- 坂井武司: 算数教育における割合についての数理構造に関する研究, 博士論文, 甲南大学大学院 自然科学研究科 (2015). http://doi.org/10.14990/00001621
https://nrid.nii.ac.jp/ja/nrid/1000030609342/とhttps://www.kyoto-wu.ac.jp/club/voice/seminar-report/rhnb30000000gbss.htmlによると,現職は京都女子大学発達教育学部の教授で,上記博士論文による学位取得より前から大学教員(鳴門教育大学准教授)であることが分かります。令和2年度・平成27年度のいずれの算数教科書においても,編集者に氏名は見つかりませんでした。
この博士論文の特色として,2点を挙げることができます。割合の指導において,「割合」「比較量」「基準量」そして「1倍」という,4項で構成された「比の関係図」を採用しています。次の形です(p.169).
この図はp.22の図1-29にも出現します。前のページで文献[165]を引用しており,坂井氏は最終著者です。
授業展開の中で,この図が活用されているのは,p.181です.
また第13時・第14時の指導(pp.370-373)においては,「5000円で仕入れたセーターに2割増しの定価を付けました。売れないので,定価の2割引きで売ることにしました。値引きをした売り値はいくらでしょう」を出題し*1,比の関係図を2つ,描かせます。授業展開の中で(p.372),左の図でくらべる量に位置する「定価(□円)」と,右の図でもとにする量に位置する「定価(□円)」を線で結んでいます。
もう一つの特色として,第3章を中心に,証明図を用いた推論過程の分析がなされていることです。例えばpp.73-74では,「くじを1本引くという試行」に関する定理を7つ,証明しています。またpp.101-110やpp.119-121では,「児童の考え方」に証明図を当てはめています。ただしこれは理論的検討であり,小学校の授業で使用されているわけではありません。
ざっと読んでから,2つの問題意識が思い浮かび,機械検索も行いながら確認していきました。一つは,吉田甫氏による「割合モデル」のことです。当ブログでは一昨年に言及した件です。
博士論文では,1.6節(割合指導の課題)に(2)(図的表現)を設け,p.22に8つの図を載せています。
この中に,「割合モデル」の図と類似するものは,見当たりません。
博士論文のPDFで「吉田」を検索して,ヒットするのは[186]ですが別人・別内容です。といったわけで,「割合モデル」は言及されていませんでした。
もう一つの問題意識は,「Aのp倍はB」といった数量表現の妥当性です。博士論文内の授業例から,語句を取り出すか作ってみると,「20mの2倍は40m」「40mの0.5倍は20m」「125人の□倍は75人」「12kgは,60kgの□%」と表せます。式は順に,20×2=40,40×0.5=20,125×□=75,60×△=12*2です。
A,p,Bといった文字を使用して,割合を定義したり,先行研究を整理したりするのが,pp.7-8に見られます。またそれらの英字を使うことなく,考察の章のp.198に,「割合,比較量,基準量を含む様々な文章表現を「○○の~倍が△△です」という短い文に書き換えることにより,割合,比較量,基準量を捉え,1倍を位置付けた比の関係図にそれらを表し,図に基づいて立式する指導を行った。」という文が書かれています。この博士論文で記された授業実践においては,「○○の~倍が△△」,言い換えると「Aのp倍はB」は,割合理解のための有用なツールであったと,解釈することができます。
ところでp.22の8つの図と,本文とを読んでいきまして,「4マス関係表」「2本の数直線の図」の取り上げ方がフェアでないように感じました。図1-23や図1-26では,4つの数値を並べただけですが,実際の授業では,BとA,1とpの間に矢印と「×数」「÷数」を添えて,演算決定に活用しています。図1-29に見られる,「B」「p倍」「A」をつなぐのと同等のものは,4マス関係表や二重数直線でも使われているわけです。例えば『板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 算数 小学校5年下』のp.113では,百分率を含む第3用法の文章題について,次のように「×0.3」「÷0.3」を取り入れ,図や表にしています。
*1:https://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2020/08/08/004414で取り上げた大問5と同種の問題と言えます。
*2:△=12÷60=0.2を得てから,0.2を20%に置き換えることで,「12kgは,60kgの20%」と言えます。