「被乗数と乗数の順序」で検索をすると,2021年の学会発表題目が複数,ヒットしました。
複数ヒットというのが気になり,よく調べると,いずれも,2021年8月にオンラインで開催された,日本科学教育学会年会の「課題研究発表」に入っていました。
⑤比例・乗法概念に関する教授・学習に関する研究開発Ⅱ
オーガナイザー:岸本忠之(富山大学),礒田正美(筑波大学)
概要:本部会では,比例・乗法概念に関係する小学校教材を広く取り上げ,カリキュラム論・教材論・学習論・教授論などの様々な観点から,これまでの研究成果と課題を明らかにするとともに,今後の研究の方向性について広く議論を行う.比例・乗法概念は小学校算数の重要な学習内容である.比例・乗法概念には,乗法,除法,小数倍,積,比例的推論,比,割合,比例などの概念が含まれる.また比例・乗法概念とそれぞれ×,÷,:,y=ax などの表記も重要である.
<登壇者>
岸本忠之(富山大学)
礒田正美(筑波大学)
小原 豊(関東学院大学)
小椋知子(元 JICA シニア海外ボランティア)
西村徳寿(京都橘大学)
この年会の文献のPDF版は,J-STAGEにて,日本科学教育学会の会員・非会員によらず無料でダウンロードできるようになっています。上記登壇者の各文献の書誌情報とリンク先は以下の通りです。
- 岸本忠之: 海外における乗法・除法研究の動向, 日本科学教育学会第45回年会論文集, pp.33-36 (2021). https://doi.org/10.14935/jssep.45.0_33
- 礒田正美: かけ算乗数・被乗数の順序問題にかかる数学史:筆算と式の優位関係の逆転, 日本科学教育学会第45回年会論文集, pp.37-40 (2021). https://doi.org/10.14935/jssep.45.0_37
- 小原豊: 異種の2量の割合における概念化とその創造性に関する小考, 日本科学教育学会第45回年会論文集, pp.41-42 (2021). https://doi.org/10.14935/jssep.45.0_41
- 小椋知子: 小学校乗法指導系統における乗数・被乗数の順序問題について:コロンビアの事例から, 日本科学教育学会第45回年会論文集, pp.43-46 (2021). https://doi.org/10.14935/jssep.45.0_43
- 西村徳寿: 中学校における正比例関数のグラフ構成に関する研究, 日本科学教育学会第45回年会論文集, pp.47-50 (2021). https://doi.org/10.14935/jssep.45.0_47
「かけ算の順序は,学術的かつ世界的に,どうなっているのか?」という疑問には,岸本の文献に目を通し,参考文献リストから取り寄せて詳細を読むのが,答えを知る方法となりそうです。岸本,礒田,小椋で参考文献に挙げられているIsoda & Olfos (2021)は,https://link.springer.com/book/10.1007/978-3-030-28561-6よりPDFが無料でダウンロードできます。
上の5つの文献をざっと読んで,最も興味深かったのは(「被乗数と乗数の順序」ではなく),算数・数学と物理学との関わりに関する,以下の2箇所の記述でした(いずれも小原)。
本来,数学においては,対象の物理的な属性を捨象して抽象性や自由性を得た上で,演算結果を目的に応じて指示対象に自在に対応させることが汎用性の要となる.しかし同時に,実在の量を構成する上で不可欠な乗法構造は,その獲得が次元分析や物理学と深く関連しており,子どもの乗除法や比,比例,分数,割合などの認識が量や空間を媒介して包括的に発達すること(Vergnaud, 1994)からも算数・数学科において同単元を扱う意義は大きい.(p.41)
昭和33年, 昭和43年告示の小学校学習指導要領算数の作成を担当した文部省教科調査官であった中島健三氏が東京文理科大学物理学科出身であり,科学分野に造詣が深かったことがこうした主張やかけ算領域での研究の功績にいかにつながったかそれ自体が我が国の数学教育史研究の対象となる.(p.42 註記)
中島健三氏が東京文理科大学物理学科出身ということの裏取りは…Wikipediaには見つかりませんでした。『復刻版 算数・数学教育と数学的な考え方』の奥付の前のページの著者紹介に,書かれていました。
しかし,「かけ算の順序」にせよ他のトピックにせよ,算数・数学教育の勘所を理解するのに,物理学が必須であると,個人的には思っていません。いまの情報化社会において,求められているのは,国内外の書籍や学術文献,教師らによる授業実践,またインターネット上の言説が,多数,ある中で,課題(個別の文章題ではなく,例えば,授業やテストなどを通じて何を明らかにしたいのか)を設定してそれに関わりのある情報を取捨選択し,判断して,記録(書籍や学術文献,授業実践,インターネット上の言説)に残すことではないかと,考えています。そこに,物理学や(小中高で学ばないような)数学や,教育心理学を含めいわゆる文系の知見を取り入れることで,その人ならではの見解が作られることになります。
と,書いてみたものの,自分自身は個別の学問(と算数・数学との関わり)よりも,文献を中心とした各情報の組み合わせに関心があります。これまで収集し当ブログやメインブログで紹介してきた事項を,見直すことにします。
(翌日追記)研究課題発表の題目の末尾に「Ⅱ」があり,「Ⅰ」もあるのかなと思いながら探してみると,1年前の年会に,ローマ数字なしの研究課題発表がありました。
① 乗法概念に関する学習・指導に関する研究開発
オーガナイザー:岸本 忠之(富山大学人間発達科学部)
概要:本部会では,乗法概念に関係する小学校教材を広く取り上げ,カリキュラム論・教材論・学習論・指導論などの様々な観点から,これまでの研究成果と課題を明らかにするとともに,広く議論を行う.乗法概念は小学校算数の重要な学習内容である.乗法概念には,演算としての乗法と除法,小数倍,積,比例的推論,比,割合,比例などの概念が関係する.また乗法概念とそれぞれ÷,:,×,y=axなどの表記との理解の関係も重要である.
<登壇者>
岸本 忠之(富山大学人間発達科学部)
渡会 陽平(奈良教育大学)
小原 豊(関東学院大学)
礒田 正美(筑波大学人間系)
- 日本科学教育学会第44回年会論文集. https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jssep/44/0/_contents/-char/ja
- 岸本忠之: 小数の乗法の文章題における演算決定に関する様相モデル, 日本科学教育学会第44回年会論文集, pp.17-20 (2020). https://doi.org/10.14935/jssep.44.0_17
- 渡会陽平: 小学校算数科における体系的な乗法の意味指導の必要性, 日本科学教育学会第44回年会論文集, pp.21-24 (2020). https://doi.org/10.14935/jssep.44.0_21
- 小原豊: 小学校算数における連比の教材化再考に関する意義と課題, 日本科学教育学会第44回年会論文集, pp.25-26 (2020). https://doi.org/10.14935/jssep.44.0_25
- 礒田正美: かけ算の指導内容を特定するターミノロジーにかかる国際協同研究:その必要と例示, 日本科学教育学会第44回年会論文集, pp.27-30 (2020). https://doi.org/10.14935/jssep.44.0_27