かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

小数の乗法の,乗数と被乗数の順序を問わない場合

  • 岸本忠之: 小数の乗法の文章題における演算決定に関する様相モデル, 日本科学教育学会第44回年会論文集, pp.17-20 (2020). https://doi.org/10.14935/jssep.44.0_17

 2020年の発表ですが,文献を見ると,2019年のものが1件,全国学力テストに関する2012年のものが1件あるほかは,国内外とも20世紀の文献を載せています.
 「実際の授業において」という表記が,「Ⅴ. 議論」(p.19)の最初の段落にあるものの,何年に,どのような学級を対象に実施したのかは,読み取ることができませんでした.
 「Ⅱ. 演算決定に関する様相モデル」の最初の「1m分の長さが90円のリボンがあります.0.6m分では代金はいくらですか.」という文章題が書かれ,以降で使用されています.この節の様相や観点について,特に気になるところは,ありませんでした.
 「Ⅴ. 議論」の第4段落(pp.19-20)は,スムーズに読解することができませんでした.書き出します.

 乗法を選んでも,児童は十分意味を理解していないこともある.乗法を選んでも,その根拠は様々である.例えば,0.6×90は小数×整数となり,結果は54である.この説明は,「乗法の結果は小さくなる(乗数と被乗数の順序を問わない場合)」ということに対して有効である.このような児童は,結果について明確な根拠は持たないものの一定の確信を持っているため,その結果に整合するような演算決定の根拠を挙げている.つまり文章題の演算決定の根拠という文脈ではなく,「正しい演算は乗法である」と「乗法の結果は元の数よりも小さくなる」ことを前提にした上で,0.6×90=54(0.6の90個分)を挙げている.

 少し,読み替えると,理解はできます.段落中のカギカッコで囲まれたうちの最後の「乗法の結果は元の数よりも小さくなる」は,「乗法の結果は元の数よりも大きくなる」とすると,0.6×90=54(0.6の90個分)につなげられます(ただし0.9×0.6のような,純小数どうしのかけ算では,「乗法の結果は元の数よりも大きくなる」が言えなくなるのですが).
 また「例えば,0.6×90は小数×整数となり,結果は54である.」の文は,文章題から期待される式が90×0.6であるところで,0.6×90という式---乗数と被乗数の順序を問わない---を書いた児童がいたときに,授業でどのように扱うか,という問題意識でとらえると,よさそうに見えたのですが,続く文の「この説明」を「『0.6×90は小数×整数となり,結果は54』と説明すること」と解釈するのでは,その後の「乗法の結果は小さくなる」と整合しません.
 ところで,5年の小数のかけ算では,「整数×小数=整数」となる場面をよく見かけます.このとき,左辺を「小数×整数」に置き換えて,計算するなどのアプローチが考慮されています.関連する情報を,新しいものから3つ,挙げておきます.

  • 小学校学習指導要領(平成29年告示)解説算数編

 そこで実際に120×2.5を今までに学習した乗法の性質を用いて答えを出してみて,実際の値段と一致するか確かめてみることが大切である。例えば乗法の交換法則を用いて答えを出すと,120×2.5=2.5×120=300となる。(p.242)

 次に,課題2における各学年の〈×乗数の理由づけ〉について,「乗数が1より小さいときに積は被乗数より小さくなる(0.8は1より小さいから)」という理由をⅠ,「答えはいつも被乗数より大きいとは限らない(反例の提示等)」という説明をⅡ,小数点の付け方など計算手続きを説明する場合をⅢ,被乗数と乗数を交換して(0.8×3にして)説明する場合をⅣ,その他としてとにかく計算せよと意味追究を放棄・断念する場合をVとして類別してグラフに表したのが図3である。(p.209)
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 乗数効果のみられた児童の傾向については×純小数によって積が被乗数より小さくなる理由は,説明Ⅰ(乗数が1より小さいから)を行う児童が不在な点と,“積が被乗数より小さくなる事例の提示”“乗数と被乗数の交換”“意味追究の放棄・断念”が多数を占め,学年間で顕著な相違はない点において,児童全体の傾向とは異なっていた。(以下略)(p.212)

2)正答者ではなく通過者としたのは乗数と被乗数を交換する児童(略)を集計上除外したからである。(p.213)

山田 私も,帯小数から入ることには賛成なんですが,子どもたちが答えを出す時に,4年生に習ったことを使って,3.4×120と逆にしたらどうか.もし,そういう答えを取り上げた時に,後でご指導いただきましたテープ図のメリットが消えてしまうような感じを与えるのですが.
授 そのことは,出るのではないかと予想されたんです.そこでは,いちいちひっくり返してやらなければならないのは不便だから,そうでなくてもできないかという問題と,120×3.4と3.4×120とが答えが本当に同じかということで,いわゆる交換法則が成り立つかどうかということを確認させる必要があるわけですね.(『小数・分数の計算』, p.92)

 上で「整合しません」と書きましたが,90×0.6=54という計算は,「乗法の結果は小さくなる」のはどうしてかを説明する手段(0.6×90として計算すればよい)となる,と考えることができます.このとき,「例えば,0.6×90は」から「有効である.」までの2文は,演算決定の根拠ではない(乗法の交換法則は,小数・整数の間でも成り立つ)ことを示唆したものと解釈すれば,「その結果に整合するような演算決定の根拠を挙げている」と対比して捉えることができます.