かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

高校物理における速さの取扱いについて

  • 根本和昭: "組立単位と概念形成: 数の計算と量の計算", 理科教室, 本の泉社, Vol.64, No.9, pp.48-53 (2021).

 読み進めていくと,タイムリーな話が入っていました(p.52)。

6. テスト問題より
 以下の問題を高校2年物理基礎の考査に出題してみました。
 「5 s 間で2 m の距離を移動する物体の速さはいくらか。」
 私の指導もあって(?)、正解を答える生徒が多かったのですが、ある程度予想していたものの何パターンかの誤りが見られました。でも、速さの単位は「m/s」だと考えているようです。

0. v = 2 m ÷ 5 s = 0.4 m/s
1. v = 5 s × 2 m = 10 m/s
2. v = 5 s ÷ 2 m = 2.5 m/s
3. v = 5 m ÷ 2 s = 2.5 m/s

(略)
 よくある誤答のパターンとして、問題文に出てきた順番に数値を用いる、加減算でなければ掛け算、割り算なら大÷小の計算を行うという傾向にも当てはまるのですが、数値だけの計算をした場合には「間違ったのは何処か」を自覚することが難しいものの、組立単位の確認をすることで自分の誤りに気がつけられるようになってくれることを願っています。

 この件,以下で取りまとめた内容の「高校物理基礎」バージョンとなっています。

 『令和3年度 全国学力・学習状況調査 報告書』より引用したうちの「除法が(大きい数)÷(小さい数)であると捉えていたり,問題文に示されている数値の順序通りに立式したりしていると考えられる」は,上記の最後の段落と重なっています。上で「タイムリー」と書いたのは,これら2つの情報について,一方が他方を参照したわけではなく,別個に執筆され,同時期にリリースされたからです。
 他のページを取り上げる前に,補足しておきます。「5 s」「2 m」「0.4 m/s」のように,数値と単位のあいだに空白を入れている*1のは,原文にできるだけ忠実に従ったものです。この号(理科教育2021年9月号)では「理科における単位の扱い」を特集していて,ほかの記事も,基本的には同じように,空白が入っています。ただ個人的には「5 s 間で2 m の距離を移動する物体の速さはいくらか。」の文のうち,「s」「m」の直後の空白はないほうが自然なように思いました*2
 ページを戻りまして,「二重数直線図」というのがp.49に載っており,この語は太字になっていました。

 算数で用いるのは同じ種類の量を扱う「倍比例」なので、算数の速さは(1秒間に進む)「距離」、物理の速さは異なる量の関係を扱う「量比例」なので「距離÷時間」で作られる「新しい量」という違いがあったのです。
 算数の速さの単位は(1秒間に進む)「m」、物理の速さは「m/s」となっているのですが、前者の「1秒当たり○ m」を玉虫色に解釈して「m/s」と同じ意味で捉えている人が多いと思われます。さらに、この違いを明確に認識しているのは算数専科の先生方でも、少数に留まるのではないかと推察しています。
(略)
 算数の速さを求める際にも、「2秒間に6 m」のように2種類の量が登場しますが、算数では二重数直線図の「横」の関係を使って、時間を1秒間に揃えた「距離」を考える為に、互いに2という数値で割って時間1秒に対応する距離「3 m」が答えとして求められます。

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 しかし、この二重数直線図の「縦」の関係を使って「6 m ÷ 2秒」のように捉えると、中学以降で学習する異種の量を扱う「量比例」になってしまうので注意が必要です。
(図省略*3

 図は原文をもとに自作しました。「二重数直線で解く」をリリースで紹介した図では,数直線の矢先の上下にカッコ書きで単位などを記し,数値には単位を書いていません。2つの「0」も,矢の先の反対*4の上下に配置しています。
 ここで,算数の教科書や各種書籍,また当ブログの二重数直線の描き方が最も良いと,主張するわけではありません。この数直線の表現にはバリエーションがあります。上の図でも,1s,2sはそれぞれ1秒,2秒を意味することを伝えれば,小学生でも,□には3mが当てはまると言ってくれそうですし,距離xと時間tが比例の関係であり,x=\mbox{3 m/s}\times tと表せることも,容易に想像できます。
 ただ,「算数の速さの単位は(1秒間に進む)「m」」は,把握している教科書の記載と整合しません。手元にあるのは,教育出版の『小学算数5』です。

 この教科書では,p.150で,速さを求める式(速さ=道のり÷時間)の直後に,「速さは,単位とする時間によって,次のように表します。」の文を置いてから,時速・分速・秒速を列挙しています。右のページ(p.151)には,「分速□m」「秒速□m」に下線が施されています。
 時速・分速・秒速を定義していない状況での問い方(p.149)と合わせると,次のようになります。上の二重数直線図をもとに,「6mを2秒で進む物体があります。」を前提としたとき,

  • 「この物体は,1秒あたりに何m進むでしょうか。」と問うなら,答えは「3m」です。(「秒速3m」は,△または×になりそうです。)
  • 「この物体の速さを求めましょう。」と問うなら,答えは「秒速3m」です。(「3m」は,△または×になりそうです。)
  • 「この物体の秒速は何mでしょうか。」と問うなら,答えは「3m」でもよいはずですが,「秒速3m」のほうが分かりやすいです。

 3番目の項目について,p.150では「(速さが時速180kmという)ひかり号の分速は何kmでしょうか。またひかり号の秒速は何kmでしょうか。」という出題もあります。解答欄はありません。「何kmでしょうか。」なので,順に「3km」「0.05km」でもよさそうに見えますが,「分速3km」「秒速0.05km」と書くことで,同じ対象の,異なる速さの表記であることが明確になります。
 理科教育2021年9月号に戻ります。「量比例」について,p.48で定義されており,算数の「倍比例」に相対する概念なのは,理解できましたが,CiNii Articlesで「量比例」を検索すると,見つかるのは,「質量比例」をはじめ,「~量」と「比例」を連結したものばかりでした。


 関連:

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*1:https://takehikom.hateblo.jp/entry/20160527/1464296955より:スライドでは『3GB』『0.1GB/s』のように,数と単位とをくっつけて書きましたが,英文や,日本語でも論文を書く際には,『30 GB』『0.1 GB/s』のように,間に空白を置くのが一般的です.

*2:全角文字と半角文字の間に空白を入れるというルールを採用するのなら,「5 s 間で 2 m の距離を」のように,「2」の直前にも空白を入れる必要があります。

*3:https://ci.nii.ac.jp/naid/110003849500の文献の,p.3のオに添えられた図に類似しています。

*4:https://www.touken-world.jp/tips/50885/の「①筈/矢筈」に対応する箇所です。