- 山下英俊, 算数教育研究チーム「ベクトル」: 「割合」指導の3つの方略, 東洋館出版 (2018). isbn:9784491036045
さきに,この本を読んで有用と感じたところを挙げておきます。「数直線」の図について,p.95以降の児童が作成したものを見ると,算数の教科書で多用されるいわゆる二重数直線に限らず,さまざまな描かれ方を見ることができます。
たとえば比較的後ろのp.106では,1本の直線の上に「180m」,下に「8秒」を書いた数直線と,同様に「125m」「8m」を書いた数直線が,横並びになっています。
0を揃えない,そのような図でもOKというのです。
問題場面としては,200mを10秒で走るカンガルー,180mを8秒で走るダチョウ,125mを8秒で走るキリンとの間で,どの動物がいちばん速いかを調べるという学習です。道のりと時間による二重数直線を用いて描いたとき,異なる動物のあいだで0に揃えて縦並びにしたとしても,道のりと時間のどちらか一方が揃えられません(多くの図では時間を合わせて,道のりは,同じ位置でも動物ごとに異なる値をとっています)。その煩わしさから解放されるという観点では,横並び数直線も,意味のある思考活動であるように思えてきます。
それはそれとして,この本を通して読んだとき,まっさきに気になるのは,書名と授業内容との乖離です。上で述べた「速さくらべ」は,割合というよりは単位量当たりの大きさに関する内容です。
読み直すと,指導を通じて子どもたちに理解してほしい「割合」の概念はどのようなものであるかについて,答えとなりそうな情報が見当たりません。
全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)や国内外の論文を通じて,割合や,小数のかけ算・わり算(整数÷整数=小数を含む)の演算の決定に課題があることが知られています。たとえば今年度の全国学力テストの算数Aには「集まった子どもたち200人のうち80人が小学生でした。小学生の人数は,集まった子どもたちの人数の何%ですか」という問題に対し,2.5%を選ぶ誤答が4分の1を超えています*1。大きい数から小さい数を割るという間違いを念頭に置いた出題例には,「8mの重さが4kgの棒があります。この棒の1mの重さは何kgですか。求める式と答えを書きましょう。」や"15 friends together brought 5 kg of cookies. How mush did each one get?"などがあります*2。
『「割合」指導の3つの方略』の速さくらべ授業に立ち返ると,秒速(1秒あたりに進む道のり),または決まった時間を進む道のりを動物ごとに求めて,比較するという求め方を見ることはできますが,1m,または決まった長さの道のりを進むのに要する時間を求めて比較するという求め方は,出現しません。そのような方略が期待されていない,数値の設定となっています。
ところでこの本では,割合を学習する5・6年だけでなく,1年生のうちからその素地となることを,解説しています。その解説の出だしとなる以下の文章にも,違和感を覚えました(p.29)。
特にかけ算、わり算は、単位量のいくつ分といった「倍の考え」を中心概念とする演算です。ただ、それらには「一皿に入っているリンゴが3個のとき、4皿分のリンゴの数はいくつ?」のように「一単位の大きさと、いくつ分の大きさ」が皿とリンゴという異なる2つの数量である場合と、「1本のテープの長さが5センチメートルのとき、3本分のテープの長さは?」のように「単位の大きさと、いくつ分の大きさ」が同じ長さどうしを対象とする同種の2つの量の場合があります。この2つは、整数から小数へ、さらに分数への数の拡張にともなって前者が混み具合や速さなどの単位量あたりの大きさに着目したかけ算、わり算の意味の拡張へ、後者は全体量Aを1とみたときのもう一方の同種の量Bの相対的な大きさ(割合)に着目したかけ算、わり算の意味の拡張へと発展していきます。これが、かけ算、わり算の意味から割合に迫る倍概念の筋道です。この筋道がかけ算・わり算のストーリーです。
この引用のとおり,「単位量あたりの大きさ」と「割合」とを区別するのであれば,速さくらべは,「割合」指導として適切なのかという問題意識を,改めて持つことができます。
それよりも,違和感があったのは,「一皿に入っているリンゴが3個のとき、4皿分のリンゴの数はいくつ?」と「1本のテープの長さが5センチメートルのとき、3本分のテープの長さは?」との区別のところです。前者から「皿とリンゴという異なる2つの数量」を見いだすのであれば,後者についても「テープの長さと本数」という,異なる2つの数量を考えても,不自然ではないのです。
3年のわり算の導入(pp.34-36)では,等分除と,包含除と,倍を求めるわり算とを区別しています。倍を求めるわり算の問題例として,p.36に「赤いロープは21mです。青いロープは3mです。赤いロープは,青いロープの何倍ですか。」が書かれていますが,これをアレンジして「赤いロープは21mです。赤いテープは,青いロープの7倍の長さです。青いロープの長さは何mですか。」としてみると,倍を求めるわり算ではありませんし,等分除に入れるわけにもいきません*3。
同書を離れて個人的な理解を述べておきます。倍概念や割合の概念は,B×p=Aとして定式化できる,AとBが同種の量のかけ算の場面*4が土台となります。ここで,「何倍か」や「割合」に該当するpは,「200人の40%は80人」における40%(または0.4)のような無次元量に限らず,上述のリンゴの文章題であれば「4」,テープの文章題であれば「3」のように,「4皿」「3本」という具体量のうち数の部分も該当します*5。このかけ算の式(一つの乗法構造と言ってもいいでしょう)に当てはまるのなら,リンゴの文章題でもテープの文章題でも,百分率でも速さでも重さでも,統一的に図や式に表して,未知の数量を求めることができます。求めるための古典的な道具立てが「比(割合)の三用法」であり,近年では「数直線(とくに二重数直線)」が採用されています。
倍概念と包含除,そして割合との関連付けに関しては,次期『小学校学習指導要領解説算数編』の第4学年,p.228が分かりやすいです。
このような学習過程を経ることで,倍を表す数に小数を用いてもよいと,倍の意味の拡張を図る。これまで倍は「幾つ分」と捉えてきたが,ここからは,「基準量を1とみたときに幾つに当たるか」を倍の意味と捉え直す。
このとき,倍の意味を広げる活動とともに,倍を求める除法の意味についても捉え直す機会になる。包含除の除法の意味について,a÷bを「aはbの幾つ分かを求める計算」と捉えていたものを,「bを1とみたときにaが(小数も含めて)幾つに当たるかを求める計算」と捉え直すことになる。
このような学習は,第5学年の小数の乗法及び除法の計算や,割合の学習につながる大切な学習である。
*1:http://www.nier.go.jp/18chousakekkahoukoku/index.html
*2:http://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2017/12/31/234127
*3:個人的な認識では,これは等分除で求められる場面となります。「赤いロープは21mです。青いロープは3mです。赤いロープは,青いロープの何倍ですか。」は,包含除です。
*4:BはBaseの頭文字で基準量,pはproportionの頭文字で割合,AはAmountの頭文字で総量を,それぞれ意味します。
*5:「4皿」「3本」そのものがpになるのではない点に注意。関連:http://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2018/04/08/061135