かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

かけ算の内部構造

 後述する調べ物のために,1975年刊の本を開くと,「内部構造」という言葉を使用していました(pp.100-101,2箇所の深い字下げは原文では中央揃え)。

 A. (1あたり量)×(土台量)
 今まで,個物(バラバラの物)の集合の大きさ,つまり離散量を表わすのが自然数であると述べてきたが,これらの個物の中には,「自動車1台に車輪4個」の4とか,「1箱にキャラメル6粒」の6とかいうように,別の1つの個物に付随して存在しているものがある。ちょうど,自動車やキャラメルの箱のような個物がさらに内部構造をもっていて,「皮をむく」と,その中にまた一定数の個物が含まれているといった場合である。このような4個とか6粒とかいった量を
    1あたり量
ということにする。
 ところで,「自動車が3台あれば,その車輪の数はいくらか?」を表す式が,
    4×3  (4個/台×3台)
である。この場合の3は通常の(外延的な)離散量で,この乗法についての土台量とよばれる。だから,乗法においては,被乗数は1あたりの量で,乗数は土台量なのである。

 ここの「内部構造」は,いまの算数では「1つ分」を表したものとなっています。「車輪4個を持つ1台の自動車」「キャラメル6粒入りの1箱」です。「皮をむく」ことで,箱から,6粒が見えるわけです。自動車のタイヤの数は,「皮をむく」までもなく,もとから見えていますが,1台の自動車の車輪の数に着目する,と考えるのがいいでしょう。
 そうして,そのような自動車が何台あるか,キャラメルが何箱あるかを知ることができれば,かけ算の式に表して,計算することで車輪の数が全部でいくつあるか,キャラメルはトータル何粒なのかを,(1個1個数えなくても)求めることができるというわけです。その際の(車輪の数の)4や,(キャラメルの粒数の)6は,「1つ分の数」となります。


 調べ物をしようと思ったきっかけは,先月末に公開した記事です。

 「かけ算(掛け算)の順序(順番)」「乗法・被乗数・乗数の順序」「かけ算(乗法)の意味」を含む有名な事例について整理を試みましたが,その後,「かけ算(乗法)の構造」「かけ算の本質」も,これまで読んできたものをリストアップできることに,気づきました。
 メインブログと当ブログの記事を機械的に検索する前に,古い文献で,「構造」を読み直しておきたかったのでした。
 なお上に引用したのは,第4章(乗除法の意味と構造)の§1(乗法の意味)です。「A. (1あたり量)×(土台量)」に関して,「B. 直積型」はp.102,「C. 倍(倍写像型)」はp.103から,解説が始まります*1。§2は「乗法の構造」ですが,最初に取り上げるのが「22×3」「22×22」で,実のところ筆算の計算過程(「水道方式」が関連します)を体系化したものです。


 それでは「かけ算(乗法)の構造/本質」について,古いものから順に,事例を挙げていきます。

 中島 比の3用法を俎上にあげる方が多いようですが,方程式で解くといっても,その立式がすでに必要なことであるし,その辺,よく理解していただいていないのではないですか。比の用法は複雑だというご意見ですが,乗法・除法の適用の場を構造として捉えると,あのような形にまとめられるということです。
(p.350)

  • Vergnaud, G.: "Multiplicative Structures", In Lesh, R. and Landau, M. (Eds.), Acquisition of mathematics concepts and processes, Academic Press, pp.127-174 (1983). [isbn:012444220X]
  • Vergnaud, G.: "Multiplicative Structures", In Hiebert, J. and Behr, M. (Eds.), Number Concepts and Operations in the Middle Grades, Vol.2, pp.141-161 (1988). [isbn:0873532651]

 上記2件は書誌情報のみとします*3。それぞれ異なる本の章で,章題を和訳すると「かけ算の構造」となります。

単元の途中で図3のような課題が扱われることがある.これは,一つ分が明示的でない場合に,自分で一つ分を設定し,場面を(一つ分の大きさ)×(幾つ分)として構造化し,表現することを経験するもので,わが国での意味の重視にそった活動と言える.
(p.50)

1. はじめに
乗法構造は重要な学習内容であるにも関わらず、学習者の理解が十分ではないという状況は近年においてもあまり改善されてきていないように見受けられる(略)
(p.1)


 上の図式は,A×p(=B)という「かけ算の本質(構造)」を,「Aを1としたときpに相当する大きさを表すこと」,すなわち,「pに比例する」という考えでとらえ,それを「関数尺」として表わしているものである。乗数pが小数,分数の場合は,下側の目盛りで,整数点以外のところをよめばよいということで,その一般化が比較的容易とみられるところに一つのポイントがある。
(pp.77-78)

  • 2020年度の新指導要領きっかけで 「掛け算の順序」問題再燃(東京新聞 2017年7月10日朝刊 11版 22・23面) *7

掛け算学習の本質には、順序を入れ替えても答えは同じという交換法則を理解することがある

 森 かけ算というのは、本来的にはその構造自身のなかに積集合の構造がはいっているわけですよね。だから交換可能なわけです。しかし、だいたい数学でも交換法則にこだわるのはかけ算でしょう。2×5と書くか5×2と書くかという問題は、ある程度習慣に規制されるんですが…。
(p.98)

 森 本来、2×5か5×2という問題は、正比例の構造*8を理解することにあるんです。だから、足し算の繰り返しと言っていては、区別させるほうが無理な点もあるんですがね。
(p.100)

*1:このABCについて,Greer (1992)のモデルと対応付けると,Aはrate,BはCartesian product, Cはmultiplicative changeがそれぞれ該当します。https://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2019/09/10/211914 https://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2021/05/25/062411

*2:https://takehikom.hateblo.jp/entry/20140610/1402399854

*3:https://takehikom.hateblo.jp/entry/20140924/1411511070

*4:https://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2018/09/02/051702

*5:https://takehikom.hateblo.jp/entry/20130830/1377813349

*6:https://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2019/09/10/211914

*7:https://takexikom.hatenadiary.jp/entry/2017/07/18/061554

*8:「乗除」と題するコラムを,pp.95-97で読むことができます。「正比例型」「複比例型」「倍拡大型」が太字で書かれ,それぞれの違いを表した図がp.97に載っています。『数の科学』「A. (1あたり量)×(土台量)」「B. 直積型」「C. 倍(倍写像型)」とおおむね対応していますが,『数の科学』の該当箇所は,かけられる数・かける数ともに分離量を対象としているのに対し,『数学の世界』のコラムは連続量です。