かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

乗除の素地指導,何人に同じ数ずつ

算数教育の論争に学ぶ (授業への挑戦)

算数教育の論争に学ぶ (授業への挑戦)

 あるところで,この本のことを知り,Amazonマーケットプレイスで購入しました。目次を見ると,順九九か総九九か(第二話,第三話),乗法の意味指導(第五話)の中に「論争」の語が見られます。
 順九九とは,九九において2×3は学習するが,3×2は(2×3で求められるので)学習しない,という学び方です。同書p.34には「被乗数が乗数より小さいか,または被乗数と乗数が等しい」とあります。総九九は,被乗数が乗数よりも大きい場合も含めて学習する,いまの九九です。
 乗法の意味指導に関して,第五話のタイトルは「水道方式との「対話と論争」」となっています。筑波大学附属小学校所属という著者の立場は,累加と拡張です。一方,水道方式では内包量×外延量に基づいており,「4こ/さら×3さら」という式もp.88に見かけます。
 全体を読んだ限り,アレイに対応するような,2年で学べる〈乗数と被乗数を区別しない文脈〉は出現しません。最も近いのは,p.96ですが,「右ノ方ノボタンノカズハ,左ノ方ノナンバイデスカ」という問題文とともに,5行1列のボタンと,5行6列のボタンが左右に並んでいるもので,一つ分の大きさが明確化されています。長方形の面積に関しては,
「求積公式」という語句がp.93ほかに見られます。
 一つ分の大きさまたは内包量は,常に乗算記号の左にあり,逆の場合は検討されていません。九九の話があるものの,『かけ算には順序があるのか』の参考文献には見当たりません。
 先頭から読み直していくと,「何人にいくつずつ」の文章題が,枠で囲まれていました(p.22)。
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 大問1を打ち出しておきます。

[1] こどもが 4にん います。
(1) ひとりに,びすけっとを 2こずつくばります。みんなで なんこ いるでしょう。
(2) ひとりに 3こずつ くばると,みんなで なんこ いるでしょう。

 1年生の算数の問題です。かけ算をすることなく,(1)は2+2+2+2=8で,(2)は3+3+3+3=12で,それぞれ求められます。(2)には図がないものの,(1)の2をすべて3に置き換えて計算する*1か,別途ノートなどで図にすれば,「12こ」なのが分かるわけです。
 著者は,1年でこの種の問題に取り組ませることに否定的です。枠の上には,以下のように書かれています。

 一方,乗除の方はどうか。
 乗除の正式な取り扱いは,乗法が2年で,除法が3年である。
 けれども,乗除の素地指導として,下記のような内容が1年生の教科書等で取り扱われているのはどうしたことか。これは,明らかに先ほどの学習指導要領の(3)に呼応する内容である。

 「学習指導要領の(3)」については,前のページに書かれていました。昭和52年度版を「現行の指導要領」とし,1年の数と計算の(3)は「具体的な事物について,まとめて数えたり等分したり,それを整理して表すことができるようにする。」となっています。
 枠のすぐ下から,2ページ先のページまで,著者はこの種の問題や,乗除の素地指導を,1年で扱うことに対し,強く否定しています。「現に,私は1年生を担当する度に,この内容を削除してきている」(p.24)とまであります。戻って,pp.22-23では「乗除の素地指導」が削除の傾向であること,また「素地」「素地指導」がはっきりした概念を規定できないことを述べています。
 現行(平成20年公示)と次期(平成29年公示)の小学校指導要領を見ると,それらの語はありませんが,学習指導要領解説のPDF版を検索すると,低学年のところで「素地」をよく見かけます。http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1387014.htmよりダウンロードできる算数(2)では,「まとめて数えたり等分したりすること」の項目の最後の文に,「このように数をみることは,数についての感覚を豊かにし,乗法や除法を考える際の素地となり,自ら計算の仕方を考えていくことにつながっていく。」として,出現しています。
 かけ算を学習するより前の学年で,その素地となる学習をするというのは,米国Core Standard(http://www.corestandards.org/Math/Content/2/OA/)の"Work with equal groups of objects to gain foundations for multiplication."も該当します。このうち"foundation"が「素地」に対応します。日本と違うのは,学年(米国ではこの学習が2年,乗除は3年)のほか,素地指導の段階でアレイも扱っている点です。
 個人的には,1年で2+2+2+2=8や3+3+3+3=12などとして式を立て答えを求める学習に賛成です。1+3+5+3+1=13のような,数が同じでないようなたし算も,学んでいいと考えています。計算結果を,ブロックを使ったりノートに描いたりした数とを比較することも,大事なところです。そして3+3+3+…は式が長くなって分かりにくいし間違えやすいけれども,2年でかけ算を習ったら,もっと簡単に書けるし,答えもすぐに求められる,といった形で,さらなる学習が期待できます。
 かけ算の順序との関連についても,簡単に記しておきます。上記の大問1の(1)を解こうとするとき,「4にん」が先に,「2こずつ」が後に出現していますが,期待される式は,たし算なら4+4=8ではなく2+2+2+2=8*2,かけ算も4×2=8ではなく2×4=8です。この種の文章題を,1年で使用しているのは,現在の教科書では啓林館のみです。『算数教育の論争に学ぶ』では教科書会社が明示されていませんが,1980年代からあったことには驚きを覚えました。2x3? 3x2? どっちでもいい?~配る問題,かけ算の順序~の改訂をする際には,この本のことも書いていかないといけません。

*1:和は10を超えますが,「3+3=6 6+3=9 9+3=12」または「3+3=6 3+3=6 6+6=12」のいずれの計算の仕方も,1年の範囲内です。

*2:関連:isbn:9784180808335 p.66