かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

直観および直観力について

 「直観」と「直観力」の定義が,同じページ(p.65)でそれぞれ,枠囲みの中に書かれていました。

直観とは,既有の経験や知識を基にして,学習対象となる事象の本質(数学的な価値)や構造を瞬時に把握すること,また,問題解決において方法や結果の見通しを瞬時に持つこと

直観力とは,既有の経験や知識を基にして,学習対象となる事象の本質(数学的な価値)や構造を瞬時に把握する能力,また,問題解決において方法や結果の見通しを瞬時に持つ能力

 X(旧ツイッター)のやり取りで,冒頭の文献についてPDFファイルがリンクされていました。全文を読んでから,算数・数学教育との関わりを,少し検討してみました。
 最初に気になったのは,「直観(力)」を問うような出題にはどのようなものがあり,児童らの解答(反応)が集計されたものが存在するのかどうかです。全国学力テストや自治体によるテストで,そのような意図の問題は,思い浮かびません。
 事例調査は断念し,かわりに,「直観(力)」が書かれたものを探していきました。まずは辞書,『算数教育指導用語辞典 第五版』です。見開きのpp.60-61が「141 直観と論理」で,p.60の脚注に以下のとおり,直観を含む語句が整理されていました。

 直観と洞察
 「直観力」には,洞察する力,見抜く力,見通す力などが含まれている。「洞察」は問題の解決の方法を見抜いたり,解決の筋道の概略を見通すというときに用いられることが多い。また,性質を見抜いたり,事柄の構造や本質を見抜いたりするときにも用いられる。そういう意味では「直観」と似ているが,洞察が見抜く行為そのものに対して用いられるのに対して,直観は見抜いたもの,把握したものについても用いられるところが違っている。例えば,数に対する直観といえば,数の大きさなどに対する感覚や数の構成的な理解なども含んでいる。
 直観と洞察の区別を明らかにするためには,直観を直ちにという意味が強い「直観的」,洞察の意味に通じる「直観力」,概念などのイメージに似た「直観像」の三つを含んだものと考えるとよいかも知れない。直観は論理を先導するもので創造する力にもなる。

 次に参照したのは『数学教育学研究ハンドブック』です。2011年発行ですので,それより新しい情報は収録されていません。その一方で,事項が整理され,セクションごとに参考文献も充実しています。
 目次には「直観」の文字は見当たらず,セクション見出しで気になった2つを読むと,それぞれの本文に「直観」を見つけました。まずは第2章(目的目標論・カリキュラム論)§3(数学的な考え方の育成)のp.34です(執筆者は伊藤説朗)。

(1) 問題解決を通して論理的な思考力を育成する
 問題解決の過程において生きて働く力としての数学的な考え方という立場から,そのうちでも特に論理的な思考力を育てるための実践研究が注目される。
 1人ひとりの児童に根拠や理由をはっきりさせながら問題解決の方法を友だちに発表したり説明したりする過程で筋道を立てて考える力を育てる。このためには,自分自身の解決についてわかりやすくノートに書くことが重要で,そのためのノート指導の工夫を行った(牧野,1990)。
 子どもが問題に出会ったとき,自ら問題を捉え,意欲的・持続的に解決し,見方・考え方を発展させていくという学習の流れで問題解決ができるようになると,子どもの直観力や論理的な思考力が育ってくる。特に,課題を工夫し,見通しをもたせる段階の指導を充実させることが重要である(木村ほか,1991)。

 もう一つは,第4章(学習指導論)§9(算数的活動・数学的活動)のp.267です(執筆者は長谷川順一)。

 数学的な問題の発見,解決,それに対する省察(振り返り),それを通しての新たな問題の発見といった児童生徒の連続的発展的な学習活動をどのように構成するかも重要な検討課題である。この点について新田(1972)*1は,数理内容を創造する学習指導として,次の10の段階を挙げている。すなわち,①対象の直観的把握,②分析的把握,③課題の創造,④問題の解決,⑤課題の仕方の吟味,⑥精選された問題の創造(根本的に考えなければならない問題を探す),⑦精選された問題の解決,⑧内容と方法の組織化,⑨より確かな内容と方法の組織化,⑩新しい課題の自覚,である。これらは,課題の発見と課題解決およびそれに対する省察を組み合わせた指導過程によって,「筋道だった思考」を育成し,「数理内容の創造」を目指そうとしたものである。(以下略)

 検索語を変えながら,CiNiiに投じていくことで,以下の文献を知りました。

 「直観」と「直観力」が,一つの枠囲みの中で書かれていました*2

 直観とは,本質をとらえ問題に内在する構造をつかみ関係や法則性を見抜く作用である.直観は,意欲的で主体的活動をさせるときに生ずる場合が多い.直観力とは,数,量,図形に関して,本質的で多面的な見方ができ,問題の解決や,問題の発見の際に見通しが立てられる力である.

 木村ほか(1991)には,「新しい算数科の教育課程の基準の改善の観点として「論理的な思考力や直観力の育成」を重視することが教育課程審議会の答申として出された.」と書かれています。中央教育審議会を見ていき,文部省 審議会答申等(21世紀を展望した我が国の教育の在り方について(第一次答申))21世紀を展望した我が国の教育の在り方について(中央教育審議会第二次答申(全文))を読みましたが,いずれにも「論理」は出現するものの「直観」は出現しませんし,1996~1997年の答申ですので,世古ほか(1990)や木村ほか(1991)よりもあとの内容となります。
 もう少し調べ直すと,平成16年度東京都教員研究生「カリキュラム開発・研究」研究報告書で,直観力・論理的な思考力を育成する指導の研究がリンクされていました。「直観的/像/力」について書かれているのは,『算数教育指導用語辞典 第五版』と同じです。

「直観」には三つの意味が含まれている。一つには、すばやく、直接的に対象をとらえる
方法を意味する「直観的」、二つには、例えば図形を頭の中に思い浮かべ、それを念頭で操作し、その結果を想像した姿を表す「直観像」、三つには、全体の構造を把握し、問題の本質」を見抜く力を意味する「直観力」である。本研究では、これらの中から特に論理的な思考力と関連の深い直観力に着目しその定義を「結果や方法を見通す力」とした。

 ここまでの結果として,「直観力」は「論理的な思考力」と(字数を減らすなら,「直観」は「論理」と),密接に関係する概念・能力と言えます。「直観」と関連する動詞として「洞察する*3」「見抜く」「見通す」,関連する名詞として「本質」を挙げることができます。
 直観力を問い,解答類型などが公表された算数・数学の出題事例は,引き続き調査することにしますが,答案をもとに,正誤判定を行ったり,解答者群の分析を実施したりするには,直観力よりも,論理的な思考力を問うほうが,現実的であるようにも思います。
 最後に,「かけ算の順序」と「直観力」を結び付けた検討を行っておきます。2年のかけ算の単元で,「1つ分の数×いくつ分=ぜんぶの数」という言葉の式を知り,これに基づいて立式・計算することを学習したあとに,「子どもが7人います。1人に4こずつアメをくばります。アメはみんなで何こいりますか。」のような基準量が後に出現する問題を見たときに,「4(こ)」が「1つ分の数」,「7(人)」が「いくつ分」にそれぞれ対応するよう,数量の関係を思い描くことができるのが,「直観力」の適用例と言えます。「7×4=28」と「4×7=28」という2つの式を比較して,どちらが問題場面に適しているかを,口頭で発表したり,ノートに書いたりするのは,「論理的な思考力」に関連づけるのがよさそうです。

*1:文献を入手することはできませんでした。タイトル(筋道だった思考によって,数理内容を創り出す学習指導)をもとに,https://cir.nii.ac.jp/crid/1570009752461227392を見つけましたが,『数学教育学研究ハンドブック』p.270に書かれているものとページ番号が合っていません。雑誌と巻号が一致するのはhttps://www.jstage.jst.go.jp/browse/jjsme/54/10/_contents/-char/jaですがタイトル・著者の合致するものはありません。

*2:定義ではなく,「直観や直観力をわが算数部では次のようにとらえた.」とあります。「わが算数部」は,著者所属の「東京学芸大学附属小金井小学校」の算数部と考えられます。『数学教育学研究ハンドブック』p.34の(木村ほか,1991)の文献の著者所属も同じです。

*3:日本語として「直観する」と言ったり書いたりすることもできますが,今回見てきた情報で(すなわち算数・数学教育の文脈で)「直観する」のように動詞で使用するケースは,見当たりませんでした。