かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

乗法の立式順序の混乱~2015年の研究大会論文より

 日本学校教育学会第30回研究大会は2015年7月17日から3日間,目白大学新宿キャンパスで開催されたもので,https://ameblo.jp/jase2015/entry-12040085863.htmlより大会プログラムがダウンロードできます。上記文献に基づく発表は,自由研究発表⑪の(5)にありました。
 本文は2ページの内容で,調査項目の詳細(いくつかの文章題など)は書かれていませんが,図1は,一目でわかる『順序問題』となっていました。
 最初のページに戻って読み直すと,著者らは「どちらでもよい」という立場です。『あめ玉を一人に5個ずつ配る。8人に配るにはあめ玉はいくつ必要か。』という問いに対し,「5×8=40 答え,40個」も「8×5=40 答え,40個」も,「立式の正しい方法」であり,「この文章題の解を求める式として正しいといえる」としています。
 あちこちに,「混乱」の語が出現します。1節(問題の所在と研究の目的)に書かれた2つ,

小学校算数科では、掛け算の順番を変えても答えは変わらず、順番に拘る必要はないという交換法則が学習事項に含まれている。それにもかかわらず、被乗数先書で立式する方法だけを妥当だと指導することは、児童にある種の「混乱」を招くことになり得ると筆者らは考えている。

筆者らは、このいわゆる「乗法の指導における『順序問題』」(高橋2011に着目し、小学5年生ならびに大学生を対象にして、以上の事例に対して、実際にはどのように受け止めているか(混乱しているのか)を探る調査を行うことで、乗法の立式順序に関する認識の実態を分析した。

と,まとめの

本実態調査の小学生は、概念や知識を習得する上で不可欠な「克服するべき障害」にさしかかる以前の状態で、大学生にみられた概念や知識の習得の状況、すなわち整理された状況がなく、児童はまさに「混乱」をしているといえる可能性が認められた。

は,混乱の主体は児童となります。それと別に,要旨の

小学校算数「数と計算」領域では、乗法を用いる文章題の学習場面がある。その立式の際、指導上の一種の混乱ともみることができる、いわゆる「乗法の指導における『順序問題』」(高橋2011)に関する指摘がある。

と,1節の

ただしこの指導は、教師の側に立てば、被乗数先書という限られた型に合わせるように指導する教授法で、たとえば他の学習事項との混乱を避けるなど、教師なりの配慮に基づいているのだという見方もできる。

については,教える側の「混乱」と読むことができます。
 ここまで並べましたが,全体を読んで,どこで混乱しているのか,その混乱に対し当時/今の算数教育でどのようにして解消がなされるべきなのかを,把握することができませんでした。というのも,調査対象者となる「東京都内・区立小学校 5年生64名」の,乗法の学習状況が推測できないのです。
 例えば,2.2節(調査結果)で,「問②は,対象者のうち小学5年生が調査実施時に学んでいた分数のかけ算の文章題(同じく「被乗数先書」)を出題」し,誤答率が44名(69%)となっています。学んでいた最中なのに誤答率が高い点について,推測できるのは,当時の小学校学習指導要領(とそれに準拠した算数教科書)のもとで,第5学年で学習する分数のかけ算は,乗数が整数である場合に限られます*1が,調査では被乗数・乗数ともに分数の文章題を出題したのではないか,ということです。
 この件,分数ではなく小数の文章題にしておけばよかった,とはいきません。「被乗数先書」という言葉が使用されていますが,把握する限り,5年の教科書の「小数のかけ算」の文章題はすべて「被乗数先書」です。
 表2の状況から,結語の「児童はまさに「混乱」をしているといえる可能性が認められた」への流れにも,違和感を持ちました。「整理された状況がな」かった点について,項目4の問い方(図1の採点への考え)と集計方法の妥当性が,よく見えてきません。集計において,「予想外度数」の算出方法,そして「「度数」が中央値に近い回答者を除いた」ことが適切なのかが,文章から読み取れないのです。
 「順序問題」に着目して,実験をデザインするなら,例えばこうでしょうか。対象者が小学5年生なのを前提として,A群とB群に(公平に)分けます。項目1は,この文献の問①から問③までに加えて,問④として「文章に出現する数値を出現順に立式をすると「除数先書」になる,除法の問題」を追加します(例えば全国学力テストの「8人に,4Lのジュースを等しく分けます。1人分は何Lですか。」)。A群には,1問増やした項目1と,項目2から項目4までを解答/回答してもらいます。B群も,1問増やした項目1,項目2のあと,項目3と項目4は,「文章に出現する数値を出現順に立式をすると「除数先書」になる,除法の問題」で問④と異なる場面・数値の問題を見せ,あとは今回の項目と同じにします。これでも,かけ算(A群の回答する項目4)の「予想外」の状況が,わり算(B群)のそれよりも高くなることが予想されます。A群・B群で別々にカイ二乗検定を行うよりは,2群を合わせた比較を行うべきように思います(「予想外」の算出方法の見直しは必須です)。
 文献について,『順序問題』に基づき,小学生と大学生に同じ問題を解かせて比較したものとして,金田(2008)を連想しました。CiNiiのエントリは現在https://cir.nii.ac.jp/crid/1520009408251711232で,本文はダウンロードできませんが,算数教育ワールドでは,「かけ算の式には正しい順序がある」ことが前提になっている実例 | メタメタの日で一部を読むことができます。

*1:https://erid.nier.go.jp/files/COFS/h19e/chap2-3.htmの「乗数や除数が整数である場合の分数の乗法及び除法の意味について理解し,計算の仕方を考え,それらの計算ができること。」の項目です。