かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

いつから掛け算の順序と言われだしたか

 https://twitter.com/ichbinfumikun/status/1563767096227811328とその返信を見て,(1)批判的なコンテンツでの「かけ算(掛け算)の順序(順番)」,(2)「乗法・被乗数・乗数の順序」,(3)「かけ算(乗法)の意味」,が書かれた情報を調べ直しました。
 「かけ算の順序」が普及するきっかけとなったのは,2010年11月23日作成の以下のページと思われます。

 これと同じ年月のコンテンツとして,2010年11月14日にまとめられた,

を見ますと,ツイートやコメントに「順序」「順番」の表記があり,「かけ算の順序」のタグもついています。ただしWayback Machineによると,このまとめが作られた当初*1には,「かけ算の順序」を含むタグは見当たりません。
 このまとめに付けられた画像(「5×3=15」に赤で大きなバツがついているもの)は,

で見ることができ,2010年11月10日の2ちゃんねる投稿です。このはてなブックマークhttps://b.hatena.ne.jp/entry/alfalfalfa.com/archives/1374811.htmlで,「順」を使用したブックマークコメントは2名のみです。*2
 冒頭のツイートの「1997年のfj」について,以下の投稿が該当します。

 「かけ算の式の順序にこだわってバツを付ける教え方は止めるべきである」と同じ方による投稿です。本文の第1文に「かけ算の順序」が,引用の中に「掛ける順序」が出現します。


 学術的には,「乗数・被乗数の順序問題」という表記が,2021年8月の日本科学教育学会 第45回年会の課題研究発表*3のうち2件の標題で使用されていました。

 2017年6月に公開された『小学校学習指導要領(平成29年告示)解説算数編』には「被乗数と乗数の順序」が複数,出現しますが,これは2011年の『新しい学びを拓く算数科授業の理論と実践』の記載が影響しています。その一方で,1979年の『教育学講座〈第11巻〉算数・数学教育の理論と構造』に,「小学校では,例えば乗算における被乗数と乗数の区別や順序をやかましく指導することすらあると聞く。」から始まる批判的な文章が書かれていました*4
 2011年5月に出版された『かけ算には順序があるのか』を参考文献に入れ,「小学校算数「数と計算」「数量関係」領域における乗法の立式順序に関する認識の実態」と題して研究発表が行われたのは,2015年です*5


 「いつから乗法の意味(またはかけ算の意味)と言われだしたか」に切り替えて,調査してみました。
 小学校学習指導要領 算数科・数学科編(試案)昭和22年度の第七章 第二学年の算数科指導では「乗法の意味を考える。」が一つの項目になっていました。小学校学習指導要領 算数科編(試案)昭和26年(1951)改訂版のⅤ.算数についての評価では「教師は次のようなテストを行って,こどもがかけ算の意味を理解して,九々を適用する力が伸びたかどうかを調べてみた。」とあります。
 小学校学習指導要領については,「試案」のとれた昭和33年改訂分以降においても,算数の第2学年の事項に「乗法の意味」が記載されています。また第5学年のいわゆる「乗法の意味の拡張」についても,表記に変化は見られますが,「乗法」「意味」が共起しています。昭和33年改訂については「乗数・除数が小数である場合の計算の意味とその方法とを理解させ,小数の乗法・除法について計算する能力を伸ばす。」,最新の平成29年3月告示については「乗法及び除法の意味に着目し,乗数や除数が小数である場合まで数の範囲を広げて乗法及び除法の意味を捉え直すとともに,それらの計算の仕方を考えたり,それらを日常生活に生かしたりすること。」です。
 学術文献としては,1968年の以下の2件で,題目に「乗法の意味」が使われています。前者は「乗法の意味の拡張」に関する児童への調査が中心で,後者は,拡張を主な論点としつつも,米国の論争を紹介しているほか,「乗数,被乗数の順」などへの言及もあります。

 海外の論文・書籍を見ると,

に共通して"the meaning of multiplication"の記載があります。前者は日本の算数教科書の特徴を述べている*6のに対し,後者の書籍は,全文を読んだ限り,日本の算数の影響は見られません*7

 本記事について公開後に,「当ブログの過去の記事へのリンクは脚注」とするよう,改訂を行いました。