小学校の算数の,かけ算の式を立てて求める文章題では,被乗数と積が同種の数量となる事例を多く見かけます。
これは国内の算数のローカルルールというわけではなく,初等教育の算数を通じて,かけ算やわり算に関して学習者(児童)は何ができるようになるか,という問題意識を持ち,国内外の文章題の事例を調査していくと,容易に見つけることができます。
海外文献で,まず見ておきたいのは,Greerによる分類表です。
情報源は以下のとおりです。
- https://books.google.co.jp/books?id=N_wnDwAAQBAJ&lpg=PR1&hl=ja&pg=PA280#v=onepage&q&f=false
- Greer, B. (1992). Multiplication and Division as Models of Situations. In Grouws D.A. (Ed.), Handbook of Research on Mathematics Teaching and Learning, National Council of Teachers of Mathematics, pp.276-295. [isbn:1593115989]
日本語訳は,Greerによる,乗法・除法が用いられる場合 - わさっきのほか,『学力低下をどう克服するか―子どもの目線から考える』で読むことができます。
原文の表(TABLE 13-1)*1を,まずは列ごとに見ていきます。左上の「Class」は,「分類名」と訳せばよく,その列を順に見ていくと,Equal groupsからProduct of measuresまで10種類があります。最上段に戻って,「Multiplication problem」「Division (by multiplier)」「Division (by multiplicand)」は,順に「乗法」「等分除」「包含除」のことです。
10種類の分類名のうち,「Multiplication problem」「Division (by multiplier)」「Division (by multiplicand)」の文章題が書かれているのは,上の7種類です。下の3種類では,「Division (by multiplier)」「Division (by multiplicand)」の区分けがなくなっています。それら(Cartesian product=直積,Rectangular area=長方形の面積,Product of measures=量どうしの積)において除法は,等分除・包含除という区別がなされないことを意味します。
上の7種類,Equal groupsからMultiplicative changeまでの,Multiplication porblemを見ていくと,いずれも,被乗数と積は,同種の数量となっています。問題文の日本語訳,かけ算の式,答えを並べます。
- Equal groups: 3人の子どもが4個ずつミカンを持っている。全部合わせると何個になるか。式 4×3=12 答え 12個
- Equal measures: 3人の子どもが4.2リットルずつミカンジュースを持っている。全部合わせると何リットルになるか。式 4.2×3=12.6 答え 12.6リットル
- Rate: ボートが毎秒4.2メートルの決まった速度で進んでいる。3.3秒でどれだけ進むか。式 4.2×3.3=13.86 答え 13.86メートル
- Measure conversion: 1インチはおよそ2.54センチメートルである。3.1インチはおよそ何センチメートルか。式 2.54×3.1=7.874 答え 7.874センチメートル
- Multiplicative comparison: 鉄の重さは銅の0.88倍である。ある銅のかたまりが4.2kgのとき,それと同じ大きさの鉄のかたまりは何kgか。式 4.2×0.88=3.696 答え 3.696kg
- Part/whole: ある大学では,試験で上位3/5の学生を合格にした。80人の学生が試験を受けたなら,何人が合格したか。式 80×3/5=48 答え 48人
- Multiplicative change: あるゴムバンドは,元の長さの3.3倍まで伸ばすことができる。元の長さが4.2メートルのとき,完全に伸ばしたら何メートルになるか。式 4.2×3.3=13.86 答え 13.86メートル
なお,「被乗数と積が同種の数量」を,Rateに当てはめる際には,被乗数は「4.2 meters per second」すなわち「4.2m/s」ではなく,「4.2m」になります。「速さは,単位時間あたりに進む道のりで表します。」というのは,来年度から使用される教科書(教科書センター用見本)で見かけた文*2ですが,速さのほか後述の単価など,「1あたり」を含むかけ算の場面で,同じように解釈できます。
では,なぜ「被乗数と積が同種の数量」なのかというと,ここまであまり注目してこなかった,乗数が,重要な役割を演じます。上記の出題例(や他のかけ算の文章題)から分かるのは,乗数にあたるものが「3人」や「3.3秒」といった,具体的な数量であっても,比例の考え方を通じて,「3倍」「3.3倍」に置き換わり,「×3」「×3.3」として作用している,ということです。
国内の書籍から,このことが確認できる事例を見ていきます。
出典は以下の本*3のp.77です。
「A×p(=B)という「かけ算の本質(構造)」を,「Aを1としたときpに相当する大きさを表わすこと」,すなわち,「pに比例する」という考えでとらえ,それを「関数尺」*4として表わしているものである。」についても,乗数にあたるpは,例えば「2m」のような量ではなく,「2」のように単位を取り除いた値とみなします(無次元量です)。そうして,「p倍」と考えることで,A×p=Bという計算が意味を持ちます。Aを固定し,pを2倍,3倍,...,また倍,倍,...とすると,それに伴って,BはAの2倍,3倍,...,また倍,倍,...となります。pにいろいろな値を当てはめてBを算出するだけでなく,p=1のときA=Bである点にも注意すると,この比例関係によって,AとBは同種の量であると言えます。このリボンの件では,Aは,問題文のうち「1mが30円」に対応します。ようは単価です。ただし,「30円/m」ではなく,「30円」と解釈することになります。
「p倍」を「×p」と表記することにし,上の図の数直線に当てはめると,次のようになります。
問題文では「2m」「4m」「m」「m」と,具体的な量になっていても,それぞれ「×2」「×4」「」「」に読み替えます.
「3.3秒」「m」などの連続量や,「3人」などの離散量が,かけ算の式では「×3.3」「」「×3」と解釈され得ることは,Vergnaudが提示した構造の一つ(スカラー関係)でも見ることができます。出典は次の2件で,いずれも,かけ算に関する国内外の学術文献でよく引用されています。異なる書籍の,同一の章題(「Multiplicative Structures」を訳すと「乗法構造」.複数形なのにも注意)です.それぞれに共通する図式もありますが,取り上げられている内容はいくぶん異なっています。
- Vergnaud, G. (1983). Multiplicative Structures. In Lesh, R. and Landau, M. (Eds.), Acquisition of mathematics concepts and processes, Academic Press, pp.127-174. [isbn:012444220X]
- Vergnaud, G. (1988). Multiplicative Structures. In Hiebert, J. and Behr, M. (Eds.), Number Concepts and Operations in the Middle Grades, Vol.2, pp.141-161. [isbn:0873532651]
これらの書籍は,把握する限り,Googleブックスで見ることができません*5。国内では,例えば『算数・数学科重要用語300の基礎知識』のp.187で,「ヴェルニョー」という名前を用いて,スカラー関係に基づく乗法の解説がなされています。被乗数を「単位あたり量」に対応づけた,また別の構造(関数関係に基づく乗法)も,同じページに載っています。
『算数・数学科重要用語300の基礎知識』のp.126は,「構造・構造化」の解説です。そこに書かれた「考察対象の個々の要素だけでなく,対象全体に亘る関連性や考察対象は違ってもそこにある共通性などに着目していくのが「構造」の考え」というのは,被乗数と乗数の異なる意味と合わせて,ここまで紹介してきたかけ算にも適用できるものであり,「乗法構造」と表記するのも妥当なように思います。
「被乗数と積が同種の数量である」「乗数は具体的な量であっても,比例関係に基づき『~倍』になる」という具体的な事例は,「累加」と「割合」に関するかけ算(とわり算)です。日本の算数だと,5年の,小数のかけ算・わり算の文章題の大部分が該当します*6。「7.2mのロープがあります。1.8mずつに切ると,何本できますか。」という問題も,7.2÷1.8=□という式を,1.8×□=7.2に変換してみれば,「1.8mの□本」と「1.8mの□倍」が同等視できます。
「被乗数と積が同種の数量」を含む出題が,2019年度実施の全国学力・学習状況調査の算数に入っていました。6年生が解答することもあり5年までの内容で出題されるほか,2018年度まではA問題・B問題に分かれていたのが統合され,A・Bの区別がありません。
大問4(2)の,以下の問題です。
(2) 次に,はるとさんたちは,観覧車に乗るために列に並んでいます。
観覧車のゴンドラは36台で,ゴンドラ1台に1組ずつ乗ります。ゴンドラは1台来るのに20秒かかります。
今の先頭はあかりさんたちです。はるとさんは,あかりさんたちの10組後ろにいます。
あかりさんたちがゴンドラに乗ってから,はるとさんが何秒後にゴンドラに乗ることができるのかを考えます。
はるとさんがゴンドラに乗ることができるのは何秒後かを求める式を書きましょう。
ただし,計算の答えを書く必要はありません。
問題・解説へのリンクは次のとおりです。
- 全国学力・学習状況調査:教育課程研究センター:国立教育政策研究所
- 問題:https://www.nier.go.jp/19chousa/pdf/19mondai_shou_sansuu.pdf#page=20
- 解答類型と反応率など:https://www.nier.go.jp/19chousakekkahoukoku/report/data/19pmath.pdf#page=59
正解となる式は,「20×10」です。解答類型の表によると,反応率(正答率)は68.8%です。
文中の「36台」は解答に使用しません。また植木算を連想するかもしれませんが,「はるとさんは,あかりさんたちの10組後ろにいます」「あかりさんたちがゴンドラに乗ってから,はるとさんが何秒後にゴンドラに乗ることができるのかを考えます」とありますので,「20×9」は間違い(反応率は3.9%.また「20×11」の反応率は2.3%)です。
ところでこの問題では,ページの下に,観覧車を待つ人々の絵があります。
問題文の「1台来るのに20秒かかる」を「(前の人が乗ってから,次の)1組が乗るのに20秒かかる」に読み替えて,20秒を図に書き込むと,次のようになります。
丸の中に「20秒」と一つ一つに書かなくても,丸だけでも,矢印でも,かまいません。「20秒」に相当する記号を,10回,書くわけですから,式は20×10です。答えは「200秒」です(がこの出題では要請されていません)。
乗る組の数は分離量*7ですが,乗る組の数が2倍,3倍,...,10倍になると,時間は,1台に乗るのにかかる時間の20秒に対し,2倍,3倍,...,10倍になります。ですのでこの関係もまた,「Aを1としたときpに相当する大きさを表すこと」となり,「10組」を「p倍」に読み替えることで,この問題ではA=20,p=10だから式は「20×10」となることが,分かるということです。
本記事のタイトルに入れた「サンドイッチ」については,以下の記事が知られています。
またwikipedia:かけ算の順序問題でも「サンドイッチの法則」という表記を見かけますが,いくつも「[要出典]」が付いています。
ここまでの内容をもとに,かけ算の導入における「サンドイッチ」は,比例関係の萌芽となることがお分かりいただけたはずです。実際,みかんが4個ずつ,お皿に盛ってあれば,皿の数が2枚,3枚,...となるのに応じて,みかんの合計の数も2倍,3倍,...となるのです。「比例」という言葉を使うことなく,「4のだん」としてこのような倍の関係を学ぶのは,2年生でも差し支えないはずです。
ただし「サンドイッチ」という呼び方は,海外では見かけません。欧米では,かけ算の導入で使用される式は「乗数×被乗数」が一般的だからです*8。この観点での国内外の比較に関して,関心のある方は,かけ算の「順序」について(2017.12)をご覧ください。
*1:この表は,現在の視点で不適切な内容を含んでいます。Measure conversionの第1文,「An inch is about 2.54 centimeters.」について,1インチは正確に2.54センチメートルですのでaboutは不要です。またProduct of measuresの,キロワットを使う文章題は,「1秒間に1ジュールの仕事をする仕事率」というワットの定義に基づくと,Product of measuresに分類するのが適切でないと考えることもできます。キロワットの事例と別に,算数の範囲でかけ算・わり算の式を立てることのできる,Product of measures(2つの因数と積はいずれも異なる量)の事例として,「底面積×高さ=体積」で表される,柱体の体積があります。
*2:http://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2019/06/25/230018
*3:「1982年に金子書房より刊行した『算数・数学教育と数学的な考え方—その進展のための考察— 第二版』を復刊したもの」であり,この金子書房版と復刻版は,現在でも算数教育の在り方を論じる中でよく引用されています。
*4:1970年から1980年代初頭までは,1本の線の上と下に値を書き込むスタイルを見かけます。現在では「二重数直線」もしくは「比例数直線」と呼ばれる図式に取って代わっています。https://takehikom.hateblo.jp/entry/20140116/1389822669 http://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2018/05/03/024253
*5:2024年2月追記:Vergnaud (1983)は,https://www.gerard-vergnaud.org/texts/gvergnaud_1983_multiplicative-structures_acquisition-mathematics.pdfよりPDFファイルがダウンロードできます。Vergnaud (1988)は同サイトで公開されていませんが,同じ年の招待講演のために書かれた文章がhttps://www.gerard-vergnaud.org/texts/gvergnaud_1988_theoretical-frameworks_icme-6-budapest.pdfより取得でき,Vergnaud (1988)に記されている,5ドルのおもちゃの車の話も読むことができます。
*6:小数で表される長さの図形の面積は,対象外ですし,その学習のウエイトは大きくありません。
*7:観覧車のゴンドラが1台来るのにかかる時間は,「19.5秒」「秒」など,連続量であっても,同様にかけ算の式に表して,計算することができます。
*8:例えばhttp://link.springer.com/article/10.1007/BF00305893にアクセスし,Previewで読める中(p.130)に,「6 × 4」という式の解釈は「6 lots of 4 objects(4つのものが6つ)」となっています。同じ段落には「price × quantity」や「speed × time」という式があり,quantityやtimeが(本記事で見てきた乗法構造では)乗数に当たりますが,それぞれの積(amountやdistance)は,被乗数とも乗数とも異なる数量に見えます。