かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

大学入学共通テストに,内包量どうしのかけ算

 1月17日に実施された大学入学テストの「数学I」と「数学I・数学A」に,100m走のストライドとピッチに関する出題がありました。
 独立行政法人 大学入試センターのサイトで正解を公表していますが,問題文を読むことはできません。2021年度大学入学共通テスト 問題・解答速報 - 毎日新聞によると,数学Iでは第3問の[2](ソからヘまで),数学I・数学Aでは第2問の[1](アからソまで)です。解答者の多かった数学I・数学Aのほうの,第2問のアの出題は,以下の通りです。

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 「ストライドをx,ピッチをzとおく。ピッチは1秒あたりの歩数,ストライドは1歩あたりの進む距離なので,1秒あたりの進む距離すなわち平均速度は,xとzを用いて《ア》(m/秒)と表される。」という文について,アの解答群には0から5までの6つの式があり,正解は2のxzです。
 多くの受験生は,一つ前のページの問題文を見てから,この問題を解くまでに,(6070分の解答時間のうち)1分もかからず,次のページに進んだと思われます。立ち止まって,考えてみました。
 ストライドとピッチをかければ,平均速度が出るというわけです。「1秒あたりの歩数」と「1歩あたりの進む距離」とをかければ,「1秒あたりの進む距離」になるというのです。単位(次元)に着目して,[歩/秒]×[m/歩]=[m/秒],と書いてみると,これは内包量どうしをかけて新たな内包量を得るという演算です*1。ただし,次元解析では定数の特定ができず,解答群には,[歩/秒]×[m/歩]=[m/秒]を満たす式として選択肢2のほかに5も該当しますので,単位(次元)を根拠とするのでは正解が示せません。
 「1秒あたりの歩数」と「1歩あたりの進む距離」をかければ(2で割ることなく),「1秒あたりの進む距離」になることを確認するには,秒数を入れた式を作るのが一つの方法です.「1秒あたりの歩数」と「秒数」をかけると,「歩数」が得られます.「1歩あたりの進む距離」と「歩数」をかけると,「距離」になります。
 言葉の式にすると,「距離=1歩あたりの進む距離×歩数=1歩あたりの進む距離×(1秒あたりの歩数×秒数)=(1歩あたりの進む距離×1秒あたりの歩数)×秒数」です。
 この両辺を秒数で割ると,「距離÷秒数=1歩あたりの進む距離×1秒あたりの歩数」で,左辺は「1秒あたりの進む距離」を意味しますので,「1秒あたりの進む距離=1歩あたりの進む距離×1秒あたりの歩数=ストライド×ピッチ=xz」というわけです。
 最後の「=xz」を除けば,小学校の算数で活用される「言葉の式」で説明できることを意味します。途中の「1歩あたりの進む距離×(1秒あたりの歩数×秒数)=(1歩あたりの進む距離×1秒あたりの歩数)×秒数」についても,小学3年で学習する乗法の結合法則に基づいており,3口のかけ算,かけ算の順序 - わさっきhbの《箱売り》と同形式と言えます。
 ということで,共通テストの一つのページだけを見て,正解を得ることができたわけですが,直前のページからも,xzで正解となるのが確認できます。
 アの出現しない,大問の最初のページは,背景と,解答上の注意の説明です。「ストライド(m/歩)=100(m)/100mを走るのにかかった歩数(歩)」,「ピッチ(歩/秒)=100mを走るのにかかった歩数(歩)/タイム(秒)」として,言葉と分数を使った式が記載されています。イラストの横の文章には「100mを走るのにかかる時間(以下,タイムと呼ぶ)」とあります。分数の式のうち「タイム(秒)」を「100mを走るのにかかった時間(秒)」に置き換えてから,ストライド(m/歩)×ピッチ(歩/秒)を形式的に処理すると,「100(m)/100mを走るのにかかった時間(秒)」となり,1秒あたりの進む距離となるのです。
 「例えば,タイムが10.81で,そのときの歩数が48.5であったとき,ストライドは(略)約2.06,ピッチは(略)4.49である。」という数値例から,ストライドとピッチの積を概算すると2×4.5=9で,タイムも11秒とすると,9×11=99は,100mとおおむね同じと言えます。「たしかめ」の手段がさまざまに提供されていたわけです(試験中に受験生がどのくらい「たしかめ」に使用したかは分かりませんが)。


 今回の共通テストでは,「鼻マスク」または「鼻出しマスク」という呼称とともに,マスクから鼻が出た状態の受験生が不正行為と認定された件が,大きな騒ぎとなりました。

 3番目の記事についてtakehikomのIDでコメントを付けたところ,これが最初のはてブとなりました。「書き方は「かけ算の順序」批判を連想させる」について思い浮かんだのは,2014年に出された『かけ算の順序強制問題』です。以下より入手方法と個人的な見解を読めるようにしています。

*1:「歩」は物理量ではない,「単位」ではなく「助数詞」で別扱いだ,というツッコミには,単位と助数詞を統合した概念としてreferentを用いるとよいでしょう。https://takehikom.hateblo.jp/entry/20130312/1363031965で紹介したうちの「I×I'=I''」の話です。