かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

2.7×3.6の意味とは~放送大学教科書より

教育・学校心理学 (放送大学教材)

教育・学校心理学 (放送大学教材)

 4×8=32という計算で答えを出すようなお話をつくってくださいの記事をリリースしてから購入し,読み通しました。「4×8=32」の作問課題については,p.31の下部に,地の文で書かれていました。
 この本から,いくつか興味深かった箇所を取り上げます。「みはじ」「くもわ」の図が,p.73にありました(図4-3 算数の授業で教えられている公式の憶え方)。ただし,p.72には「学習内容の意味の理解を伴わない」,p.73には「意味の理解が深まるような知識の構造化による記憶の促進法とは異なる」とあり,それらの図(公式の憶え方)には批判的です。
 ピアジェが,2つの異なる章で言及されていました。一つは第3章(教科の授業の構造と学習者の実態)の途中,p.48からで,「ピアジェの発達段階理論」が1行目に(地の文の中に)あります。同じページの下段には「ピアジェの保存課題」,その次のページには「ピアジェの三山課題」が,それぞれ図になっています。とはいえこの本はピアジェ理論に依拠しているわけではなく,p.50には「(2)ピアジェ理論の影響と批判」という小見出し*1で,解説がなされています。ブルーナ*2ヴィゴツキーの名前も出てきます。
 もう一つは12章(道徳性の形成)で,p.183には「(1) ピアジェの理論」の小見出しです。直後の行には「児童期の道徳性の認知的発達理論」ともあります。そしてp.186は「(2) コールバーグの道徳性発達理論」で,第1文には「ピアジェ理論を継承・発展させ,その理論は現在に至るまでわが国の道徳教育にも多大な影響を及ぼしている」です。コールバーグは,メインブログの記事作成*3にあたり,「モラルジレンマ」を調査した際によく見かけた人物名です。そして『教育・学校心理学』にも「モラルジレンマ教材」が,pp.190-191で紹介されていました。
 「4×8=32」の作問課題と別に,「乗法の意味の理解を調べる問題」が,p.80に載っていました。「表5-1 乗法の理解を調べる問題(麻柄・進藤 2005)」で,以下の2問です。

問題1 小学校5年生では小数×小数が教えられています。小5の担任になったつもりで「3.2×4.6= 」という式を使って答えを出す問題を作ってみて下さい。ただし,「長方形の面積を出す問題」「立方体の体積を出す問題」「3.2mの4.6倍はどれだけでしょうといった倍を使う問題」は除きます。
問題2 ある小学校の子どもから「2.7×3.6」について「この式の意味を考えたんだけど,2.7を3.6回足すってどういうことかわかりません」と質問されたらどう説明しますか。

 「(麻柄・進藤 2005)」の書誌情報は以下のとおりです。第2著者は,『教育・学校心理学』の第1著者であり,第5章の執筆者でもあります。

 上記の「問題1」「問題2」は,原文では「質問3」「質問4」です。そして質問については,メインブログで2012年に取り上げていました。

 出題意図と正答状況を,pp.79-80より書き出します。

1. 理解することとは
(1) 小学校の学習内容の理解の実態
 手元の国語辞典で「理解」という言葉を調べると,「物事に接して,それが何であるかを(何を意味するのかを)正しく判断すること」とある(見坊ら,1981)。つまり,対象のもつ「意味」を適切に見極められることが理解というわけである。
 ところで,小学校教師を対象に表5-1の問題を用いて乗法の意味の理解を調べた研究がある(麻柄・進藤,2005)。問題1は作問課題であり,問題2は乗法の意味を問う課題である。問題1の正答例は「1mが3.2kgのパイプがある。このパイプ4.6mの重さは何kgか」とか,「時速3.2kmの速さで4.6時間走ると何km進むか」などである。また,問題2では「畑1㎡あたりから2.7kgの小麦が収穫できるとする。3.6㎡の畑では何kg収穫できるかを考えるとき,2.7kgの3.6倍分にあたる重さを求めればいい」といった例を挙げながら,「基準にする量×割合=割合にあたる量」という趣旨が述べられているものが正答として判定された。これらの問題では基準にする量を1とみること,割合にあたる量が連続量であることが肝要であり,正答者はそれができていた。
 しかし,全体の正答率は問題1で70%,問題2では16%に過ぎなかった。不適切な解答と判定されたのは問題1では「ジュースが3.2L*4入ったビンが4.6本ある。ジュースは全部で何Lか」といったものであり,問題2では「2.7の3倍と2.7の0.6倍を合わせるということ」,「2.7を36回足して10で割る」などがあった。

 麻柄・進藤(2005)の,質問4(上記の問題2)の解答の分類は以下の通りです。

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 そして,「適切な説明」に該当する,「ア. 「1あたりの量×いくつ分」という意味からの説明」「イ-1. 速さの公式で説明」「イ-2. 長方形の面積公式で説明」の計13名(16%)を,正答とし,『教育・学校心理学』にも「16%」を紹介しています。
 個人的には,正答扱いされなかったうちの,エ(「倍」という言葉を用いた説明)の最初の項目,「2.7を3.6回足すという意味ではなくて,2.7の3.6倍という意味です。」も正答に入れてよいように感じました。またア,イ-1,イ-2の解答例はいずれも,「2.7×3.6を分かりやすく説明する」ものであって,「2.7×3.6の式の意味」としては弱い(一般性に欠ける)印象も持っています。「1あたり」にも,そうでない場面*5にも利用可能な,「2.7×3.6の式の意味」は,「2.7を3.6回足すという意味ではなくて,2.7の3.6倍という意味です。」のほうです。
 なお,エを含む「中間的な説明」について,なぜ「2.7の3.6倍」がここに入ったかについては,Table 4の次のページで「「3.6倍のこと」のように単に「倍」という言葉を用いただけのものがあった。この説明は間違いではないが,具体的な場面や量に即してその意味を説明しているわけではなく,ことばの置き換え(倍はかけ算)による説明である。この点でアやイとは説明レベルを区別するのが妥当と考えた」としています。それと,麻柄・進藤(2005)では「(1あたり量)×(いくつ分)=(全部の量)」を重要視しているのに対し,『教育・学校心理学』では「1あたり」は陽に出ておらず,少し違和感もあります。

*1:なお,(1)は,p.47で「(1) レディネスの枠組みとしての認知発達理論」です。

*2:関連:https://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2019/04/10/062209

*3:最近では,https://takehikom.hateblo.jp/entry/2020/09/05/090013

*4:原文では斜体字のエル。以下同じ。

*5:Greer (1992)そしてhttp://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2019/09/10/211914のMultiplicative changeの件をアレンジすると,「あるゴムバンドは,元の長さの3.6倍まで伸ばすことができる。元の長さが2.7mのとき,完全に伸ばしたら何mになるか」。