かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

「かけ算の順序」検出プログラム

 丁寧に見てくださって,ありがとうございます。「今後は教員個々ではなく当該の指導要領解説や教科書を批判対象とさせていただきたく思います」のくだりには残念に思います。以下,批判者から学習者にスイッチ*1します。
 いまだ検討の段階で,うまく形にはできていませんが,いろいろな情報を読んだり,論文や学会発表を通じて研究成果に触れたりすることで,「かけ算の順序論争」を読み解く支援になるものを,統計的に得られるのではないかと考えています。その応用例として,ツイートまたは短文が与えられたとき,そこから「かけ算の順序」や算数教育・初等教育へのスタンスを知ることが可能と思っています。
 冒頭の記事にも,その元になった記事にも書かれている,「かけ算の式には好ましい順序があり、その通り指導しなければならない。逸脱する生徒は矯正しなければならない。」を例にとると,「しなければならない」「矯正」といった言葉が,算数教育に関するネガティブ評価と推測できます。この推測は,私個人の(オンラインの情報,国内外の学術文献,そして算数の学習指導案や授業事例を読んできた上での)感触にすぎませんが,リソースを投じて機械学習をさせておけば,各単語やその並びや組み合わせ(共起関係)により,メッセージがどのような立ち位置にあるかを,より客観的に知ることができそうだ,という見通しを持っています。
 上で「しなければならない」と「矯正」を取り出しましたが,「順序」の語はどうでしょうか。実際のところ,算数の論文や授業で「順序」を使う頻度が,多くないとはいえ,見かけます。かけ算の「順序」について(2017.12)でもいくつか例示しています。
 そこでリンクしているhttp://open_jicareport.jica.go.jp/pdf/11712882.pdf数学教育協力における文化的な側面の基礎的研究)について,本文中に「例えばタイでは自然な語順が日本語式であるにもかかわらず、教科書は英語式の順番に従っている。単にかけ算の順序が逆になっただけで小さなことのようであるが、初めての学習者にとってはかなりの認知的な負担が強いられるだろう。」とあるのですが,目次の直後の要約では「例えば3個のりんごが載った皿が4皿ある状況で、英語と日本語では、4×3と3×4という具合に掛け算の順が異なっている。」となっています*2。PDF内の機械検索で,「順序」では,ヒットしません。
 ところで「かけ算の順序」,またはそれに類する表記のことは,過去にQ&Aを作っています。以下の記事の最後の問いです。

 Ruby正規表現を「/((かけ算)|(掛け?算)|(乗法))(の(式の)?)?順[序番]/」と書いていて,これでは上記の「掛け算の順が異なっている」がマッチしないことになります。
 正規表現の最後に?をつけ,「/((かけ算)|(掛け?算)|(乗法))(の(式の)?)?順[序番]?/」とすればいいだけの話ですが,さまざまな文字列にマッチすること,しないことを確認するための,Rubyスクリプト(junjo-detector.rb)を作成しました。言ってみれば,「かけ算の順序」の検出プログラムです。
 ソースファイルはhttps://gist.github.com/takehiko/4b7e862e91a1e05a3ce7fe8843b9b163よりご覧ください。コマンドライン引数がない場合は,スクリプトの「__END__」よりあとの行を入力とします。引数がファイル名の場合(複数可),一つ一つを読み出します*3。引数がディレクトリ名の場合,ディレクトリ以下のファイルを開いて読み出します。検出すると,《 》で囲って出力します。引数なしの実行結果は,以下のとおりです。

$ ruby junjo-detector.rb
《かけ算の順序》  《かけ算の順番》  《かけ算の順》は?
《掛け算の順序》問題  《掛け算の順番》問題
掛算  《掛算順序》  《掛算の順序》  《掛算の順番》  《掛け算の順》が異なっている
《かけ算の式の順番》  《かけ算の式の順序》
《乗法の順序》  被乗数と乗数の順序  《乗法の順番》  乗法式順


 交換法則や,数量の見方(かけられる数とかける数を異なる集合の元に対応付けられること)について,算数を教えるのに必要な数学的素養・読み直し - わさっきhbのPDFの一つがデッドリンクだったので修正し,はてなブログへの移行で表示がおかしかった*4のを修正しました。

*1:http://kosstyle.blog16.fc2.com/blog-entry-1489.html

*2:この文には「このような小さい認知的な負荷も子どもにとって学習上の困難を招く原因となるので、最終的な値が同じだからと言って看過するわけにはいかない。」が続きます。タイの件と合わせて,「同じに(4×3も3×4も正解と)すればいいじゃないか」という方向に行かない点について,他文献との照合をしながらより深く検討してみたいところです。

*3:PDFやWebページ上での検索には---その検索に正規表現が対応していない限り---使えません。いったんテキストファイルに保存して,プログラムを走らせる必要があります。

*4:はてな記法で,一つの行にリンクとコメントの両方を書いているとき,コメントは表示されないのはいいとして,リンク処理がなされないように見えます。

1つぶんの数×いくつ分の順序で書かれている式のみを正解とする採点方針が稀?

 今年に入って,編集されていました。「2018年9月27日 (木) 13:02時点における版」と「2019年1月5日 (土) 16:21時点における最新版」との差分は,以下より見ることができます。

 書き換えられたのは,先頭から2番目の段落です。これまでの版では「1つぶんの数×いくつ分の順序で書かれている式のみを正解とする採点方針がしばしば見られ、式を不正解とし答えを正解とすることがある」となっていたのが,「1つぶんの数×いくつ分の順序で書かれている式のみを正解とする採点方針が稀に見られ、式を不正解とし答えを正解とすることがごく少数あったと伝聞される」に変わっています。「などの批判がある」だった箇所は,「などの批判が集中した。批判者で「不正解」したのを直接確認した人もほとんど存在しないと言われる」と,字数が増えています。
 この変更を取り消すべきかどうかは,ノートに委ねるとして,「1つぶんの数×いくつ分の順序で書かれている式のみを正解とする採点方針」を含み,それなりの解答者がある2つの調査が,wikipedia:かけ算の順序問題に入っていないのに気づきまして,ここで紹介することにします。
 一つは,東京都算数教育研究会の学力実態調査です。以下のページより,問題文と正解例,評価基準及び割合(どのような答え方にどれくらいの割合の解答があったか),解説の入ったPDFファイルがダウンロードできます。

 いくつかの年度は公表されていないほか,平成の奇数年度は「量と測定・図形」,偶数年度は「数と計算・数量関係」の領域を対象としていて,かけ算の文章題は偶数年度のほうで出題されています。
 平成22年度実施の第2学年大問3は「子どもが 3人 います。みかんを 1人に 4こずつ ふくろに 入れて くばります。くばる みかんの 数を もとめる しきを かきましょう。」という文章題で,式だけを答えさせます。「4×3」または「4×3=12」が正解で,「4+4+4=12」というのも正答扱いです。調査人員52,681人(都内の小学生の約半数が解答)のうち正答率は55%,それに対し「3×4=12」は誤答扱いで,このように解答したのは38%となっています。
 平成26年度では文章題のあと,「もんだいに 合う 図は どちらでしょう」として2つの絵から選ばせる問題が入り,そのあとに式です。図の選択と式の両方が正解(完答)は51%,図のみ正答が27%,式のみ正答が7%,その他の誤答・無答は15%です。
 もう一つ,公表されている事例として,財団法人総合初等教育研究所による計算力調査があります。平成25年(2013年)3月実施,調査報告書の発行は2015年です。

 ページ下部の「調査結果」より,PDFファイルがダウンロードできますが,ページ内の「(6)学習過程でのつまずきの実態を明らかにするために,各学年で完成する計算の過程がよくとらえられるような問題を選んで配列する。」「計算指導に特殊な環境にない,一般的な学校を抽出した。」も留意したいところです。
 報告書のPDFファイルを見ていきます。第2学年には「6つのはこに,ケーキが8こずつはいっています。ケーキはぜんぶで何こあるでしょう。」という出題があり,式の正答率は62.8%,答えは83.8%です。「しき 6×8=48,こたえ 48こ」と書いたら,式は不正解,答えは正解だったと推測できます。第3学年にも同じ問題が見られ,式の正答率は29.9%,答えは82.2%となっています。
 第3学年にはもう一つ,式の正答率が答えよりも低い,かけ算の文章題があります。「1mの重さが3kgの鉄のぼうがあります。この鉄のぼう12mの重さは何kgでしょう。」で,式の正解率は46.4%,答えは70.0%です。「12÷3」とすると式も答えも不正解,「12×3=36 36kg」だと式は不正解で答えは正解と考えられます。
 この報告書では,「今回」と「前回」の正答率を並べ,比較できるようにしています。「前回」というのは2005年実施で,上記サイトからはダウンロードできなくなっていますが,wikipedia:かけ算の順序問題の参考文献のうち,黒木玄「かけ算の順序強制問題」で,そこにないところだと,清水静海編著の『小学校算数 これでバッチリ! 計算指導』*1で,取り上げられています。


 最新と一つ前の差分を見直しますと,以前は「これに対して」だったのが,「この極めての事例に対して」に書き換えられています。「極めて」という副詞に「の」が続くのには,違和感があります。「極めて」に続く語句の一覧が,https://collocation.hyogen.info/word/%E6%A5%B5%E3%82%81%E3%81%A6で読めるので,「極めての」を探してみると,「極めてのろのろ」の1例だけでした。