かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

東京新聞「「掛け算の順序」問題 根底にあるもの」を目にして思ったこと

 「かけ算の順序」批判の根底にあるのは,「過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目になる」です。目を閉ざし,盲目なのを振る舞っているのは,批判する人々です。



 内容をhttps://twitter.com/flute23432/status/1278952306029948928より見ることができました。*1
 まずは表記に関して,「掛け算」は,算数では「かけ算」で,算数教育ではよく「乗法」と書かれます。また速さの説明で,記事には「距離」が頻出しますが,算数では「道のり」を見かけます。新聞社が「掛け算」「距離」とするよう指示したり,社内で校正したりしたとは考えにくく,結局のところ寄稿者の選択と思われます.
 次に,2箇所の「ようだ。」を見ておきます。記事中の次の文です。

  • どうも「問題ごとに正しい解き方が決まっている。それを使うべきで、我流は駄目」という思想があるようだ。
  • ところが小中高含めて、学校の授業ではやり方を教え、それを使って解かせることが多いようだ。

 いずれも著者の推測であり(だからこその「ようだ。」なのですが),算数教育においてこれらが確立しているわけではありません。
 書籍では,これらに反する「日本の基本型」を見ることができます.『日本の算数・数学教育に学べ』*2のpp.81-82から抜き出します。

 日本の授業はしばしば五活動の流れに従います。
(略)

  • 解決法の練り上げ 全生徒がそれぞれ問題に取り組んでから,生徒の発見による一つまたは数個の解決法が提示され,話し合いとなります。しばしば,教師は彼らの発見の共有化のために何人かの生徒に質問をします。教師は,机間指導のように歩きながら解決法に応じて特定の生徒を指名し(生徒の意志によるのでなく),考えだした解法を皆の前に示させることも多いのです。時には生徒が用いている方法,あるいは生徒に学んでほしい別な方法を教師が提示することもあります。生徒が解決法を提示している間に教師はそれをまとめ上げたり,よりよいものに仕上げたりすることが多いのです。

 この本で書かれた他国の状況については,ドイツは100,日本は50,米国は81 - わさっきhbで紹介しています。「ドイツと米国は教師主導型,日本は,教師と生徒がバランスよく活動」「米国では,問題を課す前には必ず解法を説明する」が特徴的なところです。
 東京新聞の記事と照合すると,授業において,我流も許容されており,それがもし教師の関心を引いたのであれば*3,みんなで考える(正しいか,簡単か,他の場面にも適用できるかなどを含めて)ことが期待されます*4
 一つの問題に,子どもたちがさまざまな解決法を提案し,教師がそれを見出すという授業は,筑波大学附属小学校算数研究部が企画・編集している「算数授業研究」の各巻で見ることができます。Webでは,次のページの「割り算の導入授業」がいいでしょう。2011年の授業を見た方による報告で,授業者は「筑波大学附属小学校中博史先生」です。

 もっと新しい,教科書の状況は,次の2つより読むことができます。


 東京新聞の記事に戻って,「6秒で8m進むと、15秒で何m進むか?」に視点を移します。これと同じ特徴を持つ,授業の出題例があります。

f:id:takehikoMultiply:20200704080242j:plain

 「めんつゆ120mLに対し水1000mLで混ぜるときに、水400mLとするとめんつゆは何mL必要かを求めた。」という授業です。「6秒で…」の問題と共通する注意点として,2×2の関係表*5にしたとき,「1」が出現しないのです。
 そこで,東京新聞の内容なら,「3秒で4m」として「6秒を8m」の両方の数を2で割るステップが入ります。めんつゆの問題も同様です。まためんつゆの授業の記述には「まず出された」とあり,別の考え方も(この紀要論文には書かなかったけれども)授業で出てきたと理解することができます。
 塾の指導がとくに画期的というわけでもなく,「かけるとは? わるとは?」を掘り下げていくと比較的容易に見つかる事例と言っていいでしょう。なおめんつゆの授業は「比」で,紀要論文の当時も今年も,6年の学習なのに対して,「速さ」は今年度(経過措置により実際には昨年度)から5年で学習します。「速さ」は,当ブログで「速さ」のリンク集を作っています。
 東京新聞の2017年・2018年の記事に対し,書いたことをリンクしておきます。


 「掛け算の順序問題」について,見解を整理しておきます。まず「順序」について,「かけ算では,じゅんじょをかえてかけても,答えは同じになります。」というのを3年で学習し,「結合法則」や「計算のきまり」に関する事項となっています。交換法則は「かけ算では,かけられる数とかける数を入れかえて計算しても,答えは同じになります。」と書かれ,順序は使用されません。
 次に,「5×4は正答でも4×5は誤答とされる」の件は,授業において「1つ分の数×いくつ分=ぜんぶの数」を採用*6し,その中で「5×4と4×5,答え(積)は同じでも意味が違う」ことを学習しているからです。算数教育で重視しているのは「順序」ではなく「意味」*7であり,「かける数×かけられる数」を採用している米国においても,出版物*8を通じて知ることができます。
 かけ算とわり算との関連づけや,授業やテストで誤りとされる式がどのように解釈され得るかなどについては,メインブログにて先月作成した,以下の記事の最後のQ&Aの通りです。

Q:「小学2年生の段階で,かけ算の順番を気にするのは,わり算を見据えているから」を支持しますか?
A:なぜ数学的には決着している掛け算の順序問題が算数教育に限っては毎年のように蒸し返されるのですか?に対するKojima Tadashiさんの回答 - Quoraですね.大枠で,賛成します.
 日本の小学校の算数の指導について,個人的な理解は次のとおりです.導入の学年だけでなく,上の学年においてもです.

  • かけ算では,何がかけられる数で,何がかける数になるかを,明確に捉えたうえで立式するという指導がなされている.
  • わり算では,何がわられる数で,何がわる数になるかを,明確に捉えたうえで立式するという指導がなされている.

(略)
 かけ算とわり算との関連について,学術的には,国内外で引用されているVerguand (1983, 1988)を見ておきたいところです.ただし本記事では文献紹介は差し控えます.数学教育学関連の英和小辞典のconceptual fieldには,「概念領域」という訳語のあと,「Vergnaud の用語。例えば乗法なら、除法や乗法的な関係を含む場面など、関連した一連の数学的知識を一つの領域のように大きく捉えて、教育を考えていくアイデア。」という補足説明がついています.
 子どもに分かってもらえそうな,かけ算とわり算の関連性を,例示することにします.かけ算は,順序の強制か,意味の理解か - かけ算の順序の昔話の後ろに書いた例を使用します.

  • 「自動車が5台あります.どの自動車にもタイヤが4つついています.タイヤの数は全部でいくつでしょうか」という出題に対し,
    • 正解となる式は「4×5」です.
    • 「5×4」だったら,次の2種類の解釈(式の読み)ができます.
      • 5つのタイヤがついて「五輪車が4台」
      • 家に車が入った「5台ずつが4つ」
  • 「8mの重さが4kgの棒があります.この棒の1mの重さは何kgですか」という出題に対し,
    • 正解となる式は「4÷8」です.
    • 「8÷4」だったら,次の2種類の解釈(式の読み)ができます.
      • 4mの重さが8kgの棒の,1mの重さ
      • (「8mの重さが4kgの棒」はそのままで)「この棒の1kgの長さは何mですか」の答え

*1:オリジナル原稿を,https://twitter.com/ichbinfumikun/status/1281546133521575937経由でhttps://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t83/61-63より読むことができます。

*2:[isbn:4316389106]

*3:関心を引く・引かないは,授業内に限りません。http://hdl.handle.net/2433/140889の文献の1.3節では,2桁の掛算(筆算)を対象として「非標準的な計算法」を取り上げています。

*4:「小中高含めて、学校の授業ではやり方を教え、それを使って解かせることが多いようだ」について,『日本の算数・数学教育に学べ』p.81の「前時の振り返り」の項目が関連しそうです。「振り返りは教師の手短な講義,教師が組織する発問・応答,または生徒による要点の暗唱によります」から始まります。「前時の」ですので,これまで学んだことを確認しておく作業ですが,本時は,「使って解かせる」こともあれば,新たな解法が必要な場合もあります。あとは,その授業の傍観者---ツイッターでの論評を含め---が,どちらを重視して観察しているかということになります。

*5:http://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2017/12/17/050921の内容が関連します。「6秒で8m進むと、15秒で何m進むか?」は,four-place relationなのに対し,「速さ=距離÷時間」や「はじき」は,three-place relationです。

*6:「定義」ではありません。累加や,アレイに基づく考え方など,さまざまな「意味付け」や指導が国内外でなされた結果,日本の算数では「1つ分の数×いくつ分=ぜんぶの数」に落ち着いたということです。どちらでもよいとしたとき他国の追随となりかねない点を,https://www.slideshare.net/takehikom/23-32-123835241/50で指摘しています。

*7:https://www.news-postseven.com/archives/20121219_160975.htmlには「順番」が2回出現しますが,解答のはじめの「かけ算の式を書く順番について」は,質問内容を受けたものと推測できます。その後は「順」は出現せず,かわりに「意味」が4回,使用されています。

*8:[isbn:9780873537155], https://www.nctm.org/Handlers/AttachmentHandler.ashx?attachmentID=b8y3Aq4tIwM%3D