かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

整数の乗法で直積を取り上げるなら,面積ではなくアレイ

  • 鈴木将史(編著), 小学校算数科教育法, 建帛社 (2018).

小学校算数科教育法

小学校算数科教育法

 まえがきには,「2017(平成29)年3月に小学校の学習指導要領が改訂されたのに合わせ,従来の『小学校算数科の指導』を全面的に見直し,新たに『小学校算数科教育法』として刊行することとなった」と記されています。『小学校算数科の指導』はisbn:9784767920931で,本棚にありましたので開いて見ると,執筆者の一人に,今回の編著者の名前がありました。
 『小学校算数科教育法』で「乗法の意味」の解説をp.39から読むことができます(第3章 「A 数と計算」の指導 / 4. 整数の乗法と除法の指導)。「乗法の意味には次の3つの型がある」とし,① 1つ分の大きさのいくつ分(同数累加),② 何倍(倍写像型),③ 直積型を挙げています。直積型と立式(かけ算の順序関連)の文章が興味深かったので書き出します(pp.39-40)。

 ③ 直積型
 この型の乗法は,量と量の積(関係づけ)によって,新しい量を生み出す。例えば,長さと長さをかけて,長さとは全く別の面積という新しい量ができる(図番号は引用にあたり省略)。
 乗法の立式について,実際の指導では,乗法の演算の意味を深めるために,かけられる数とかける数の順に立式する。その主意は,問題に出てくる数の,何が1つ分の大きさで何がいくつ分であるかをしっかりと読み取らせることにある。この順の立式ができているかどうかで,数の読み取りができているかを判断することができるからである。ただし,③の直積型においては,そのかぎりではない。

 上記のいくつかについて,関連情報を見ておきます。まず「かけられる数とかける数の順に立式する」については,昨年公開の『小学校学習指導要領解説算数編』に取り入れられた「被乗数と乗数の順序」*1を噛み砕いたものであるとともに,これまでの教科書などの記載や学校現場での指導に基づくものと推測できます。「1つ分の大きさ」の表記も,『小学校学習指導要領解説算数編』の影響と思われます*2。算数の教科書では「1つ分の数」だなあと思いながら,『小学校算数科教育法』を読み直すと,p.39の図3-12には「1つぶんの数」と書かれていました。
 「この順の立式ができているかどうかで,数の読み取りができているかを判断することができるからである」で連想するのは,『小学校指導法』(isbn:9784472404221)の「第2学年や第3学年では、読み取った数を、「1つ分の数×いくつ分=全体の数」と表現できることが重要であり、逆に、この立式ができているかで、数の読み取りができているかを判断できる」(p.92)です。この本は,『小学校算数科教育法』巻末の参考文献に記載されていました。
 その一方で,直積型の説明には不満を感じました。整数の乗法という文脈で,直積を取り上げるのなら,面積ではなく,アレイについて言及すべきところです。『小学校学習指導要領解説算数編』では,「●」の文字を用いたアレイの配置と,かけ算の式とを結びつけています。そのほか掲示物の並びに対して「3×4,又は4×3と式で表すことができる」としている件が該当します*3
 そしてアレイの面積と異なる特徴として,かけられる数もかける数も,積も,同種の量と解釈できる*4点が挙げられます。この特徴を持つかけ算は,小学校算数に限った話ではなく,高校数学の,場合の数の積の法則(例えば「4通り×3通り=12通り」)も該当します。
 アレイは,(「解説」のつかない)小学校学習指導要領の算数に書かれている,「一つの数をほかの数の積としてみる」を学習するのに適していますし,3年に上がると,「10が2つで20」と「2を10倍すると20」を,図や,具体物による操作で表す際に有用となります。そして4年の長方形の面積について,単位正方形の個数をもとに「縦×横」または「横×縦」という式を導くのにも,活用されます。
 『小学校算数科の指導』で,整数の乗法の意味のところを見ると(pp.68-70),「何の いくつ分」と「何の 何倍」の2つだけであり,直積型については記載がありませんでした*5。該当箇所の著者も異なっています。
 解説書は学習事項のすべてを網羅できないことに留意しながら,精読していくしかないのでしょうか。このことに関連して,『小学校算数科教育法』では奇数と偶数,倍数と約数といった整数に関する解説が見当たりませんでした。倍数・約数の扱いやその応用について,『算数教育のための数学』(isbn:9784563012175)を手に入れ読み始めたところです。

*1:http://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2017/06/28/054525

*2:なのですがp.39の「(1つ分の大きさ)×(いくつ分)=(全体量)」という言葉の式には,残念に思っています。この書き方では,かけられる数と積が同じ種類の量になることを,表現できていません。それに対し『小学校学習指導要領解説算数編』では,「乗法は,一つ分の大きさが決まっているときに,その幾つ分かに当たる大きさを求める場合に用いられる」とあり,かけられる数と積が同じ種類の量になることを読み取ることができます。

*3:3本の串に4個ずつ団子が刺さっている場面の式が「4×3」のみであるのと対照的です。

*4:掲示物の並びについて「3段×4列=12枚」や「4枚/段×3段=12枚」と解釈することも---実際に授業でそのように単位を添えて書くかは別として---可能です。

*5:その一方で,「かける数とかけられる数が入れ替えた問題」(基準量が後に示された問題)の解説があるのに対し,『小学校算数科教育法』には見当たりません。