かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

かけ算の構造その1:かけられる数とかける数に着目すると

例えば「さらが 5まい あります。1さらに りんごが 3こずつ のって います。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。」に対して「5×3=15」としたら,「5個ずつ3皿」や「5枚×3で15枚になる」といった読み取り方を,挙げることができるのです。

順序の強制か,意味の理解か

 図にしてみました。

 ただし表にすることは,主眼ではありません.二重数直線や,「1:3=5:15」といった比(比例式)に置き換えても,同じように表現することができます。それから,問題文に「1」があるから,表に1を書いた,というわけでもありません。「3人に5個ずつ」や「6人のグループがちょうど5つできました」といった,「1」が明示されていない場面でも,「1人に5個」「1つのグループは6人」と書くことができ,1が内在しているのです。
 この図を通して見ることのできる「かけ算の構造」は,次のとおりです。かけられる数と,かけ算の答えは,同じ種類の数量(ここではりんごの個数)です。かける数について,(正解となる式の)「5」は,「さらが 5まい」の意味を離れ,「皿の数が1枚から5枚になること」を意味し,「5つ分(5倍,×5)」になる,というわけです。
 単位を添えて書くと,明確になります。正解の「3×5=15と書いたら…」については,「3こ×5=15こ」です。「5×3=15と書いたら…(その1)」は「5こ×3=15こ」,「5×3=15と書いたら…(その2)」は「5まい×3=15まい」と表すことができまして,いずれも,左上の画像(問題として書かれた場面)に合っていないというわけです。
 「さらが 5まい」が,「5つ分(5倍,×5)」になるのは,この文脈では,皿の枚数とりんごの個数が比例関係にあるためです。皿の数が2倍,3倍,…になれば,それに応じて,りんごの数も2倍,3倍,…になる,という関係です。比例関係や倍概念を学習していない段階であっても,図にすることで,「5枚の皿に3個ずつ」と「3枚の皿に5個ずつ」が描き分けられますし,「かける数が1ふえると,かけ算の答えはかけられる数だけふえます」というのは,2年のかけ算の単元を通じて学習します。
 ここまでについて,本記事公開後に読み書きしたものを取り入れながら,関連情報を挙げることにします。「さらが 5まい あります」から始まる画像と不正解への批判は,2010年11月にまとめられたかけ算の5×3と3×5って違うの? - Togetterより見ることができます。「5×3=15と書いたら…(その1)」と「5×3=15と書いたら…(その2)」は,かけ算の順序論争について(日本語版) - わさっきhbのB-3とB-4にそれぞれ対応します。また(その2)については,かけ算の意味理解のために,プログラミングを導入したという授業にも出現します(リンゴの上におさらが9個~2019年の「積は皿の枚数になってしまう」事例)。かける数が,与えられた場面では「5まい」のように単位を伴う(純粋な数ではなく,具体的な量を表す)のに,かけ算にすると「5倍」に読み替えられることについては,Vergnaudが1983年と1988年,異なる編著の書籍に「Multiplicative Structures」という章題(日本語に訳せば「かけ算の構造」です)で書いた,構造の一つ*1のほか,中島健三『算数・数学教育と数学的な考え方』に出現する「かけ算の本質(構造)」*2が密接に関係し,(日本の)算数では5年の,かける数が小数になる際の「乗法の意味の拡張」を学習する段階で,より意識することとなります。表にすることで違いを把握するという,2年生を対象とした授業事例については,『数学教育学の礎と創造―藤井斉亮先生ご退職記念論文集―』という本に載っており,8×3を,表から見つけるで紹介しています。

2005年の検定外の算数教科書のかけ算の順序

 2005年の,小学校の先生向けの本にも,「2つの数を出現の反対の順にしてかける文章題(出現順だと正解ではない)」「アレイ(2つの数を入れ換えた式も正解)」などが,特に断りなく取り入れられていました。書かれていなくても当たり前の事項だったと推定できます。


検定外・学力をつける算数教科書〈第1巻〉第1学年編

検定外・学力をつける算数教科書〈第1巻〉第1学年編

検定外・学力をつける算数教科書〈第2巻〉第2学年編

検定外・学力をつける算数教科書〈第2巻〉第2学年編

 テープ図を批判するより前にで紹介した「プリントによる全体・部分集合の学習」が書かれているのは,第1学年編のほうです。
 どちらの本にも,目次の前に,監修者・横地清氏による編集の趣旨が2部構成で書かれています。当時の検定教科書や学習指導要領の欠陥を指摘する中で,p.4に太字で書かれた「今日の子どもは早くから地球時代,宇宙時代,さらにはIT時代の世界に生きていると言ってよい。」が,いろいろな意味で時代を感じさせます。この本から離れますが,「宇宙時代」で連想するのは,オーリという商品であり,テレコンワールドというテレビ番組です。1990年代中ごろ,深夜によく目にしました。*1
 さて,手元にあるのは第1学年編と第2学年編のみですが,p.6と,ジャケットの見返し部分の記載を合わせると,作成グループと学年との対応付けは以下のようになります。そして横地氏は,すべての監修に携わったという位置づけです。

  • 「大阪研究グループ」は第4学年編・第5学年編
  • 「山形研究グループ」は第1学年編・第3学年編
  • 「山梨研究グループ」は第2学年編・第6学年編

 かけ算より前に,第1学年編のp.143から始まる「集合と論理」をざっと見ておきます。はじめに教師向けの解説文に3ページを割いています。そしてp.143の下部には,「「新算数4年1」大日本図書,1961,38-39より」として,教科書の見開きが載っています。その見開きから読み取れる,集合の記載例は「{② ③ ⑤ ⑥ ⑦}……(ア)」「{① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦}…(イ)」「{① ④}……(ウ)」です。それらの集合表記より上(同じページ)では,箱囲みで,①から⑦までを左から右に並べ,それぞれに縦書きで人物名を書いています。要素をカンマで区切っていませんが,集合の外延的記法と同等と見なせる書き方です。
 それに対し,p.146から始まる子ども向けの絵および文章では,「かこんだ ぜんぶのしゅうごうのなかで,左のえのように,おとこのこは 4にん います。おとこのこのあつまりを,「おとこのこのしゅうごう」と呼びます。」となっています。それぞれの男の子の区別は重要視されていませんし,あとの出題(例えばp.148の3問はいずれも「~のしゅうごうはなんにんですか。」です)からも,多重集合を扱っているのが確認できます。
 ではかけ算に移ります。第2学年編のp.72からです。
 かけ算の言葉の式として,p.73では「同じ数」×「回数」と書いてあります。また子ども向けにはp.81の最下段に「おなじ数×いくつぶん=ぜんぶの数」となっており,かけられる数と積は同じ種類の数になるのが含まれています。Greerの分類表のうち,Equal groupsは「同じ数ずつ」,Equal measuresは「同じ量ずつ」と訳すのがよさそうに思えてきました*2
 「かけられる数」「かける数」の用語はp.77で,初出は太字になっています。そのすぐ下には,6×4=4×6の式と,「かけざんでは,かけられる数とかける数を入れ換えても,こたえは同じです」すなわち交換法則のことが,書かれています。さらに「2×8=14+2=16」などの式があり,これは小学校算数の学習指導要領に書かれている「乗数が1ずつ増えるときの積の増え方」に対応するものです。かけ算を段ごとに学習するより前のところで,これらが一括して取り扱われているのは,現在の教科書に見かけない独自性と言っていいかもしれません。
 かけ算の順序を問う問題*3も,ありました。少しページを進めて,p.88の「かんがえよう」の大問2です。「子どもが7人います。1人におりがみを5まいずつくばると,ぜんぶでなんまいいるでしょうか。」という問題文の下に,「(しき)」と「こたえ」の欄があります。p.105の解答を見ると「5×7=35 35まい」となっていて,式にする際には5が先,7があとです。
 ほかにp.113の「ゆりこさんは,8人の人からお年玉をもらいました。どのふくろにも,3000円ずつ入っていました。ぜんぶで,お年玉はいくらだったでしょうか。」と,p.119の「③ チョコレートを2はこかいました。1はこの中にチョコがたて4こで,よこに6れつならんでいます。(1) 2はこではチョコはぜんぶんでなんこでしょうか。」(式は「4×6×2=24×2=48 48こ」)も該当します。
 タイルの2次元配置を見ることもでき,p.100のまとめの大問1②は,3行6列の並びで,解答には3×6=18と6×3=18を挙げています。なお大問1①は,4行4列の並びで,式は4×4=16のみです。
 「あきらくんの家では,ほしがきをたくさんつくっています。1つのならに4こずつつるしてあります。そのなわがぜんぶで200本あります。かきは,ぜんぶでなんこあるでしょう。」(p.116)の式には「4こ×200本=」で,等号の右は空欄です。すぐ下に,バラ数による計算のあと「こたえ 800こ」としています。「かける数とかけられる数をいれかえて,計算してみました。」という文と,200×4=800のバラ数表記の式が,続きます。交換法則は,計算の性質である(ほしがきの文章題において「200×4」または「200本×4こ」という式を立てることは,想定されていない)のを示唆しています。
 バラ数は別として,以下のことは,現在の算数教科書との共通点となっています。

  • かけられる数とかける数は明確に区別されている。
  • 「式に表す」「式を読む」活動において,かけられる数と積は同じ種類の数量である。
  • アレイ(2次元配置)では,2つの数を入れ換えた式も認められる。
  • 立式した上で,計算(たしかめ)において交換法則の適用がなされている。
  • 2つの数を出現の反対の順にしてかける(式に表す)文章題が入っている。

 これに関してp.6の「各研究グループには実践と研究の豊かな,肝入りの小学校の現場の校長,指導主事,先生方がたくさんそろっている。」が興味深いところです。最初に読んだときは,内容の保証をするいわば宣伝文句ととらえたのですが,書籍の中で明示されていない上記の5項目は,そのころの先生方にとっては書かれていなくても当たり前の事項だったと,考えられるのです。

*1:そのほか「IT」に関して,総務省が「IT政策大綱」を「ICT政策大綱」に改めたのは2004年ですが,「検定外・学力をつける算数教科書」のシリーズを執筆している段階で,この変革に対応していないと言うのは酷というものでしょう。なお,情報通信関連の最近のトピックといえば,IoT(モノのインターネット)です。https://hnavi.co.jp/knowledge/blog/ict/に,IT・ICT・IoTの違いがわかりやすく記されています。

*2:本記事で取り上げている第2学年編において,子ども向けの記載に「ずつ」がたびたび出現しますが,必須ではなく,「1はこ8こいりのおかし4はこぶんでなんこ。」「1本9cmのリボン7本ぶんでなんcm。」(いずれもp.86),「6人のグループがちょうど5つできました。」(p.101)のように,「ずつ」なしの出題も載っています。いずれも式で表すと,かけられる数の単位は,求めたい量の単位と一致します。

*3:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20131229/1388265996

被乗数・乗数と因数の間に,係数を

 チョコバナナクレープ1個の値段をa円としたとき,200個を売ったのなら,売り上げを表す式はa×200となります。小学算数6年の「文字を用いた式」と関連します。
 それに対し,中学1年では例えば200a円と書くことになります.他の表記,そして「チョコバナナクレープ」については,「1個a円の品物の3個の代金」を表す文字式は,(a×3)円か,a×3(円)かをご覧ください。
 「a×200」や,そのもととなる言葉の式の「単価×個数」において,乗算記号「×」の左に書かれるのは,かけられる数(被乗数,multiplicand)です。右に書かれる,かける数(乗数,multiplier)がそこに作用し,売上額の算出に使われるというわけです。
 それに対し「200a」と書いたら,それは「200×a」と解釈できるのは事実ですが,その際,200を被乗数,aを乗数と,認識しているわけではありません。
 代わりに適切な言葉があります。因数(factor)です。200とaは,200aの因数となります。文字式だけでなく,整数を積の形で表記するときにも,この語は使用され,式の計算|因数とは何か|中学数学|定期テスト対策サイトの例によると,36=1×36と表したのであれば,1と36が(36の)因数であり,36=2×3×6だと,2と3と6が(36の)因数となります。因数は,中学3年で学習する語*1です。
 被乗数と乗数の区別や,「作用」といった考え方は,日本に限ったことではなく,例えばGreer (1992)にも記載されています*2。その文献の分類表*3には,被乗数と乗数を区別する(asymmetricな)タイプを7種類,区別しないタイプを3種類,記載しています。「被乗数×乗数」「因数×因数」と,書き分けることもできます。
 「200とaは,200aの因数」というのは,いわば200とaとを対等に見る立場ですが,aという文字(あるいは変数)に着目するとなると,左に書かれる200は,因数と異なる名称で呼ばれます。係数(coefficient)です。中学1年で学習する語です。
 200aにおいて,aの係数は200です。x^2+2x-35という,xの2次式を考えるなら,x^2の係数は(x^2=1×x^2に注意して)1です。xの係数は,2です。最後の「-35」は,定数項ですが,x^2+2x-35a_2x^2+a_1x-a_0に対応づけると,このa_0=-35も,係数と見なすことができます.そのような扱いは,wikipedia:係数で読むことができるほか,現行および次期の『中学校学習指導要領解説数学編』にも,二次方程式の解の公式を解説する中で,「ax^2+bx+c=0の解が三つの項の係数a,b,cで定まる」と記されています。
 「200aと表したとき,aの係数は200である」という文は,「aを200倍すると,200aである」と理解することもできます。累加で表すこともできて,a+a+…+a=a×200=200aです*4。ここで「a×200」は,累加に基づくかけ算の式表現であるとともに,単価a円の商品を200個を売ったときの売り上げを表す式にもなっています。
 別の文字式を考えてみます。チョコバナナクレープ1個の値段を150円としたとき,b個を売ったのなら,売り上げを表す式は,小学6年では150×bが,中学1年では150b円が,それぞれ期待されます。
 150bにおいて,bの係数は150です。そしてb+b+…+b=b×150=150bと表せますし,「bを150倍すると,150bである」とも言えます。このように,bを被乗数,150を乗数に,対応づけることができます*5。「単価×個数」という言葉の式による割り当てだと,150が被乗数,bが乗数と解釈されますが,bを被乗数としても乗数としてもよい,あるいはb×150にも150×bにもなるというのは,文字式を対象とした乗法の交換法則を,我々は当然のものとして使用しているからと言えます。
 かけ算を累加でとらえるのは,係数が(正の)整数の場合に限られます。そうでない場合,例えば\frac{1}{3}xや-7yにおいて,\frac{1}{3}と-7は,それぞれxとyの係数となります。そしてxやyという文字に着目すると,「xを\frac{1}{3}倍すれば\frac{1}{3}x」「yを-7倍すると-7y」ですので,係数が乗数の役割を果たす*6ことが,正の整数でない状況からも,確認できます。

*1:平成20年告示の中学校学習指導要領の数学はhttps://erid.nier.go.jp/files/COFS/h19j/chap2-3.htm,平成29年告示についてはhttps://erid.nier.go.jp/files/COFS/h29j/chap2-3.htm

*2:https://takehikom.hateblo.jp/entry/20151121/1448031600

*3:https://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2019/09/10/211914, https://books.google.co.jp/books?id=N_wnDwAAQBAJ&lpg=PR1&hl=ja&pg=PA280#v=onepage&q&f=false

*4:200+200+…+200=200×a=200aと解釈することも,aが正の整数であれば,差し支えありません。

*5:数学の文字式に限ったものではなく,日常の数量表現に目を向けると,「15人」「3メートル」についても同様に,「15人は1人の15倍」「3メートルは1メートルの3倍」と考えることができます。「15人は15の人数倍」「3メートルは3のメートル倍」とは言いません。

*6:1個の実数値(スカラー量)という制約を外すと,wikipedia:アフィン変換に見られる行列とベクトルの積の形や、https://triple-underscore.github.io/SVG11/coords.htmlの「3x3 の 変換行列」を用いた座標系変換と関連付けることができます。その場合,スカラー量の議論での文字はベクトルに,係数は変換行列に,それぞれ対応します。

「1個a円の品物の3個の代金」を表す文字式は,(a×3)円か,a×3(円)か

 経緯についてはいずれかのツイートをクリックし,前後のやりとりもご覧ください。「かけ算の順序」よりも,受け取った(前者の)ツイートを見て気になったのは,「(a×3)円」「(3×a)円」のように,式全体にカッコを付けて書くことへの違和感です。
 回答した(後者の)ツイートに,平成29年度の全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の問題へのリンクを入れました。実際にはそのツイートをするより前に,文字式に単位を添えて書くまた別の事例を,同じ年度の中学数学の出題より,把握していました。

 数学A 大問6 (2)です。5つの選択肢に,式全体にはカッコを付けず,単位にカッコを付けるという表記が見られます。問題文の一部と選択肢を書き出します。

 n角形は,1つの頂点からひいた対角線によっていくつの三角形に分けられますか。下のアからオまでの中から正しいものを選びなさい。
 ア n+1(個)
 イ n(個)
 ウ nー1(個)
 エ nー2(個)
 オ nー3(個)

 さて2番目のツイートに入れた,同年度の数学B 大問2を詳しく見ていきます。図を一切使わずに,その大問で何をしているのかを文章にすると,次のようになります:6本のストローで,六角形を1個つくります。横並びで,ただし隣り合う六角形で共有する辺のところは1本のストローとして,n個の六角形をつくります。そのときに必要なストローの本数を,nを使った(2通りの)式で表す,という問題です。なお,六角形ではなく四角形(正方形)であれば,現行および次期の『中学校学習指導要領解説数学編』に(そしておそらく教科書にも)載っています。図形を変えても同様に,式で表したり,式を読み取ったりできるかを問う,というわけです。
 ツイートに入れたリンク先は,この大問の(2)です。以下の通り,説明が箱で囲まれています。

 ストローを図1のように囲むと,1つの囲みにストローが6本ある。その囲みがn個あるので,この囲みで数えたストローの本数は6n本になる。このとき,2回数えているストローが□本あるので,必要なストローの本数は6n本より□本少ない。
 したがって,六角形をn個つくるのに必要なストローの本数を表す式は,6n-(□)になる。

 そのすぐ下に,「上の説明の□には,同じ式が当てはまります。□に当てはまる式を,nを用いて表しなさい。」とあって,ここでは「n-1」が期待されます。3箇所の□に当てはめると,「n-1本」「n-1本」「本数を表す式は,6n-(n-1)になる」となります。はじめの2つは,式全体にも単位にもカッコを付けていません。また最後は,文字式のみで単位がありませんが,単位に関しては直前の「本数を表す式は」が担っていると,考えることができます。
 興味深いことに,その次,(3)の正答例の中に,最初のツイートと同様に,式全体にカッコを付け,単位はカッコなしという記載が出てきます。解答例は以下の通りです。

1つの囲みにストローが5本ある。その囲みが(n-1)個あるので,この囲みで数えたストローの本数は5(n-1)本になる。このとき,囲まれていないストローが6本あるので,必要なストローの本数は5(n-1)本より6本多い。

 なのですが,「六角形をn個つくるのに必要なストローの本数を表す式が6+5(n-1)になる理由について,下の説明を完成させなさい。」という出題ですので,全体の式が解答者に見える状態になっています。解答(正答例の作成)にあたっては,このうちの(「n-1」ではなく)「(n-1)」を取り出して,「その囲みが(n-1)個あるので」と書いた,と考えることもできます。解答例に2度出現する,「5(n-1)本」においては,単位を除く式「5(n-1)」全体にカッコを付けていない点にも,注意しないといけません。
 ここまでの書式を,最初のツイートに適用してみます。「1個a円の品物の3個の代金」を表す文字式として,以下の書き方が想定できます。

  • 式全体にも単位にもカッコを付けない:a×3円,3a円
  • 式全体にカッコを付け,単位には付けない:(a×3)円
  • 式全体にはカッコを付けず,単位には付ける:a×3(円),3a(円)
  • 前に「~を表す式は」を置き,式全体にはカッコを付けず,単位を書かない:代金を表す式はa×3,代金を表す式は3a

 中学数学の教科書や,教師用指導書は,手元にありませんが,代わりに書店で参考書を購入して,読み比べることにしました。以下の5冊です。

中1数学 新装版 (中学ニューコース参考書)

中1数学 新装版 (中学ニューコース参考書)

チャート式基礎からの中学1年数学―新学習指導要領準拠

チャート式基礎からの中学1年数学―新学習指導要領準拠

中1数学 (まんが攻略BON!)

中1数学 (まんが攻略BON!)

中学総合的研究 数学 三訂版

中学総合的研究 数学 三訂版

完全攻略 中学1年 数学

完全攻略 中学1年 数学

 「文字を使った式」を重点的に見ました。『中1数学 新装版』はp.55で,「a×2(円)」「500-a×2(円)」「x÷3(cm)」「m×8(g)」「m×8+n(g)」といった表記を見つけることができます。同じページの右の欄外に,「単位のつけ方」についても書かれています。書き出します。

(くわしく)単位のつけ方
 かっこを使った単位のつけ方には,次の2通りがある。
①式はそのままで,単位をかっこで囲む。
 ⇒500-a×2(円)
②式全体をかっこで囲んで,単位をつける。
 ⇒(500-a×2)円
 本書では主に①の表記をする。

 『チャート式 基礎からの中学1年数学』の最初の出現は,p.48で,「b×\frac{2}{10}\frac{b}{5}(人)」です。次のページには,「(a×8)円」「(b÷4)円」「(500×x+100×y)円」などがあります。また「参考 次のページで学ぶ×,÷を省略する表し方では」としたあとには,順に「8a円」「\frac{b}{4}m」「(50x+100y)円」という表記も見られます。大部分が,式全体にカッコを付け,単位には付けないというスタイルですが,p.52の「x×3個」など,そうでない書き方も見られます。
 まんがの『中1数学』での初出は,p.30の最下段,「100-x(cm)」です。次のページには「a×200(円)」のほか,「(チョコバナナクレープの値段)×200よりも,a×200としたほうが,式が簡単だね!」と,単位を書かない式もあります。下段には,上の『中1数学 新装版』の注意書きと同様に2種類の式を挙げ,この本では式全体にはカッコを付けず,単位には付けるスタイルを用いることも書かれています。
 『中学総合的研究 数学』において,文字と式での最初の出現は,p.75で,「(30+6x)本」です。次のページには「(36000-1100×n)個」や「(36000+2900)x個」とあり,さらにp.78には「単位があるときは(a×4)cmのように( )」をつける。」という注意書きも見られます。
 ただしその注意書きに合わないものも見られます。一つはp.77の「36000a^5個」で,他にはp.82の「複雑な数量を文字で表す」というページに書かれた「a×\frac{b}{60}\frac{ab}{60}(km)」などが該当します。
 『完全攻略 中学1年 数学』の「文字を使った式」は,p.28から始まります。先に×や÷の記号を使わない表し方を述べており,その後に「数量を表す式」の例題があります。答えとして書かれているのは「20a円」「\frac{x}{3}時間」「0.9y円」と,式全体にも単位にもカッコを付けていません。またそれらの式を含むp.29には,たし算・ひき算を含む,数量を表す式が見当たりません。それはp.31の標準問題の中にあり,「長さa mの針金から,長さb mの針金を10本切り取ったとき,残りの針金の長さ」を文字式で表す問いに対し,解答は「a-10b(m)」として,式全体にはカッコを付けず,単位には付けるスタイルが採用されていました。
 以上より,参考書の読み比べの結果としては,「(a×3)円」のように式全体にカッコを付け,単位には付けないのと,「a×3(円)」のように式全体にはカッコを付けず,単位には付けるのを,十分な数,得ることができました。「n本」や「3a円」「\frac{x}{3}時間」(または「\frac{1}{3}x時間」)のように,単項式*1と単位を書く場合には,式全体にも単位にもカッコを付けないスタイルが採用されています。
 また等号を含む場合,おおむね次のとおりであることも分かりました。計算の過程を,等号で表した場合,最終的に得られた式の後ろにのみ,カッコを付けて単位を添えますそれに対し,相等関係(方程式を含む)として表した場合には,単位を付けません
 これらが確認できるのは,『中1数学 新装版』のp.107です。「50円切手と80円切手を合わせて23枚買ったところ,代金の合計が1390円でした」とし,50円切手を「x枚」買うとすると,80円切手は「23-x(枚)」買うことになります。右の欄外で,50円切手の代金は「50×x=50x(円)」,80円切手の代金は「80×(23-x)=80(23-x)(円)」で,いずれも等価な書き換えを行っています。本欄に戻って,方程式としては「50x+80(23-x)=1390」であり,単位なしというわけです。
 文字式と「かけ算の順序」との関わりについて,2件,見つけたので簡単に記しておきます。まずは『中1数学 新装版』のp.55で,「1冊a円のノートを2冊買って,500円出したときのおつり」に関して,「ノートの代金=1冊の値段×冊数」をもとに,ノートの代金の文字式を「a×2(円)」と表しています。右欄外に「2×a(円)とすると?」というのも書かれており,「代金を求める式は,(1冊の値段)×(冊数)なので,2×a(円)では,1冊2円のノートをa冊買ったときの代金を表す式になる。」と続いています*2
 もう一つはまんがの『中1数学』です。先にも紹介した(チョコバナナクレープを200個売ったときの売り上げの表す式の)「(チョコバナナクレープの値段)×200よりも,a×200としたほうが,式が簡単だね!」について,次のページではこれを「200a」と表します。さらにp.34では,「チョコバナナクレープの値段が150円のとき,aに150をあてはめるから,200×150=30000(円)」というセリフとともに,代入の説明をしています。この「200×150=30000」は,200aと表した文字式を用いたものですが,「チョコバナナクレープ1個のねだん×個数」を根拠とするなら,「150×200=30000」として計算することになります。この場合には,かけられる数・かける数を交換した2つの式がOKというわけですが,背後にあるのはa×200=200a=200×aという等式です。


 等号を含む場合の「計算の過程」と「相等関係」には,関連する情報が2つあります.

  • 現行および次期の『中学校学習指導要領解説数学編』には,等式を例示したあと,「ここでは,等号を計算の過程を表す記号としてではなく相等関係を表す記号として用いる。」*3と記しています。
  • 等号(不等号も)のない式は「センテンス型」,相等関係などの式は「フレーズ型」と呼ばれます。https://ci.nii.ac.jp/naid/110006447269よりオープンアクセスで読める論文の注記には,フレーズ型の量を表す式として「331+0.6t(m/秒)」が例示される一方,センテンス型では「a+b=b+a」「3χ+1=8」「V=I×R」のように,単位の表記がありません。計算の過程の式は,センテンス型の式を,等号を入れて並べたものと見なすことができます.

(最終更新:2019-03-13 晩)

*1:この語は中学1年では学習しませんが。

*2:明記されていませんが,学校や塾において,ノートの代金は「冊数×1冊の値段」と,誰かが言ったら,先生または他の生徒から,あれそうだっけとツッコミが入るようにも思います。

*3:http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2011/01/05/1234912_005.pdf#page=7http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2018/05/07/1387018_4_2.pdf#page=75https://twitter.com/takehikom/status/1105678480727896071

テープ図を批判するより前に

 ブラウザで,上記のURLにアクセスすると,URLが変わります。そのページの「tosu48(55) (519.38KB)」のリンクより,論文を無料でダウンロードできます。
 それにしても,「テープ図をかくことは立式のための有効な手段にはなっていない」(p.63)という主張には,かなりの難点を抱えています。まず,授業例においても解答例としても,テープ図の実例が出現しません。そして「テープ図をかくことは立式のための有効な手段にはなっていない」の根拠となる,「テープ図をかいた解答にはテープ図としての関係性をうまく描けず誤答になっているものも多く見られた」や「実験,統制クラスともに立式を正解していてテープ図による説明方法を誤答している児童はおらず,立式が誤答で説明方法が正答,あるいはどちらも誤答であった」が,まとめの節にのみ出現するのは,適切な結果分析であるようには思えません。
 「全体集合と部分集合を学習した後の思考過程の様相を分析することを目的とする」(p.55の要約およびp.58)についての結果は「集合の包含関係の学習をした実験クラス(A組)としなかった統制クラス(B組)ではt検定の結果有意差はなかった。」(p.61)で,逆思考を含む加法・減法の演算決定において,全体集合と部分集合を学習することの有効性が実証されなかったと読めます。なお,実験クラスは20名でこの種の調査においてはやや少なめに感じるとともに,統制クラスの人数や,1年・2年での児童の変動などについての記載が見当たらず,記述において信頼性が確保されていません。
 「プリントによる全体・部分集合の学習」に関して,p.59に,使用した書籍の抜粋がありますが,取り扱っているのは集合(set)ではなく多重集合(multisetまたはbag)です。「~でない」「しかも」「または」という言い方やその意味に加えて,条件を満たすものがいくつあるのかを問うわけで,純粋な集合の学習でないということになります。
 海外で逆思考文章題がどのように扱われ,またテープ図を含む問題解決方略がどのようになっているかの検討もあっていいものですが,参考文献を見る限りすべて日本語で,「カザフスタンの教科書を参考にして」というのも,本文によると,「その教科書では日本では6学年で扱う内容である文字式が1学年から文字が導入され」(p.57)などであり,逆思考やテープ図に関するものではありません。
 それからテープ図で表現するという手段についての見直しも,あるべきではないかと感じました。全国学力テストや,東京都算数教育研究会の学力実態調査といった,何万人もの人が解答するテストにおいては,場面(文章題)に合った「図をかく」出題というのは見かけません。代わりに,場面に合った「図を選ぶ」問題を見かけます*1。今回の文献と対象人数は大きく異なりますが,外在的評価なのは共通しており,個々の正解/不正解よりは,正解率や解答類型を含む,解答者群の定量的な状況が重視され,その上で特徴的な解答(とくに誤答)を明示することで,意味のある調査結果となるように見えます。1人でデザインし分析するには,荷が重すぎたのかとも読みながら思いました。


 今回の文献を知るきっかけとなったのは,次の2つです。とくに後者において,文献を批判的に読む形跡が見当たらず,テープ図利用が有効でない状況証拠として援用しているのは,残念に思います。

 「金田」の名前を見かけますが,文章題との関連では,2002年に書かれたものを興味深く読みました。関連するメインブログの記事にリンクしておきます。

 テープ図の使用(成功・失敗)例として,メインブログを読み直すと,次のものがありました。
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 子どもの視点で - わさっきの後半にリンクした論文をもとに,http://www.juen.ac.jp/math/journal/files/vol16/hiroi.pdf#page=6より読むことができます。この論文には他の種類の図示も見られます。
(同日,タイトルを「テープ図以前」から変更しました。)

*1:国学力テストでは平成26年算数A大問2など。都算研ではテープ図ではなくアレイ(かけ算)を用いて,平成24年度実施の第2学年に出題されていますhttp://f.hatena.ne.jp/takehikom/20131026055848

4×100m,-60kgに+100kg

 「小学校では『1つ分の数×いくつ分』でかけ算の式を習うけど,オリンピック種目の『4×100m』は,順番が違うんじゃないか」という疑問について,答えとなる説明を試みます。
 もっとも分かりやすそうなのは,4×100mと書いても,かけ算の答えを求めるものではないというものです。「1つ分の数×いくつ分」は(日本の小学校の)算数で,式を立てるときに使うものだ,と言うこともできます。そうしたとき「4×100m」は,日本でも世界でも通じる,4人が100mずつ走るリレー競技*1を表したもの,となります。
 また別の説明は,海外では「4×100m」と書かれるけれども,これまでに学んだかけ算の意味に基づき,式で表すときには「100×4」と書けばよい,というものです。算数では基本的に,式に単位を付けませんが,日常生活では「100m×4」と表すことがよくあり,「100m×4」のYahoo!検索(リアルタイム)を通じて使用例を見ることもできます。
 他の説明のしかたとして,当ブログで以前に活用していたのは,Vergnaudによる「関数関係」です。「4×100m」の「4」を,かけられる数とみなします(ただし「1つ分の数」ではありません。実のところ,「1つ分の数×いくつ分」とは異なるタイプのかけ算を使用しています)。そこに「100m」をかけることにより,「4」という,チームの人数から,「400m」という,チームで走るトータルの長さに変換します。このとらえ方は,「来店人数×100ポイント」や「400gカット×6.9円=2,760円」といった,学校の外で見かけるかけ算の式にも,適用することができます。
 算数教育に関連する出版物を見るなら,2010年と2011年に別々に書かれた本の中で,「4×100m」が取り上げられています。さらに,昨年,文部科学省サイトでPDFファイルがダウンロード可能となり,今年,書籍化された,『小学校学習指導要領解説(平成29年告示)算数編』*2にも,記載されています。

 関数関係という名称ではありませんが,それと同様のかけ算の考え方が,『解説』の第4学年で取り上げられています。平成27年度からの6社の算数教科書に,すでに記載があります*3

 新しい方向性を模索します。4×100mのような,演算記号を使った表記が,スポーツの分野でどのように使われているか,そして算数・数学と違うものはあるか,という問いを立ててみます。

(2021年8月追記)以下は2018年の情報に基づいています.各リンク先にアクセスするとURLが変わり,階級・種目の表記は,下記と異なっています.

 思いつくのは,柔道の体重別です.

 「JUDO」のあと,左に「MEN'S EVENTS(男子)」,右に「WOMEN'S EVENTS(女子)」が並べられています。男子の階級は以下のとおりです。なお,ブラウザで表示される英字はすべて大文字ですが,コピーして貼り付けると基本的には小文字になります。手作業で*4,大文字に変換しました。

  • - 60 KG MEN*5
  • + 100KG (HEAVYWEIGHT) MEN
  • 60 - 66KG (HALF-LIGHTWEIGHT) MEN
  • 66 - 73KG (LIGHTWEIGHT) MEN
  • 73 - 81KG (HALF-MIDDLEWEIGHT) MEN
  • 81 - 90KG (MIDDLEWEIGHT) MEN
  • 90 - 100KG (HALF-HEAVYWEIGHT) MEN

 ここに出現する,プラスとマイナスの記号は,いずれも算数・数学で用いられるものと意味が異なります。「-60kg」と書かれていても,体重計か何かでマイナス60kgを測ろうというわけにいきませんし,競技者の体重を60kg,減らそうということでもありません。「- 60 KG MEN」を日本語に訳すなら「60kg以下」であり,「男子・60キロ級」のほうが通じやすそうです。
 「+ 100KG (HEAVYWEIGHT) MEN」も同様で,このプラスは,正の符号の意味とは考えられません。ただし「- 60 KG」と対をなしていて,プラスは「以上」と解釈できます。しかし「男子・100キロ以上級」というのはなじみではなく,むしろ「男子・100キロ超級」でしょう。
 最重量と最軽量の間の階級は,「60 - 66KG (HALF-LIGHTWEIGHT) MEN」のように,体重の下限と上限を記し,マイナス記号を間に置いています。これについて60-66=-6と,ひき算をするわけにもいきません。ここのマイナス記号は範囲の指定を表しており*6,日常生活で見かける代わりの記号は「~」です。
 柔道とは別の体重別競技として,レスリングが思い浮かびます。以下のページで見ることができ,「- 55KG」「55 - 60KG」の表記は柔道と同様です。ただし「+ キログラム」(「○キロ超級」)はありません。

 「4×100m」と同様のリレー競技は,陸上のほか水泳で見られます。

 よく見ると,かけ算の記号は「×」ではなく「X」です。コピーして貼り付けると,小文字の「x」になります。この表記がオリンピック公式であるとは考えにくく,ウェブで提供し,URLや本文をコピー・貼り付けする際の便宜として,「x」が採用されていると推測します。
 水泳に関しては,1人で4種類を泳ぐ「個人メドレー(INDIVIDUAL MEDLEY)」では,かけ算の表記をとっておらず,4人による「メドレーリレー(MEDLEY RELAY)」や「(自由形の)リレー(FREESTYLE RELAY)」についてのみ,「4X100M」「4X200M」と書かれています。


 そのうち種目名や階級などが変わるかもしれませんので,柔道・レスリング(フリースタイル)・陸上・水泳の順に,記事作成時点のスクリーンショットを残しておきます。
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*1:「リレー」と書くことで,チームの4人が100mを同時に走るわけでないのも,明確になります。

*2:[isbn:9784536590105]

*3:ただし場面を表すかけ算の式として,5社が「段数×4」,残り1社が「4×段数」の形をとっています。

*4:EmacsのM-c(upcase-word)を使用しました。

*5:原文ママ。他の項目と合わせるなら,「- 60 KG (EXTRA-LIGHTWEIGHT) MEN」と書かれるべきところです。

*6:「- 60 KG」について「0 - 60 KG」の省略形と見なすことも可能ですが,「+ 100 KG」について「100 - KG」や「100 - ∞ KG」と表すのは不自然です。

順序の強制か,意味の理解か

 ツイッターを中心に見かける,いわゆる「かけ算の順序論争」を,国内外の学術文献や授業事例(批判も)に注意しながら,簡潔に表すなら,「掛算順序強制vs乗法意味理解」となります。
 「掛算」で連想するのは,ハッシュタグ「#掛算」です。それに対し「乗法」の語が,小学校学習指導要領の算数では使用されています。小学校での学習(導入)は第2学年ですが,第4学年の「乗数や除数が整数である場合の小数の乗法及び除法の計算の仕方を考え,それらの計算ができること。」は,連続量×分離量と書くこともでき,さらに上の学年の,小数どうし,分数どうしの乗除算の基礎となります。
 「順序強制」と「意味理解」に関しては,それぞれの特徴がよく現れた文献を一つずつ,挙げることにします。

  • [黒木2014] 黒木玄: かけ算の順序強制問題, 季刊理科の探検, 2014 秋号(10月号), 文理, pp.112-115 (2014). [asin:B00MBUXKYA]
  • [布川2010] 布川和彦: かけ算の導入—数の多面的な見方、定義、英語との相違—, 日本数学教育学会誌, No.92, Vol.11, pp.50-51 (2010). https://doi.org/10.32296/jjsme.92.11_50

 なお,[黒木2014]が収録された「季刊理科の探検 2014秋号」は,Kindleでも読むことができます。[布川2010]は,リンク先より(アクセスするとURLが変わります),誰でも無料でダウンロードできます。
 それぞれの文献において,注目すべき記載内容を,メインブログ・本ブログで以前に取りまとめた記事より転載します。

 現代の算数教育の世界には次のようなドグマ(教義)があるようだ。

  • 文章や絵で示された具体的場面を式だけで忠実に表現できるし、しなければいけない。逆に式だけから具体的場面を一意的に読み取れる。
  • 「2×8」のような式だけを見て、子どもの理解度を測ることができる。

([黒木2014, p.114],転載元

 2年生の導入時では,被乗数と乗数を明確に区別して扱っているが,これもかけ算の意味の理解を確かにするためと考えられる.図1のみかん全部の個数を4×6=24と表すときに,被乗数4が一つ分の大きさ,乗数6が幾つ分を表していることを大切に扱う必要がある.ただしこの意味は世界共通でなく,例えば英語ではこれを6×4=24とするので,被乗数,乗数の意味は逆になる.なお昭和44年の「小学校指導書算数編」では,基準にする大きさのいくつ分かにあたる大きさを「表わす」ことに触れているが,表現という側面からは被乗数と乗数の意味が特に重要となる.またかけ算の学習は,例えば2の段では被乗数が2の場合に乗数を1から9まで系統的に変化させ(図2),8×2などはここで扱わないが,これもかけ算の意味を大切にしていることの一つの現れであろう.
([布川2010, p.50],転載元

 個人的には[布川2010]の記載内容や,現在の小学校学習指導要領・同解説の算数の記載,そして小学校の授業を通じてなされている活動に賛同します。把握する限り,[黒木2014]の上記引用を支持する国内外の学術文献は見出せず,控えめに言って,当該著者の独自見解です。これを読むより前に,メインブログで取りまとめたQ&Aで「歯切れがよくて威勢がいいものだから,閉塞感のある時代においてはブームになる危険性を持ち,それに迎合する人々が現れるのが恐いところです.加えて,主張はそれなりに明快なのですが,それを実現させるための具体的・現実的な論考が全く無いのも特徴です.」*1と書いたのですが,[黒木2014]の内容全体に当てはまるものとなっています。
 ここで,批判者から学習者にスイッチ*2します。[布川2010]の「かけ算の意味」や,「2の段では被乗数が2の場合に乗数を1から9まで系統的に変化させ」に,関係しそうな英語の論文を最近,入手して読みました。

 タイトルを日本語に訳すと「かけ算に関する教科書の分析―日本,シンガポール,タイの事例」といったところでしょうか。著者はともにタイの研究者です。TIMSS(国際数学・理科教育調査)で日本とシンガポールは非常に良い成績をあげており,その理由を,タイを入れた3か国の教科書に求めようという内容です。
 全体をざっと読んでから,REFERENCES(参考文献)を注意深く見ました。この論文では,日本の算数の教科書として,学校図書の2005年(平成17年)発行のものを参照しており,「Tosho, G. (2005). Mathematics for elementary school for first grade. Tokyo: Gakkoh Tosho Co., Ltd.」が入っています(まるで「学校」がファーストネーム,「図書」がファミリーネームのようです)。「Isoda, M. (2010).」の文献は小学校学習指導要領解説算数編の日英対訳です.「Fujii, T. (2001).」のURLはデッドリンクとなっていました。
 本文で,対象とした日本の教科書の特徴がもっともよく現れているのは,p.260右カラムの一つの段落です。訳してみました。

In the Japanese second grade textbooks, the sequences of topics in multiplication are: learning unit 1; the meaning of multiplication, multiplication sentence, unit 2: the multiplication tables of 2, 5, 3, 4, unit 3: multiplication tables of 6, 7, 8, 9, 1, and unit 4: multiplication table, multiplication game. In summary, the learning units of multiplication are organized as the meaning of multiplication, multiplicands, multipliers, and multiplication table. The laws of calculation (commutative, associative, and distributive), algorithm and the rules of multiplication are introduced in the elementary mathematics textbooks.
(日本の2年の教科書では,かけ算のトピックの順番は次のようになっている。単元1は,かけ算の意味およびかけ算の式,単元2は,2の段,5の段,3の段,4の段のかけ算,単元3は,6の段,7の段,8の段,9の段,1の段のかけ算,そして単元4は,九九の表やかけ算あそびである。要約すると,かけ算学習の単元は,「かけ算の意味」「かけられる数」「かける数」「九九の表」として系統化されている。かけ算に関する計算の法則(交換法則,結合法則,分配法則)や,アルゴリズムおよびルールも,小学校の算数の教科書で紹介されている.)

 「かけ算の意味(the meaning of multiplication)」「かけられる数(被乗数,multiplicand)」「かける数(乗数,multiplier)」は,[布川2010]と[Boonlerts 2013]とで共通して出現する,教科書の特徴と言っていいでしょう。なお,[布川2010]では参考文献に,学校図書の教科書を挙げているほか,平成27年度用の学校図書の算数教科書の著作者に,「布川 和彦」の名前を見つけることができます。
 ただし2つの文献間で,引用・被引用は見られません。同一の情報源について,異なる立場からその特徴が書かれており,おおむね一致しているものと判断できます。
 [Boonlerts 2013]は,また別の情報源と照合することもできます。本文で「Greer (1992)」と書き,引用している文献です。かけ算の学習におけるtypes of multiplication(乗法が用いられる場合)として,日本の教科書は「equal group(同等のグループ)」「rectangular array(2次元アレイ)*3」「multiplicative comparison(乗法的な比較)」の3つが使用されているのに対し,シンガポールは「同等のグループ」「2次元アレイ」の2つ,そしてタイは「同等のグループ」のみだというのです。
 同等のグループは,小学校学習指導要領解説算数編に書かれた「乗法は,一つ分の大きさが決まっているときに,その幾つ分かに当たる大きさを求める場合に用いられる。」と結びつけることができます。アレイについてはアレイ図 (2015.12) - わさっきで整理しています。乗法的な比較は,倍概念のことと思われます。
 本記事は,「順序の強制」と「意味の理解」のどちらが,算数教育・初等教育の実態を表しているかについて,答えを与えるものではありません。しかしながら,関連情報の充実度合いや,教材研究・授業研究への支援という観点では,後者というほかありません。


(翌日追記)[黒木2014]より引用した中の「式だけから具体的場面を一意的に読み取れる」について,反例となるような授業案があるのを,思い出しました。
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 この図は『板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 小学校算数2年〈下〉』のpp.46-47によるもので*4,『新版 小学校算数 板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 2年下』のpp.44-45にも同様の図があります。上下の横線が真ん中付近で切れているのは,そこがページの切れ目でして,さらに右には式が並んでおり,一つの板書例という見せ方になっています。
 かけ算の順序論争について(日本語版) - わさっきの記述を書き直す形で,画像の見方を説明します。「自動車が5台あります。タイヤの数はいくつでしょうか」という問題から始まります。「1台にタイヤは4本」を,クラス内で共有*5したのち,正解となる式は「4×5=20」です。
 ここでもし,「5×4」だったら,5つのタイヤがついて「五輪車が4台」となる図や,家に車が入った「5台ずつが4つ」という図が現れます(板書は容易ではなく,先生が紙に書くなどして用意しておく必要があるでしょう)。いずれも,問題に合っていません。
 これらは異なる具体的場面であるとともに,他のかけ算の文章題にも適用できます。例えば「さらが 5まい あります。1さらに りんごが 3こずつ のって います。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。」に対して「5×3=15」としたら,「5個ずつ3皿」や「5枚×3で15枚になる」といった読み取り方を,挙げることができるのです。
 なお,「五輪車が4台」と同様の解釈については,朝日新聞2×8ならタコ2本足 - 花まる先生公開授業が知られていますが,他書では『アイディアシートでうまくいく! 算数科問題解決授業スタンダード』にも見ることができます*6。「5台ずつが4つ」については,1951年のhttps://erid.nier.go.jp/files/COFS/s26em/chap5.htmにおける「3は人数を表わしている数である。それを2倍した答の6は何といったらよいか尋ねてみる。それで,6人となって問題の要求に合わないことを説明する。」のところや,Vergnaud (1988)の"Twenty dollars cannot be 5 cars + 5 cars + 5 cars + 5 cars."の文*7も同じ趣旨と言えます。
 タイヤの数を求める問題については,[布川2010]の,次の記述も関連すると言っていいでしょう:「(略*8)一つ分が明示的でない場合に,自分で一つ分を設定し,場面を(一つ分の大きさ)×(幾つ分)として構造化し,表現することを経験するもので,わが国での意味の重視にそった活動と言える.また,1年生で○こずつを探す(三輪車のタイヤは3つずつ等)活動があるが,これも一つ分を自分で設定することの素地的な経験となっている.」

*1:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130505/1367679600;そこでも書きましたがオリジナルはhttp://ishiba-shigeru.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-8451.htmlです。

*2:http://kosstyle.blog16.fc2.com/blog-entry-1489.html

*3:Greer (1992)の分類表はhttps://books.google.co.jp/books?id=N_wnDwAAQBAJ&lpg=PR1&hl=ja&pg=PA280#v=onepage&q&f=falseより見ることができます。"Cartesian product"と"Recutangular area"があるものの,"rectangular array"は見当たりません。

*4:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20111215/1323899443の画像をダウンロードし,左右にくっつけて1枚の画像にしました。この記事にも「「かけ算の(式の)順序」という問題設定をすると,専門家からかけ離れた議論・結論になりがちなので,注意したいものです.」と書いてありました。

*5:「自動車」だと大型トラックや特殊な車も考えられるけれど,ここではかけ算の式に表すことをしたいので固定値にするというのと,タイヤの単位は「本」を採用するというのが,簡潔に記されています。

*6:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130219/1361220251#2

*7:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140924/1411511070

*8:星型の並びがあって,総数は1つずつ順に数えれば分かるけれど,「3×4に なるように かこみましょう。」という問題文も添えられていて,3つずつで4つのかたまりを作るという内容です。「たけしさんの かんがえ▼」「えい子さんの かんがえ▼」という,2通りの囲み方とともに,[布川2010]の図3より見ることができます。