かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

春の,かけ算の本質

 先日購入した2冊の書籍には,かけ算の解説の中で「本質」が使われていました。

算数授業インクルーシブデザイン

算数授業インクルーシブデザイン

 子どもたちにとって,かけ算はとても魅力のある学習内容です。かけ算の学習前から「9×9は81だよ」と言っている子どもはよく見かけるでしょう。しかし,それは単なる暗記であり,同数累加の「○が△個分」というかけ算の本質と結びつけて理解しているとは言い難いでしょう。また何度練習してもかけ算九九を正しく復唱することができない子どもがいます。そして,かけ算九九を正しく復唱できているにもかかわらず,かけ算九九の場面を生活の中で見いだし,自らかけ算九九の問題をつくる問題づくりの活動が難しい子どももいます。かけ算九九の学習では,「○が△個分」という概念とかけ算九九を結びつけて理解していくことが大切です。
(pp.62-63)

 ところで、教科書の記述は、「整数×小数」の世界が存在することが前提となっています。例えばリボンの代金の文脈であれば、「1mの代金×買った長さ」という言葉の式をもとにして、形式不易の考えで乗数が小数でもかけ算が成り立つとしています。しかし、小数でもかけ算が成り立つことの本質は、リボンの代金がリボンの長さに比例するということです。例えば2.4mの代金であれば、2.4mが1mの2.4倍だから「1mの代金×2.4(倍)」という式となるわけです。このように子どもが比例と関連付けて「×小数」のかけ算を整理整頓することを大事にしなければいけません。
(p.123)

 学年や単元が異なります。『算数授業インクルーシブデザイン』は2年の「かけ算」,『整理整頓の算数の授業』は5年の「比例」と「小数のかけ算」です。
 関連情報を見ながら,深堀りしてみます。『算数授業インクルーシブデザイン』では,p.63に「(志水,2015)」という出典を挙げて,「「4個の2つ分」の概念を正しく言い換えることができた小学生は,たった18.1%」と記しています。http://hdl.handle.net/10424/6040より,PDFファイルを確認すると,表4の設問番号9と分かります。
 なのですが,この設問には,正解率を下げる要素が含まれています。3年生の語彙テストということもあり「4この2つぶん」と,すべてひらがなで提示されています。「個」は5年の学習なのでよいとして,「分」は2年で学習する漢字であり,算数の教科書のかけ算の単元でも,「1つ分の数」「いくつ分」を目にします。また「4こ」「2つ」がまぎらわしく,「1つ分の数」「いくつ分」のどちらの数量にもなり得ます。なお,「2cmの5ばい」で倍概念の語彙を問うものもあり,表4の設問番号10によると正答率は72.6%です。
 『算数授業インクルーシブデザイン』に話を戻すと*1,志水の調査(の正答率の低さ)をもとに,「○が△個分」を「かけ算の本質」とするのは得策でなかったように,読んで感じました。
 対案となるのは,「1つ分の数×いくつ分=ぜんぶの数」です。導入を含めかけ算の適用可能ないろいろな場面を通して,1つ分の数と,いくつ分が,何になるのかを認識(テストのような先生や他の児童とのやりとりができない状況でも適切に解答)できるようになり,その積について,数は同数累加やかけ算九九などを使って求められ,量に関しては「1つ分の数」の量と同種となること*2を,しっかり理解しましょう,となります。
 『整理整頓の算数の授業』に移りまして,引用した中でまず気になった用語は「形式不易」です。外の情報を2点,挙げておきます。

 コトバンクのほうでは,「交換法則とか結合法則とかを保つ形で拡張していく」とあります。形式不易の原理は,もともと演算の性質に関する話であったはずです。ただし算数用語集のページで例示されているとおり,与えられた場面(文章題)に対して80×2.3と式に表すことが期待される状況でも,活用され,『整理整頓の算数の授業』においても同様というわけです。
 もう一つ,気になるのは,比例と「×小数」との関連付けです。同書ではp.113の途中で以下の文を囲って,比例の定義を述べています。この定義に基づく比例の考え方を,「小数のかけ算」よりも先に学習し,そして活用するという立場をとっています。

 2つの変わる量□と○があって、□が2倍、3倍、……になると○も2倍、3倍、……になるとき、○は□に比例するといいます。

 この定義において,「□が2.4倍になると,○も2.4倍になる」ことは,含まれているのでしょうか。字面として,小数倍は含まれていません。小数倍も認める*3となると,ここでもまた形式不易の考えが内在しているように見えます。具体的には,「1mの代金×買った長さ」という言葉の式(のうちのかける数)と,「□がp倍になると○もp倍になる」という比例の考え方のどちらで,「整数で成り立つことは小数でも成り立つ」と言ってよいことを採用するのか,となります。
 実のところ,「○が△個分」を,かけ算の本質とすることや,比例関係が,小数でもかけ算が成り立つことの本質に位置付けることそのものに,反対したいわけではありません。ただいずれにおいても,本質として掲げた事項と,実際の授業や指導との間には,それぞれの本で直接述べられていない,留意すべきことがあるように思いまして,本記事にて書き出したのでした。
 最後に,それぞれの引用を書き出しながら思い浮かんだ,メインブログと当ブログの記事を1件ずつ,リンクしておきます。

*1:本記事で引用したうち,「また何度練習してもかけ算九九を正しく復唱することができない子どもがいます。」については,pp.64-65に詳しい説明があります。「継次処理が優位な認知スタイル」「同時処理が優位な認知スタイル」に言及して,対策を提案しているのは,他書に見られない特色となっています。

*2:かけられる数と積が異種の量になる事例は:https://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2018/09/06/194150 https://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2017/09/11/215947

*3:「○は□に比例するとき,□が\frac12\frac13,……になると○も\frac12\frac13,……になる」も学習しておく,というのはどうでしょうか。「\frac12\frac13,……」と書きましたが,小数のかけ算で活用するのは\frac1{10}\frac1{100},……です。しかしながら,80×2.4で表される場面に適用するには,80÷10×2.4(または80×0.1×24)や80×24÷10のように,演算を2回適用して,それによって「2.4倍」とする操作が必要となります。この操作を学習するのは,比例ではなく,小数のかけ算のところとせざるを得ないでしょう。