かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

小学校学習指導要領解説算数編と合わせて読みたい,2010年・2011年の文献

 『小学校学習指導要領解説算数編』(平成29年6月)のPDFファイル*1では,「1皿に5個ずつ入ったみかんの4皿分の個数」を式で表す際に「一つ分の大きさである5を先に書き5×4と記す」と明記しているほか,数ページ進めた先では,「4皿に3個ずつみかんが乗っている」場面に対する式は3×4となると書かれています。交換法則は,式で表現するときではなく,計算の結果を求める場合に活用してよいとしています。「プリンが3個ずつ入ったパックが5パックあります。プリンは全部で何個ありますか。」と「プリンが5個ずつ入ったパックが3パックあります。プリンは全部で幾つありますか。」の対置や,「4×100mリレー」という書き方にも,言及がなされています。串にささった団子と,アレイ(長方形的配置)の掲示物の写真について,前者はかけ算の式が1通り,後者は2通りあるのが読めます。これらは現行の解説*2にはなく,新しい解説は,踏み込んだ記述をしていると見ることもできます。
 上記の特徴的な記述が,2010年から2011年の出版物(書籍・論文)にも現れているのに気づきまして,この記事にて紹介していくことにします.

書誌情報および抜粋

 ブラジルに行ったときに6の目のサイコロを見せて,「サイコロの目の数はいくつですか」と言うと,みんな「6」と言った。「どうして6と考えたの」と尋ねるとある子が出てきて,「3×2」と書いたんです。これを3×2と見たわけを聞きました。私がどうしてそんなことを聞いたかというと,式の後ろに潜んでいる感覚は,日本語圏以外では普通意味が逆です。3×2と言えば,日本では「3個のかたまりが2個ある」という意味ですが,英語圏も中国語圏もみんな「3個ありますよ,2つのものが」という意味です。
 一番わかりやすい例は,陸上競技で4×100mリレーという表示がありますね。日本で正しく勉強している子なら,4mを100人で走ると言うことになる。でも,誰もそう解釈しませんね。これは世界共通で4人で走りますよ,100mずつを,という意味の表示です。日本とは式の意味が逆なんです。だから,3×2とブラジルの子が書いたから,あえてちゃんと聞いてみたいと思ったんですね。そうしたら,はじめに出てきて説明した子は3個ずつのかたまりを作ってそれが2つ分と言いました。おやっ,これは日本と同じだぞと思っていると,他の仲間みんなが違う違うと言うのです。要するに間違っていたのです。どこの国も同じですね,間違える子がいるのは。本当は2個のかたまりが3個分だと別の子が説明してくれました。(p.138)

算数の基礎基本とは何か
 ここ数年は、基礎基本の徹底が声高に叫ばれ、九九の暗記に力を入れている学校や家庭が増えています。でも私の目には、単なる計算のトレーニングになってしまっているように見えるのです。どういうことかというと、「8×4は?」と聞くと「32!」と即答できるけれども、「8×4」と「4×8」の違いがわからない。この違い、あなたは説明できますか?
 ではここで問題を出してみましょう。「ガラス戸が8枚あります。1枚のガラス戸につき、4枚のガラスが入っています。ガラスは全部で何枚あるでしょうか。式を立てて、答えをもとめなさい」。今の子どもは、32という答えはすぐ出せます。しかし、式を「8×4」と間違える子どもがとても多いのです。
 かけ算とは、(1あたり量)×(いくつ分)=(全体の量)です。よって、この問題なら、式は「4×8」が正解。今の教育は、九九の暗記には力を入れているけれども、こういう本当の基礎基本を省く傾向にあります。かけ算が(1あたり量)×(いくつ分)=(全体の量)である、という基礎基本をしっかり理解していれば、その後の学びも楽になります。子どもがつまずきやすい割り算や小数、最大の難関である分数だって、へっちゃらなのです。「割り算とは、1あたり量を求めるのか、いくつ分を求めるのかの二通りしかない」と気づけます。しかし、この基礎基本を理解せずに九九の計算能力だけを鍛えて通過してしまうと、割り算や小数、割合、分数などが登場したときにつまずきます。つまずくと、今度は公式や計算方法を暗記させて乗り越えさせようとする。そのときはわかった気になるかもしれませんが、また別の問題が出たときにつまずくという悪循環になってしまいます。
 本当の基礎基本とは何かを見抜き、しっかり身につけることが大事なのです。(pp.123-125)

 昭和40年(1965年)ころ,「5円の品3個の代金の立式は,3×5ではダメなのか」の論争が大阪や神戸から湧き起こった。それは海外で教育を受けた子どもが日本に帰国して授業に臨むと,上記問題の正答は,5×3のみで,3×5はダメという指導に遭遇した。そこで,帰国した子どもの親たちから担任教師に対する反発が起こり,問題化していった。
 さて,教育現場ではこれらの指導は文部省発行の学習指導要領に基づくので,もし上記の問題が設定されたとしたら,学習指導要領の立場からすれば,正答はこうなるのだということをみていこう。(p.46; 執筆者は佐藤俊太郎,以下同じ)

0 『昭和22年学習指導要領 算数科 数学科 編』文部省 昭和22年5月1日 日本書籍 正答 3×5
1 『算数数学科学習指導要領改訂』文部省 昭和23年9月30日 日本書籍 正答 書いてない
2 『小学校学習指導要領算数科編(試案)』昭和26年改訂版文部省 昭和26年12月5日 大日本図書 正答 書いてない
3 『小学校算数指導書』昭和35年3月25日 大日本図書 正答 5×3
4 『小学校指導書 算数編』文部省 昭和44年5月30日 大阪書籍 正答 5×3
5 『小学校指導書 算数編』文部省 昭和53年5月10日 大阪書籍 正答 5×3,3×5
6 『小学校指導書 算数編』文部省 平成元年6月15日 東洋館出版社 正答 5×3,3×5
7 『小学校学習指導要領解説 算数編』文部省 平成11年5月31日 東洋館出版社 正答 5×3,3×5
8 『小学校学習指導要領解説 算数編』文部科学省 平成20年8月31日 東洋館出版社 正答 5×3,3×5 (pp.46-47; 番号間の説明は省略した)

乗法とは
(1つ分の大きさ)≡a,(いくつ分)≡bが認知できたあとで,(全体の大きさ)≡cを求めること であって,a×b=cまたはb×a=cと書く。(p.47)

 2年生の導入時では,被乗数と乗数を明確に区別して扱っているが,これもかけ算の意味の理解を確かにするためと考えられる.図1のみかん全部の個数を4×6=24と表すときに,被乗数4が一つ分の大きさ,乗数6が幾つ分を表していることを大切に扱う必要がある.ただしこの意味は世界共通でなく,例えば英語ではこれを6×4=24とするので,被乗数,乗数の意味は逆になる.なお昭和44年の「小学校指導書算数編」では,基準にする大きさのいくつ文かにあたる大きさを「表わす」ことに触れているが,表現という側面からは被乗数と乗数の意味が特に重要となる.またかけ算の学習は,例えば2の段では被乗数が2の場合に乗数を1から9まで系統的に変化させ(図2),8×2などはここで扱わないが,これもかけ算の意味を大切にしていることの一つの現れであろう.(p.50)

Students are required to clearly distinguish between multiplicands and multipliers at this stage because this distinction helps them understand the meaning of multiplication. Teachers pay attention to whether their students understand that multiplicands express sizes of units and multipliers express numbers of groups. These meanings are reversed from the viewpoint of some educators elsewhere in the world. The amount of oranges in Figure 1 is expressed as 4×6=24 in Japan. The expression 6×4 is not usually allowed at the introductory stage. (p.122)

  • 新算数教育研究会: 整数の計算 (リーディングス 新しい算数研究), 東洋館出版社 (2011). [isbn:9784491026343]
  • 内海庄三: 「整数の乗除」の意味と計算指導のキーポイント, 新しい算数研究1980年7月号, No.112 (1980). 『整数の計算』pp.121-125.

(2) 算数指導の立場から
① 同数累加の短縮形
(略)
② 同数群の同時的存在(併存)
(略)
 しかし,①の場合でも,②の場合でも乗数と被乗数のもつ意味や働きは異質的であるから,これらの意味から,乗法の重要な法則である「交換法則」を理解させることは困難であり,それには次の③の意味がどうしても必要である.
③ 同数列の長方形的配列(array)
 例えば,右のような図では,縦に3個ずつ並んだ列が4列あるとみれば,○の数は3×4であり,横に4個ずつ並んだ列が3列あるとみれば,○の数は4×3と表されるから,交換法則は容易に理解されよう.
 また,このようなarrayの考えを指導しておくことは,後に長方形の面積公式を指導する下地ともなるので,2年のときに是非とも指導しておきたい内容である.(『整数の計算』pp.121-122)

  • 新算数教育研究会: 小数・分数の計算 (リーディングス 新しい算数研究), 東洋館出版 社 (2011). [isbn:9784491026350]
  • 中島健三: 小数のかけ算(導入)(5年), 新しい算数研究1979年7月号, No.100 (1979). 『小数・分数の計算』pp.84-93.

T 今日の勉強は小数のかけ算です.

連休にお父さんやお母さんと遠くにドライブに行きました.満タンにするのに車にガソリンを入れたら,3.4Lでいっぱいになりました.ガソリンの値段は,1L120円です.ガソリン3.4Lでいくらになりますか.(会話を通して)

(略)
T どんな式で考えられますか.
C 120円×3.4
T ほかに違う式の人はいませんか.(声なし)
T この式でいいですか.
C ハイ.(『小数・分数の計算』p.85)

山田 私も,帯小数から入ることには賛成なんですが,子どもたちが答えを出す時に,4年生の時に習ったことを使って,3.4×120と逆にしたらどうか.もし,そういう答えを取り上げた時に,後でご指導いただきましたテープ図のメリットが消えてしまうような感じを与えるのですが.
授 そのことは,出るのではないかと予想されたんです.そこでは,いちいちひっくり返したやらなければならないのは不便だから,そうでなくてもできないかという問題と,120×3.4と3.4×120とが答えが本当に同じかということで,いわゆる交換法則が成り立つかということを確認させる必要があるわけですね.(『小数・分数の計算』p.92)

 乗法の場面、「1ふくろにミカンが3こずつ入っています。5ふくろでは、ミカンは何こでしょう。」は、3×5と立式される。立式は、「1つ分の数×いくつ分=全体の数」とまとめられ、それぞれを被乗数、乗数という。ところで、「オリンピックの400メートルリレー」や「このDVDは16倍速で記録できる」、「xk倍は」の式は、どのように表されるであろうか。それぞれ、一般的には「4×100mリレー」、「16×」、「kx」と表される。被乗数と乗数の位置が教科書の書き方と逆になっていることに気付くであろう。この例から分かるように、乗法では、数の位置ではなく、数が意味する内容に注目して、どの数が1つ分の数であるか、いくつ分はどの数かをしっかりと読み取ることが大切である。第2学年や第3学年では、読み取った数を、「1つ分の数×いくつ分=全体の数」と表現できることが重要であり、逆に、この立式ができているかで、数の読み取りができているかを判断できる。しかし、高学年になり、乗法では交換法則が成り立つことや外国での立式を知り、数の意味をしっかり理解できていれば、必ずしも第2学年で学んだ順序で立式することを強制しなくてもよい。(pp.91-92)

2. 「子どもが7人います。1人に4個ずつアメをくばります。アメはみんなで何こいりますか」という問題に対して、7×4=28答え28こ、と解答した小学校2年生の子がいました。この解答をどのように解釈して、どのような対応をしたらよいか、乗法の意味と関連させてまとめてみましょう。(p.96)

 Yが立式を躊躇した理由を考えるうえで,Yの保護者の見立てが参考になった。支援教室終了後に保護者からスタッフに,Yがかけ算の「かけられる数とかける数」についてよく分かっていないらしいとの話があった。かけ算の「かけられる数とかける数」とは,「一あたり量がいくつ分」というかけ算の意味を指す。これに関連して,小学校ではしばしば,かけ算の式を「一あたり量×いくつ分」のように,「一あたり量」を先に書くように指示する場合がある(e.g.,遠山,1978)。保護者の話を受けて,Yの取り組んだ問題を後日スタッフが確認すると,Yは問題文中に出てくる順に数値を並べて立式しており,必ずしも「一あたり量×いくつ分」の順で立式しているわけではないことがわかった。このことからYは,かけ算の意味と式の順序との対応がついておらず,「一あたり量×いくつ分」という順序で書かれた式に「一あたり量がいくつ分ある」との意味があることを理解せずに立式していると考えられた。また,支援教室でYが式を書くのを躊躇したのは,かけ算の意味理解が不十分な状態で,式の順序だけを守ろうとしたためではないかと推察された。(pp.54-55)

 それでは,本稿の学習支援プランには,文章題解決におけるどのような困難を克服する効果があったのだろうか。Mayer (1992)は,算数文章題を解決する際の心的過程を4段階―解釈段階,統合段階,プランニングとモニタリング段階,実行段階―に分けた。このうち,Yが困難とした,式の順序とかけ算の意味との対応づけは,統合過程におけるつまずきである。統合過程では,問題タイプについての知識(スキーマ的知識)に基づいて,文章題から読み取った情報のうちの適切なものが選択・統合されて,文章題全体についての心的表象が構成される。Mayer (1992)によれば,スキーマ的知識には,例えば「面積の問題は,面積=縦×横という公式に基づく」のように,式についての知識が含まれる。「一あたり量がいくつ分」というかけ算の文章題で言えば,スキーマ的知識は「一あたり量がいくつ分というかけ算の問題は,全体量=一あたり量×いくつ分という式に基づく」のように表現できる。一方,Yは式の順序とかけ算の意味との対応づけが不十分であったことから,Yが有していたスキーマ的知識は「かけ算の問題は,全体量=ある数×他の数という式に基づく」のような不十分な状態であったと考えられる。そこで,問題の状況を表す絵を取り入れた教材に即して学習することにより,式の順序とかけ算の意味とが正しく対応づけられ,スキーマ的知識がより精緻なものになったと考えられる。以上のことから,問題の状況を表す絵に即して,式の順序とかけ算の意味とを対応づける学習支援プランは,算数文章題解決の統合過程における困難を克服する効果があったと考えられる。(p.59)

 もうひとつ大切なことは、かけ算の式は、
  1あたりの数×いくつ分=ぜん体の数
というようにしなきゃいけないことだ。たとえば「1人に3こずつ、4人にくばるときのぜんぶの数は?」というとき、
  3(こ)×4(人)=12(こ)
とするんだ。3×4も4×3も答えは同じだけど、式をたてるときはかならずこのじゅん番でたてようね! 4(人)×3(こ)=12(人)は、まちがいだよ。(p.45)

ジャイアン)いいこと聞いたぞ。オレは7のだんが苦手だから、7×6が思い出せないときは、6×7の九九を思い出せばいいんだ。
ドラえもん)そういうこと。でも、文章題で式をたてるときは、ちゃんと「1あたりの数×いくつ分=全体の数」としなきゃ、まちがいだよ。(p.52)


(p.16)

 乗法の数学的定義についても,集合の要素の数という観点からの定義と,順序という観点からの定義がある。
 算数科では,整数の乗法は,一つ分の大きさが決まっているときに,その幾つ分かにあたる当たる大きさを求めるという場面で導入される。整数の世界では,その値を求めるためには,同数累加を行うことになる。つまり,乗法は同数累加の簡潔な表現として用いられることになる。この定義では,3×4=3+3+3+3,4×3=4+4+4となる。つまり,被乗数と乗数の順序に意味がある。また,交換法則(a×b=b×a)やa×(b+1)=a×b+aが成り立つことにも気づかせたい。例えば3×5の場合,3を5個足す代わりに,3を4個足したもの(3×4)に3を1個加えればよい。つまり,3×5=3×4+3となる。この性質を活用して1位数同士の乗法を考えていく(乗法九九の構成)。なお,平成20年改訂の学習指導要領においては,これらの乗法九九の構成の延長として,被乗数や乗数が12程度までの乗法を扱うこととなっている。(p.113; 執筆者は清水紀宏)

  • 清水静海: 小学校算数 これでバッチリ! 計算指導, 文溪堂 (2011). [isbn:9784894237292]

1mの重さが3kgの鉄のぼうがあります。この鉄のぼう12mの重さは何kgでしょう。(p.127)

6つのはこに、ケーキが8こずつはいっています。ケーキはぜんぶでなんこあるでしょう。
(正解)8×6 (p.72)

多い誤答
かける数とかけられる数を逆に立式してしまう。
問題文に出てきた数の順に立式してしまった子どもが、34.7%みられました(p.72)

(表)5×8
(裏)
1はこに5こ入りの
チョコレートが
8はこあります。

(表)8×5
(裏)
チョコレートが
5はこあります。
1はこは8こ入りです。

(九九カルタ 文溪堂より)(p.48)

第2次 第10時 基準量が後に示された適用問題
1 問題を知り,めあてをつかむ。

おかしのはこが4つあります。
1つのはこには,おかしが5こずつはいっています。
みんなで何こになりますか。

5×4か4×5のどちらになるか考えよう。

5 学習のまとめをする。

「何のいくつ分」に気をつけてもんだいをとくとよい。
5この4つ分。
5×4=20 20こ

(p.104)

次の①問題は,ほとんどの子どもが正解します。ところが,②の問題では逆に多くの子どもが間違います。

問題① 1はこに6こずつ入ったせっけんが4はこあります。せっけんはぜんぶで何こありますか。 問題② せっけんの入ったはこが6はこあります。1はこに4こずつ入っています。ぜんぶで何こありますか。
正答 6×4=24 答え24こ 誤答 6×4=24 答え24こ

②の誤答には,「かけ算の意味が理解できていないため,数値の出てきた順にかけた。」「①のような文章題の経験しかなく,数値の出てきた順にかけた。」の2つの原因が考えられます。
問題の様子を図に表してみる,数量の関係をかけられる数(基にする数,1つ分)やかける数(いくつ分,何ばい)で捉えてみることなどかけ算の意味の理解を深める学習をさせます。また問題①と②を比べさせ,図で表した場面と式を対応させて違いを理解させることも有効です。問題の理解,立式,計算,答えを総合的に練習させる必要があります。(p.40)

他の文献・情報源

 以下は,今回の趣旨(新しい解説との関連)からやや離れますが,2010年~2011年に出版・公開されたものであり,「かけ算の順序論争」を知る一助にもなります。