かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

1996年の三重数直線

 日本数学教育学会誌の論文がJ-STAGEより無償ダウンロードできるようになり,『数学教育学研究ハンドブック』(第3章 教材論 §2 演算の意味・手続き)の引用文献・参考文献に書かれている上記のことを思い出して,PDFファイルを取得して読みました。
 第3章 教材論 §2 演算の意味・手続きの執筆者も中村享史氏です。メインブログで2011年に書き出していました。

 読み比べると,「量×量」で中原(1961)を引用しているのは共通しています。しかしそちらが本論ではなく*1,中島の文献を踏まえ,「基準量×割合」と「拡張の考え」の立場を採っています。そして,割合の意味づけの問題点を整理し,3つの文章題と,現在では二重数直線または比例数直線と呼ばれる図式による授業の展開を,提案しています。
 3つの問題文は,次の通りです。

問題I
2mの重さが24gの針金があります.
この針金6mの重さは何gですか.

問題II
3mの重さが36gの針金があります.
この針金7.5mの重さは何gですか.

問題II
7mの重さが84gの針金があります.
この針金4.2mの重さは何gですか.

 いずれも,帰一法が見えます。例えば問題Iについては,「24÷2=12 12×6=96 答え96g」という求め方です。ただし帰一法という表記はこの文献に出現せず,また問題II・問題IIIでこの方法は「確かめ(る)」のに使用されています。本稿で期待される式は,問題Iは24×3=96,問題IIは36×2.5=90,問題IIIは84×0.6=50.4です。
 問題Iの(二重)数直線は一つだけです。問題IIでは,長さ(3mと7.5m)と「倍」の二重数直線,重さ(36と□)と「倍」の二重数直線のあと,それら2つの数直線を統合するものとして,以下の図を配置しています。

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 重さと「倍」と長さの3つに関する対応であり,三重数直線と呼びたいところです。
 当ブログで三重数直線は,以下の記事で自作し紹介しています。

 2つの二重数直線を結合して,1つの三重数直線にするのは,新奇な発想ではなく,少し複雑に見える対象を構造化するのに有用となるわけです。なお「はじき」「みはじ」についても,基本となる図式を複数,組み合わせて,問題解決に活用するというのを,https://books.google.co.jp/books?id=xvHESHH7m5IC&lpg=PP1&hl=ja&pg=PA78#v=onepage&q&f=falseで見ることができます(外延量・内包量・倍率のかけ算 - わさっきhb)。
 しかしながら1996年の文献で提案された三重数直線について,現在,教科書や授業の実践,また全国学力テストを含むテストなどで,まったく見かけません。
 実のところ,帰一法なら,二重数直線で求められるのです。問題IIについて,「36÷3=12 12×7.5=90」で求めるための,線と値の書き込み例は,次のようになります。

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 二重数直線は,比例関係が存在する状況で,整数・小数・分数の乗除の演算を決定するのに有用であり,どの出版社の算数教科書でも5年で使用され,より低い学年で使用しているところもあります。
 三重数直線は,繁分数式に似た感触があります。各部分では,何を表しているかが分かりますし,既習の手続きで計算*2することができます。しかし繁分数式全体,三重数直線全体としては,一見して複雑であり,それらを小学生がかいて答えを求めるよう指導することに,価値があるようには思えません。

*1:記載に関する違いとして,「量×量」や「積(product)」の意味づけによる問題点は,『数学教育学研究ハンドブック』には1段落を設けて書かれていましたが,今回読んだ文献には書かれていませんでした。

*2:繁分数式では,分母と分子に同じ数または文字式をかけるのが,有用な手段となります。