各項目は2~4ページのQ&A形式になっています。Q1からQ65まであります。いずれも「説明しなさい」または「概説しなさい」でして,算数教育に携わる想定読者の質問に答えるというよりは,大学の授業または教員採用試験で出題されたときの解答(書くべき事項,話の展開)のアイデアになる情報が,書かれているように,読んで感じました。
「かけ算」に着目して,読み進めていくと,まずはp.31(Q9 四則演算と計算法則の系統について説明しなさい,執筆者は髙橋聡)です。「乗法は,1つ分の大きさが決まっているときに,その「幾つ分」,「何倍」に当たる大きさを求める場合に用いられる演算」と,『小学校学習指導要領(平成29年告示)解説算数編』(以下『解説』)の記載を短くしたものが入っていました。
「被乗数と乗数の順序」が含まれていたのは,p.71(Q25 乗法の意味の拡張の指導について説明しなさい,執筆者は栗原和弘)の第2段落でした。段落ごと書き出します。
また,整数の乗法は,(いくつ分)に当たる部分を「倍」とみることにより,「1つ分の大きさの何倍かに当たる大きさ」を求めることとしても捉えることができる。乗法の計算では,交換法則が成り立つことから,「2×3」としても「3×2」としても同じ解を求めることができるが,日常生活の具体的な問題場面に即して式を表す際には,被乗数と乗数の順序がとても重要となる。
「とても重要」は,論述としてよい表現に思えません。
関連する『解説』の記述は,「ここで述べた被乗数と乗数の順序は,「一つ分の大きさの幾つ分かに当たる大きさを求める」という日常生活などの問題の場面を式で表現する場合に大切にすべきことである。」と「上で述べた被乗数と乗数の順序が,この場面の表現において本質的な役割を果たしていることに注意が必要である。」です。これらは文部科学省から,学習指導要領や解説を読んで授業などを実施する教師向けの書かれ方であり,『初等算数科教育』では各著者が教師の立場で文章化し,結果として「被乗数と乗数の順序がとても重要となる」となったように見えます。
先に書いた通り,「とても重要」を含むのはQ25の第2段落です.第1段落はケーキを例に挙げて整数の乗法を説明しています。第2段落も整数の乗法で,被乗数と乗数の順序の説明となっているのですが,被乗数とは何か,乗数とは何かが明示されていないのは,やや精密さに欠けます。第3段落では,見出しにある「乗法の意味の拡張」について,「乗数が小数や分数の場合」を示していることからも,第2段落は,「とても」の他にも改善の余地があるように感じました。*1
本書で,かけ算について言及されていた項目番号と項目名を拾い出してみました。
- Q9 四則演算と計算法則の系統について説明しなさい
- Q10 乗法,除法,比例,割合の関係を説明しなさい
- Q21 九九の指導について説明しなさい
- Q22 筆算の形式と考え方の指導について説明しなさい
- Q25 乗法の意味の拡張の指導について説明しなさい
- Q37 「論理的に考える」ことについて低学年の事例を用いて説明しなさい
- Q38 「論理的に考える」ことについて中学年の事例を用いて説明しなさい
- Q40 「統合的・発展的に考える」ことについて低学年の事例を用いて説明しなさい
- Q41 「統合的・発展的に考える」ことについて中学年の事例を用いて説明しなさい
- Q45 日常の事象を数理的に処理する技能を身に付けるための学習指導の在り方について説明しなさい
- Q48 算数科で学んだことを日常生活に活用しようとする態度を養う学習指導の在り方について説明しなさい
*1:本書の記述をもとに,より少ない字数で,乗数とは何かを説明するのなら,第1段落に「ここで,「2×3」のうち乗算記号の左右に書かれた「2」,「3」をそれぞれ被乗数,乗数という。」を付け加えて,第2段落をすべて,そして第3段落の「これまで述べてきたように,」を除去するというのが,一つの案になります。