かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

算数の公式とは何か

 「公式とは数量の関係を簡潔かつ一般的に表したものである。」という文を,関連情報とともに見ていくことにします。
 当ブログで,算数の「公式」について書いたのは,2018年の記事です(割合モデルは淘汰されたのか~数直線モデルとの比較を通して考える)。該当箇所は以下の通りです。

 割合モデルの前に,「割合」と「公式」の語句が,算数教育で想定されているものと一部異なっていること,より踏み込んで言うと,学校での授業を通じて学ぶことから少し離れていることを,述べておきます。
 [吉田2003]のp.125で「割合の公式は(略)[割合=比べる量÷基にする量]」とし批判をしています。これを公式として,授業で活用してきたであろうことの判断は留保するとして,「公式」について,現在(そして当時も)の算数で,何を目指しているかは,明確に異なります。
 参照するのは,全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)です。算数は6年生の児童が4月に解答し,その出題内容は第5学年までの学習事項からとなっています。割合や,小数の乗法・除法の問題は,毎年出題されていますが,解説資料や報告書を読む限り,「割合=比べる量÷基にする量」などを「公式」としているわけではないのです。
 報告書に「公式」の文字があるのは,平成29年度の算数B大問1(3)のところです。そこでは学習指導要領に記載の「公式についての考え方を理解し,公式を用いること」を踏まえ,出題場面を「きまり」として説明することを出題しています。
 [吉田2003]が出た当時の指導に関して,1999年発行の『小学校学習指導要領解説算数編』を見ると,第4学年の「公式」では以下のとおり書かれています。同じ趣旨の記述は、現行・次期の解説にも入っています。

 この学年では,具体的な数量の関係を公式の形にまとめるなど,数量の関係を式に表したり,その式をよんだり用いたりすることができるようにする。ここでの公式とは,ふつう公式と呼ばれるものに限らず,具体的な問題で,立式するときに自然に使っているような一般的な関係を言葉でまとめて式で表したものも指している。(以下略)

 ここまでについて,一つの見方はこうです。[吉田2003]が出されるより前から,「公式を覚えて適用すること」からの脱却が図られてきたのです。

 情報源を加えておくと,「平成29年度の算数B大問1(3)」はhttps://www.nier.go.jp/17chousa/pdf/17mondai_shou_sansuu_b.pdf#page=7より見ることができ,実施直後に公開される解説資料からだとhttps://www.nier.go.jp/17chousa/pdf/17kaisetsu_shou_sansuu.pdf#page=56,反応率(何%の児童がどのように解答したか)を含む報告書ではhttps://www.nier.go.jp/17chousakekkahoukoku/report/data/17pmath.pdf#page=70以降になります。報告書のp.66では,学習指導要領における領域・内容として第4学年の「公式についての考え方を理解し,公式を用いること。」を挙げているほか,解答類型と反応率の次のページ(p.68)には「問題に示された二つの数量の関係を一般化して捉え,そのきまりを言葉と数を用いて記述することに課題がある。」と記して,「公式についての考え方」を含むこの出題が難問であったことを示しています。
 次に,『小学校学習指導要領解説算数編』の比較をします。現行の学習指導要領に基づく『小学校学習指導要領(平成29年告示)解説算数編』で,「公式」を取り上げているのはhttps://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2019/03/18/1387017_004.pdf#page=203です(一つ前ページには,解説のつかない小学校学習指導要領からの抜粋があります)。

 公式とは数量の関係を簡潔かつ一般的に表したものである。第4学年で取り扱う公式とは,一般に公式と呼ばれるものだけに限らず,具体的な問題で立式するときに自然に使っているような一般的な関係を言葉でまとめて式で表したものも指している。公式については,数量を言葉で表しているということの理解と,言葉で表されているものにはいろいろな数が当てはまるということの理解が大切である。

 「第4学年で取り扱う公式とは~指している」の部分は,1999年の解説の「ここでの公式とは」から始まる文と同じ趣旨といっていいでしょう。引用部のあとには,どちらの解説にも,長方形の面積を公式として例示しています。
 2つの解説に,違いもあります。最新版の「公式とは数量の関係を簡潔かつ一般的に表したものである。」に対応する,「公式とは何か」を表した文が,古い解説には書かれていないのです。なお,2つの(学習指導要領と)解説の間となる,2008年発行の『小学校学習指導要領解説算数編』では,「公式」の解説をhttps://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2009/06/16/1234931_004_2.pdf#page=98より読めますが,これも1999年のものと同じように,「どのようなものが(算数の)公式であるか」は読み取れても,「公式とは何か」は見当たりません。
 他の情報源から,「公式とは何か」を見ます。まずは『算数・数学用語辞典』です。「公式」はpp.69-70より読むことができます。

 公式 こうしき[formula]
 計算の仕方や法則を,言葉や文字を使った式で表したものを,公式といいます。
例)円周の長さ=直径×3.14
  速さ=道のり÷時間
  割合=くらべられる量÷もとにする量
 多項式因数分解や展開にも,文字を使った公式があります。2次方程式にも,根の公式があります。→因数分解 →展開する →根の公式

 算数・数学に限らない,辞書の定義として,公式とは - Weblio辞書から取り出します。

こう-しき【公式】
1 おおやけに定められた形式。また、公的な手続きを踏んで物事を行うこと。「公式の行事」「公式の見解」「公式に訪問する」「非公式」
2 数や式の間に成り立つ関係を、数学上の記号を用いて表示した式。「公式に当てはめて計算する」

 Wikipediaも,見ておきます。wikipedia:公式の最初の文は「数学において公式(こうしき)とは、数式で表される定理のことである」です。
 同ページのサイドメニュー,Englishのリンク先は,wikipedia:en:Formulaで,"In science,"で始まり,文末には"as in a mathematical formula or a chemical formula."とあります。
 途中の"a formula is a concise way of expressing information symbolically"は,現行の解説の「公式とは数量の関係を簡潔かつ一般的に表したものである」と類似しています。
 日本語版の「数学において公式(こうしき)とは、数式で表される定理のことである」と,解説の「公式とは数量の関係を簡潔かつ一般的に表したものである」とでは,違いがあるようにも見えます。後者は「算数では」もしくは「第4学年の算数の学習(や指導)の段階では」という限定がなされます。
 そうしたとき,数学の公式は「定理」であり証明可能なのに対し,算数(の授業)では,必ずしも証明(演繹)するわけではなく,いくつかの事例をもとに,帰納的に関係を発見して式で表す,という違いもあることが分かります。長方形の面積の公式をもとに,平行四辺形や台形などの面積の公式を導くのも,教科書では,演繹的ではなく帰納的な話の流れとなっています。
 冒頭の引用の中にある「割合=比べる量÷基にする量」について,「数量の関係を簡潔かつ一般的に表したもの」であり,「公式」に該当します。これを割合の定義(そのように覚えておくもの)と考えることもできますが,『復刻版 算数・数学教育と数学的な考え方』の「Aを1としたときpに相当する大きさを表すこと」からアプローチすることもできます。この数量の関係において,Aを比べる量,pを割合,そして「Aを1としたときpに相当する大きさ」を(Bと書いて)基にする量に,それぞれ割り当てます。この関係からA×p=Bとなります。あとは,数学的には式の変形で,また小学校の算数の既習内容だと乗法と除法の関係から,p=B÷Aが導出できます。このように割合を定義すれば,「割合=比べる量÷基にする量」という割合の公式は,「定理」(導き出せるもの)であると言えます。
 「算数の公式とは、何ですか?」という問いを立て,子どもたちや先生方に答えを尋ねるのは,どうでしょうか。これに対し「縦×横」では,適切な答えとは言えません。「長方形の面積の公式は,縦×横=面積」を踏まえると,「公式とは,『長方形の面積=たて×横』のように,数量の関係を,簡単な形で,いろいろな場面で使えるよう表したものです。」といったところでしょうか。
 算数・数学の用語の定義を問う話として,「円周率」があります。円周率の定義は…大人が間違える子供の算数|NIKKEI STYLEには,「円周率は何ですか。その定義(約束)を述べていただけますか」という質問と,典型的な誤答(反応)として「えっ、3.14じゃないですか」,正解は「円周÷直径」であることが,記されています。
 それと同じように「公式とは?」を問い,答えから,定義と事例の区別ができているかを確認できそうだ,というわけです。辞書やWikipediaや,『小学校学習指導要領解説算数編』に書かれた定義ではなく,「『公式』は算数や数学でどのような意味で使われているか?」という問いかけから,数式や言葉の式の活用を,探ってみるのも,よいのかもしれません。