かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

正しい別解

 ページ末尾のLast-modified(最終更新日時)は2013年になっています*1。過去に読んだ記憶もあるのですが,はてなブックマークには記録しておらず,先日はてブしました。
 以下の記述は,個人的に2013年ごろに検討していたことを,思い出す機会となりました。

教科書会社の指導書の問題

たとえば、某社*11の指導書には、次のようにあります(数字はこの問題に合わせています)。

8×6と立式する子どもには図をかかせ、同じ数のまとまりは8なのか6なのかをしっかりとつかませる。
また、8×6では、8人が6本分になり、答えは子どもの人数となってしまうことをおさえる。

これは、子供が考えうる別解を網羅できていない、不十分な記述であると思います。
子供の「正しい別解」を否定してしまう方向へ、教員を導く危険性があります*12。

*11 算数の教科書を発売している6社全て同じような記述だと聞いています。他の社の指導書を私の目で直接確認できていませんが。全社同じだとしたら、特定の会社のみやり玉に挙げるのはアンフェアですから、某社とさせていただきます。

*12 教員が指導書をもっとよく勉強して、指導書の記述にとらわれず柔軟に子どものための指導をするべき、と言えなくもないですが、もし全社が揃ってミスリーディングしているならば、教科書を作成する側が正すべき問題であるように私には感じられます。

 授業で(あるいはテストの答案を返して指導をするにあたり)「8人にペンをあげます。1人に6本ずつあげるには、ぜんぶで何本いるでしょうか。」という文章題に対して「8×6では、8人が6本分になり、答えは子どもの人数となってしまうことをおさえる」というのは,リンゴの上におさらが9個~2019年の「積は皿の枚数になってしまう」事例3枚×5円玉に書いたのと同じ解釈の仕方です。戦後すぐ,昭和の終わり,平成の途中,そして令和に元号が変わっても,異なる情報源から共通した「式の読み」を,得ることができたのでした。
 また別の,8×6の立式に対する(誤答の根拠となる)解釈は,「8×6は、8本ずつ6人にあげるときの式になる」です。これも古くからあるのですが,今年の事例からだと,3×2の,子どもたちの発言で,「もし、5×6だったら意味が変わる」を含む段落の直後に書き出していました。
 上の引用の「正しい別解」に着目します。字数の都合で引用を避けたのですが,引用箇所のすぐ上の,「それでは、8×6は「誤り」なのか?」に書かれています。いわゆるトランプ配りです。
 ここまで示した解釈(式の読み)を統合すると,以下のように表せます。
 授業で,「8人にペンをあげます。1人に6本ずつあげるには,ぜんぶで何本いるでしょうか。」という文章題を,クラスのみんなで考えます。ある子供が,8×6と式に表し,その根拠として「1本ずつ(1回につき8本)配るのを6回,繰り返す」といったことを挙げて,クラスの子供たちの理解を得たとしましょう。
 その後,他の子供たちが,「でも,8×6は,8本ずつ6人に配るときの数だよ」「8×6と6×8は,答えは同じでも意味が違うよ(これまでの授業でもおはじきを使った学習,したよね?)」「1つ分の数が8人で,6本分って,変じゃないの? 6倍して,答えが48人になるみたい」といった発表をしたときに,「正しい別解」が揺らぎます。
 ここで,3×2の,子どもたちの発言で紹介した実践報告もそうだったのですが,授業において,教師は正誤判定を行う門番ではなく,子どもたちの発言を推奨(支援)し整理するコーディネータの役割を担っている*2と考えると,この種の文章題に対してトランプ配りは採用すべきでないことをクラスで共有する流れが想定でき,テストにおける式の正解・不正解でも同様となります。
 ここまでのことは,2013年に書いたメインブログの記事で考察していました。

式に対する解釈の多様性は,A-2だけでなくB-3およびB-4も考慮する必要がある.りんごの問題で「5×3」と書いたら,A-2,B-3,B-4の解釈が可能であるのに対し,「3×5」と書けば,これまで学習してきたかけ算の意味に基づくと,そういった解釈の余地がない.なので誤解のより少ない式を選ぼう,という考え方である.2つの式を比較し選択することは,かけ算の意味を学ぶ際の学習指導案にもよく記載されている.

かけ算の順序論争について(日本語版) - わさっきhb

 「AまたはB-番号」は,A-1からB-6まであり,このうち,問題文中の「8人」「6本」をそれぞれ「8本」「6回」に読み替えて8×6を正当化する試みは,A-2に対応します。「でも,8×6は,8本ずつ6人に配るときの数だよ」はB-3,「8×6と6×8は,答えは同じでも意味が違うよ」はB-2,「6倍して,答えが48人になるみたい」はB-4となります。またA-4は,第4学年での学習が期待されます*3かけ算の順序・1957-2013 - わさっきhbは,今回見てきたページ(の最終更新日時)ときわめて近い日に公開していました。

*1:Wayback Machine https://archive.org/web/で,このページの記録はなく,サイトに対象を広げて調べると,http(sなし)の記録が出てきました。

*2:海外の書籍,例えばhttp://books.google.co.jp/books?id=2NX4I6mekq8C&pg=PA3からも,教師がコーディネータを務めている状況を読み取ることができます。

*3:現行の学習指導要領および解説に基づき,第4学年で実施されている授業例を,https://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2021/06/25/054452で取り上げています。