かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

二重数直線と3用法

9つの問題の解き方,3つずつ似た形状になっている?

 そうです。背景にあるのは「3用法」と「乗法構造」です。
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 「3用法」(「三用法」と書かれることもあります)は,いろいろな形の式で表されます。

  • 小数の乗法・除法(『小学校学習指導要領(平成29年告示)解説算数編』pp.239-240)
    • p=A÷B,長さ=代金÷1mの値段
    • A=B×p,代金=1mの値段×長さ
    • B=A÷p,1mの値段=代金÷長さ
  • 割合
    • 割合=比べられる量÷もとにする量
    • 比べられる量=もとにする量×割合
    • もとにする量=比べられる量÷割合
  • 速さ
    • 速さ=道のり÷時間
    • 道のり=速さ×時間
    • 時間=道のり÷速さ
  • 比(『算数・数学用語辞典』pp.179-180)
    • 比の値=前項÷後項
    • 前項=後項×比の値
    • 後項=前項÷比の値

 では上記すべてを,公式として覚え(または覚えるよう指導して),問題で活用すればよいのかというと,少し注意したいことがあります。わり算で立式すべき場面において,どちらがわられる数で,どちらがわる数なのかが,そもそもわり算でよいのかが,問題文から,すぐに分からない可能性があるのです。
 取り違えが起こりやすい「言葉の式」を使用することなく,図と,比例の考え方(proportional reasoning)を活用すれば,「a×b」または「a÷b」で立式される算数の問題を解くことができるのが,二重数直線の強みと言えます。
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 「3用法」のそれぞれの式は,「第1用法」「第2用法」「第3用法」と表記されることもあります。上の箇条書きでは,「速さ」を除き,3つの式を,第1用法から第3用法の順に並べました。
 「速さ」だけ,第3用法,第2用法,第1用法の順です。ただし「度の3用法」*1を認めることにすると,第1用法(速さの定義に基づく式),第2用法,第3用法の順になると言えます*2。また,「第3用法が最も難しい」と言われることがあるのは,

  • 「割合=比べられる量÷もとにする量」で表される数量の関係において,「もとにする量=比べられる量÷割合」の式で求めるべき状況で間違えやすい
  • 「速さ=道のり÷時間」で表される数量の関係において,「時間=道のり÷速さ」の式で求めるべき状況で間違えやすい

として,共通化することができます。
 「度の3用法」を採用しないことにすると,①-1は第2用法(乗法),②-1は第1用法(包含除),③-1は第3用法(等分除)となります。
 「3用法」または「1つのかけ算と2つのわり算の関係」は,国内に限ったものではなく,例えば,[Greer 1992]の表に書かれた10種類の場面(Class)のうち上の7つも該当します。より詳しくは,[Vergnaud 1983][Vergnaud 1988]の表と矢印を用いた解説を読むとよいでしょう(『算数・数学科重要用語300の基礎知識』p.187でエッセンスが紹介されています)。Vergnaudの2つの文献は,いずれも"Multiplicative Structures"(乗法構造)という章題で,共通する表(シェマ)はありますが,中身はかなり異なっています。


  • [Greer 1992] Greer, B.: Multiplication and Division as Models of Situations. In Grouws D.A. (Ed.), Handbook of Research on Mathematics Teaching and Learning, National Council of Teachers of Mathematics, pp.276-295 (1992). [isbn:1593115989]
  • [Vergnaud 1983] Vergnaud, G.: Multiplicative Structures, In Lesh, R. and Landau, M. (Eds.), Acquisition of mathematics concepts and processes, Academic Press, pp.127-174 (1983). [isbn:012444220X]
  • [Vergnaud 1988] Vergnaud, G.: Multiplicative Structures, In Hiebert, J. and Behr, M. (Eds.), Number Concepts and Operations in the Middle Grades, National Council of Teachers of Mathematics, pp.141-161 (1988). [isbn:0873532651]

*1:[asin:B000JA2798] pp.101-102では「内包量の」第1用法から第3用法まで,また[isbn:4838400756] pp.114-116では「1あたり量の」第1用法から第3用法までが,それぞれ述べられています。

*2:「度の3用法」でない(また面積などの量の積とも異なる),乗法・除法の3用法は,「率の3用法」と呼ばれます。ところで小数の乗法・除法において,「1mの長さが80円」を単価(1あたり量)と解釈すると,これも度の3用法と見なすこともできますが,算数の教科書や,小学校学習指導要領解説算数編は,その立場をとっていません。単価は1あたり量(「速さ=道のり÷時間」と同じように定義されるもの)ではなく,2年で学習する「1つ分の数」に基づいており,「1つ分の数×いくつ分=ぜんぶの数」の拡張として,5年の学びに活用されています。