かけ算の順序の昔話

算数教育について気楽に書いていきます。

わり算の順序

 6÷3=2ですが,3÷6を計算せよとなると,まず思い浮かぶのは0.5です。分数で答えるなら,約分して\frac12が考えられます。
 a÷bとb÷aとで,答えが違ってきます(a=bのときを除いて)。文章題で,一方の式が正解,他方が間違いというのが,小学校5年を対象とした調査で使用されています。答えは違うものの,そこから得られるものは同じだという事例もあります。

1. 8÷4ではなく4÷8

 調査問題として,まず紹介したいのは,「8mの重さが4kgの棒があります。この棒の1mの重さは何kgですか。求める式と答えを書きましょう。」です。2010年(平成22年度)実施の全国学力・学習状況調査,算数A大問2の(1)です。
 わり算で求めるのですが,8÷4=2としたら,1kgの重さが2mとなってしまいます。正解となる式は,4÷8です。答えは0.5(kg)ですが,8分の4のように,約分していない分数も,正解扱いとされています。
 正答・誤答の状況は,国立教育政策研究所のサイトで公開されており,以下より知ることができます。

 解答類型と反応率の表によると,式が「4÷8」,答えは「0.5と解答しているもの」が54.1%,そして同じ式で答えは「\frac48と解答しているもの(大きさの等しい分数を含む)」が0.0%となっています。誤答については,式が「8×4」を,答えは何であってもひとまとめとし,反応率は31.1%です。
 この3年後に実施の中学Aに「aメートルの重さがbグラムの針金があります。この針金1メートルの重さは何グラムですか。a,bを用いた式で表しなさい」という問題があり(この正答率は33.7%),その解説の中にも,小学校の棒の重さの問題は正答率54.1%と書かれていました。
 2010年調査の算数の解説には,「商が1より小さくなる等分除(整数)÷(整数)の場面では,何が被除数で何が除数かをとらえることが困難な場合がある。そのような場面からも,数量の関係をとらえ,除法を用いることを判断できるようにすることが大切である」とあり,2013年調査の数学の解説には,「問題文に登場する数量の順に,aメートルをbグラムでわればよいと捉えた生徒がいると考えられる」と分析されています。
 これらの,いわば「わり算の順序」を問う問題では,4÷8か8÷4か,\frac{b}{a}(a分のb)か\frac{a}{b}(b分のa)かに,焦点を当てることができます。個人的には,これらが正解できるようになるために,「かけ算の順序」も必要だと主張するよりは,非可換である減法・除法のみならず,(増加の意味の)加法や,(累加や割合に基づく)乗法では,演算対象となる2つの数量には違いがあるわけで,それを踏まえて,子どもたちが場面を把握できるようさまざまな出題が作られており,授業やテストで問われてきた,と認識しています。
 海外にも,同様の出題が見られます。文献は以下のとおりです。

  • Fischbein, E., Deri, M., Nello, M. S. and Marino, M. S. (1985). The Role of Implicit Models in Solving Verbal Problems in Multiplication and Division. Journal for Research in Mathematics Education, Vol.16, No.1, pp.3-17. http://www.jstor.org/stable/748969

 この文献のTable 1では,12個のかけ算と14個のわり算の文章題が,表になっています。このうち16番目は,"15 friends together brought 5 kg of cookies. How mush did each one get?"という文章題です。
 Table 3を見ると,「5÷15」の正答率が第5学年で20%です。誤答のうち「15÷5」が68%を占めます。第7学年・第9学年の生徒にも解いてもらっており,学年にともない正解率は上がりますが,第9学年でも半数以上が15÷5を解答しています。
 大きい数÷小さい数,ではなく,わって得られる値が何を意味するのか,文章題で問われていることと合致するかが,国内外で検証されてきたと言えます。そして,昭和26年の小学校学習指導要領算数科編(https://erid.nier.go.jp/files/COFS/s26em/chap5.htm)で指摘された,「こどもは問題に出てくる数を,その数の意味を深く考えもしないで,出てくる順に書き並べ,その間に,かけ算記号を書き入れることがわかった」が,わり算でも通用することを示唆します。
 かけ算の順序が問われるのは,主に2~3年です。わり算は,3年で学習しますが,そこでは4÷8や5÷15といった式を立てる機会はありません。わり算の順序は,割合や小数の乗除を学習する5年の段階で出題されてきたわけです。「かけ算の順序」と「わり算の順序」とを同列に扱えない,と言うこともできます。

2. 6÷20と20÷6,答えは違うけど,どちらで計算しても結論は同じ

 「a÷bとb÷a,答えは違うけど,それぞれに意味がある」,そして「どちらのわり算でも,同じ結論になる」という事例を紹介します。

 イランとアメリカは「かけ算の順序」,日本は「わり算の順序」に関する授業です(かけ算の順序を授業にすると~イランとアメリカ - わさっき)。日本の授業は,5年の算数です。「Aは6平方mで20人います。Bは4平方mで15人います。どちらが混んでいるでしょうか。」という出題が,中心になっています。
 「どちらが混んでいるでしょうか」というのは,混み具合です。1平方mあたりの人数に直すと,Aは20÷6=3.33...,Bは15÷4=3.75で,1平方mあたりの人数はBのほうが多く,したがって,混んでいるのはBだ,というのが想定される答えの一つです。
 わり算を逆にすると,計算結果が違ってきます。Aは6÷20=0.3,Bは4÷15=2.66...です。そしてこれは,1人あたりの面積です。1人あたりの面積はBのほうが小さく,ここからも,混んでいるのはBだと言えます。
 わる順序を逆にすると,得られる商の意味は変わり,大小関係も反対になります。1平方mあたりだと,3.33...<3.75で,1人あたりだと,0.3>2.66...です。そして,混み具合としては,1平方mあたりの人数が多いほう,1人あたりの面積が小さいほうが,「混んでいる」というわけです。
 ここまで割り切れないときには「...」を書いてきました。1平方mあたりの人数を求めるのだと,Aでは割り切れず,1人あたりの面積を求めるのであれば,Bでは割り切れません。これは,割り切れるほうでわり算(わる数)を揃えさせない意図的なものだろうと思いながら,『小学校学習指導要領解説算数編』を見ると,現行および次期のPDFには「10平方mの部屋に7人いる場合と15平方mの部屋に10人いる場合について混み具合を比べる」が書かれていました。5年です*1。この例でも,1平方mあたりで比べるのであれば,「15平方mの部屋に10人」のほうの10÷15が割り切れず,1人あたりで比べるのであれば,「10平方mの部屋に7人」について10÷7が割り切れません。
 一つ前の解説(1999年)については,書籍[isbn:9784491015507]を見ました。単位量当たりの大きさは6年でしたが,具体的な数を用いた場面の提示はありませんでした。
 AとBの混み具合の授業について,サルカール アラニによる紀要の脚注34に,出典が書かれており,少し調べると,以下の本にたどり着きました。Amazonで購入可能となっていますが高額です。

 「a÷bとb÷a,答えは違うけど,それぞれに意味がある」とはいっても,「8mの重さが4kgの棒があります。この棒の1mの重さは何kgですか」の問いに対して8÷4=2と計算し,答えとして「2kg」「2m」「2m/kg」のどれを書いても正解とならないのにも,注意したいところです。

3. 速さ=道のり÷時間でなければならないのか?

 「はじき」または「みはじ」と呼ばれる公式があります。メインブログでみはじ・くもわ (2015.08) - わさっきというまとめを作成しています。当ブログでは今年,アンチはじきという記事を書いてきました。
 次期の『小学校学習指導要領解説算数編』では,(速さ)=(長さ)÷(時間)という式が例示されています。ただし,長さを求める式や,時間を求める式の記載はありません。
 「時間÷長さ」を速さとすることも,可能ではあります。解説では,「一方で日常生活などでは,速さを,一定の長さを移動するのにかかる時間として捉えることがある。例えば100m走などの競技では,100mを走るのにかかる時間によって速さを表している。時間が短いほど,速さが速いということになる。(略)速さを,一定の長さを移動するのにかかる時間として捉えると,速いほど小さな数値が対応することになる。」と記しています。ただしこの続きは,「一般に速さについては速いほど大きな数値を対応させた方が都合がよいため,時間を単位量として,単位時間当たりの長さで比べることが多い。」でして,やはり速さの公式は「速さ=長さ÷時間」となります。
 「速さ=長さ÷時間」が一般的だけれど,わり算の順序を反対にして「時間÷長さ」も,速さに関する量となるのだ,とみると,混み具合も同様です.人口密度と言えば,1平方kmあたりの人数ですが,面積を人数でわることでも,混み具合を算出し,比較に使えるのです。
 また別の,異種の二つの量の割合として,単価があります。aメートルでb円の布の単価はと問われると,1メートルあたり何円かと考えるのが自然であり,式は,b÷aです。
 ですが,1円で何m買えるのかを,単価とするのなら,a÷bという式になります。
 駐車料金を対象として,以下の記事で,検討を試みました。

 その検討から,いくつか言葉の式を,得ることができます。まず,「単価[円/分]=料金[円]÷駐車時間[分]」により,単価を定義するのなら,そこから「料金[円]=単価[円/分]×駐車時間[分]」および「駐車時間[分]=料金[円]÷単価[円/分]」という式も導けます。
 次に,わり算の順序を逆にします。「単価'[分/円]=駐車時間[分]÷料金[円]」と定義します(「単価[円/分]×単価'[分/円]=1」「単価[円/分]=1÷単価'[分/円]」でもあります)。すると,「駐車時間[分]=単価'[分/円]×料金[円]」および「料金[円]=駐車時間[分]÷単価'[分/円]」が導けます。
 単価[円/分]を用いた3用法では,料金[円]はかけ算で,駐車時間[分]はわり算で求めます。それに対し,単価'[分/円]に基づく3用法では,駐車時間[分]はかけ算で,料金[円]はわり算で求めます。かけ算とわり算が,反対になっていますが,ともあれ具体的な数を与えられれば,計算はできますし,それぞれの3用法が,かけ算が1つでわり算が2つで構成されているのも,共通しています。
 わり算の順序を反対にしても,問題なく計算できます。しかしながら2種類の3用法にまとめ上げることは,小学校の算数の範囲外と言わざるを得ません。
 ここでの検討を,小学校の算数に反映させるなら,わり算を逆にして得られる,2つの単位量あたりの大きさが,逆数となる点でしょうか。「8mの重さが4kgの棒があります」を前提として,この棒の1mの重さは,0.5kgですが,1kgの長さは,2mであり,パー書きの量を用いて0.5[kg/m]×2[m/kg]は1(無次元量)となります。Fischbeinらの"15 friends together brought 5 kg of cookies."についても,\frac{5}{15}[kg / person]×\frac{15}{5}[person / kg]=1です。

*1:ただし,その後を読むと,公倍数の使用が推奨される展開となっています。サルカール アラニ(2010)に書かれた,AとBの混み具合の件だと,6と4の最小公倍数をもとに,12平方mの人数で比べることになります。Aは,6平方mを12平方mにするので,人数も2倍して20×2=40です。Bは,4平方mを12平方mにするので,人数は3倍で15×3=45と求められます。12平方mあたりにすると,Aは40人,Bは45人だから,Bのほうが混んでいます。この計算では,小数の乗除は使わないものの,倍数・最小公倍数のほか,比例関係(面積をp倍して,同じ混み具合にするには人数もp倍する)も必要とします。やはり,5年の学習事項です。

積の非可換性について

 行列と,みかんの数などを求めるためのかけ算(の順序)とを対比するのではなく,算数・数学教育に関心を持ち,これまでの成果を踏まえて建設的な議論をするには,「拡張」について,認識しておきたいところです。

 このツイートを目にして,思い浮かんだのは「四元数」です。以下の本は,算数を専門とする小学校の先生なら,おそらく持っているでしょう。

算数教育指導用語辞典

算数教育指導用語辞典

 ここのpp.18-19に「形式不易の原理」が書かれています。「1 数の拡張の考え」「2 形式不易の原理」「3 形式不易の原理の素地」で構成されます。非可換(交換の法則は成り立たない)が明記されている,p.19の段落を書き出します。

 H.ハンケル(1839~1873)は,ピーコックの不完全さを見直したうえで,さらにこの原理が拡張された実数系や複素数系にまで及んで成立することを示した。さらに,原理に示された三つの計算法則は,高々複素数の範囲までに止まることを示し,さらにその拡張が多元数に及ぶときは,これらの三つの法則どれかが不成立になることを示唆している。例えば,多元数のなかでW.ハミルトンの四元数については交換の法則は成り立たない。また,A.ケーリーが示した八元数の場合では,交換法則のほかに結合法則も不成立となるのである。

 「三つの法則」とは,交換法則・結合法則・分配法則のことです。
 いったんこの本より外に,情報源を求めますと,wikipedia:四元数では定義や性質,また歴史的なことも記載されていますし,四元数は,2×2の複素行列,または4×4の実行列で表すことも書かれています。単射環準同型であることと,(そこで表現されている)複素行列・実行列の積が一般に非可換であることからも,四元数の積は一般に非可換であるのが分かります。
 交換法則(可換性)と別で,拡張によって,それまでの性質が満たさなくなるものも,いろいろ考えられます。小学校の範囲であれば,わり算は,その導入において「商はわられる数よりも小さい」*1ことを知ることもできますが,5年で,1より小さい数でわる場面を通じて,成立しないことを学びます。
 なお,有理数の範囲で成立しないとしても,わられる数は0より大きく,わる数が1より大きいという有理数においては,「商はわられる数よりも小さい」は成立します。同じように,行列でも四元数でもかまいませんが,一般に積は非可換だけれど,複素数と同型の集合に限れば,可換になり得る*2,ということもできます。
 ひき算の結果はひかれる数よりも小さいことの反例は,中学の負の数を学ぶ段階となります。中学までと高校との違いといえば,実数までは通常の大小関係によって全順序集合となるけれども,複素数では同様の全順序集合にならない*3,簡単にいうと虚数単位iについてi>0とi<0のどちらを採用しても都合が悪いことが,思い浮かびます。
 『算数教育指導用語辞典』のpp.18-19の脚注に「計算法則に関する注意事項」が記されています。「三つの(計算)法則」また「かけ算の順序」への言及がなされているとともに,国内外の算数教育の知見であると考えられます。かけ算・資料集1(2010年までの書籍) - わさっきより,転載します。ミカンとみかんの混在は,原文ママです。

 計算法則に関する注意事項
 数の拡張では,三つの計算法則の確かめが必要であったが,これはあくまでも形式であって,これと離れた具体的な場面では注意すべきことがある。
 例えば,交換法則に関しては,同じ加法でも合併なら交換が可能であるが,追加(増加)の場合では交換は不可能である。例えば,ミカンが5個あっても3個もらうと8個になるということから,3個もらって5個あってというのは意味が曖昧になってしまう。不用意に交換すると時間差を無視したりすることになる。
 また,乗法で,被乗数と乗数を交換しているのは,2次元的な面積の場合が,縦横同じ種類のものが並んでいる人間とかおはじきなどの数を求める場合はわかりよい。
 ただし,この場合でも,被乗数と乗数を交換したとき,その基準量をどうとらえたか,操作の観点をどこに置いたかをよく考え,その違いをはっきりとつかんでおかねばならない。同数累加や倍概念で操作する1次元的な乗法では,安易な交換は許されない。
 例えば,三つの皿にみかんが2個ずつあるとき,みかん全部の個数は2×3で求められる。しかし,皿の数三つにみかんの数2個をかけて3×2というのは意味がなく,このような具体的な場面で2×3が3×2に等しくなることを理解させるのは,かなり無理があると考えられる。

 積を求める際に2つの“因数”が異なる場面として,算数では3年で学習する「乗数又は被乗数が0の場合の計算」が知られています。的当てゲームで,0点のところに3回当たったときの式を「0×3」,3点のところに1回も当たらなかったときの式を「3×0」と表すことができます。2つの因数の位置が変わっただけのようにも見えますが,前者については0×3=0+0+0=0と累加で求めたり,「0+0+0」の具体的な場面を考えたりできるのに対して,後者を累加で意味付けるのは困難です。「0」を数学の文脈でいうと,零元です。ベクトルでも行列でも四元数でも,零元の任意倍と,任意の元の0倍について,結果はどちらも零元になりますが,表記上も意味上も,別物として扱われます。


 どこで交換法則が利用可能でありどこには使われない(小学校算数での適用が期待されない)かについては,今年,図示を試みました。
 拡張に関しては,東京新聞「掛け算の順序論争再燃」を読んで思ったことで少し言及しました。冒頭の方の別のツイートは,「20分/500円」から,駐車料金と最大駐車時間を計算してみるでも使わせていただいております。

*1:わる数が,乗法の単位元1のときには,わられる数と商が等しくなるので,きちんと言うなら「商はわられる数よりも大きくない」となります。http://doi.org/10.24727/00027661よりダウンロードできる論文の結論に書かれた「×0,×1の学習指導は,「かけると常に大きくなる」いう思い込みを防ぐ役割を必ずしも担っていない」も興味深いところです。

*2:n次正方行列のうち「1行1列の成分は任意の複素数,それ以外の成分は0」「特定のi(1≦i≦n)に対してi行i列の成分は任意の複素数,それ以外の対角成分は1,残りは0」「単位行列複素数スカラー)倍」が該当します。

*3:wikipedia:順序集合には「複素数全体の集合Cには複素数の乗法と"両立"するような全順序は存在しない」とある点にも注意。

1皿ずつ

 2年で学習するかけ算では,「ずつ」がキーワードとなり,そこからかけられる数が特定できることがあります。「さらが 5まい あります。1さらに りんごが 3こずつ のって います。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。」*1という問題文だと,「3こずつ」の3が1つ分の数,「5まい」の5がいくつ分に対応し,1つ分の数×いくつ分=ぜんぶの数に当てはめて,3×5=15という式になるわけです。
 ここの「ずつ」は立式の根拠となるほか,「ずつ」を取り除くと,場面が変わってしまうという事情もあります。上の例を「さらが 5まい あります。1さらに りんごが 3こ のって います。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。」に変えると,1皿だけ3個,残りはなしとして,「ぜんぶで 3こ」という答えも認めなければなりません。少しアレンジして「1さらに りんごが 3こ のって います。そのような さらが 5まい あります。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。」とすれば,「ずつ」はなくても,「ぜんぶで 3こ」とするわけにいかず,例えば3×5で求めることになります。
 「ずつ」が明示されない,かけ算の場面や出題の例について,本や雑誌,またWebから容易に見つけられます。次期の『小学校学習指導要領解説算数編』に当たっておきましょう。http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1387014.htmよりダウンロードできる,算数(2)のPDFファイルを見ていくと,「1皿に5個ずつ入ったみかんの4皿分の個数」と同じページに,「2mのテープの3倍の長さ」が出現します。倍概念です。第3学年に進むと,「1mのねだんが85円のリボンを25m買うと代金はいくらか。」と「ひもを4等分した一つ分を測ったら9cmあった。はじめのひもの長さは何cmか。」が同じ段落に書かれています。代金の件は,単価×数量と簡単化できます。ひもを4等分のほうは,○÷4=9から9×4=○を得るということで,逆思考もしくは除法逆の乗法とも呼ばれます。
 「ずつ」が書かれていても,かけ算でない場面を,見つけました。以下の文献です。

  • 岡直樹, 真鍋明日香: 適切な問題解決方略の習得へ向けた学習支援, 広島大学大学院教育学研究科紀要 第一部, 学習開発関連領域, No.62, pp.171-179 (2013). http://doi.org/10.15027/35345

 小学4年生の女児(Cl)に,8回にわたってカウンセリング(学習支援)をしています。その第1回カウンセリングで,2つの問題を与えています(p.174)。

(問題3−1)
アメが1皿に4こずつのっています。6皿では全部で何こありますか。

(問題3−2)
アメが4このった皿と6このった皿が1皿ずつあります。全部で何こありますか。

 Clの反応として,問題3-1には「白丸図に示して答えを想定し,正しく立式」しています。しかし問題3-2については,「4このった皿が3枚,6このった皿が3枚」を作っています。支援者(Co)とのやりとりの後,6-4=2と立式しますが,Coが「アメが4このったお皿と6このったお皿を1皿ずつ見せ」て尋ねると,そこでClは,6+4=10の式を書いています。
 ここまでの状況に関する分析が,p.174の右カラムで,1つの段落になっています。

 これらのことから,Cl は「ずつ」という言葉が修飾している事柄がわかっていないように推測された。問題3−1ではアメの個数である一つ分の大きさである被乗数を修飾し,問題3−2ではお皿の枚数といういくつ分を示す乗数を修飾しているという違いに気付いていなかったのである。(略)

 「問題3−2ではお皿の枚数といういくつ分を示す乗数を修飾している」と書かれているものの,想定される正解の式「4+6=10」*2では,かけ算ではなく,被乗数も乗数も出現しません。乗数を明示すると,6×1+4×1=6+4=10と表せますが,2年の教科書はもちろんのこと,乗数が1ばかりというのは,4年の教科書や指導案・指導例でも,ちょっと見かけません。
 かけ算とたし算の違いに関して,あるいはかけ算を学習したあとでも,2つの量の意味や関係に注意しましょうねという意図で,出題されてきたのは,「アメが4このった皿と6このった皿があります。全部で何こありますか。」でした。そこに「1皿ずつ」をつけたところで,場面も立式も答えも変わりませんが,「ずつ」があればかけ算という,キーワード方略を使っている子どもを見抜くことができる,というわけです。
 ちなみに(次期の)『小学校学習指導要領解説算数編』では,団子や掲示物の場面への乗法の適用に際して,「同じ数ずつ」が2度,カギカッコつきで書かれています。もちろんこれは,「ずつ」キーワード方略とは異なっており,「同じ数ずつ」方略の適用によって,問題3-2に対して4×6や6×4のような式を立てるものにはなっていません。

*1:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20131116/1384560000

*2:Clが最終的に立式した「6+4=10」とは,被加数と加数の順序が反対になっています。ここについては,学習者は6-4=2と書いてからそれを修正する形でたし算の式にしたこと,そして支援側としては,合併の加法なので順序は問わないと判断したことが,推測できます。

速さの式を,three-place relationとfour-place relationで

 アンチはじきの最後の段落について,大人モードで検討してみます。ただしわり算については,「分子/分母」の分数式ではなく「被除数÷除数」の形を使用します。
 速さに関して,次の3つの公式あるいは「言葉の式」を書くことができます。

  • 速さ=距離÷時間
  • 距離=速さ×時間
  • 時間=距離÷速さ

 これについては,単位時間当たりに移動する距離を速さと定義することで,第1式を得て,文字式の変形(両辺に同じ言葉をかける,わるなど)により他の式を導きます。「距離÷(速さ×時間)=1」という式にもすることができて,これが「はじき(みはじ)」の根拠となります*1
 「距離」「時間」「速さ」という3つの量のうち,2つが既知であれば,残り1つは計算により求められます。3つの数量の関係ですので,three-place relationというわけです。
 ここで一つ,補足です。現実的には一定の速度で進むというのは難しく,多少,速くなったり遅くなったりもしますし,また出発は速さゼロからという可能性も考えられます。それでも「速さ=距離÷時間」などの式で,計算ができるのは,この速さは「平均の速さ」だからです。平均の速さと瞬間の速さとの違いや,算数の教科書にはどのような出題があるのかなどについては,速さ|算数用語集がおすすめです。
 また別の,2つの量の関係を見ていきます。そこでは「速さという量」が出現しません。「a秒でbメートルなら,c秒でdメートル進む」から話を始めます。合わせて,対象物は,一定の速さで進むことも,前提とします。秒やメートルは,他の単位に置き換えることもできます。
 4つの文字の関係を,表にします。aとbを同じ縦位置,cとdも同じ縦位置に並べます。

f:id:takehikoMultiply:20171217050518j:plain
 4つの数量の関係,ですので,four-place relationです。
 この関係表を算数で活用する際には,4つのうち1つを「1」にします。例えば,a=1とすると,bは,1秒で何メートル進んだかを表しまして,要は秒速です。
 「c秒でdメートル進むとき,1秒で何メートル進むか」という問題に対して,three-place relationを前提とせずに,解答を試みます。four-place relationでは,言葉の式が使えないわけですが,かわりに,比例関係を活用します。cからaにする(かける,または,わる)のと同じように,dからbにする(かける,または,わる)のです。
f:id:takehikoMultiply:20171217050530j:plain
 cからa=1にする操作は,「cでわる(÷c)」です。dからbにも,「cでわる(÷c)」とすればよく,ここから,b=d÷cを得ます。これで速さを求めた,というわけです。
 a=1のまま,bとcを既知,dを未知とすると,問題文は「1秒でbメートル進むとき,c秒で何メートル進むか」と書くことができます。活用する比例関係は,aからcにするのと同じように,bからdにする,となります。関係表は先ほどと同じです。a=1からcにするのは「cをかける(×c)」です。bからdにも「cをかける(×c)」とよいので,ここからd=b×cを得ます。
 a=1で,bとdを既知,cを未知とすると,どうでしょうか。問題文は「1秒でbメートル進むとき,dメートルを進むには何秒かかるか」です。式を得るのに使用する比例関係は,aとc,bとdの関係,ではなく,aとb,cとdの関係です。具体的には,bからaにする(かける,または,わる)のと同じように,dからcにする(かける,または,わる)ことにします。
f:id:takehikoMultiply:20171217050539j:plain
 bからa=1にする操作は「bでわる(÷b)」です。dからcにも,「bでわる(÷b)」ことで,d÷b=cを得ます。
 ここまで得られた式を,箇条書きにすると,次のようになります。

  • b=d÷c
  • d=b×c
  • c=d÷b

 bを速さ,dを距離,cを時間とすることで,three-place relationで示した3つの言葉の式と一致します。これはfour-place relationをもとに,1つのかけ算と2つのわり算の関係式が導出できることを意味します。
 ずっと,a=1としてきましたが,これは「単位時間」に対応します。そしてbは,「メートル」の単位がつく,「長さ」であるとともに,表のa=1とbの列においては,「単位時間当たりに進む距離」,すなわち速さに対応します。dは,three-place relationのうちの距離に,またcは時間に,それぞれ結びつけられます。
 a=1の固定を外して,b,c,dのいずれかを1とするときの解釈を,簡単に書いておきます。b=1のとき,aは,「一定の長さを移動するのにかかる時間」となります。「一定の長さを移動するのにかかる時間」は,現行の『小学校学習指導要領解説算数編』では第6学年に,次期の解説では第5学年に,記載されており,現行でも,また将来的にも算数での学習が期待されています。
 cを1とすると,dが速さに対応づけられますが,a<cですので,測定時間は1秒未満だけれど,そこから秒速が(c=a÷bにより)求められることを意味します。dを1とした場合は,cが「一定の長さを移動するのにかかる時間」であり,b<dですので,単位長(1メートル)未満での対象物の移動から,cの値を求めることなどが意図されます。
 a,b,c,dのいずれも1でなく,かつ1つだけが未知という場合,時間が1,距離がxの列を新たに設け,その列と,上下とも既知の列をもとに,xを求めてから,未知の量がある列と組み合わせて,答えを得るという手続きが考えられます。帰一法です。


 「はじき」と「4マス関係表」の違いについては,以下の本のpp.143-144にも書かれています。「4マス」の意義を示している文脈ということもあり,「は・じ・き」を,意味のない図としており否定的です。

田中博史の算数授業のつくり方 (プレミアム講座ライブ)

田中博史の算数授業のつくり方 (プレミアム講座ライブ)

 「three-place relation」と「four-place relation」の対置は,以下より読むことができます。

説得力のある主張をするには,用語と事実と論理を

 Twitter経由で知りました。大筋で賛同しつつも,主張として危ういなと感じました。
 まずは「用語」についてです。言い換えると,自分の主張をするにあたり,適切な言葉をしようしているかです。
 「掛け算の順序」にまつわる,インターネット上の情報やその変遷を考慮に入れると,上記記事のはじめのほうに,独立した行で書いている「(ひとつあたりの数)×(いくつ)」について,乗算記号の左も右も,スタンダードな用語とは言えないなと,感じました。
 かわりの表記を挙げます。算数の教科書ではそれぞれ,「1つ分の数」と「いくつ分」です。PDFで読むことのできる,現行および次期の『小学校学習指導要領解説算数編』では,「一つ分の大きさ」と「幾つ分」と記されています。算数教育に携わっている人の本には,「1あたり」や,「一つ分」(「の数」または「の大きさ」を書かない)もよく見かけます。
 「ひとつあたり」が非標準なのは,例えば,かけ算の式の順序にこだわってバツを付ける教え方は止めるべきであるに「(2015年11月4日に「ひとつあたり」を「一つ分」に置換した)」と記載されていることからも,うかがい知ることができます。
 次に,上記記事がきちんと「事実」を伝えているかについては,本文に根拠・出典がないため,判断できません。
 「順序教育を擁護」という意図とは別に,かけ合わせる二つの数が同種でも,かけ算の式には順序があるのではないか,という話の一つに,平行四辺形の面積(底辺×高さ)があります。長方形は縦×横が一般的ですが,平行四辺形の面積の公式は,底辺×高さと書きます。これについての論考が,PDFで読めます。

 また「単位で考えると(g/1人)×(何人)はあり得るが、その逆はあり得ない」にも,類似した検討がすでになされています。

 メインブログの上記2つの記事について,ポイントを取り出しておきます。前者において,「20%でxグラムの食塩水があるとき,その食塩の重量はyグラム」という関係は,「0.2g/g×xg=yg」でも「xg×0.2=yg」でもよいとしています。後者では,「4個のおもちゃで単価が5ドル」の場合に,式の候補に「5×4=20」と「4×5=20」を挙げ,どちらも考え方としてあり得ることを,2×2の関係表をもとに,解説しています。
 ですがおもちゃの話は,「20ドルは,5台の車+5台の車+5台の車+5台の車にはなり得ない」を入れ,かけ算を学習する子どもたちは両者の見方を認めないことが書かれていますし,食塩水のかけ算わり算は,小学校算数の対象外だったりします(小学校の算数では,食塩水の濃度の問題が出てこない?)。
 ところで,「複比例」の使用にも驚きました。擁護する主張で,この語はほとんど見かけないというのもありますが,それと別に,「複比例」の用語を明記することなく,その考え方は,次期の『小学校学習指導要領解説算数編』に含まれています。最初のバージョンが出たときに,ツイートしていました。

 文部科学省サイトからダウンロードできる『小学校学習指導要領解説算数編』は,何度か更新されていますが,http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1387014.htmの「算数(2)」より読める現バージョンでは,変わらず314ページ(PDF内では240ページ)に,「(道のり)=(速さ)×(時間)」をもとに,「(道のり)と(速さ)が比例しているとも,(道のり)と(時間)が比例しているとも考えられます。」が書かれています。
 『算数・数学教育と数学的な考え方』は以下の本です。

復刻版 算数・数学教育と数学的な考え方

復刻版 算数・数学教育と数学的な考え方

 冒頭の記事に戻って,「複比例」は「これが反対になることもあるがそれは量どうしの積としてのいわゆる複比例の考え方であってここでの計算とは別の話である」というカッコ書きの中で使われていますが,将来的には速さの関係式でも,道のりと速さとが比例すること,そのとき時間は比例定数となって「道のり=時間×速さ」という書き方が認められ得ることにも,配慮したいところです。
 「用語」「事実」のことを書いて,最後に「論理」ですが,かけ算の順序論争を見てきた限りで言うと,「論理的に主張する」ことには効果が見込めないことが,経験的に分かっています。もちろん主張と論拠のミスマッチや,逆は必ずしも真ならずなどには,読んだり,自分で書いたりしながら,注意しないといけないところですが,しばしば「論理的に説明せよ」という要求が,「俺(要求者)」もしくは特定の読者(層)に心地よく伝わることと,同等視されるのが実情なのです。
 用語は,絶えず見直せるし,事実は,それを提示することができます。それらと対照的に,論理のもろさというのも,意識したいものです。当ブログでは「順序教育を擁護」を目指すことなく,これまでの状況を明らかにし将来を見通すためのサポート役となるような,情報源やターミノロジーの整理を,進めていくことにします。


 コメントも読みました。ブログ主さんの助太刀をすることは到底,かないませんが,「交換法則」については,先月,ツイートを書いていました。最初のものにリンクしておきます。

1皿に5個ずつ入ったみかんの,9皿または4皿の個数

  • 齊藤一弥(編著): 平成29年版 小学校新学習指導要領の展開 算数編, 明治図書出版 (2017).

平成29年版 小学校新学習指導要領の展開 算数編

平成29年版 小学校新学習指導要領の展開 算数編

 みかんが皿に乗ったモノクロの絵が,p.139に出現します。前後の文章を書き出します。

 例えば,第2学年の乗法の指導場面を考える。乗法は,一つ分の大きさが決まっているときに,その幾つ分かに当たる大きさを求める場合に用いられる。(一つ分の大きさ)が決まっていて,その(幾つ分)かに当たる大きさを求める場合に,
 (一つ分の大きさ)×(幾つ分)=(幾つ分かに当たる大きさ)
のように言葉の式のみを教えるのではなく,状況を表す具体的な図と関連付け,そう表すことのよさを感じられるようにしていくことが大切である。
 例えば,「1皿に5個ずつ入ったみかんの9皿分の個数」を求めることについて式で表現することを考える。
(図省略)
 「5個のまとまり」の9皿分を加法で表現する場合,
 5+5+5+5+5+5+5+5+5
と表現することができるが,これは面倒である。また,各々の皿から1個ずつ数えると,1回の操作で9個数えることができ,全てのみかんを数えるために5回の操作が必要であることから,
 9+9+9+9+9
という表現も可能ではある。しかし,5個のまとまりをそのまま書き表す5+5+5+5+5+5+5+5+5+5の方が自然である。そこで,同じ数を何回も加える加法,すなわち累加の簡潔な表現としてかけ算を教え,「1皿に5個ずつ入ったみかんの9皿分の個数」を乗法を用いて表すのである。そうして,一つ分の大きさである5を先に書く場合5×9と表すことを学習するのである。

 読んで,小さな違和感を2つ,持ちました。まずは省略とした図で,「1皿に5個ずつ入ったみかん」の絵が非現実的なのです。3個を下段(皿のすぐ上),2個を上段(皿とはくっつかない)に配置してあるように見え*1,かつ,下段中央のみかんが,不自然に前面に出ているのです。
 もう一つは,第2学年の乗法の指導場面であれば,言葉の式は「1つ分の数×いくつ分=ぜんぶの数」のほうが適切ではないかという点です。教科書に採用されているのに加えて,「大きさ」という言葉を,かけ算の言葉の式に取り入れることには違和感があります。
 もう少し説明を加えます。「●●●と●●●」と書き(あるいは図示し),この●の総数を,かけ算の式で求めるとなると,一つ分の大きさを,「●●●」ととらえることができます。では,(一つ分の大きさ)×(幾つ分)=(幾つ分かに当たる大きさ)に基づき,「●●●×2=●●●●●●」という書き方を認めるのか…というと,そんな展開になる算数の授業例は,見たことも聞いたこともありません。式の簡潔さにも寄与しません。
 一つ分の大きさ,あるいは一つ分を,「●●●」と認識した上で,式に表す際には「1つ分の数」,ということで3に置き換えればよいのです。そして幾つ分あるかというと,2つ分ですので,「3×2」という式が立てられます。3cmのリボンが2つという場合も,一つ分の大きさは3cmですが,かけ算にする際の1つ分の数は,3です。
 次の話に進む前に,前提になるものを書いておきます。「各々のさらから1個ずつ数えると,1階の操作で9個数えることができ,全てのみかんを数えるために5回の操作が必要であることから,9+9+9+9+9という表現も可能ではある。」は,「かけ算の順序論争」の文脈ではトランプ配りと呼ばれます。以下で整理を試みました。

 上記引用では,トランプ配りも「可能ではある」けれども,「5個のまとまりをそのまま書き表す」「方が自然である」ので,以降はトランプ配りを対象としない,という展開を見ることができます。この流れは,今年公開された『小学校学習指導要領解説算数編』にも記載があります。http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2017/07/25/1387017_4_2.pdf#page=39から読むことのできる内容を,取り出します。

 乗法は,一つ分の大きさが決まっているときに,その幾つ分かに当たる大きさを求める場合に用いられる。
(図省略)
 例えば,「1皿に5個ずつ入ったみかんの4皿分の個数」を求めることについて式で表現することを考える。
 「5個のまとまり」の4皿分を加法で表現する場合,5+5+5+5と表現することができる。また,各々の皿から1個ずつ数えると,1回の操作で4個数えることができ,全てのみかんを数えるために5回の操作が必要であることから,4+4+4+4+4という表現も可能ではある。しかし,5個のまとまりをそのまま書き表す方が自然である。そこで,「1皿に5個ずつ入ったみかんの4皿分の個数」を乗法を用いて表そうとして,一つ分の大きさである5を先に書く場合5×4と表す。このように乗法は,同じ数を何回も加える加法,すなわち累加の簡潔な表現とも捉えることができる。言い換えると,(一つ分の大きさ)×(幾つ分)=(幾つ分かに当たる大きさ)と捉えることができる。

 『小学校新学習指導要領の展開』では「(一つ分の大きさ)×(幾つ分)=(幾つ分かに当たる大きさ)のように言葉の式のみを教えるのではなく」となっていた箇所は,『小学校学習指導要領解説算数編』の上記引用では,「(一つ分の大きさ)×(幾つ分)=(幾つ分かに当たる大きさ)と捉えることができる」となっています。「教える」も「捉える」も,教師が行います。『小学校学習指導要領解説算数編』では,(一つ分の大きさ)×(幾つ分)=(幾つ分かに当たる大きさ)と教えよと言っているわけではない,ということです。
 2つの文章で使用されている数量を,比べてみます。『小学校新学習指導要領の展開』では,「1皿に5個ずつ入ったみかんの9皿分の個数」です。それに対し,『小学校学習指導要領解説算数編』は,「1皿に5個ずつ入ったみかんの4皿分の個数」です。
 それぞれの刊行年月から,作成の過程を次のように推測できます。『小学校学習指導要領解説算数編』の記述を見た,『小学校新学習指導要領の展開』の該当箇所の執筆者が,数を4皿分から9皿分に変更し,絵を作り直して「言葉の式のみを教えるのではなく」などをつけ加えたのです。執筆者は高橋丈夫氏で,この人物名に「 算数」を加えてGoogleで検索すると情報が出てくるほか,平成27年度からの東京書籍の算数教科書の編集者に名前が記載されています。
 4皿と9皿の違いで,授業が(あるいは教科書が)どう変わるかというと,以下の流れが想像できます。

  • 「1皿に5個ずつ入ったみかんの4皿分の個数」を,配る操作で数える場合,
    • 5個ずつ置いていくと,式は5+5+5+5。ちょっと字数が多い。
    • トランプ配りで4個ずつ置いていくと,式は4+4+4+4+4。「5+…」よりも字数が多い。
    • もっと簡単に表して,計算できるようになろう。「5×4=20」と書こう。それぞれの数は「1つ分の数」「いくつ分」「ぜんぶの数」だよ。
  • 「1皿に5個ずつ入ったみかんの9皿分の個数」を,配る操作で数える場合,
    • 5個ずつ置いていくと,式は5+5+5+5+5+5+5+5+5。ずいぶん字数が多い。
    • トランプ配りで9個ずつ置いていくと,式は9+9+9+9+9。「5+…」よりも字数が少ないけど,まだ多い。
    • もっと簡単に表して,計算できるようになろう。「5×9=45」と書こう。それぞれの数は「1つ分の数」「いくつ分」「ぜんぶの数」だよ。

 簡潔さの観点から言うと,「1皿に5個ずつ入ったみかんの9皿分の個数」について,5+5+5+5+5+5+5+5+5よりも9+9+9+9+9のほうが字数が短く,したがってそこに,トランプ配りの乗法への適用について,意義を見出すことになるのかな,とも思いました。
 なお,個人的な認識としては,『小学校学習指導要領解説算数編』にトランプ配り対応を記したのは,「かけ算の順序」に関する,ネットその他の批判への回答ととらえています。5+5+5+5+5+5+5+5+5か9+9+9+9+9か,5+5+5+5か4+4+4+4+4か,それともどちらでもよいのかは,もっと小さな数を使って,第1学年で学習するほうがよいでしょう。「するほうがよい」ではなく,実際になされていて,啓林館の1年の教科書には「子どもが 3人 います。みかんを 1人に 2こずつ あげます。みんなで なんこ いりますか。」とあります。トランプ配りについては,その配り方を認めた上で,「1個ずつ置くか,2個ずつ置くかという置き方ではなく,置いた結果に着目させる」*2とするのが明快です。『小学校学習指導要領解説算数編』の第1学年でも,2+2+2+2と4+4の対比がなされています。

*1:組体操の俵型3段ピラミッドで最上位の者がまだ乗っていない状態です。

*2:『活用力・思考力・表現力を育てる!365日の算数学習指導案 1・2年編』isbn:9784180808335 p.66

かけ算の「順序」について(2017.12)

 刊行物やWebの情報より知ることのできる,かけ算の「順序」について,整理します。
 「順序」「順番」「order」という語句の出現に着目するとともに,本文の取得・閲覧が比較的容易で,かつ参考文献に書くことが可能な情報源を,積極的に取り入れました。氏名は存命の方・物故者を問わず敬称略としました。
 最新情報や現在進行中の議論については,Twitterハッシュタグ「#掛算」つきのツイートがおすすめです。https://twitter.com/hashtag/%E6%8E%9B%E7%AE%97?src=hashより読めます。

1. かけ算の「順序」は3種類

 小学校の算数に見られる,かけ算の指導や出題において,「順序」や「順番」には,大きく分けて3つのとらえ方があります。《計算の順序》《被乗数と乗数の順序》《順序論争》です。
 最初に見ておきたいのは,結合法則や交換法則といった,かけ算の式の《計算の順序》です。例えば7×25×4=(7×25)×4=175×4=700として求めるのでは,暗算にせよ筆算にせよ,間違えやすいものです。そこで7×25×4=7×(25×4)=7×100=700とすれば,7を含むかけ算は,筆算が不要になり,楽して答えが得られます。
 (a×b)×c=a×(b×c)は,結合法則を表した式です。交換法則はa×b=b×aです。
 2番目となる検討の要素は,かけ算の式を「かけられる数×かける数」で表すか,「かける数×かけられる数」で表すかです。これに由来する順序を,《被乗数と乗数の順序》と呼ぶことにします。
 この場合,かけ算の答えと同じ種類の量になるほうを「かけられる数(被乗数)」,他方を「かける数(乗数)」とします。なお,面積を含む「量の積」のほか,アレイや直積でモデル化されるような場面は,対象外となります。
 メールで「3コマ×5人=15コマ」と書いて送れば,「3(コマ)」がかけられる数,「5(人)」がかける数です。あるレシートに「17個 X 単105」と打たれていれば,「17(個)」はかける数,「単105」は単価が105円とみなし,これがかけられる数となります。
 3番目は,算数の出題において,1種類のかけ算の式のみを正解とすることの是非です。
 「さらが 5まい あります。1さらに りんごが 3こずつ のって います。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。」という問題で,式に「5×3=15」を書いたら,不正解のバツ印がつけられる件です。《順序論争》と呼びましょう。
 この論争で批判する人々は,a×b(上のりんごの文章題なら,3×5=15)が正しい式であることは了解しており,その上で,b×a(同じく,5×3=15)も正解にすべきだと主張している,という点も,注意したいところです。

 ここまで,《計算の順序》《被乗数と乗数の順序》《順序論争》とラベリングしたものの,これらの3つは,ずいぶんと絡み合っています。
 一例を挙げると,《順序論争》でa×bもb×aも正解とせよとする根拠として最もポピュラーなのは,a×bもb×aも答えが等しいというものです。その根拠として,乗法の交換法則が持ち出されることが多く,したがって,《計算の順序》が関わってきます。
 それに対し,a×b=b×aは計算の性質であり,a×bとb×aは異なるとする立場もあります。以下の文献では,「4つずつキャンディを持っている3人の子どもたち」と「3つずつキャンディを持っている4人の子どもたち」の比較をとおして,総数は同じでも状況が異なることを例示しています。

  • Anghileri, J. and Johnson, D. C.: Arithmetic Operations on Whole Numbers: Multiplication and Division. In Post, T.R. (Ed.), Teaching Mathematics in Grades K-8, Longman Higher Education, Allyn and Bacon, pp.146-189 (1988). [asin:0205110762]

 キャンディの話は,2014年に図をつくっていました(4×3と3×4 - わさっき)。

 《順序論争》については,1972年の朝日新聞の記事,そして同年の遠山啓による科学朝日がよく知られていますが,1960年代にも論争があったと指摘をするのは佐藤俊太郎です(『算数・数学教育つれづれ草』p.46)。

 昭和40年(1965年)ごろ,「5円の品3個の代金の立式は,3×5ではダメなのか」の論争が大阪や神戸から湧き起こった。それは海外で教育を受けた子どもが日本に帰国して授業に臨むと,上記問題の正答は,5×3のみで,3×5はダメという指導に遭遇した。そこで,帰国した子どもの親から担任教師に対する反発が起こり,問題化していった。

 上記は,《被乗数と乗数の順序》と《順序論争》を結びつけた文章となっています。それと,この解説では,昭和44年の『小学校指導書 算数編』以降,平成20年の『小学校学習指導要領解説 算数編』まで,5×3と3×5の両方を正答としています。

 《計算の順序》《被乗数と乗数の順序》《順序論争》のすべてが入った記述は,森毅「次元を異にする3種の乗法」で読むことができます。『数の現象学』(ちくま学芸文庫)pp.66-67より,引用します。

 小学校の先生が,次の問題を出した.
「子供が6人います.ミカンを4個ずつあげるには,いくついるでしょう」
 これに,
    6×4=24   答え 24個
と書いた子が,式は×に答は○にされた.
 それに親が抗議した.6×4も,4×6も,交換法則で同じというのは,いまは習わないまでも,そのうちに習う真理じゃないか.それに,1人に1個ずつ配れば,6人に配るのに6個いる,だから6×4でもエエじゃないか,この式の方も○にせえ.
(略)
 じつは,少しも「掛け算の意味」を教えていなかったところが学校側の問題なのだが,親の方もいくらかヘンなところはある.この,4×6とか6×4とかいった順序は,日本とヨーロッパでは違う.日本は「4の6倍」式に4×6と書くが,ヨーロッパでは「6倍の4」式に6×4と書く.これは左側通行か右側通行かみたいなもので,言語習慣から来ている.ただし,日本式の方が合理的というのが世界の相場だが,一方ではヨーロッパ式の方がすでに流通してしまっている.まあ,これはヤクソクには違いない.足すを+と書き,掛けるを×と書くようなのもヤクソクで,これを勝手に変えたら混乱してしまう.

 なお,「日本とヨーロッパでは違う」に限れば,中島健三が以下の文献で同様のことを示しています。

 「かけられる数×かける数」は日本のほか,韓国や台湾でも採用されており,それに基づく《順序論争》の事例も見ることができます。


 「中天新聞」とは台湾のメディアで,この動画は2013年11月16日の報道です。問題文は「一打鉛筆有12枝,毎枝賣8元,一共幾元要如何計算? ①8×12②12×8③8+12④12+8。」という4択で,日本語に訳すと「鉛筆1ダースは12本である.鉛筆が1本8元のとき,全部で何元になるかを,どの式で求めればよいか」です。動画の途中では,老師(先生)がホワイトボードを使って解説しており,「被乘數」「單位」をかけ算の記号の左に,「乘數」「數量」を右に書いています。
 タイの算数教育に関わった人は,以下の文献で「自然な語順が日本語式であるにもかかわらず、教科書は英語式の順番に従っている」と指摘しています。ちなみにこの報告書の中に「かけ算の順序」という表記が出現します。

 ところで,「交換法則はそのうちに習う真理」を別の観点でみるなら,「交換法則を学習しないうちは,a×bを正解としb×aを不正解とするような採点や指導があってもいいのではないか」という問題意識となります。
 その考えにほぼ沿った文章もあります。守屋誠司『小学校指導法 算数』のpp.91-92です。

乗法の場面、「1ふくろにミカンが3こずつ入っています。5ふくろでは、ミカンは何こでしょう。」は、3×5と立式される。立式は、「1つ分の数×いくつ分=全体の数」とまとめられ、それぞれ被乗数、乗数という。(略)乗法では、数の位置ではなく、数が意味する内容に注目して、どの数が1つ分の数であるか、いくつ分はどの数かをしっかりと読み取ることが大切である。第2学年や第3学年では、読み取った数を、「1つ分の数×いくつ分=全体の数」と表現できることが重要であり、逆に、この立式ができているかで、数の読み取りができているかを判断できる。しかし、高学年になり、乗法では交換法則が成り立つことや外国での立式を知り、数の意味をしっかり理解できていれば、必ずしも第2学年で学んだ順序で立式することを強制しなくてもよい。

 とはいえ最後の文が,著者の伝えたかったことであると読むのは不自然です。その一つ前,「第2学年や」から始まる文を,メインの主張と見るべきでしょう。
 これは教員を目指す学生向けに書かれた本です。「子どもが7人います。1人に4個ずつアメをくばります。アメはみんなで何こいりますか」という問題に対して,小学校2年生の子が7×4=28と式を立てたら,どのような対応をしたらよいか,という課題も載っています。
 また別の本を見ます。1979年に刊行された本の,統計教育の解説の中に,批判的な記載がありました。

 東京工業大学教授の森村英典が,p.283にて以下の通り記しています。

小学校では,例えば乗算における被乗数と乗数の区別や順序をやかましく指導することすらあると聞く。交換法則を九九を通して教えたあとではその種の厳密さは有害とさえ思われるのであるが,とにかくそのような指導に馴れている教師・生徒の双方にとって,例えば,ヒストグラムを作るにも,階級幅を“適当に”定めるごとに異なった結果になり,そのいずれがよいとは断定しかねるという性格は全く数学らしからぬものと映るものも無理はない。

 2011年刊行の『かけ算には順序があるのか』の影響を受けてか,その後,数学者らが解説記事や著書の挿話などを通じて,批判を記しています。一松信,松本幸夫,黒木玄,志村五郎,野崎昭弘,小林道正,大栗博司,長岡亮介の著作を読んできました。出典や抜粋などは,以下よりご覧ください。

 《順序論争》で批判的,すなわちりんごの問題に5×3を正解とする人々のなかで,結合法則を考慮する人を,ほとんど見かけません。
 なのですが,教科書で計算の順序,かけ算の順序というと,結合法則の説明に使われています。その場合,「かけ算では,じゅんじょをかえてかけても,答えは同じになります。」(学校図書),「多くの数をかけるときには,計算するじゅんじょをかえても,答えは同じです。」(啓林館),「3つの数をかけるときは,計算するじゅんじょをかえてかけても,答えは同じになります。」(日本文教出版)といった表現になります。交換法則のまとめ方では,どうやら「じゅんじょ」は出現しません。
 乗法の結合法則は,「計算のきまり」の一つとなります。同様の他のきまりには,加法の結合法則や,乗除先行があります。乗除先行は,例えば3+2×3を求めるときに活用します。この場合,2×3を先に計算し,3+2×3=3+6=9としないといけません。3+2を先に計算して,3+2×3=5×3=15と書いたら,バツにされます。
 乗法の結合法則はかけ算ばかりのとき,乗除先行は加減と乗除が混在しているとき,と適用の場面は異なりますが,因数や項の入れ替えや展開をすることなく,どこから計算すればよいかのヒントを与えるという点で共通しています。
 交換法則と結合法則について,2つの文献を紹介します。一つは1904年に刊行された高木貞治『新式算術講義』です。

 そこでは,自然数を対象とする加法の諸性質を確認したあと,a×1=aとa×b=a+a+a+…+aにより乗法を定義し,「加法に対する分配の法則」「組み合はせの法則」「交換の法則」を証明しています。現在では順に「分配法則」「結合法則」「交換法則」と呼ばれている性質です。後二者では以下のとおり,どちらにも「順序」という言葉を使用して,説明しています。

a,b,nなる三個の数に順次乗法を施こすとき因数の順序は積に影響することなきこと加法の場合に於けると同趣なり,之を組み合はせの法則といふ.此法則はnが1なる場合にも成立すべきこと明なり.
交換の法則も亦乗法に適用すべし.a,bなる二数の積は因数の順序に関係せず,(略)

 これと同時期に刊行された本で,かけ算の定義のあと,交換法則を先に取り上げているものもあります。

 そこでは,"The sum of b numbers each of which is a is called the product of a by b"として積を定義し,表記には「a×b」「a・b」「ab」を載せています。ただし,現在の視点で見ると,aが被乗数,bが乗数ですが,multiplicand/multiplierといった,二者を区別する用語はこの本に見当たりません。
 乗法の諸性質は,交換法則,結合法則,分配法則の順で,加法の性質を用いて別々に示しています。「多くの数をかけるとき」の話に,orderの語を見つけることができました(p.8)。

The commutative, associative, and distributive laws for sums of any number of terms and products of any number of factors follow immediately from I-V. Thus the product of the factors a, b, c, d, taken in any two orders, is the same, since the one order can be transformed into the other by successive interchanges of consecutive letters.
(私訳:任意個の項の和と任意個の因数の積に関して,交換,結合,分配の法則はI-Vから直接導かれる。ゆえにa,b,c,dという4つの因数の積はどのような順序をとっても答えは同じになる。なぜなら一つの順序は,隣り合う文字の交換を繰り返すことで,他の順序に変換できるからである。)

 「隣り合う文字の交換を繰り返すことで,他の順序に変換できる」について,例えばabcd=bacd=bcad=bcda=cbda=cdba=dcbaを考えることができます。それぞれの等号が成立するのは,乗法の交換法則と結合法則によります。
 「面積を含む「量の積」のほか,アレイや直積でモデル化されるような場面は,対象外となります」と書きましたが,対象外としたモデルも,学術的に検討がなされています。メインブログで取り上げたことのある,文献およびブログ記事を列挙します。

 小原の文献では,〈乗数と被乗数が区別される文脈〉と〈乗数と被乗数を区別しない文脈〉の存在が前提となっています。かけ算の導入時に学習するタイプの場面について,GreerとVergnaudの文献には,ともに,asymmetryという単語が出現します。

2. 現行および次期の学習指導要領から見た「順序」

 教科書検定や教育課程の基準となる,学習指導要領で,「順序」はどうなっているのかを見ておきます。
 現行の解説(平成20年6月)は,以下のページに小学校各科目のPDFファイルへのリンクがあります。

 「算数(1)」「算数(2)」をダウンロードして開き,検索したところ,「大小や順序」「順序数」「順序よく」といった,本記事の内容に関係ない言葉も多い中,当たらずとも遠からずな記述として,次の2点が見つかります。一つは,第2学年では加法の交換法則・結合法則を挙げる中での「幾つかの数をまとめたり,順序を変えて計算したりする場合がある」という文です。もう一つは,第4学年にある「計算の順序についてのきまり」です。
 したがって,《計算の順序》については一応の配慮がなされていると見ることができます。
 《被乗数と乗数の順序》《順序論争》については言及がありませんが,ざっと読むと,2年の導入でも,3年の除法と乗法と関係でも,高学年の小数や分数を含むかけ算でも,「かけられる数×かける数」で統一されていることが見てとれます。
 ただし,図形の面積や,アレイなど直積については,a×bとb×aが併記されているところがあります。また,第6学年に入っている,いわゆる順列・組み合わせについては,この解説にはかけ算の式がなく,かわりに「指導に当たっては,結果として何通りの場合があるかを明らかにすることよりも,整理して考える過程に重点をおき」とありまして,かけ算の対象外と思っておくのがよさそうです。
 学習指導要領をもとにした《順序論争》については,wikipedia:かけ算の順序問題で次のように記載しました。最後の文献[15]は,上で取り上げた『小学校指導法 算数』のことです。

学習指導要領は「教育課程の標準」「各教科で教える内容」を定めたものであり、例示として片方の順序を示しているところはあっても、その片方の順序でのみ式を書くことを要請する文は存在せず、他方の順序を不正解とすることもない。学習指導要領・学習指導要領解説に基づき教材や授業、テストとして具体化されていく中で、特定の順序が選択される。そのとき、逆の順序に書かれた式を正解とするか不正解とするかは様々である[15]。

 小学校では2020年より実施となる,新しい学習指導要領が今年3月に公示されました。そして6月21日に,以下より総則および各教科の解説のPDFファイルがダウンロードできるようになりました。

 ここでも,算数は(1)と(2)に分かれています。各リンクのURLには年月日が含まれており,頻繁に改訂されています。本記事執筆時点では,算数のPDFのURLには「2017/07/25」が含まれており,以下「2017/07/25版」と書きます。
 最初に公開されたバージョンでは,算数(1)は全体像を記した第1章・第2章のほか,各学年の解説にあたる第3章の第1学年と第2学年の記載もありました。第2学年,「乗法が用いられる場合とその意味」の解説は,以下の通りでした。

(ア)乗法が用いられる場合とその意味
 乗法は,一つ分の大きさが決まっているときに,その幾つ分かに当たる大きさを求める場合に用いられる。
 例えば,「1皿に5個ずつ入ったみかんの4皿分の個数」を求めることについて式で表現することを考える。
(図:省略)
 「5個のまとまり」の4皿分を加法で表現する場合,5+5+5+5と表現することができる。また,各々の皿から1個ずつ数えると,1回の操作で4個数えることができ,全てのみかんを数えるために5回の操作が必要であることから,4+4+4+4+4という表現も可能ではある。しかし,5個のまとまりをそのまま書き表す方が自然である。そこで,「1皿に5個ずつ入ったみかんの4皿分の個数」を表す場合,一つ分の大きさである5を先に書き5×4と記す。このように乗法は,同じ数を何回も加える加法,すなわち累加の簡潔な表現とも捉えることができる。言い換えると,(一つ分の大きさ)×(幾つ分)=(幾つ分かに当たる大きさ)と捉えることができる。
 また乗法は,幾つ分といったのを何倍とみて,一つ分の大きさの何倍かに当たる大きさを求めることであるという意味も,併せて指導する。このときも,一つ分に当たる大きさを先に,倍を表す数を後に記す。例えば,「2mのテープの3倍の長さ」を表す場合,2×3と記すことにする。
 なお,「4×100mリレー」と表すように英語圏などでは順序が日本と逆になっている場合があることに注意して,外国籍の児童の指導に当たるようにする。
 ここで述べた被乗数と乗数の順序は,「一つ分の大きさの幾つ分かに当たる大きさを求める」という日常生活などの問題の場面を式で表現する場合に大切にすべきことである。一方,乗法の計算の結果を求める場合には,交換法則を必要に応じて活用し,被乗数と乗数を逆にして計算してもよい。
 乗法による表現は,単に表現として簡潔性があるばかりでなく,我が国で古くから伝統的に受け継がれている乗法九九の唱え方を記憶することによって,その結果を容易に求めることができるという特徴がある。

 このうち「「1皿に5個ずつ入ったみかんの4皿分の個数」を表す場合,一つ分の大きさである5を先に書き5×4と記す」は,現行の解説にない,踏み込んだ記述であり,《被乗数と乗数の順序》についての見解を示したようにも読めます。ツイッターなどで見かける言葉で言い直すと,「順序強制」です。
 ただし,「5個のまとまり」から始まる段落とその次について,2017/07/25版では以下の通り,記載が変わっています。

 「5個のまとまり」の4皿分を加法で表現する場合,5+5+5+5と表現することができる。また,各々の皿から1個ずつ数えると,1回の操作で4個数えることができ,全てのみかんを数えるために5回の操作が必要であることから,4+4+4+4+4という表現も可能ではある。しかし,5個のまとまりをそのまま書き表す方が自然である。そこで,「1皿に5個ずつ入ったみかんの4皿分の個数」を乗法を用いて表そうとして,一つ分の大きさである5を先に書く場合5×4と表す。このように乗法は,同じ数を何回も加える加法,すなわち累加の簡潔な表現とも捉えることができる。言い換えると,(一つ分の大きさ)×(幾つ分)=(幾つ分かに当たる大きさ)と捉えることができる。
 また乗法は,幾つ分といったことを何倍とみて,一つ分の大きさの何倍かに当たる大きさを求めることであるという意味も,併せて指導する。このときも,一つ分に当たる大きさを先に,倍を表す数を後に表す場合,「2mのテープの3倍の長さ」であれば2×3と表す。

 「一つ分の大きさである5を先に書く場合5×4と表す」と「一つ分に当たる大きさを先に,倍を表す数を後に表す場合」により,この(バージョンの)解説では,「かけられる数×かける数」はかけ算の式の一つの書き方であり,他の書き方を拒絶するものではない,と解釈することができます。この改訂には,7月10日に東京新聞で,同月13日に中日新聞で掲載された「掛け算の順序論争再燃」が背景にあると思われます。以下より前文のみ読めていましたが現在はデッドリンクです。

  • http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2017071002000116.html

 これについて,東京新聞の記事の複製を得ることができました。「5×3、3×5のどちらの順序が正しいとも言えない」や「三つの角が違う二等辺三角形がある」は算数・数学の表記として不適切なのに加えて,批判の立場にある人々が実名である一方で肯定派の氏名が見当たらないのは,残念に思いました。
 とはいえ『小学校学習指導要領解説算数編』の記述の変更は,この掲載が直接の原因であったとは考えにくいです。記事になるより前,記者からの取材に応じる中で,「順序固定強制」を示唆する文章を変えておくべきではないか,と推測しています。
 他は基本的に変わっていません。「4×100mリレー」を含む段落は,2017/07/25版では以下のようになっていますが,《被乗数と乗数の順序》に関連する話で,趣旨の変更には見えません。

 なお、海外在住経験の長い児童などへの指導に当たっては,「4×100mリレー」のように,表す順序を日本と逆にする言語圏があることに留意する。

 さらに続く以下の段落は,立式と交換法則との切り離しが意図された記述となっており,《被乗数と乗数の順序》および《順序論争》に関連します。

 ここで述べた被乗数と乗数の順序は,「一つ分の大きさの幾つ分かに当たる大きさを求める」という日常生活などの問題の場面を式で表現する場合に大切にすべきことである。一方,乗法の計算の結果を求める場合には,交換法則を必要に応じて活用し,被乗数と乗数を逆にして計算してもよい。

 図にしてみました。「4皿に3個ずつみかんが乗っている」も,『小学校学習指導要領解説算数編』の第2学年のところに記載されています。

 なお,式と法則との関わりについては,先に挙げたAnghileri & Johnson (1988)より類似した見解を読むことができます。交換法則として,a×b=b×aや3×4=4×3の式を挙げたのち,それは数の性質であって,3×4が4×3と等しいのは事実だが,日常生活においてそれらが同じであるというわけではないことを注意しています。『小学校学習指導要領解説算数編』の記述は,その文献を根拠にしたというわけではなく,「a×bとb×a,答えは同じでも意味は違うことがある」は,国内外における算数教育の知見として確立しているものと考えられます。
 「被乗数と乗数の順序」という語句そのものが,盛り込まれたのは,今年の『小学校学習指導要領解説算数編』の大きな特徴となっています。次のような記載もあります。

 式を読み取る指導に際しては,例えば,3×5の式から,「プリンが3個ずつ入ったパックが5パックあります。プリンは全部で何個ありますか。」という問題をつくることができる。このとき,上で述べた被乗数と乗数の順序が,この場面の表現において本質的な役割を果たしていることに注意が必要である。「プリンが5個ずつ入ったパックが3パックあります。プリンは全部で幾つありますか。」という場面との対置によって,被乗数と乗数の順序に関する約束が必要であることやそのよさを児童に気付かせたい。

 2011年に出版された中に,「被乗数と乗数の順序」を明記しているものがありました。中原忠男(編著)『新しい学びを拓く算数科授業の理論と実践』です。

 出現するのはp.113です。執筆者は清水紀宏で,日本文教出版平成27年度版『小学算数』の著作者に名前が載っています。

 乗法の数学的定義についても,集合の要素の数という観点からの定義と,順序という観点からの定義がある。
 算数科では,整数の乗法は,一つ分の大きさが決まっているときに,その幾つ分かにあたる当たる大きさを求めるという場面で導入される。整数の世界では,その値を求めるためには,同数累加を行うことになる。つまり,乗法は同数累加の簡潔な表現として用いられることになる。この定義では,3×4=3+3+3+3,4×3=4+4+4となる。つまり,被乗数と乗数の順序に意味がある。また,交換法則(a×b=b×a)やa×(b+1)=a×b+aが成り立つことにも気づかせたい。例えば3×5の場合,3を5個足す代わりに,3を4個足したもの(3×4)に3を1個加えればよい。つまり,3×5=3×4+3となる。この性質を活用して1位数同士の乗法を考えていく(乗法九九の構成)。なお,平成20年改訂の学習指導要領においては,これらの乗法九九の構成の延長として,被乗数や乗数が12程度までの乗法を扱うこととなっている。

 「算数科では」から始まる段落は,新しい学習指導要領および解説の記述にも適合します。時系列としては,2008年(平成20年)に現行の『小学校学習指導要領解説算数編』が公開され,それをもとに『新しい学びを拓く算数科授業の理論と実践』で解説が入り,「意味がある」が「本質的な役割を果たしている」や「約束が必要である」に置き換えられて,2017年6月,新しい学習指導要領に基づく『小学校学習指導要領解説算数編』に記載された,という流れを見ることができます。
 ここの「被乗数と乗数の順序に意味がある」について,2種類の解釈ができます。一つは,「3×4=3+3+3+3であり,4×3=4+4+4なのだ」と,被乗数と乗数の順序に,意味が定められている,というものです。
 もう一つの解釈では,「に意味がある」を「は重要だ」と置き換えます。英語でぴったりの単語があり,自動詞のmatterです。授業事例が英文になっています。

  • Chapin, S. H., O'Connor, C. and Anderson, N. C.: Classroom Discussions―Using Math Talk to Help Students Learn, Grades K-6, Second Edition, Math Solutions (2009). [isbn:1935099019]

 その本のp.4には,先生が"Eddie says that order does matter"と言うシーンがあります。ただし乗法の交換法則の学習ということもあり,"the answer is the same no matter which number goes first."や"I don't think it matters what order the numbers are in."のように,否定語を含む文の中にも出現します。
 https://books.google.co.jp/books?id=2NX4I6mekq8C&pg=PA3より,授業の状況をかいつまんで説明します。かけられる数・かける数の順序を変えても同じ答えになるのはなぜかを討論していく中で,2つの意見が出ました。Eddieの意見は,2×5は「5つの袋にリンゴが2つずつ」,5×2は「5つの袋にリンゴが2つずつ」を表し,順序に意味があるという主張になります。それに対しTiffanyは,それら2つの場面は別だけれど,答え(リンゴの総数)は同じであり,順序は重要ではないと主張します。
 授業の背景として,乗法の交換法則について,児童らが理解を深めることを目的としていることのみならず,子どもたちのコミュニケーション(単に答えを出すだけでなく,考えを言ったり書いたりすること)を,NCTM(米国数学教師協議会)が教師らに要請している点が挙げられます。
 授業としては,2×5=5×2や,a×b=b×aといった関係式よりも,「2×5=5×2であるのはなぜか(説明できるか)」を重視しているものと読めます。その説明の手段として,2×5と5×2とで意味(場面)が異なることを活用しています。
 この授業から「かけ算の交換法則を学習したら,a×bでもb×aでもいいのだ」を引き出すわけにもいきません。実際,「どちらでもいい」と主張するTiffanyに対し,先生は"And Tiffany, are you saying that those two number sentences can't be used to describe two different situations?"(それでティファニーさん,2つの数式はそれぞれ,別の場面を表すのに使えないっていうの?)という質問を入れて確認しています。原文ではcan'tが斜体字になっています。「a×bでもb×aでもいい」は,先生の持つねらいでも,クラスで共有したい内容でもないことが伺えます。
 「2つの数式はそれぞれ,別の場面を表すのに使えない」について,文献を離れて検討してみます。
 「さらが 5まい あります。1さらに りんごが 2こずつ のって います。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。」という問題を考えます。算数のこれまでの知見に基づくなら,正解となる式は2×5=10です。
 ここで,式に「5×2=15」と書くのも正解とすることにしましょう。すると,以下の2つの命題を認めることになります。

  • 5枚の皿に2個ずつりんごがあるときの総数は,2×5で表される
  • 5枚の皿に2個ずつりんごがあるときの総数は,5×2で表される

 次に,「どの さらにも りんごが 5こずつ のって います。そのような さらが 2まい あります。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。」という問題を考えます。そうすると,次の2つの命題を真とすることになります。

  • 5個ずつ2枚の皿にりんごがあるときの総数は,5×2で表される
  • 5個ずつ2枚の皿にりんごがあるときの総数は,2×5で表される

 ここで「5×2」の式を含む命題に着目し,りんごや皿を取り払って整理すると,次の2つが得られます。

  • 5×2という式は,「5つずつが2つ」を表す
  • 5×2という式は,「2つずつが5つ」を表す

 さらに5や2といった具体的な値も,文字に置き換えて記述できますが,比較・検討にあたってはこの2つの命題で十分です。ここから言えるのは,《順序論争》の批判に賛成するなら,5×2という式が,「5つずつが2つ」と「2つずつが5つ」の両方の意味になってしまうことを,受け入れないといけないということです。
 それに対し私は,小学校の算数において,認める(真の)命題と認めない(偽の)命題は次のとおりとする立場に賛同します。

  • 「5×2という式は,「5つずつが2つ」を表す」は,認める
  • 「5×2という式は,「2つずつが5つ」を表す」は,認めない
  • 「2×5という式は,「2つずつが5つ」を表す」は,認める
  • 「2×5という式は,「5つずつが2つ」を表す」は,認めない

 これらは,次期の『小学校学習指導要領解説算数編』に記載された,「(略)という場面との対置によって,被乗数と乗数の順序に関する約束が必要であることやそのよさを児童に気付かせたい」「乗法による表現は(略)表現として簡潔性がある」と適合します。
 「対置」について,「さらが 5まい あります。1さらに りんごが 2こずつ のって います」と「どの さらにも りんごが 5こずつ のって います。そのような さらが 2まい あります」のように,かけ算で表すための2つの数の出現順序は「5」「2」だけれど,期待される式は異なるという形で,東京書籍の算数教科書に先例があります。https://ten.tokyo-shoseki.co.jp/text/shou_current/sansu/files/web_s_sansu_gakuryoku1.pdfより読めるのは,「えんぴつを 1人に 2本ずつ,5人に くばります」と「えんぴつを 2人に 5本ずつ くばります」です。

 上で,「数の意味をしっかり理解できていれば、必ずしも第2学年で学んだ順序で立式することを強制しなくてもよい」と引用した文と,関わりのある記述が,新しい『小学校学習指導要領解説算数編』に入っています。段数×4=周りの長さではその具体的な記述と,平成16年検定済み教科書,そして比較的最近の算数指導例を取り上げました。
 「段数×4=周りの長さ」という,言葉を含む式では,かけられる数の「段数」と,かけ算の答えとなる「周りの長さ」は,異なる種類(次元,単位)の数量となります。そういった数量でも式に表す活動が,今後,「C変化と関係」という領域のもと,取り入れられるわけです。