かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

「10をつくる」ことの価値

 Chapter 1の「価値を成長させていく子ども」という小見出しから始まる文章(pp.39-45,執筆者は大野桂)に,違和感を持ちました。
 1年「繰り上がりのある足し算」の授業です。問題文と,4人の児童の反応*1を,まずは取り出します。

太郎くんが9個、花子さんが4個どんぐりを拾いました。
全部でいくつ拾ったでしょう。

A児「□□□□□□□□□■■■■
 ブロックをおいてみて、1、2、3、……と全部を数えたら13個だった」

B児「9に4を足し合わせればいいから、10、11、12、13と数えて13個」

C児「花子さんの4個のうち1個を太郎くんあげると、花子さんは3個、太郎くんは10個になるから、10+3=13で13個」

D児「もし太郎くんが10個拾っているとしたら、10+4=14で14個拾ったことになる。
 でも本当は9個だから、14個から1個減らして14-1=13で13個」

 C児・D児の発言に,10を超える数の(ただし繰り上がり・繰り下がりの発生しない)たし算・ひき算の式が含まれますが,いずれの式も,「13個」になる根拠として必須ではなく,C児は「ぜんぶで13個」,D児は「14個から1個減らして13個」のほうが,すっきりしているように見えます.あるいは式を使うとして,「花子さんは3個、太郎くんは10個になるから」のあとに来る式は「10+3」ではなく「3+10」ではないか,というのも野暮なツッコミです---問題文は,太郎くんの数が先,花子さんの数が後に出現しています.
 違和感というのは,C児の発言の直後の,執筆者の解釈のところです。長くなりますが書き出します(pp.42-43)。

 この解決方法は、A児、B児にとって、「10をつくる」という発想はなかったわけであるから、自らを成長させる素晴らしい価値のある方法といえる。
 しかし、もしも教師が、その価値を受け入れさせるために「いいこといったね! みんなCさんがすごいことを言ったから、もう一度よく聞いてみよう!」と、全面的に誉めるという評価をし、価値を全員に伝えたとしよう。ここでの、教師の誉めるという行為は、本時のまとめを教師の代わりに子どもに言わせただけの、いわゆる「教え込み」と何も変わらない。「数える」という方法を用いたA児とB児にとっては、C児の発表を聞いたとき、その価値を見出そうとするどころか、「計算の仕組みも分からなければ、何のためにやっているのかの意味も想像できない」と感じている方が普通だろう。それなのに、教師から「この方法はいい」と価値をきめてしまったのである。これでは子どもたちには自ら価値を得ることはない。
 「10をつくる」ことの価値は、A児やB児が自ら解釈し、その価値を自らで見出さなければ、自らの中にある価値を成長することにはつながらない。だから、めあてを達成するような素晴らしい発言が子どもからなされた時こそ、教師は一歩引いて構え、「C君の言っていたことがいい話に聞こえた?」とか、「A君、B君がしたように数えればいいなのに、なんでわざわざ花子さんは太郎くんに1個あげることにしたんだろうね?」などと、「10をつくること」の価値を子どもに問いかけるようにし、子ども自身で「価値づけ」ができるように促すことが大切である。

 一読して,そして何度も読み直して,「C君の言っていたことがいい話に聞こえた?」「A君、B君がしたように数えればいいなのに、なんでわざわざ花子さんは太郎くんに1個あげることにしたんだろうね?」という教師の問いかけから,必ずしも,「「10をつくる」ことの価値」が導けないことに,違和感を持ったのでした。
 「「10をつくる」ことの価値」に気づくことのできない子どもがどれくらいいるのか,また発言したA児・B児が直後のC児の発言を聞いて,自分の発表内容と比較できるのかどうか,などについて,文章から読み取れないし,書籍から離れても,みんなが気づけるとは限らないように,思わずにいられません。
 「いい話に聞こえた?」「なんでわざわざ」などから,A児・B児・C児を含むクラスの児童(のいくらか)が,C児の発表は手間がかかるだけでよい考え方ではないと,判断してしまう可能性を除外できません。
 教師の問いかけ方によって,価値づけを促すことに失敗する可能性があるのは,「いい話に聞こえた?」「なんでわざわざ」を含む問いかけも同様ということです。
 小学生を対象に授業を担当するわけでない自分が,この袋小路から脱出を図るとするなら,1回の授業で,「多様な価値」*2と「「10をつくる」ことの価値」の両方を扱っているのが,失敗する可能性の原因に見えます。9個と4個の合併の場面で,まずは「多様な価値」を認め,次の授業で,前時を思い出せながら「「10をつくる」こと」に焦点を当てるのが,代替案となります。

*1:A児とB児の発言は連続していますが,それ以外はばらばらです。

*2:問題文の直前の小見出しが「(1) 多様な価値が存在する意義」となっています(p.40)。