かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

東京新聞「掛け算の順序論争再燃」を読んで思ったこと

  • http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2017071002000116.html東京新聞:2020年度の新指導要領きっかけで 「掛け算の順序」問題再演:特報(TOKYO Web),デッドリンク

 この記事について,紙面の複写を得ることができました。東京新聞 2017年7月10日朝刊 11版 22・23面です。Web上で見かける,中日新聞2017年7月13日朝刊記事の撮影画像と異なり,タイトルに「学び始めに必要?」がなく,リードが縦書きになっているなど,見た目の違いもありますが,本文は同じと思われます。Webでは「再演」となっていますが紙面は「再燃」です。「順序」は28回出現します。
 書き方で,気になったところがあります。いずれも後半,芳沢氏のコメントがカギカッコになった箇所です。
 まず「この場合、5×3、3×5のどちらの順序が正しいとも言えない」を目にして,2つの式がともに,正解か不正解か判定できず,にっちもさっちもいかない状況が思い浮かびました。代わりに「この場合、5×3、3×5のどちらの順序のみが正しいとも言えない」と書いてあれば,戸惑いませんでした*1
 もう一つ,「『三つの角が違う二等辺三角形がある』などと授業中に公言する教師までいる」について,三角形を考えるなら,違うところに3つの角がないと困ります。ここは「三つの角の大きさが違う…」としたいところです。なお,「角」と「角の大きさ」の違いについては,新しい解説のPDFのp.158に書かれています。
 書き方から中身に移っていくことにします。芳沢氏のコメントのうち「掛け算学習の本質には、順序を入れ替えても答えは同じという交換法則を理解することがある」に,違和感を覚えました。算数・数学教育で,そんな「本質」を聞いたことがなく,むしろ,演算の対象を整数,有理数(小数,分数),実数,複素数へと拡張していっても,交換法則などが成り立つことを確かめる活動が期待されています。小学校算数の範囲では,(0以上の)整数および有理数に限られ,新しい解説のPDFで関連する記述を,第4学年のp.196,第5学年のp.238,第6学年のp.283より読むことができます。
 まったく異なる情報源で,「かけ算の本質」という言葉が,2015年に復刊された以下の本に出現します。

復刻版 算数・数学教育と数学的な考え方

復刻版 算数・数学教育と数学的な考え方

  • 作者:中島健三
  • 発売日: 2015/07/06
  • メディア: 単行本

 主要な箇所(pp.77-78)を,かけ算の本質(構造)とは~『復刻版 算数・数学教育と数学的な考え方』を読む - わさっきより孫引きします。

上の図式は,A×p(=B)という「かけ算の本質(構造)」を,「Aを1としたときpに相当する大きさを表すこと」,すなわち,「pに比例する」という考えでとらえ,それを「関数尺」として表わしているものである。乗数pが小数,分数の場合は,下側の目盛りで,整数点以外のところをよめばよいということで,その一般化が比較的容易とみられるところに一つのポイントがある。(30×2のようなかけ算を「30の2ばい」といって,いわゆる「ばい」で規定していこうというのは,上の考えにのせていこうということを指していると解してよい。)

 この「かけ算の本質」や,A×pと,かけられる数を大文字のA,かける数を小文字のpと書き分けていることなどは,新しい解説にも取り入れられていますし,昨年の5月,日本学術会議数理科学委員会数学教育分科会が出した提言に見られる「乗法の拡張における割合の意味付けを学習指導要領に明記する」とも関連します(日本学術会議も掛算順序固定派 - わさっき)。
 「順序を強調した教材ばかりになりかねない」で終わる,高橋氏のコメントを見ると,今後(批判者からすると)悪化していくような印象を,読者に与えていますが,これまでの教科書や授業事例を通した,「順序」の使われ方や,理解のされ方について,記事に言及がないのが残念です.
 平成27年度から30年度まで使用される,算数の教科書について,開始の前年度の教科書展示会で見た状況を,平成27年度算数教科書読み比べ - わさっきにて取りまとめています。新しい解説に見られる「4皿に3個ずつみかんが乗っている」と同様の問題設定(基準量が後に示された問題)が,6社どの教科書にも載っていることや,「かけ算では,じゅんじょをかえてかけても,答えは同じになります。」は交換法則ではなく結合法則に関するまとめであることなどを,確認してきました。
 ところで算数教科書は,今年度に検定がなされます。これまでと同じスケジュール*2を想定すると,来年度に我々も検定済の教科書を見ることができ,その次の年度(2019年度)から使用開始となります。新しい学習指導要領の適用年度は,それより後となりますが,とくに低学年の「かけ算」の学習に関しては,現行の教科書などに見られる内容を,新しい指導要領が追認した,と考えることもできます。

 上の段落について,算数を含む小学校教科書の検定年度が間違っていました。新しい学習指導要領に基づく教科書検定は2018年度,採択は2019年度,使用開始は2020年度からです。詳細は小学校の教科書検定は2017年度と2018年度に - わさっきをご覧ください。

 批判の立場にある人々が実名である一方*3で,肯定派は氏名なしというアンバランスさも,読んで残念に思います。また西沢氏のコメントのうち「この例題は4個が5回分と捉えることができ、一つ分×幾つ分の順序でも、5×4、4×5のどちらも正しい。」のところや,「この場合、5×3、3×5のどちらの順序が正しいとも言えない」と書かれた,芳沢氏による問いについて,いずれも「どのような式が考えられるか」にとどまっており,授業で子どもたちに出題し,「どのような式を作ったか」に至っていないのは,批判や,それをもとにした東京新聞中日新聞掲載記事が,学校現場からかけ離れた認識であるように思えてなりません。一つの出題に対して,かけられる数とかける数とが反対になる,2つのかけ算の式を比較している授業の例として,http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130219/1361220251#2にリンクしておきます。


(2020年7月追記)
 東京新聞の算数教育批判記事は,2018年4月にも出ています。複写を取り寄せ,思ったことを書きました。

 またhttps://twitter.com/tokyobunkabu/status/1278558301005860865によると,2020年7月2日付の東京新聞夕刊文化面に,西沢宏明氏の寄稿が掲載されたとのことです。記事全文をtwitterで見ましたので,思ったことを書きました。

*1:ただし、「A地点にたどりつくと、道は5つに分かれる。そのどの道を進んでも、途中からは道は3つに分かれ、どの道に進んでも『行き止まり』になる。A地点から『行き止まり』まで、全部で何通りの道があるか」という問いを,小学校低学年の子どもたちに与えて取り組んでもらうことの是非については要検討です。

*2:http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/010301.htm(Q4の回答に,検定・採択の周期の表があります),http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/kentei/1369049.htm

*3:記事本文に「一方」が3回,「指摘」が3回出現し,いずれも否定派を利する使われ方です。