かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

(1つ分)×(いくつ分)=(全体)で解釈できない式を認められるのか~「変わり方調べ」の授業事例

  • 田中英海: 解決できない対象の自覚が算数の問題発見, 算数授業研究, 東洋館出版社, Vol.134, pp.34-35 (2021).

 授業の最初の出題を,p.34より取り出します。

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4年「変わり方調べ」の単元4時間目。教科書は1段目から順に提示していくが,まわりの長さは何cmでしょう? と20段の階段の絵を提示した。子供たちは「ぎざぎざ」「階段」(以下略)

 いくつか補足します。次のページの下段には,黒板の写真と,子どもが書いたものと思われるノートが2つ,貼り付けられていました。出題や板書では明示されていませんが,階段の1段の高さ(正方形の1辺の長さ)は1cmです。
 この件は,『小学校学習指導要領解説算数編』に掲載されたのを機に,2017年から情報収集してきました。

 「解決できない対象の自覚が算数の問題発見」に戻ると,子どもたちの反応・発言を,pp.34-35にかけて見ることができます。4×20=80という式に対し,『なんでいきなり20段が出てくるの? なんで20をかけるの?』『式の順番が逆?』*1といった疑問が出ます。他の児童の意見は,式は20×4=80,そして【段×4=まわりの長さ】という言葉の式で表され,授業では「2つの式の意味」に注目をさせています。『単位が辺だね』もまた,児童のつぶやきと読み取ることができ,その直前にはカギカッコなしで(したがって著者による報告として)「3cmと3段では式の意味が違う。単位が変わっているから別の考えではないか,と発言が出た」というのも書かれています。
 その後の一つの段落(p.35)には『』も【】もなく,授業の子どもたちのやりとりを踏まえて著者が整理したものとなっています。

 学級の一人一人に目を向ければ,発言された式を問題だと捉えた子と,問題だとも思っていない子がいる。納得したと言っている子も実は別の捉え方で共有したつもりでいる可能性もある。こうした解釈のずれや既習事項との違いを明らかにして,算数の問題として捉えられるようにすることが教師の役割である。本時では,変化や対応を表した表や図と関連付けて式の意味を読み取る際に,既習のかけ算の意味(1つ分)×(いくつ分)=(全体)で解釈できない式を認められるのか?関係を表す式の理解が4年生にとっての算数の問題である。単位が違う式の葛藤,既習の算数の意味を変えていく必要を感じた時に,関係式を明示的に意味付けることで理解が深まる。

 以前に調べたことをもとに解釈するなら(そして表を根拠にするなら),4×20=80というのはVergnaudが示した乗法構造のうちスカラー関係,20×4=80は関数関係に基づいています。関数関係は,「1つ分の数×いくつ分=ぜんぶの数」とは異なる種類のかけ算となります。これは,「何の何倍」で,被乗数・乗数・積それぞれの単位(referent)を無視して得られる関係とも言えますが,根拠になるのは,比例のところで学習する「商一定」です。

*1:2重カギカッコは,授業で実際に出た発言と推測できるほかに,p.35で「本時では『』のような問題がいくつも生まれた」とあり,意図して使用された記号となっています。