かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

学習指導要領解説における「弁別」の使用について

 「正方形は長方形」関連で,『小学校学習指導要領解説算数編』(平成29年6月)のPDFファイル*1を読んでみたところ,指導方針は現行の解説を踏襲する一方で,「弁別」の語が多数,使用されているのに気づきました。


 「弁別」の着目に至る背景から。
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 この表をきっかけとして,いくつかコメントや,詳細な分析ツイートを読むことができました。
 「正方形は長方形」というのは,小学校の算数では「正方形は長方形ではない」という方針で指導されていることへの批判です。メインブログで,テスト問題を取り上げていました。

例えば,東京都算数教育研究会が平成23年度に実施した学力調査には,第2学年を対象として,以下のような出題があります.

http://tosanken.main.jp/data/H24/happyou/20121019-7.pdf#page=7で,正解率や誤答の状況,そして分析も読むことができます.小問(1)の正解率(完答のみ.以下同じ)は78%,小問(2)は75%となっています.
小問(2)について,正方形の(え),(か)は正解に入っていません.そこでこの出題も,正方形を長方形としないという方針を採用していると見ることができます.


 『小学校学習指導要領解説算数編』(平成29年6月)のPDFファイルを対象として,正方形・長方形に限らず,「弁別」を機械的に検索してみました。算数(1)(第1章~第2章)では,以下の箇所に出現しました。

  • p.34: そのために,身の回りにあるものの形に目を向けて,次第に図形を捉え,その構成要素に着目しながら基本図形についての概念を形成するとともに,図形を弁別したり,図形を構成(作図)したり,図形の性質を明らかにしたりする。図形の頂点や辺,角等の構成要素を対象とする考察から,平行や垂直のような構成要素間の関係を理解し,さらに合同や拡大図・縮図のような図形間の関係についても学習する。
  • p.50: ものを弁別する際には多様な観点があり,その中の一つに形があるのだという意識がもてるように指導することが大切である。
  • p.51: 第5学年では,辺の数や長さなどに着目して多角形や正多角形を,また,底面,側面に着目して,角柱,円柱を指導する。各々の図形指導では,それを構成したり弁別したりする活動を取り入れ,その性質が発見できるように指導するとともに,図形の性質を筋道を立てて説明できるようにする。

 次は算数(2)(第3章~第4章,各学年の内容を含む)です。ページ番号の後ろに,対象学年をカッコ書きにしました。

  • p.118 (2年): 第2学年では,三角形や四角形,正方形,長方形,直角三角形について,図形を構成する辺や頂点の数に着目し,図形を弁別することを指導する。また,身の回りにある箱の形をしたものを取り上げ,立体図形について理解する上で素地となる学習を行う。基礎となる図形を構成する要素に着目し,それを基に考えていく態度を養う。
  • p.118 (2年): 第1学年では「さんかく」,「しかく」などと呼び図形を捉えていたが,第2学年では,3本の直線で囲まれている形を三角形といい,4本の直線で囲まれている形を四角形ということを約束する。これは,図形を構成する要素である辺の数に着目して,いろいろな図形から三角形,四角形を弁別しているのである。
  • p.119 (2年): 第1学年で,児童は身の回りのものの形について,形を全体的に捉える見方を学習してきた。第2学年では,辺の長さや直角の有無といった約束に基づいて図形を弁別できるようにする。
  • p.120 (2年): 身の回りのものを図形として捉えるとは,第1学年で全体的に捉えてきたものの形の見方から,図形を構成する要素に着目した約束に基づき三角形や四角形等を見いだすことを通して身の回りのものの形から四角形や三角形,正方形や長方形を弁別できるようにすることである。
  • p.156 (3年): 第2学年では四角形や三角形,正方形や長方形などについて,これらを構成する直線や直角などに着目することで,図形を弁別することを指導してきた。
  • p.170 (3年): このように身の回りにあるまるいものを観察し,どのように弁別できるかについて考える活動を行うことで,円や球に興味をもち,図形に関わろうとする態度を育てていく。
  • p.245 (5年): 多角形については,図形を構成する辺や角などの要素に着目して図形を弁別する。
  • p.288 (6年): このような線対称,点対称の意味について,観察や構成,作図などの活動を通して理解できるようにし,線対称な図形,点対称な図形,線対称でかつ点対称でもある図形を弁別するなどの活動を通して,図形の見方を深めることが大切である。
  • p.289 (6年): 対称性については,既習の三角形,四角形,さらには,正多角形について,線対称な図形,点対称な図形,線対称でかつ点対称でもある図形を弁別し,既習の図形を対称性といった観点から捉え直すことが大切である。

 この中で注目すべきなのは,p.120の「四角形や三角形,正方形や長方形を弁別できるようにすることである」のところでしょう。ここから,「これは四角形です」と言えば,三角形でないことを意味するのと同様に,「これは正方形です」が「これは長方形ではありません」を意味するように読めます。
 『算数教育指導用語辞典第四版』に書かれた「各図形の名称については,次のように決められている。すなわち,一般の図形の集合から,条件が付加されて特殊な図形の集合が作られたとき,その特殊な図形の集合に名づけられた名称が,その図形の名称となるということである。例えば,長方形も正方形も平行四辺形の条件はもつが,平行四辺形とよばず,付加された条件でできた集合の名称を用いるのである。」も,「正方形は,長方形ではない」の考え方をサポートするものとなっています。
 より新しいところでは,「算数授業研究」Vol.106*2で,「正方形と長方形とは別物である」とみる背反的な定義と,「正方形も長方形である」という包摂的な定義を挙げ,解説されています。主要部を,正方形でない長方形を持ってきてください - わさっきで引用しています。「長方形をもってきてください」と指示すれば,(正方形でない)長方形をもってくる,というのは,前掲の表に記載した「長方形の紙を折って正方形を作る」にも関わる話です。
 ともあれ,2年での「弁別」の出現頻度が高いのに驚きました。現行(平成20年6月)の小学校学習指導要領解説と比較しておきます。これも文科省サイトより,PDFがダウンロードできるようになっており,http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/syokaisetsu/index.htmに,算数(1)と(2)へのリンクがあります。
 算数(1)には,「弁別」は出現しませんでした。算数(2)では,次の2箇所です。

  • p.152 (4年): こうした四角形の名称を知り,使えるようにする。そして,平行四辺形,ひし形,台形について理解するためには,いろいろな四角形を構成し,それらを観察することを通して共通の性質をもつ図形に分類したり,それぞれの図形の性質について調べたり,図形の約束や性質に基づいて作図したり,弁別したりする活動に取り組むことが大切である。また,身の回りから,平行四辺形,ひし形,台形の形をした具体物を見付ける指導をする。*3
  • p.204 (6年): このような線対称,点対称の意味について,観察や構成,作図などの活動を通して理解できるようにし,線対称な図形,点対称な図形,線対称でかつ点対称でもある図形を弁別するなどの活動を通して,図形の見方を深めることが大切である。

 2年では言及なしです。長方形・正方形の定義は,p.93の「四つの辺の長さが等しく,四つの角が直角である四角形を正方形という。」と「また,四つの角が直角である四角形を長方形という。」のところですが,2文の間やそのあとの記述から,正方形と長方形の違い,結局のところ「正方形は長方形ではない」に基づく指導が念頭に置かれています。
 まだまだ,新旧の解説や,関連情報との読み比べをしていかないといけません。なお,算数用語の出現という観点では,和が10以上になる加法(1年)のところで「加数分解」「被加数分解」が,新たな解説に記載されています(「減加法」「減々法」,新旧どちらの解説でも,そして1つ前(平成11年5月)の解説でも,使われています)。

*1:http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1387014.htm

*2:isbn:9784491032610

*3:新しい解説では,第4学年の内容で「弁別」が使われていません。平行四辺形ほかの図形に関して,最も関係しそうな記述はp.199のところで,「直線の位置関係や辺の長さに着目することで,平行四辺形,ひし形,台形について知る。すなわち,向かい合った二組の辺が平行な四角形を平行四辺形といい,四つの辺の長さが等しい四角形をひし形といい,向かい合った一組の辺が平行な四角形を台形という。こうした四角形の名称を知り,図形の置き方をいろいろと変えても,その図形の名称が判断できるようにする。」とあります。