かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

アンチはじき

 教材研究は,学校教師でなくても行えます。目の前の,教科書や書籍の一節だけを読んで,不満を言ったり賞賛したりするのは,研究(あるいは検討)ではありません。関連情報を把握するとともに,自分の周りで今後どうなるかについて,思いを致したいところです。

  • http://insects.hateblo.jp/entry/2017/10/04/004834(僕らの名前を覚えてほしい「はじき」を知らない子供達さ - 小包中納言物語 - AS Loves Insects -,リンク切れ)
  • http://insects.hateblo.jp/entry/2017/09/17/001923(迫り来る「木の下のハゲじじい」に最大級の警戒を - 小包中納言物語 - AS Loves Insects -,リンク切れ)

 親視点のブログ記事です。「掛算の順序」の語も出てきて,算数教育に対するスタンスをうかがい知ることができます。
 ただ,2つの記事を読んだだけでも,算数を通してどんな出題がなされ,子どもたちが何を学んでいるかの認識には弱みがあるなと感じました。
 前者の記事で,「20km離れたところまで1時間に4kmずつの割合の速さで歩いていくと、何時間で着くかな?」に対し,小3の子どもでも暗算で「5時間」と答える事例を引いているところについて,対象とする数が「20」「4」と簡単すぎるため,当てずっぽうで(「割合」「速さ」の意味を理解しないまま)わり算をしたという可能性も否定できません*1
 後者の記事で,チャレンジタッチの画面例をもとに,「単位量あたり」を肯定的に捉えていますが,用語はさておきこの概念は小学校5年で学習します。また画面例には「きょり÷時間(秒)=1秒間に走ったきょり」という,言葉の式や,いわゆる二重数直線も出現していますが,これらは「いまの算数」のトレンドとも言えるもので,現行および次期の『小学校学習指導要領解説算数編』にも頻出しています。「はじき」に目を奪われ,これらの可否検討がなされていなかったのは,残念なところです。
 なお,次の学習指導要領に基づく小学校算数では,「速さ」を5年で学習します*2。『解説』の第6学年に書かれた,「ぼくは,5年生の時に学習した速さに関する式で,(長さ)=(速さ)×(時間)が比例するかどうかを調べました。〈略〉(長さ)と(速さ)が比例しているとも,(長さ)と(時間)が比例しているとも考えられます。」についても,何らかの形でこれから,教科書や授業に反映されることになります。
 上記ブログを離れ,「速さ」や「量」を伴う出題の例に,視点を移します。算数の「速さ」の学習を通じて,数量を適切に認識し,正解が導き出せるようになってほしいと期待されている問題の一つは,おそらく以下のものであると,個人的には認識しています。

 東京都算数教育研究会(都算研)が平成27年度に実施した学力実態調査で,6年生の6万人以上が解答しています。原文と解説はhttp://tosanken.main.jp/data/H28/gakuryokuzittaityousa/h27jittaityousa_kousatu_6nen.pdf#page=2より読めます。
 2つの小問のうち,(1)は「はじき」で求められます。しかし,「道のりのちがいは、何kmになりますか。」と問う(2)は,「はじき」だけでは困難と言っていいでしょう。
 B列車の速さについて,「はじき」を適用して,時速140kmを得るまではいいのですが,その次に,2つの列車の「速さのちがい」または「1時間後の道のりのちがい」を求めればよいと気づくのは,「はじき」の範囲外なわけです。
 解説では,「時速を出して、その差を5倍」のほか,「5時間後に進んだ道のりの差」を求め方として挙げています。いきなり,5時間後に進んだ道のりは出せず,1時間後の道のりを算出するのが,自然な流れですので,解説では,「どちらの方法も」と,2つの求め方を統合した上で,「単位量当たり」というキーワードを提示しています。
 正答率は(1)で91%,(2)で77%です。「調査人員 64,398人」のうち,四捨五入を考慮して76.5%としても,正答者数は49,000人を超える計算になります。これだけの子どもが,速さの応用題に対して正解を得られるというのは,学校の算数を通じて,「速さといえば,はじき」「速さ=距離/時間」にとどまらない見方ができている,ということにならないでしょうか。
 解答にあたり式は不要とし,「時速」や「km」も印字済みで数を答えに書くだけの問題となっているのは,解答者数の多さに配慮したと考えられます。とはいえこの調査の外から,出題や分析を読む者にとっては,複数の解き方(strategies)を想起しながらそれらを比較できるようにも,なっておきたいものです。


 上で紹介した学力実態調査で,正解率が最低だったのは,大問5の「縦50cm、横60cm、高さ20cmの直方体の水槽があります。この水槽いっぱいに水を入れると、水は何L入るでしょうか。」です。これも式は不要で「L」は印字済みですが,「60」と書いた正答の割合は,48%です。過去問でさらに低かった出題には,「スーパーの買い物かごにぴったり入るものの体積」を,「380立方cm」「3800立方cm」「38000立方cm」から選ぶというのがあり(http://tosanken.main.jp/data/H21/H21jittaityousa.pdf#page=13),3択ですが正答率は14%です。
 自分が小学生だったときに,これらの問題を出されたら,リットルの換算は解けただろうけど,量の感覚*3を伴う買い物かごの問題は,間違えていただろうなとも思います。

もう一つ追記:http://insects.hateblo.jp/entry/2017/10/04/004834(僕らの名前を覚えてほしい「はじき」を知らない子供達さ - 小包中納言物語 - AS Loves Insects -,リンク切れ)では,ご自身の考えの「速さ=距離/時間」と,ツイートにある「a秒でbmなら、c秒でdm」とを対比させていますが,それらのとらえ方には先例があります。http://books.google.co.jp/books?id=Vyl42R9JV1oC&pg=PA189より読める中に,Schwartzをthree-place relation,Vergnaudをfour-place relationと対応づけています。それぞれ,「速さ=距離/時間」,「a秒でbmなら、c秒でdm」(の一つの文字を1にすること)が関連します。

*1:当てずっぽうではなく,きちんと数量を認識しながら,答えを求められるかを問うなら,「22km離れたところまで1時間に4kmの速さで歩くと,何時間で着くかな?」とするのが一案です。22は4で割り切れませんが,あまりの2kmを,時速4kmで歩くと考えれば,30分と分かり,「答え 5時間30分」が得られます。

*2:適用は2020年度からですが,http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1387780.htmより読むことのできる移行措置によると,2019年度にも,「速さ」を5年で学習し,かわりに「分数×整数」は学習しない(2020年度の6年生で学ぶ)ものとなっています。

*3:買い物かごの縦・横・高さは問題文に書かれておらず,日常生活をもとにおおよそのサイズを設定し,概算することが想定されています。概算を含む出題例は,メインブログのhttp://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140529/1401313148で紹介してきました。