編著者は4名,それと別に執筆者は6名による本です。はじめに(p.001)で経緯が書かれており,企画は2015年から始まっていました。ページ中ほどには「あれから7年の月日が経過した。田端先生は2016年1月に,中村先生も2016年9月に逝去された。」ともあります。
目次をざっと見て,最後の「乗法・除法の意味と分数の意味からのアプローチ」に関心を持ち読んでいくと,その最初のページ(p.164)から二重数直線が載っており,p.167には真ん中が点線の三重数直線までありました*1。数直線の「5つの教育的役割」を目にして,これはあの人ではないのかと思い,巻末を見ると,「中村享史(元山梨大学)」*2が,執筆者一覧10名のあとに空行を置いて,記載されていました。
先頭から読み直しました。「論説」の中で,2つのかけ算と1つのわり算が,ワンセットで扱われていました(p.026)。
6.3.3 比例の感覚
(略)
割合はどのようなときに同じになるのかに関わって,乗法の式(a×x=y),(x×a=y)や除法の式(y÷x=a)で表される事象に関して,変わるもの(x,y)の中に変わらないもの(a)を見いだしたり,(a)が変わらないような(x,y)を見いだしたりする活動を系統的に行い,比例に関する理解や感覚を伸ばすことが大切である。
「2つのかけ算と1つのわり算」の3つ組は,算数においてあまり見かけません。代わりに思い浮かぶのは,「1つのかけ算と2つのわり算」です*3。三用法のことで,第一用法は包含除,第二用法は乗法,第三用法は等分除です。
現在では「割合の三用法」*4と呼ばれますが,もともとは「比の三用法」です。『算数・数学用語辞典』pp.179-180の記述をもとにすると,「前項:後項」で表記される比において,「前項÷後項=比の値」が第一用法,「後項×比の値=前項」が第二用法(「比の値×後項=前項」とはしない),「前項÷比の値=後項」が第三用法です。
「(a×x=y),(x×a=y)」「(y÷x=a)」を含む引用に,話を戻すと,「変わるもの(x,y)」は変数,「変わらないもの(a)」は定数として,文章が作られています。a,x,yを使用するに至る具体例が,pp.025-026に記載されていました。
6.3.2 決まれば決まる
2年生からかけ算を学習する。例えば,「お団子が1本に3個ずつささっていて,それが何本かある状況」を絵で示した上で,お団子の個数を求める問題が設定されていたとする。
1本にささっているお団子の個数が一定であるとき,本数が決まれば,お団子の総数が決まる。お団子を直接数えなくても,串の本数を見ることで,お団子の個数が分かることを強調したい。
かけ算を用いる別の場面に,正方形の周りの長さを求める場面がある。そこでも,正方形の周りの長さは,一辺の長ささえ測れば周りの長さを測らなくても求められることに気付かせたい。
aを定数,x,yを変数としたとき,お団子の例は(a×x=y),正方形の周りの長さの例は(x×a=y)と表すことができる。いずれの乗法が用いられる場面でも,xが決まれば,yが決まることを大切にしたい。
2年生の学習,ですので「1つ分の数×いくつ分=ぜんぶの数」という言葉の式との対応は,次のようになります。
- お団子の事例のように,「1つ分の数」が固定で,「いくつ分」と「ぜんぶの数」が伴って変わるとき,aを1つ分の数,xをいくつ分,yをぜんぶの数とおいて,a×x=yと表します。
- 正方形の周りの長さのように,「いくつ分」が固定で,「1つ分の数」と「ぜんぶの数」が伴って変わるとき,aをいくつ分,xを1つ分の数,yをぜんぶの数とおいて,x×a=yと表します。
今回紹介した2ページでは,これらは概念的に異なるというわけです。
本書を離れまして,2年生のかけ算の学習に基づくと,「1つ分の数」と「いくつ分」の意味が異なり,a×x=yとx×a=yが区別され,等式の変形*5によって,両方の式からy÷x=aを得ます。
逆にy÷x=aという関係式から,話を始めると,a×x=yとx×a=yが得られます。言ってみれば「1つのわり算と2つのかけ算」です。y÷x=aのときに,x÷y=aとするわけにいかない---aの逆数をa'と表記するならx÷y=a'---というのにも,注意を払わないといけません。
本書に戻って,上記と別の事項で気になった点を挙げておきます。「論説」の中で,p.021の下部に「Vergnaud (1994)は,」から段落が始まり,ケーキと代金の関係を表した図を載せています。Vergnaud (1994)が収録された[isbn:0791417646]の本は手元にあり,照合するとp.52のFig. 2.2(Scalar ratios and functional rates)と,数値や「×4」「×2」は同一でした(「ケーキ」は「cakes」,「代金」は「costs」でした)。この図に対応する説明を読んだ限りでは,これを根拠として,「論説」を締めくくる中で「「割合」は比例する二量の比例定数であり,その本性はFunctional ratesである。」(p.028)と主張するのには,無理があるように思えました。代案を書いておくと「5年で学習する「異種の二つの量の割合」の「割合」は,6年で学習する「比例定数」であり,Veagnaud (1994)で示されたように「Functional rates」に基づき視覚化できる。」です---そうすると,割合は4~5年で学習するとしても,その真の理解は6年になるのかという疑問も生じてきます*6.
*1:https://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2021/06/17/062930
*2:https://takehikom.hateblo.jp/entry/20161122/1479743916
*3:メインブログの記事の中で,「1つのかけ算と2つのわり算」が多く出現するのは,https://takehikom.hateblo.jp/entry/20150120/1421704239です。
*4:https://www.shinko-keirin.co.jp/keirinkan/sansu/WebHelp/05/page5_23.html
*5:小学校では2行の対応表の同じ列どうしの値をわった結果が同じになること(帰納的な考え方)により,aの具体的な値が得られます。
*6:この疑問に対して,自分なりに答えを書いておくと,「『異種の二つの量の割合』における『割合』とは,『比例定数』のことである」を,6年の比例の単元で学習するのがよいのですが,比例定数を知らなくても,4年や5年で(異種または同種の)割合の問題に対して答えを出すことができます。次に,Vergnaudは,乗法の本質(構造)に関してしばしば引用されていますが,その図式や考え方は,算数の教科書そして授業で,活用されているようには見えません。