,「はじき」だけでは困難と言っていいでしょう。
B列車の速さについて,「はじき」を適用して,時速140kmを得るまではいいのですが,その次に,2つの列車の「速さのちがい」または「1時間後の道のりのちがい」を求めればよいと気づくのは,「はじき」の範囲外なわけです。
解説では,「時速を出して、その差を5倍」のほか,「5時間後に進んだ道のりの差」を求め方として挙げています。いきなり,5時間後に進んだ道のりは出せず,1時間後の道のりを算出するのが,自然な流れですので,解説では,「どちらの方法も」と,2つの求め方を統合した上で,「単位量当たり」というキーワードを提示しています。
正答率は(1)で91%,(2)で77%です。「調査人員 64,398人」のうち,四捨五入を考慮して76.5%としても,正答者数は49,000人を超える計算になります。これだけの子どもが,速さの応用題に対して正解を得られるというのは,学校の算数を通じて,「速さといえば,はじき」「速さ=距離/時間」にとどまらない見方ができている,ということにならないでしょうか。
最後に,次期学習指導要領では,「速さ」は現行の第6学年から,第5学年での学習となります。次期学習指導要領の適用は2020年度からですが,移行措置により2019年度から,5年生の算数で速さを学習することになります。
その際,「速さ」を,三用法の応用(速さ=道のり÷時間,道のり=速さ×時間,時間=道のり÷速さ)として扱うのか,人口密度などと同じく「単位量当たりの大きさ」の枠内とするのかが,気になるところです。『小学校学習指導要領解説(平成29年告示)算数編』では,単位量当たりの大きさの枠内にとどまっています。
速さを,三用法ではなく単位量当たりの大きさの中で考える(教科書や授業を通じて学習する)ことは,いまの教科書でも意図されています。それはたとえば,速さ|算数用語集で画像になっている文章題より,知ることができます。「50m走の世界記録は5.56秒です。」に続く,「1秒間に約何m走ったことになりますか。」と「また,1m進むのに約何秒かかったことになりますか。」の設問は,それぞれ,「単位時間当たりに移動する長さ」「一定の長さを移動するのにかかる時間」を求めるのに対応します。
先月出されたワークの編集 | 授業がんばりMATHの「どこにどう位置づけられるのか,教科書の採択が終わらなければ分からない,という苦労もあります」の箇所は,教科書の編集には携わっていないけれども地域の算数教育を主導している教師による,心情の吐露と見ることができます。
「速さ」「みはじ(はじき)」について書いた記事を,当ブログとメインブログ(わさっき)に分けてリンクしておきます。上で引用元として挙げた記事も,再掲しています。
- 時速×時間=距離
- アンチはじき
- 速さの式を,three-place relationとfour-place relationで
- わり算の順序
- 速さは割合,でもかけられる数?
- 東京新聞「日本の算数・数学 大丈夫?」のうち二重数直線を目にして思ったこと
- はじき~図
- はじき~式
- 「速さ」の周辺
- みはじ・くもわ (2015.08)
- なぜ「道のり=時間×速さ」ではなく「道のり=速さ×時間」で,「速さ=時間÷道のり」ではなく「速さ=道のり÷時間」なのか
- みはじ工学
- デはじ
- デはじ2017
(タイトルを,公開当初の「かけ算の構造番外編:みはじ」から変更しました。)
*1:一定の速さで進む物体について,時間と進む道のりのペアをいくつか計測し,表にすると,時間と道のりは比例の関係にあり,道のり÷時間は決まった値をとることから,その値を速さと定義するわけです。
*2:『小学校学習指導要領解説(平成29年告示)算数編』には,「一般に速さについては速いほど大きな数値を対応させた方が都合がよいため」と書かれています。「単位時間当たりに移動する長さ」「一定の長さを移動するのにかかる時間」は,この解説と現行の解説で使用されている語句です。
*3:ただし,https://mathwords.net/mitudoのページの図では,単位量当たりの大きさに該当する密度が,右下に配置されています。
*4:量の積も一般に,「a=b÷c」の関係においてaとbとcが異なる種類の数量となりますが,速さを含むRateにおいては,aになるものを別々に求め,それらを合併(たし算)できるとは限らないという点で異なります。時速40kmと時速100kmの電車を連結して,時速140kmで走れるわけではないのです。
*5:[isbn:1593115989], p.292
*6:[asin:0791417646], p.66
*7:[isbn:1405322462], p.29
*8:同上