かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

かけ算のまとまりを意識した総合式へ

  • 田中英海: 数量の関係を表す式の理解を促す指導の一考察―第3学年における未知数の□を複数使った式の問題解決―, 日本数学教育学会誌, Vol.102, No.12, pp.2-13 (2020). https://doi.org/10.32296/jjsme.102.12_2

 この文献は,https://twitter.com/HSanqyou/status/1580433393535156224で知りました。
 かかれている問題場面と式の対応について,独自に作図してみました。

 横幅80cmの模造紙に,横幅10cmの「はがき新聞」を,均等になるよう貼り付けます。はがき新聞どうしの間隔を同一にするだけでなく,模造紙の左右端と(端の)はがき新聞との間にも,同じ幅の間隔を設けることとします。ですので,同じ幅になる間隔は,6つあります。本文では「Ⓐ,…Ⓕの間かくをきんとうにしたいです.」として,問題場面に明記しています。
 この1個分の長さを,□cmとすると,まず思いつく式は,□+10+□+10+□+10+□+10+□+10+□=80です。しかし式が長いですし,これに当てはまる□の値を求めなさい(6つの□にはみな同じ数が入ります),と言われたとき,解く見通しが立てられません。
 授業では,(□+10)×5+□=80や□×6+10×5を経て,(□×6)+(10×5)=80という式に導いています。「10×5=50 80-50=30 30÷6=5」という「求答式」を援用して,□に5を入れ,実際にはがき新聞を貼り直して確かめています。
 「求答式」というのは,□を必ずしも使用しない解法で,p.6の表3で式の例が書かれているほか,p.9の図12で,「10×5=50 80-50=30 30÷6=5」の3つの計算で何を求めているかが示されています。それに対し,(□+10)×5+□=80や(□×6)+(10×5)=80は「関係式」です。
 「□+10+□+10+□+10+□+10+□+10+□」を「(□×6)+(10×5)」と同等視するというのは,授業対象者の3年児童にとって自明ではなく,それを裏付けるように,p.8の場面8で,児童が「本当の場面が変わっちゃうから,□が全部左に寄せられていて」や「意味が変わっちゃっておかしくなっちゃう.」と疑問を呈しています。
 「□が全部左に寄せられていて」というのは,上の自作の図の下段真ん中の状況に対応します。このように寄せても,6つ分の間隔の幅と,はがき新聞5枚分の横幅は80cmで変わらない,というわけです。ただし実際のところ,□+10+□+10+□+10+□+10+□+10+□=□+□+□+□+□+□+10+10+10+10+10=(□×6)+(10×5)と式変形したわけではなく,場面8より前に「A〜Fの同じ長さが6つ+はがき新聞5まい分」の記載があり,その段階で,(□×6)+(10×5)の式の読みがなされていたこととなります。
 本文最初のページの左カラムでも明記されているように,「□を使った式」は,第3学年で学習します。しかしその際に,そして6年生まで,算数に出現する「□を使った式」では,□は1個です(○×□=□×○のような計算の性質では複数出現するものもありますが)。一つの式に□が複数あり,それぞれ同じ値が入るものとして,求めるための手続きは,中学1年の一元一次方程式で(□はxなどに置き換えられて)学びます。
 本実践研究のエッセンスは,□+□+□+□+□+□=□×6と考えることです。それによって□が1個になり,図や求答式と合わせることで,答えが求められる(正しいことを他の人も検証できる)わけです。新たな教え方そして学び方であるように,読んで感じました。今後,算数の教科書に載るかどうかは分かりません。
 メインの授業の内容と別に,関心を持った用語・表記を取り上げておきます。「フレーズ型の式」が多数出現するのに対し,その対義語となる「センテンス型の式」が1箇所だけ(p.3左カラム)だったのは面白かったです。「求答式」や「式を計算の過程として,左辺から右辺へ動的な見方で操作を表していると解釈」(p.3)と,「フレーズ型の式」や「1つの数量として捉えること」との対比は,プログラミングにおける「手続き型」と「宣言型」との対比に通じるようにも感じました(「総合式(で表すこと)」は「構造(化)」です)。