かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

3人2れつで

 昨日公開の解説記事です。「①文章問題と絵をつなげる」の中に,1年生のたし算,2年生のかけ算のそれぞれで,3つずつの文章問題と3つずつの絵があり,線でむすぶという問題を紹介しています。
 かけ算の問題に,時間を取られました。図はこうなっています。

f:id:takehikoMultiply:20180707144305j:plain

 3つの文章問題のうち,真ん中の「女の子が3人2れつでならんでいます。ぜんぶで何人ですか。」だけが「女の子」ですので,まず,以下のようにむすびます。

f:id:takehikoMultiply:20180707144315j:plain

 次に,左の文章問題は「男の子が3人2れつでならんでいます。ぜんぶで何人ですか。」と書かれており,「男の子」を「女の子」に置き換えれば,真ん中の文章問題ものと一致します。「3人2れつ」という場面が同じになっているので,次のようにむすびます。

f:id:takehikoMultiply:20180707144333j:plain

 残ったのは,右の文章問題の「男の子が2人3れつでならんでいます。ぜんぶで何人ですか。」と,左の絵です。むすんだら,完成です。

f:id:takehikoMultiply:20180707144342j:plain

 ここまでは,「合うもの」を一つずつ見つけて,順にむすんでいきましたが,線をリセットして問題文を順に見ていくと,次のように考えることもできそうです。左の文章問題の「男の子が3人2れつでならんでいます。ぜんぶで何人ですか。」に最も合致した場面は,左の絵なのです。

f:id:takehikoMultiply:20180707144351j:plain

 ただしこのようにむすんでしまうと,残りの2つをどうすればいいか,困ることになります。というのも,真ん中の文章問題の「女の子が3人2れつでならんでいます。ぜんぶで何人ですか。」と,右の文章問題の「男の子が2人3れつでならんでいます。ぜんぶで何人ですか。」とでは,「3人2れつで」と「2人3れつで」という,異なる数量の関係になっているのに対し,残りの絵は「女の子」と「男の子」だけが違い,並び方(何人ずつ何列できているかという,数量の関係は同じ)に見えるのです。
 この問題に関しては,以下のようにむすぶのも,ありなのではないかと思います。

f:id:takehikoMultiply:20180707144401j:plain

 記事のはじめに書かれた箇条書きと照合しながら,「(2年生掛け算)」の出題に関して気になったのは,次の2点です。一つは,「3人2れつ」と「2人3れつ」という書き方(そして対比)が,「場面をイメージし把握する力」に寄与するのか,もう一つは,「女の子」と「男の子」とで,場面を区別するというのが,「問われている内容を理解する力」や「数の概念」と相容れないのではないかということです。
 場面のイメージの支援に,アレイは適切でないと,個人的には理解しています。公開されている出題の中で,絵を取り入れて「場面をイメージし把握する力」「問われている内容を理解する力」などを測る文章問題としては,東京都算数教育研究会の学力実態調査の「子どもが 3人 います。みかんを 1人に 4こずつ ふくろに 入れて くばります」の件(http://tosanken.main.jp/data/H25/happyou/20131018-7.pdf#page=6)があります。同じページの次の大問では,アレイの認識や,1つの場面からさまざまな(かけ算を含む)式を作ることを問うものとなっています。


 箇条書きのうち「四則計算の適応能力」にも,違和感を覚えました。直後の「計算能力」と区別するのなら,四則(たし算・ひき算・かけ算・わり算)の入った複雑な式でも計算して正しい答えを求められる能力,ということでしょうか(そうすると計算能力は,単一の演算を早く正確に行える能力と,対応づけられます)。
 「計算能力」で検索すると,「計算能力検定」というのがあるのを知りました(小学生向けには,http://www.kisoryoku.or.jp/keisan/keisan_level1-6/)。いらすとやの絵が,効果的に使われていました。

算数授業研究最新刊に見る,かけ算の順序,包含除・等分除,トランプ配り

  • 森本隆史: 等分除のイメージをもたせる難しさ, 算数授業研究, 東洋館出版社, Vol.117, pp.16-17 (2018).

算数授業研究 Vol.117 文章題の指導

算数授業研究 Vol.117 文章題の指導

 「◆」から始まる3つの小見出し(の文章)のうち,最初の「◆等分除の方がイメージを持ちにくい理由」は,個人的に収集してきた情報とおおむね,合致していました。書かれているのをいくつか抜き出すと,「等分除の方がイメージを持ちにくい」「包含除の方が操作がしやすい」「(包含除は)累減を使って,答えを出せばよい」「等分除は包含除と比べて操作がはっきりしない」のところです。またp.16右カラムでは,「4×□=24」と「□×4=24」を対比させ,前者は包含除で,「「4の段」の九九のまま問題場面をイメージすることができる」のに対し,後者は等分除で「「4の段」の意味とはならない」としています。
 個人的に収集してきた情報は,わり算,包含除・等分除,トランプ配り (2016.05) - わさっきになります。等分除操作の多様性については,そこで[山名2002]と書いた,http://ci.nii.ac.jp/naid/110001898376の文献が関連します。
 「◆等分除の文章題からの導入」は,以下を黒板に書くことから始まります。

あめが□こあります。4人であめを分けます。1人何こもらえるでしょうか。

 子どもたちの考えを箇条書きにして箱で囲み,p.17に移って,授業風景のモノクロ写真のあと,□を12にした場合,20にした場合で,教師そして子どもたちによる,「かけ算の順序」への対応が見られます。書き出します。

 この場面で実際に袋の中にいくつのあめが入っているのかを伝えずに4人の子どもにあめを1つずつ配っていった。袋の中にはあめが12こ入っていたので,1人3こずつのあめを手にした。ここで「かけ算で書くとどんな式になるの?」と問いかけると,「4×3」という式が出てきた。ここではあえて何も言わないようにした。
 今度は袋に20このあめを入れて同じように4人に配って見せた。どんなかけ算になるのかを問うと「4×5」という式が出てきた。「4×5って,何がいくつ分あるの?」と問いかけたところで,「あれ? おかしい」というつぶやきが聞こえ始める。「4×5だったら5人で分けることになるよ。だから,4×5じゃなくて5×4だと思う」「だったら,さっきのも4×3じゃなくて3×4だよ」ここで,式の書き方や記号の書き順など,わり算について教えていった。

 □に具体的な数を入れ,場面と式とを対応づけると,こうなります。

  • 「あめが12こあります。4人であめを分けます。1人何こもらえるでしょうか。」について,かけ算の式では4×3=12と表した。
  • 「あめが20こあります。4人であめを分けます。1人何こもらえるでしょうか。」について,かけ算の式を4×5=20と表したところで,「何がいくつ分あるの?」の発問に対して,おかしいと気づき,5×4=20がよいと変わった。
  • 先ほどの「あめが12こあります。4人であめを分けます。1人何こもらえるでしょうか。」についても,かけ算の式を3×4に変えた。

 トランプ配りでは,“1回に配る数×配る回数”によって,“1人分の個数×人数”とは,かけられる数・かける数が逆になる,という話は,「◆「見たこと」からわり算の問題文をつくる」の終わりのほうにも見られます。「24このあめを4人の1つずつ順番に配り,1人6こずつのあめがもらえる場面」について,「かけ算の式を書かせると,4×6=24となった」は,“1回に配る数×配る回数”と,「しかし,6×4でないとおかしいという意見が出て」は“1人分の個数×人数”と,それぞれ対応します。
 “1回に配る数×配る回数”を含む算数授業の例としては,2011年,New Education Expoの公開授業(http://blogos.com/article/8517/)があります。「4×1個を3回やるってことだから,ア。」という,生徒の反応のところです。この公開授業をされたのは,筑波大学附属小学校中博史先生でした。


 今回見てきたページから,1つ前の見開きは,「かけ算の計算について考える文章題」となっています。しかしざっと目を通したところ,小数をかける文章題だとか意味だとかで,5年の内容です。
 「かけ算の順序」は,そこからさらに2つめくって,p.10に載っていました。「あめが7こずつはいったふくろが5ふくろあります。」に対し,子どもたちは「7×5」が大多数,「5×7」が数名という反応です。両方の式と図を一人一人に書かせるとともに,板書(の写真)から7×5が,その場面に合った式としています。

数検10級に見る,かけ算の順序

 ぶらり入った書店で,「実用数学技能検定(数検)」の特集をしていました。級のうち,6級から11級までが小学校の1学年ずつに対応し,「算数検定」となっています。小学校2年の「10級」の書籍のうち3冊を手に取り,レジへ持って行きました。
 購入した理由はというと,そのいくつかに「かけ算の順序」を問う文章題*1を見かけたからです。
 『文章題入門帳』ではp.34です。上半分の「れんしゅう 2」には「子どもが 6人 います。1人に 画用紙を 3まいずつ くばります。画用紙は 何まい いりますか。」,下半分の「れんしゅう 3」には「たまごの パックが 5つ あります。どの パックにも たまごが 6こずつ 入って います。たまごは 何こ ありますか。」とあります。緑色のガイドに注意しながら,穴埋めで解答します。正解となる式はそれぞれ「3×6=18」「6×5=30」です。
 『文章題入門帳』のp.38には「はこに ジュースが 50本 入って います。この ジュースを 9人の 子どもに 4本ずつ くばりました。」とし,(1)と(2)の小問に分けて,ここでも穴埋めです。(1)では「□本ずつ □人に くばるので,」とし,順に4と9が入り,順序をひっくり返すことが想定されます。
 『要点整理』では,p.80の最初の2問が該当します。「(1) 子どもが 5人 います。1人に 色紙を 7まいずつ くばります。色紙は ぜんぶで 何まい いりますか。」と「(2) 長いすが 6つ あります。どの いすにも 4人ずつ すわって います。ぜんぶで 何人 すわって いますか。」です。
 ここまで挙げた文章題では,いずれも,「ずつ」の付く数がかけられる数となっていますが,「ずつ」がない場合,例えば最初に記した文章題を「1人に 画用紙を 3まい くばります」に変更すると,1人だけに3枚配るという解釈もでき,曖昧さを避けるためと読み取ることができます。それぞれの本に,「ずつ」のない,かけ算の文章題を見つけることもできました。
 『過去問題集』に収録された全6回の問題文を見ましたが,「かけ算の順序」を問う文章題は,含まれていませんでした。

単元テストのかけ算「ひっかけ問題」とその対策

日々のクラスが豊かになる「味噌汁・ご飯」授業 算数科編

日々のクラスが豊かになる「味噌汁・ご飯」授業 算数科編

 「味噌汁・ご飯」授業は,「手軽で」「飽きない」「栄養価のある」授業と読み替えられ,pp.11-12で細分化されています。なお,https://www.facebook.com/miso.gohan/によると,「味噌汁・ご飯」授業研究会は今年3月までで,2月には解散セミナーが催されたとのことです。
 単元の授業準備の段階で,単元終了時に児童らに解かせる「単元テスト(業者テスト)」を分析しておき授業に取り入れようという趣旨が,pp.56-57に見られます。例えばp.57では,低学力児(100点満点で30点以下)でも「味噌汁・ご飯」授業を通じて60点,70点,80点取れるとし,単元テスト分析の必要性について次のように記しています。

 そのためには,事前の「単元テスト」が大きな役割を占めていることになる。このことなくして,このような「事実」を作り上げることはできない。業者テストは,テストの平均を80点や85点に揃えるために,必ず子供たちが間違う問題(私たちは「ひっかけ問題」と呼ぶ)を入れている。そこにまんまとひっかかるのである。
 ここを私たちがマークしなければ,テストの平均を上げることはできない。
 では,具体的にどうするのか。p.58,p.59を参考にしてほしい。

 次のページでは,2年生,東京書籍「かけ算(2) 九九をつくろう」の単元テストを例に,その分析を行っています。単元テストの表面の最後,[6]が「ひっかけ問題」であるとし,その問題文と,対策を述べています(p.59)。

 長いすが8つあります。1つの長いすに7人ずつすわります。みんなで何人すわれますか。

 この問題は,かけ算の基本的な考え方である「1つ分の数×いくつ文=ぜんぶの数」のうち,「いくつ分」に当たる「8つ」が先に,「1つ分の数」に当たる「7人」が後にきている。従って,算数の苦手なこの多くが,正解の「7×8」ではなく,「8×7」と,立式してしまうことが考えられる。その対策として,

  • 教科書p.48で出てくる前に,かけ算すべての段において,先生問題として,問題文で「いくつ分」が「1つ分の数」より先に出てくる問題を解かせる。
  • 「1つ分」の多岐にわたる表現を,模造紙にまとめて掲示する。

という手立てを考え,実際に指導することができた。
 このおかげで,本学級30名の本単元テストの平均点は,50点満点で,思考46.2点(92.4%),技能48.5点(97%),知識46.3点(92.6%)と,3領域とも90%を超えることができたのである。

 上記のほか,p.101には「子どもが8人います。あめを1人に3こずつくばると,ぜんぶでなんこいりますか。」で8×3と立式する子が出てしまう点を指摘した上で,その対策として「図で表す」ことを提案しています。「1はこに,5こ入っているりんごが,3はこあります。ぜんぶでなんこでしょうか。」という文章題も,「りんごのはこが,3はこあります。1はこ5こ入りです。ぜんぶでなんこでしょうか。」という文章題も,1個りんごを●で表し,5こずつ並べて長方形で囲めば,同じ図になるということです。

円周率に「比の値」

 いくつかの辞書で,円周率の説明に「比の値」を使用しています。次期学習指導要領では,「比の値」は小学6年の算数で学習する用語の一つとなっています。


 数日前のツイートで,比の値が意味不明というのを見かけました。探し直すと,容易に見つかりました。

 「比の値」のパターンマッチを試みるとすると,辞書による定義です。オンラインで読める2つの辞書で,「円周率」の説明に,この語を使用しています。

  • Weblio辞書三省堂 大辞林):「円周の直径に対する比の値。記号 π (パイ)で表す。その値は 3.141592… で超越数であることがリンデマンによって証明された。 」
  • コトバンク(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典):「平面上の円の円周と直径との比の値。すべての円で等しい。3.14のほか 22/7という数値がよく用いられる。(以下略)」

 「比の値」ではありませんが,wikipedia:円周率では「円周率(えんしゅうりつ)は、円の周長の直径に対する比率として定義される数学定数である」,goo辞書では「円周の、直径に対する比」と書かれています。
 次に,「比の値」とは何なのかを辞書から知るには,「比」を見ます.Weblio辞書には「a,bを同種の量とするとき,aがbの何倍かあるいは何分のいくつかに当たるか,という関係をaのbに対する比といい,a:bと書く。a/bをこの比の値という。」とあります。
 比の値については,メインブログで記事にしていました。比の順序問題 - わさっきです。そこで書かれた「比と比の値について,2:3=2/3(中略)とすることの批判を,Web上で見かけました」というのは,http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t21/2104より読むことができます。
 円周率と,比の値への批判を組み合わせると,こうなります。円周との直径との比が一定になるのはいいとして,この比の値は,「円周÷直径」でなくても,「直径÷円周」でもいいのではないか,と。
 とはいえ円周率の定義として「直径÷円周」を認めている文章を,見たことはありません。πを扱った数学の論文や読み物のほか,プログラミングの数学定数にも影響を及ぼします。
 ところで,算数において「どちらで割ってもよいが,一般にはこうする」というのは,比よりも前に学びます。「単位量当たりの大きさ」で,5年の学習事項です。現行では「混み具合」そして「人口密度」があり,学習指導要領の移行措置により2019年度からは,5年生も「速さ」を学習します。
 「混み具合」を(比較できるよう)一つの数とするには,「単位面積あたりの人数(人数÷面積)」のほか,「1人あたりの面積(面積÷人数)」でも求められます。単位面積あたりの人数が大きいというのは,1人あたりの面積が小さいことに相当し,「より混んでいる」となるわけです。その上で,人口密度については「単位面積あたりの人数」が採用されます。
 「速さ」も同様です。「単位時間あたりに移動する距離(距離÷時間)」のほか,「単位距離の移動に要する時間(時間÷距離)」も考えることができ,実際にわり算は行わなくとも,100メートル走などにおいて「タイムが短い」のが「速い」のは,「単位距離の移動に要する時間」だからです。単位時間あたりに移動する距離が大きいことと,単位距離の移動に要する時間が小さいことと,「より速い」がいずれも等価であるのを確認したのち,実用的な速さの式としては「距離÷時間」が用いられます。
 単位量当たりの大きさは「異種の二つの量の割合」です。それに対し円周率や,同じ大きさのコップで3杯と5杯の2種類の液体を混ぜ合わせて液体を作るといったシチュエーションは,同種の二つの量の割合(この語は学習指導要領に出てきませんが)です。どちらで割っても,その場限りで意味のある数値は得られますが,円周率は「どちらでもいい」というわけにいかず,「円周の直径に対する比の値」や「直径が円周の何倍になるかというわりあい」*1が採用されてきたというわけです。
 算数での,「比の値」の扱いを知るには,学習指導要領です。「解説」のつかない,小学校学習指導要領の算数の内容を確認するには,次の3つの方法があります。

 いずれにも,第6学年の〔用語・記号〕に「比の値」が入っています。線対称や点対称,ドットプロットなどとともに,小学校で学習するというわけです。
 「比の値」とは何であるかは,『小学校学習指導要領解説算数編』によると以下のとおりです。a/bをa:bの比の値とすると,アプリオリに与えるのではなく,倍や割合などがその素地になっている点にも,注意をしたいところです。

 二つの数量の大きさを比較しその割合を表す場合に,どちらか一方を基準量とすることなく,簡単な整数などの組を用いて表す方法が比である。第5学年までに,倍や割合に関する指導,分数の指導,比例関係に関する指導などの中で,比の素地を指導してきている。第6学年では,これらの上に,a:bという比の表し方を指導する。比の相等(等しい比)及びそれらの意味を明らかにし,比について理解できるようにする。これに関連し,\frac{a}{b}をa:bの比の値ということや,比の値を用いると比の相等(等しい比)を確かめることができることを理解できるようにする。このようなことから,数量の関係を比で表したり,等しい比をつくったりすることができるようにする。

 比の値は,中学1年で比例式を扱うときにも使われます。『中学校学習指導要領解説数学編』には「2種類の液体A,Bを3:5の重さの比で混ぜる。B 150gに対して,Aを何g混ぜればよいか」を求める際に,Aをxグラム混ぜるとして,比例式3:5=x:150を立て,比の値を用いて\frac{3}{5}\frac{x}{150}とすれば一元一次方程式になり,xが求められるとしています。

(最終更新:2021-08-11 早朝。学習指導要領へのアクセス方法を変更しました)

割合モデルは淘汰されたのか~数直線モデルとの比較を通して考える

 吉田甫氏は2003年に出版した論文および著書において,「割合モデル」を提案しています。以下の図です([吉田・河野2003] p.113)。

f:id:takehikoMultiply:20180503023240j:plain

 しかし現在,このモデルが算数で活用されているようには見えません。論文・著書を現在の視点でとらえ直すと,このモデルは,淘汰されたとみなして差し支えなさそうです。割合モデルの利用の困難さを整理するとともに,小学5年の算数で学習する「割合」についての留意点を見ていくことにします。
 なお本記事は,先月27日にhttps://twitter.com/takehikom/status/989603261228302336より開始した一連のツイートを整理したものです。ツイートの内容から見解を変えたところもあります。


 吉田氏の著作として,読んだのは次の2つです。

  • [吉田2003] 吉田甫: 学力低下をどう克服するか―子どもの目線から考える, 新曜社 (2003).
  • [吉田・河野2003] 吉田甫, 河野康男: インフォーマルな知識を基にした教授介入:割合の概念の場合, 科学教育研究, Vol.27, No.2, pp.111-119 (2003). https://ci.nii.ac.jp/naid/110002705910

 一方の文献を指すときに「[吉田2003]」「[吉田・河野2003]」と表記します。なお,[吉田・河野2003]についてはJ-STAGEより論文PDFが無料でダウンロードできます。
 割合モデルの前に,「割合」と「公式」の語句が,算数教育で想定されているものと一部異なっていること,より踏み込んで言うと,学校での授業を通じて学ぶことから少し離れていることを,述べておきます。
 [吉田2003]のp.125で「割合の公式は(略)[割合=比べる量÷基にする量]」とし批判をしています。これを公式として,授業で活用してきたであろうことの判断は留保するとして,「公式」について,現在(そして当時も)の算数で,何を目指しているかは,明確に異なります。
 参照するのは,全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)です。算数は6年生の児童が4月に解答し,その出題内容は第5学年までの学習事項からとなっています。割合や,小数の乗法・除法の問題は,毎年出題されていますが,解説資料や報告書を読む限り,「割合=比べる量÷基にする量」などを「公式」としているわけではないのです。
 報告書に「公式」の文字があるのは,平成29年度の算数B大問1(3)のところです。そこでは学習指導要領に記載の「公式についての考え方を理解し,公式を用いること」を踏まえ,出題場面を「きまり」として説明することを出題しています*1
 [吉田2003]が出た当時の指導に関して,1999年発行の『小学校学習指導要領解説算数編』*2を見ると,第4学年の「公式」では以下のとおり書かれています。同じ趣旨の記述は、現行・次期の解説にも入っています。

 この学年では,具体的な数量の関係を公式の形にまとめるなど,数量の関係を式に表したり,その式をよんだり用いたりすることができるようにする。ここでの公式とは,ふつう公式と呼ばれるものに限らず,具体的な問題で,立式するときに自然に使っているような一般的な関係を言葉でまとめて式で表したものも指している。(以下略)

 ここまでについて,一つの見方はこうです。[吉田2003]が出されるより前から,「公式を覚えて適用すること」からの脱却が図られてきたのです。
 なお,[吉田2003] [吉田・河野2003]とも,対象とする「割合」が,百分率を用いた関係であり,例題の大部分が「部分と全体の関係」であることにも,注意が必要です。『小学校学習指導要領解説算数編』で読むことのできる事例や,全国学力テストの出題例では,しばしば,割合は百分率や「~倍」に限ることなく,「0.4m」をはじめ具体的な量(無次元量でないもの)に含まれています。


 それでは,吉田氏が提案してきた「割合モデル」の検討に入ります。「割合モデル」を再掲します。[吉田2003]ではp.162に載っています。

f:id:takehikoMultiply:20180503023240j:plain

 この図を単体で見たときに,戸惑いを感じました。「比べる量」が「基にする量」に,すっぽり収まっているのです。論文・著書のいずれにも,100%を超えてもよいことを書いていますが,それよりも気になるのは,左端が揃っていない点です。1年で学ぶ「長さの直接比較」,具体的には「一方の端を揃えることにより,反対側の端で長さの大小で比べることができる」と,適合しないのです。
 揃えていないと,例えば比べる量が,基にする量の「100%」という状態を描くときに少々難儀します。「比べる量」の網掛け部分を右に伸ばすとして,どこまででしょうか。基にする量と同じ長さにするよう,少しはみ出すのでしょうか。他の人がそれを見て,「100%」だと,思ってくれるでしょうか。
 上で「部分と全体の関係」と書きました。例えば[吉田2003]のp.127にある,「基にする量」「比べる量」「割合」を識別するための3つの文章題は,いずれも該当します。しかし,[吉田・河野2003]の事後テスト(p.114)に見られる,「さとる君の身長は,まさし君の身長の130%です」のような,一人の体にもう一人を入れるというのができない対象には、適用しにくいようにも見えます。
 他のモデルで,百分率を用いた割合の場面にも,そうでない小数のかけ算・わり算の場面にも,適用可能なものとして,「数直線モデル」があります。平成29年度の全国学力テスト出題例,および二重数直線の文章題への適用について,関心のある方は以下をご覧ください。

 その数直線は,「二重数直線」「比例数直線」「複線図」と呼ばれることもありますが(例えば,http://www.kyoiku-shuppan.co.jp/textbook/shou/sansu/files/1934/25/H27_suchokusen.pdf),全国学力テストや『小学校学習指導要領解説算数編』では単に「数直線」です。数直線モデル(の小数の乗除算や割合への適用)は事例が豊富で,『数学教育学研究ハンドブック』では第3章§2(演算の意味・手続き)で取り上げるとともに,数直線に関する1990年代後半の文献がいくつか,参考文献に記載されています。

数学教育学研究ハンドブック

数学教育学研究ハンドブック

  • 発売日: 2011/01/01
  • メディア: 単行本
 日本限定というわけではなく,以下の文献で,ある海外文献の図を取り上げています。

 そこには,二重数直線と同等のものも見られます。日本のスタイルでは,線を2本引きますが,その代わりに,1本の線の上下に,具体的な量と割合を記すというほか,「帯図」という名称で,帯グラフに基づく図にしています。いずれにおいても,「基にする量」と「比べる量」とで,左端を揃えています。一例として,p.166の図8を取り出しておきます。「40」「100%」などのコンピュータ生成の字体と,「24」「60%」「75%」などの手書きが混在していますが,数量の関係をとらえるのも,関係を式で表すのも,難しくありません。

f:id:takehikoMultiply:20180503023321j:plain

 日本に話を戻して,1本の線の上下に,具体的な量と割合を記すのは,中学受験のための算数や,小学校教師経験者が紹介する中にも見られます。2件にリンクしておきます。

 さて,[吉田・河野2003]は査読付きの論文となっているので,学術的な意義はあると言っていいのですが,追試する人が見当たらないのが残念なところです。
 実践に携わるところからの引用は,なされています。Webの検索により,以下の文献が見つかりました。[吉田・河野2003]を引用し,本文には「割合モデル」の図を見ることもできます。

 しかしいずれも「これまでに,割合モデルというのが提案されている」というとらえ方であり,そのモデルを用いて自分でも授業や評価を行ったわけではありません。例えば[山口2006]では,割合モデルの適用の難しさを述べたのち,それを修正したものとして「割合メーター」を提案し,授業で使用しています。

 割合を視覚から捉えさせ,イメージの手助けとするため,割合を図示化したものを用いることとする。
 その一つとして,吉田・河野(2003)の提案する割合モデル(図1)について述べたが,この割合モデルは,量としての割合を感覚的に捉えることはできるが,文章題において,問題文中の数量関係を割合として捉えることはできない。
 そこで,割合モデルに,もとにする量,比べられる量,割合の数値と,もとにする量に対応する1を書き加えた割合メーター(図2)を単元全体を通して使用することとする。
f:id:takehikoMultiply:20180503023403j:plain

 割合メーターもまた,二重数直線と同等と言わざるを得ません。
 上の引用のうち「文章題において,問題文中の数量関係を割合として捉えることはできない。」については,『数学教育学研究ハンドブック』第3章§2の記述とも関連します。この本のp.77では,数直線の教育的な役割を5項目*3挙げていますが,そのうち「③計算の仕方を導くことができる」は、割合モデルでは達成しにくいのです。数直線モデルなら,2つの量の間に矢印を入れて「×1.3」「÷0.6」などを書くことで,何は何の何倍かなどを図上で表現できます。
 淘汰の結果,数直線モデルが『小学校学習指導要領解説算数編』や,教科書や,全国学力テストに採用されてきたと,断言してよいのかは,分かりませんが,[吉田2003]および[吉田・河野2003]のいずれにおいても,数直線モデルと比較した跡が見られず,逆に『数学教育学研究ハンドブック』の第3章§2に加えて§4(量と測定・割合)にて,吉田氏の著書・論文が引用されていないのは,今回調べてみて気になったところです。
 数直線モデルとの比較に関して,[吉田2003]のp.126に描かれた絵を見ておきます。

f:id:takehikoMultiply:20180503023428j:plain

 「比べる量」「基にする量」「割合」を吹き出しにして困っている子どもと,帯図が描かれています。この帯図も,二重数直線と見なしてほぼよいのですが,算数で使われてきた二重数直線と1点,違いがあります。「1」(百分率については「100%」)がどこになるかが,明示されていないのです。
 「1」の欠落は,[吉田2003]および[吉田・河野2003]より前に検討され実践されてきた数直線モデルについて,関心が払われていなかった状況証拠であると,見なすことができます。そして「比べる量」「基にする量」「割合」の3つで関係をとらえるのは,[Nesher 1992](http://books.google.co.jp/books?id=Vyl42R9JV1oC&pg=PA189)で述べられている"three-place relation"であると,解釈することもできます。そこに「1」を入れれば,"four-place relation"であり,二重数直線はこちらに属します。昨年,速さに関して取り上げました。

 査読付き論文になったモデルを批判することに,意義を見出そうとするのではありません。提案されたモデルはどのような対象に適用できる(できない)だろうか,そのモデルは何に基づいているのか,その後どのように活用されているのか(いないのか)に関心があり,まずはツイートを行い,さらに得た情報をもとに,この記事にしてきました。


 割合と別に(ただし密接に関係するのですが),[吉田2003]のp.69で「一般には等分除より包含除のほうがかなり困難な課題である」と書かれているのを見て驚きました。この文に関しては,出典が見当たらず,この本以外で個人的に読んできた見解と逆でした。参照可能なものを,箇条書きにしておきます。

  • 高橋裕樹: 比の三用法を伴う小数の乗法及び除法における子どもの知識の構成過程について, 上越数学教育研究, No.18, pp.101-110 (2003). http://www.juen.ac.jp/math/journal/files/vol18/takahashi-y2003.pdf
    • 「Takahashi et al. (1993)は,整数の除法の理解についての調査を実施し,包含除よりも等分除の理解が困難であることを統計的に示した。整数の等分除の難しさは,分けるための単位がその場面に示されていないところにある(熊谷, 1998)。」
  • 佐藤俊太郎: 子どもにおける除法概念の発達について, 福島大学教育実践研究紀要, No.4, pp.101-110 (1983). http://hdl.handle.net/10270/1758
    • 「包含除の方が等分除よりも易しい」
  • Anghileri, J. and Johnson, D. C.: "Arithmetic Operations on Whole Numbers: Multiplication and Division", Teaching Mathematics in Grades K-8, Longman Higher Education, Allyn and Bacon, pp.146-189 (1988). [asin:0205110762]
    • 「Zweng (1964) found that children can understand the "measurement" (repeated subtraction) concept of division more readily than the "partition" (sharing) concept.」
  • Zweng, M. J.: "Division problems and the concept of rate: A study of the performance of second-grade children on four kinds of division problems", The Arithmetic Teacher, Vol.11, No.8, pp.547-556 (1964).
    • 「measurement problems were found to be easier for children than partitive problems」

*1:正答例は「カードの差に9をかけると,2けたのひき算の答えになります」であり,式ではありません。これは「このきまりを,言葉と数を使って書きましょう」という出題だからで,式にするなら「カードの差×9=2けたのひき算の答え」と表せます。「2」から始まる言葉の式は都合が悪いので,避けたのでしょうか。

*2:[isbn:4491015503]

*3:https://twitter.com/takehikom/status/1152722009115115521

9年ぶりに改訂された本での,かけ算の順序問題

入門算数学 第3版

入門算数学 第3版

 奥付を見ると,「2003年7月10日 第1版第1刷発行」「2009年2月25日 第2版第1刷発行」「2018年3月30日 第1版第1刷発行」となっていました。
 算数の実情と今後を把握するには,p.209からはじまる§7.2(現在の算数教育)以降がおすすめです。2017年の学習指導要領より,小学校算数科・中学校数学科で学ぶべきことが抜粋されている*1ほか,§7.4(数学的リテラシー)では,PISA全国学力・学習状況調査のB問題を何問か取り上げながら,望まれる数学的リテラシーについて記してあります。
 とはいえ本書のそれまでのところ,特に第2章(四則演算について)と第3章(量について)は,数学教育協議会のスタイルを採用しています。かけ算は§2.4で,p.40から始まりますが,2×0や3×0.7を持ち出して累加を批判し,「かけ算はたし算と異なった新しい演算(積)であることを認識しておくことが必要である.」の文で最初の段落を終えています。
 加法および乗法の交換法則・結合法則・分配法則について記載した§2.6(四則演算の性質)で,「順序」の文字と,かけ算の順序問題を見かけました(pp.53-54)。

(略)つまり,結合法則によって,どんな順序で計算しても同じ答えになることが保証されているのである.
 また,かけ算で3×5の答えを忘れても,5×3の答えを知っていれば,交換法則を用いて求めることができる.
 しかし,ここで注意しなければならないのは,これらの法則はあくまでも数という抽象的なことに対して成り立つということである.数の計算としては
  3×5=5×3
が成り立ったとしても,
  3(個/人)×5(人)  と  5(個/人)×3(人)
では意味が違ってくるのである.
 あめを1人に3個ずつ5人に配ったときのあめの個数を「5×3」とテストで書いたら不正解になった.かけ算は乗数と被乗数を入れ替えても成立するので,これも正解ではないか,ということがテレビで話題になった.
 大人からすれば,確かに3×5と5×3の答えが15で同じことはわかっている.しかし,子どもは単なる計算の技術を学んでいるわけではなく,文章から意味を理解して,計算に持ち込むという算数的なプロセスを学習しているところである.この場合は,問題文からどれが「1あたり量」になるかが大切なことである.このことは単位を書かずに計算式だけを書くということから起きてくることである.計算式を書く前に,単位をつけた言葉の式を書くように指導すれば,3×5と5×3を子どもたちがどのように理解して書いたのかがわかり,先ほどの疑問は起きてこないのではないか.

 「あめ」の件には,違和感があります。「あめを1人に3個ずつ5人に配ったときのあめの個数は?」(2~3年生向けに言葉や漢字を変更することとして)を問えば,学校でかけ算をきちんと学んで理解している子どもたちも,とりあえず教わったという子どもたちも,「3×5」という式を立てることが予想できます。
 2種類の理解度を区別するには,例えば「あめを5人に3個ずつ配ったときのあめの個数は?」と問うべきです。きちんと学んで理解している子どもたちは(そして上記引用から読み取れる著者の期待としては)「3×5」,とりあえず教わったという子どもたちは「5×3」と立てることになるだろう,というわけです。
 この本の外で,関連する情報をいくつか挙げておきます。「5人に3個ずつ」の出題事例については,かけ算の順序を問う問題 - わさっきで整理を試みています。2017年にPDFで公開された『小学校学習指導要領解説算数編』にも,「4皿に3個ずつみかんが乗っている」の形で記載があります。
 「1人に3個ずつ5人に」の形と「5人に3個ずつ」の形の文章題の両方に答えさせ,分析を試みている研究は,https://ci.nii.ac.jp/naid/40016569351より公表されています(本文の電子版はありませんが)。2008年のことです。
 「かけ算の順序」を批判する立場の人々が,文章題を例示したのはいいけれど後に訂正することになった,というのを2例,把握しています。メインブログと当ブログで1つずつ,記事にしています。

 「かけ算の順序」やそれに類する語を使用することなく,小学校の教育の状況や,望ましい理解のあり方を語る中で,文章題の例示が適切でないのを見たのは,今回が初めてでした。「テレビで話題になった」の裏取り*2を著者・編集者がしていればと思うと残念な気持ちです。

*1:是認するだけでなく,p.214では「ただし,小学校算数の区分で量というのが見えなくなってしまったのは,算数科のなかで数学化する以前の重要な段階であり懸念される.」として批判も入れています。

*2:とはいっても,放映された番組や放送局,日付を本に記載せよ,と要求するわけにもいきません。書かれても検証が困難ですので。