読んでいくと,p.59の脚注に「掛け算の順序問題」への言及がありました。
*4 算数で「掛け算の順序問題」と呼ばれるものがあり,例えば5個入りのチョコレートが2箱あるときに,チョコレートの数を5×2と計算するのが正しく,2×5と計算すると間違いにされるということが問題提起されました.
2点,算数でよく見かける書かれ方と,異なっています。一つは,2回出現する「計算する」です。かわりに算数で使われるのは「立式する」です。例えば,http://tosanken.main.jp/data/jittaityousa-kousatu/h30gakuryokujittaityousa/h30jittaityousa_merged.pdf#page=6では「問題場面に出てくる数字のまま3×4と立式した児童の人数を調べた」と記載されています。「計算する」のは,5×2と式を立ててから(またはこの式が与えられたときに),「=10」を書く作業のことを言います。
もう一つは,「5個入りのチョコレートが2箱あるとき」であれば,2×5と式に表す子どもはほぼいないと考えられることです。「問題提起」をした文献といえば,例えば,遠山啓「6×4,4×6論争にひそむ意味」(科学朝日1972年5月号)ですが,所収の遠山啓著作集数学教育論シリーズ5に書かれているのは「6人のこどもに,1人4こずつみかんをあたえたい.みかんはいくつあればよいでしょうか」です。
この脚注にたどり着くまでの本文にも,気になるところがあります。まずはp.55から書き出します。
(略)そこで分数計算について,復習をしておきましょう.a,b,c,dが自然数のとき,以下の分数の計算規則のうち正しいものを全て選んでください.
このうち足し算と引き算は,正しくなく,掛け算と割り算は,正しいと言えます。上記の脚注に至る本文(p.59)は,「皆さんの中には,小学校で習った計算規則と異なるので間違いだと答えた人もいるでしょう.大学の講義でこの問題を出すと,間違いだと答える大学生がかなりいます.小学校では上のように計算すると,答えが正しくてもバツにされるのかもしれません*4.」とあります.「小学校では上のように...」というのは,この文章より前,pp.58-59の繁分数式を使用した計算を指しています.
書籍を示すことはできませんが,簡単な場合,繁分数式にならずにで計算している授業事例を,筑波の算数の書籍または雑誌で見たことがあります.
もう一つ,本書で言葉足らずに見えたのは,p.55の「計算規則」,p.59の「小学校で習った計算規則」のところです.この「計算規則」は「法則」または「性質」と言い換えることもでき,定められた変域(ここではa,b,c,dが自然数*1)であれば常に成り立つことが,要請されています.「正しい」という言葉を使うなら,常にその式が成り立つとき,その計算規則は正しく,あるa,b,c,dの割り当て*2により等号が成立しないときには(そのようなa,b,c,dの組み合わせが一つでもあれば),その計算規則は正しくない,となります。
ここで,「正しくない」というとについて,常に正しくないのか,ある値の組み合わせでは等号が成立することもあるのかに,関心を持ちました.Rubyスクリプトを作成し(有理数を扱うRationalクラスを活用して),1から9までの整数の組み合わせで,計算してみました.組み合わせの数は,足し算のほうは9の4乗で6561通り,引き算ではb=dの場合を除外して5832通りです.
足し算では,等式を満たす組み合わせはなく,引き算については23個,見つかりました。
1/1 = 3/1 - 4/2 == (3-4) / (1-2) = 1/1 1/2 = 3/2 - 4/4 == (3-4) / (2-4) = 1/2 -1/1 = 3/3 - 4/2 == (3-4) / (3-2) = -1/1 1/3 = 3/3 - 4/6 == (3-4) / (3-6) = 1/3 1/4 = 3/4 - 4/8 == (3-4) / (4-8) = 1/4 -1/2 = 3/6 - 4/4 == (3-4) / (6-4) = -1/2 -1/3 = 3/9 - 4/6 == (3-4) / (9-6) = -1/3 2/1 = 5/1 - 9/3 == (5-9) / (1-3) = 2/1 1/1 = 5/2 - 9/6 == (5-9) / (2-6) = 1/1 2/3 = 5/3 - 9/9 == (5-9) / (3-9) = 2/3 -2/1 = 5/5 - 9/3 == (5-9) / (5-3) = -2/1 2/1 = 6/1 - 8/2 == (6-8) / (1-2) = 2/1 1/1 = 6/2 - 8/4 == (6-8) / (2-4) = 1/1 -2/1 = 6/3 - 8/2 == (6-8) / (3-2) = -2/1 2/3 = 6/3 - 8/6 == (6-8) / (3-6) = 2/3 1/2 = 6/4 - 8/8 == (6-8) / (4-8) = 1/2 -1/1 = 6/6 - 8/4 == (6-8) / (6-4) = -1/1 -2/3 = 6/9 - 8/6 == (6-8) / (9-6) = -2/3 1/1 = 8/2 - 9/3 == (8-9) / (2-3) = 1/1 -1/1 = 8/4 - 9/3 == (8-9) / (4-3) = -1/1 1/2 = 8/4 - 9/6 == (8-9) / (4-6) = 1/2 1/3 = 8/6 - 9/9 == (8-9) / (6-9) = 1/3 -1/2 = 8/8 - 9/6 == (8-9) / (8-6) = -1/2
足し算で組み合わせが出てこなかったことから,証明できそうだと考えて,を手書きで計算してみると,分母も分子も,文字と+と×で表すことができ,自然数であれば0にならないことが分かりました.
今回取り上げた文章を含む章(0で割るとなぜいけないの?)には,名数を含む加減乗除の式が見られます。まずp.53には「0個+5個=5個」と「5個-0個=5個」,p.54には「0個×2箱=0個」,p.55には「5個×0箱=0個」です。掛け算の順序問題に言及したけれども,算数で学ぶ「1つ分の数×いくつ分=ぜんぶの数」を採用しているのかなと思いながら,章を読み進めると,p.60には「8枚÷4人=□枚 → 4人×2枚=8枚」「0枚÷4人=□枚 → 4人×0枚=0枚」として,1つ分の数量のほうが乗算記号のあとにありました。「掛け算の順序はどちらでもよい」という立場と思ってよさそうです。
合わせてどうぞ:5÷マイナス3は? - わさっきhb
(同月追記)「で計算している授業事例」を見つけました。以下の本のpp.110-113です*3。
「分数÷分数ってできるのかな?」と題する授業(執筆者は岩本充弘)で,除数を逆数にしてかけるのは未習の状況です。という式で,□にを当てはめます(p.110)。の式の手書きの写真が,pp.112にあります。授業の最終板書(p.113)を見ると,,,,,の順に,肯定的に示し(で計算できることを確認し)ます.最後は===4÷3=です。
ただし,最終板書の右端には,「分数÷分数」で求められない事例も見られました。という式で,==まで書き,この繁分数式で,計算が終わっていました。