かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

朝日新聞に,かけ算の順序問題

 はじめは鶴亀算を方程式で解くことの是非で,画像もこの件のみです。「正解でも「教科書と違うと×」」という小見出しは途中にあります。
 以下の段落はぎょっとするところで,

 文科省がつくる学習指導要領解説は、小2でかけ算を教える際、「一つあたりの数」(例えば1ダースの12本)×「いくつあるか」(47ダース分)の順で式を立てるよう教えると説明し、教科書もそうなっています。が、もちろん、かけ算は式の順序が逆でも結果は同じで、それは小2で教える内容です。

ツッコミを入れておくと,

  • 「一つあたりの数」は,「文科省がつくる学習指導要領解説」にも教科書にも出現しません。解説なら「一つ分の大きさ」,教科書なら「1つ分の数」です。なお,「単位量当たりの大きさ」は5年で学習します*1
  • 「かけ算は式の順序が逆でも結果は同じ」に関する解説の記載は次の2つであり*2,交換法則は,47×12でもよいとする根拠として使えません。
    • ここで述べた被乗数と乗数の順序は,「一つ分の大きさの幾つ分かに当たる大きさを求める」という日常生活などの問題の場面を式で表現する場合に大切にすべきことである。
    • 一方,乗法の計算の結果を求める場合には,交換法則を必要に応じて活用し,被乗数と乗数を逆にして計算してもよい。

 読み進めると,かけ算の順序を定めることを擁護する側のコメントが実名入りで入っていました。

 そもそも、教科書でかけ算の順序を定めるのは、「教育用に考えられた教室の共通言語のようなルール。本来の数学的な正否とは別物」と、中村光一東京学芸大教授(数学教育)は解説します。順番があれば、式を書いた子が「何」を「何倍」しようとしたのかが一目瞭然で、教室の共通理解が進みやすい。後に小数のかけ算を学ぶときも、後ろの数字が「何倍」かを表す感覚でいれば、そこに小数を入れることで「小数倍する」という新概念に気付きやすいなど、後々の発展学習の指導にも役立つ。こうした理解促進のために「順序」が考えられたと、中村さんは指摘します。
 「順序は教育上有効な仕掛けですが、算数や数学は本来、どんな発想でも論理が正しければ正解という自由な教科。式の順序が逆の式を『教科書と違う』だけで不正解にするべきではありません。多忙な現場では困難でしょうが、児童と語り、理解度を確かめながら行う教育が望ましいです」

 中村光一東京学芸大教授は,平成27年度からの東京書籍の算数教科書(『新編 新しい算数』)の著作関係者に名前が載っていました*3
 人物名と所属で検索すると,https://researchmap.jp/read0197361/を見つけました。出版物に『数学教育の礎と創造』を挙げています。当ブログでは昨年,この本から,「かけ算の順序」の議論を取り上げていました。

 そこで中村氏のコメントを含む上記引用を読み直してみます。「教育用に考えられた教室の共通言語のようなルール」と「式の順序が逆の式を『教科書と違う』だけで不正解にするべきではありません」について,授業を通じて逆にすると意味が異なることを学習(クラスで共有)していれば,テストで順序を間違えたときには,「授業でやったよね」として不正解(例えば式の書き直し)をさせて問題とならない,と解釈することもできます。


 冒頭の記事に含まれる「数学は自由」。連想するのは,高木貞治のエッセイ集と,そこに収録された,「たし算の順序」を含む仮想鼎談です。書籍とメインブログの2つの記事を挙げておきます。

数学の自由性 (ちくま学芸文庫)

数学の自由性 (ちくま学芸文庫)

*1:http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2018/05/07/1387017_4_3.pdfを,機械検索してみると,「整数の除法13÷4は,カードを分ける操作で最大の回数や1人当たりの最大の枚数を求めることに当たっていること」という形で「当たり」が出現していました。第3学年です。

*2:原文では連続していて1つの段落になっています。

*3:教科書の「乗法の意味」の対応例はhttps://ten.tokyo-shoseki.co.jp/text/shou/sansu/files/web_s_sansu_gakuryoku1.pdf#page=2より読めます。ところで冒頭の新聞記事について,「順序」は8回出現するのに対し,「意味」は,「中学受験に関しては、そこにあまり意味がありません」の1回だけで,かけ算の話には使われていませんでした。