かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

小学校算数における速さの扱いについて

 著者の方と,ツイッターおよびメールでやり取りをしました。
 「算数の速さの単位は(1秒間に進む)「m」」に関しては,『算数・数学用語辞典』に記載があると教えてもらい,引いてみました。
 「時速」はp.89,「速さ」はpp.171-172,「秒速」はp.184で,いずれの見出し語の末尾にも,小学校の学習内容を示す「小」のマークがありました。「時速」は次のとおりでした(ふりがなを除去し,分数式に替えて「/」を使用)。

 時速 [speed per hour]小
 速さを表すために,その速さを維持しながら1時間進むとどれだけの距離になるか計算して,示したものです。したがって,時速というのは1時間に進む距離のことであって,速さではありません。速さは,
  距離/時間=速さ
で求められる,距離でも時間でもない新しい量です。
 時速30kmの速さは30km/hと表されます。hは,時間(hour)を表します。

 これと,「秒速」の項目を読んだときに,一定の長さを移動するのにかかる時間も,速さと見なすことがあることの記述がなく,小学校の学習を十分に踏まえていないという疑念を持ちましたが,これについては「速さ」の項目で言及されていました。
 「時速というのは1時間に進む距離」と「時速30kmの速さは30km/hと表されます」は,矛盾しているようにも見えます。先日の記事で「玉虫色に解釈」と引用した箇所と合わせて,少し検討してみました。
 教科書には書かれていませんが,算数教育の書籍を見ていくと,うかがい知ることができるのは,次の2つです。

  • 算数で扱う量には「足せる量」と「足せない量」があり,単位量当たりの大きさ(速さを含む)は「足せない量」になる。
  • 算数の教科書では,速さの表記に関して,「km/h」などのパー書きの単位は使用しない。

 後者について,教科書で採用されているのは,時速を学ぶ前は「1時間あたりに30km進む」であり,時速を学べば「時速30km」になる,というわけです。なお「30 km/h」と表記すれば「物理量=数値×単位」において30が数値,km/hが単位と読み取れますが,「時速30km」の表記で30が数値,「時速 km」が単位とする解釈は見当たりません。
 足せる量・足せない量の件ですが,「1時間あたりに30km進む」を用いて,単位時間(「1時間あたりに」)と距離(「30km」)とを分けて記述することにすれば,その距離において,大小比較や加減算が行えることになります。足せない量であるというのを,克服するための試みであるかのように見えます。
 単位時間あたりの加減算を含む出題は,アンチはじきで画像にした,速さの異なる2つの列車が同じ方向に走り出したというのがあります。ただしこの問題では,単位時間あたりの道のりのひき算を行ってから時間をかけるという方法だけでなく,2つの列車が指定の時間まで走ったときの道のりをそれぞれ求めてから差をとるという方法でも,正解に至ります。
 大小比較に関しては,同種の2つの量A,Bについて,A>Bというのは,正の量Cが存在してA=B+Cであることと等価です。この意味で,大小関係の判定においても,量のたし算を含みます。
 単位量当たりの大きさを求めて大小比較するというのは,全国学力テストでよく見かけます。平成25年度(2013年度)の小学校算数A大問4で「1㎡あたりの人数」「1人あたりの面積」を含む4択問題,令和3年度(2021年度)の算数では大問1(3)に,「1分間あたりに進む道のり」「1mあたりにかかる時間」を含む4択問題が,それぞれ出題されていました。
 ということで,「算数の速さの単位は(1秒間に進む)「m」」「時速というのは1時間に進む距離のことであって,速さではありません」は,十分な説明ができているように思えません。秒速3m(3 m/s)を例とするなら,これは「1秒間あたりに3m進む速さ」を表記したものであり,「1秒間あたりに」という限定を設けることで,「3m」という量として扱われます。


 ところで小学校算数の教科書にも,パー書きは載っています。先日の記事でも取り上げた教育出版『小学算数5』では,p.150の下段に「身のまわりの算数」と題して,「時速の単位をkm/hと表すことがあります。km/hのhは,時間(hour)を表しています。」という文章を載せ,右には野球の球速表示で「165km/h」を例示しています。
 囲みであり扱いは小さく,これ以降でパー書きを認めているようには見えません(先生の裁量で認めることはあるかもしれませんが)。