かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

交錯

 「かけ算の単元でかけ算ばかりするから,子どもたちはきちんと考えずにかけ算の式にしてしまう。すでに学んだ,たし算・ひき算も混ぜて指導すればいい」という主張を支える事例をいくつか取り上げます。
 「指導」について,「文章題を与えて,学習者は適切に演算決定(立式)できること」を目指す場合,その文章題には大きく2つのパターンがあります。一つは,複数の文章題を用意して,すべて解いてもらうのですが,ある文章題はa×b,別の文章題はa+bの形で式にするのが正解とします。もう一つは,1個の文章題で正解となる答えを得るのに,かけ算と,たし算・ひき算を組み合わせます。
 「ある文章題はa×b,別の文章題はa+b」の出題例は,1皿ずつ全部かけ算とはかぎらないよで紹介しています。前者は2013年公開の紀要論文,後者は2010年刊の問題集からです。
 たし算の文章題を,それぞれの出典から取り出すと,「アメが4このった皿と6このった皿が1皿ずつあります。全部で何こありますか。」と「おかしが3こ入った箱と4こ入った箱が,1箱ずつあります。おかしは,全部で何こありますか。」です。どちらにも「ずつ」が出現しますが,かけられる数を意味するものではありません(紀要論文ではこの「ずつ」について,「お皿の枚数といういくつ分を示す乗数を修飾している」と記しています)。2つの情報源について引用・被引用の関係はありません。かけ算学習の段階で,たし算の場面にも「ずつ」を意図的に入れることは,それぞれの問題作成や認知カウンセリングおいて,すでに知られていたと考えられます。
 「ある文章題はa×b,別の文章題はa+b」と同じ趣旨が,大正9年1920年)刊の『尋常小学算術書之教授 第二学年二・三学期用』*1にも書かれています。4の掛算の九九の,「教授上の注意」の2番目です(p.21,コマ番号33)。

2. 既に授けた九九をも適宜塩梅して練習を怠ってはならぬ。又加減の問題をも交錯して練習するがよい。或時期は加法或時期は減法此期間は乗法と単進的取扱に偏することは練習としては有効なものではない。

 ただしその前後を読んでも,かけ算の練習の中に,a+bで求める問題は見当たりませんでした。この本は『尋常小学算術書』(教科書)の解説という位置づけということもあり,その種の出題を入れたところで,解説する必要はない(またはその意義は上記の注意で十分),と思えばいいのでしょうか。ちなみに国立国会図書館デジタルコレクションで「尋常小学算術書」を検索すると,そこそこの件数が得られますが,第二学年を対象とし,今回の本と刊行時期に合致するものは,見つかりませんでした。
 かわりに,かけ算とひき算を組み合わせて答えを求めることのできる,1個の文章題が例示されていました。「教科書の応用問題中「御宮の前に大木があったから長さ二間の縄で其の周をとって見たら縄が1尺余りました此の木の周は何丈何尺ありますか」は提出に余程工夫を要する様に思われる。」(p.30,コマ番号38)から始まり,やや批判的な文章となっています。
 「御宮の前に大木が…」の問題を,いまのアプローチで解くと,次のようになります。1間=6尺,そして1丈=10尺*2に注意すると,式は6×2=12 12-1=11と書きます。「11尺」と言いたいところですが,「何丈何尺ありますか」なので,「1丈1尺」が答えとなります。
 「1尺余りました」だからたし算(12+1=13),とするわけにもいきません。ただし,加法逆の減法ととらえれば,□+1=12という式を立ててここから□=11とすることは可能です。ということで,かけ算と,ひき算(またはたし算)を組み合わせて,答えを得るものとなっています。
 かけ算の学習中なので,かけ算と,たし算・ひき算の組み合わせになりますが,そういった縛りを外せば,この種の文章題について,「3要素2段階」という名称が知られています。啓林館の教科書では以下のページのとおり,2年で学習します*3


 「かけ算の単元でかけ算ばかりするから,子どもたちはきちんと考えずにかけ算の式にしてしまう。すでに学んだ,たし算・ひき算も混ぜて指導すればいい」については,かけ算を含む算数教育が十分でないという,批判的な意図として,Twitterでときおり見かけます。
 本記事の主旨は,それらへの批判では(賛同でも)なく,批判ツイートをきっかけに得ることのできた,算数教育に携わる方による問題意識の紹介となります。把握している最古は,上で引用した「又加減の問題をも交錯して練習するがよい。」を含む注意事項ですが,比較的新しく,かつ「かけ算の順序」批判よりも前*4に書かれたものとして,全部かけ算とはかぎらないよで紹介した『田中博史の算数授業のつくり方』の文章があります。
 メッセージの新しさ古さもさることながら,それぞれの主張を支える事例(文章題や指導など)が添えられているかに着目するとともに,主張と事例の組み合わせをどのように理解すればよいかをよく考えるようにし,これからも「昔話」探しをしていきます。

*1:http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/938814/, http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20170218/1487362280

*2:http://kurashikata.jp/home/shakkanho/

*3:https://blogs.yahoo.co.jp/tamusi22/40846373.htmlで授業事例を見ることができます。文章題の数量や,「はじめに,色紙 6まいの ねだんを もとめましょう。」というヒントは同一ですが,問題文はほんの少し異なっています。

*4:批判は2010年秋ごろに勃興したと認識しています。https://togetter.com/li/68853http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/LaTeX/20101123Kakezan.htmlも,公開は2010年11月です。